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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第八章 鳴城の置いてけ堀
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41人目のクラスメイト③

 帰りのホームルームが終わった。

 式見しきみが教室を出ていっても、帰ろうとするクラスメイトは誰もいなかった。こんな状況、初めてだ。

「――で、たちばなくん」

 陣屋じんやがわかっているよね、と言うようにこちらを見た。教室中の注視を感じる。

 廊下側後方に新しく増えた席に座っているかなでの視線も混じっているはずだ。

 心臓が早鐘を打っている。怪異に向き合う時より緊張しているかもしれない。

弓張ゆみはりさんとおれは」

 声が裏返ったが、誰も笑わなかった。氷魚ひおは咳払いをする。

「弓張さんとおれは、泉間せんまで知り合ったんだ。その、ペンションみたいなところで、偶然一緒だった」

 一旦言葉を切る。大して喋っていないのに、すでに口の中がカラカラだった。

 日渡ひわたり邸を勝手に宿泊施設にしてしまったことを、心の中で沢音さわねに詫びる。

「それで?」と陣屋が先を促す。

「弓張さんもおれも映画が好きで、けっこう同じ映画を観ていて、観た映画の話で盛り上がって、それで――」

 氷魚はつばを飲み込む。次の言葉を口にするためには、途方もない勇気が必要だった。

 情けない。

 奏は勇気を出したのだ。自分がここでひるんでいてどうする。

 己を鼓舞するために、氷魚は立ち上がった。

「弓張さんとおれは、友達になったんだ」

 教室中に聞こえるようにはっきりとした声で、言い切った。

「友達?」陣屋が確認するように言う。半信半疑なのかもしれない。

 無理もないよなと思う。

 自分だって、クラスメイトが夏休み明けに有名女優と友達になりました! とか言い出したらきっとすぐには信じることはできないだろう。

「うん、友達」

 氷魚の言葉を肯定したのは奏だった。氷魚に集中していた視線が、今度は奏に向かう。

 無数の視線を浴びてなお、奏は微塵も揺らがなかった。

 奏はゆっくりと立ち上がる

「橘くん、説明ありがとう。みんな、お騒がせしてごめんなさい」

 そして、ぺこりと頭を下げた。

「前から、放送局の作品などで、鳴城なるしろ高校が気になっていたんです。橘くんや遠見塚とおみづか先輩の話を聞いて、ますますいいなって思うようになりました」

 いさなの名を聞いて、何人か訝しげな顔をしたが、クラスメイトの大半は気にしていないようだ。

「あたしは、前の学校ではいてもいなくてもどっちでもいいような存在で、だから、思い切って転校しようって決めました。自己紹介では盛大に滑ってしまいましたが、仲良くしてもらえると嬉しいです」

 捉えようによってはいじめられていたとも受け取れる奏の告白に、みんなはどう反応するのだろうか。

 氷魚がはらはらしていると、誰かが拍手をした。見れば、桟敷さじきだった。最初まばらだった拍手の音は徐々に大きくなっていき、気づけば教室にいる全員が手を叩いていた。

 映画やドラマの一場面みたいだが、奏は一切演技をしていない。だからみんなに好意的に受け止められたのは、彼女の素の魅力故なのだろう。

 ともかく、ひとまずは大丈夫そうだと氷魚は安堵した。勇気を振り絞った甲斐はあった。

「じゃあ、お近づきのしるしに、これからみんなでカラオケに行かない?」

「いいね!」

「カナカナの生歌聞きたーい!」

 教室中からそんな声が上がった。

「え、と。それは……」

 奏の笑みの中にかすかな困惑が見て取れた。

 奏の生歌を聞きたいのは氷魚もみんなと同じだったが、奏は乗り気ではないみたいだ。

 かといって、厚意で誘ってくれているのをきっぱり断るのは難しいのだろう。盛り上がっている空気を壊したくないのだと思う。

 氷魚は意を決して、「弓張さんは忙しいんじゃないかな」と声を上げた。

「え、橘って、カナカナのマネージャーなの?」

 桟敷が冗談めかして言う。

「そういうんじゃないけど……」

「だったら橘も一緒に行こうぜ」

 どうしたものかと氷魚が頭を悩ませていると、教室の後ろのドアが開いた。

「弓張さん、みんなへの挨拶は終わった?」

 冷ややかな刃物を思わせる声に、教室がしんとなった。

 ドアの外に立っていたのは、いさなだった。

「あ……先輩。はい」

「だったら、ちょっと時間いいかな」

「わかりました。みんな、カラオケ行けなくてごめん」

 奏は鞄をつかむと、歩き出したいさなの後に続き教室を出ていく。奏を見に来たに違いない野次馬たちがさっと道を空けるのが見えた。

 少しして、教室にざわめきが戻ってきた。

「え、なんで遠見塚先輩が?」

「目立つ転校生に焼きを入れる、とか」

「鳴高一の美少女は私よ、って?」

「いや、だからって呼び出したりはしないでしょ」

「どうかなあ。あの先輩、ちょっと電波受信してる節があるし」

「にしてもあの二人、どっちもかわいいよな」

「それには同意する」

 などなど、みんな好き勝手言っている。もはや誰も氷魚のことを気にしていない。

 チャンスだ。

 氷魚はざわめく教室をこっそり抜け出した。

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