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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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遥かなる蜘蛛の呼び声③

 少しして、慎重に沖津おきつに近寄ったかなでは、身をかがめ様子を確かめた。

「完全に気絶してますね。しばらく目を覚まさないと思いますが、念のために縛っておきますか?」

 いさなはかぶりを振った。

「――いえ。少しの間、このまま2人でいさせてあげましょう。外に出たら協会に連絡するから」

 やさしい声音だった。

 いさなも、氷魚ひおと似たような思いを抱いたのかもしれない。

「そうですね。あたしもそれがいいと思います」

「皆さん、大丈夫ですか?」

 氷魚は、こちらに歩いてきたいさなたちに声をかける。

「わたしと凍月いてづきは平気――って、弓張ゆみはりさん、首の傷は?」

「実は結構痛いです」

 顔をしかめて、奏は首を押さえた。出血はまだ止まっていない。人間だったらとっくに倒れているのではないだろうか。

「弓張さん。おれの魔力を使ってよ」

 氷魚はためらわず手を差し出した。

 氷魚もだいぶふらついているが、まだ動ける範囲だ。奏と比べたら、怪我らしい怪我もない。

「使う?」

 いさなが不思議そうに呟く。

「あー……その、あたし、魔力を渡すだけじゃなくて、譲り受けることもできるんです」

 なぜか気まずそうに、奏は頬をかく。

「――なるほど。そういうことだったのね」

 氷魚の手と奏のお腹を見比べ、いさなは納得したようにうなずいた。

 そして、氷魚をやんわりと押しのけ奏に手を差し出す。

「だったら、わたしの魔力を使って。さっきもらったから、お返しするわ」

「え、あの、いさなさん?」

「氷魚くんも疲れてるでしょ」

 戸惑う氷魚に、いさなは微笑んで見せた。しかし、目が笑っていなかった。

 これ以上無茶をするなという意味なのだろう――たぶん。

 氷魚はそう思うことにした。


 氷魚たちが廃屋の外に出ると、夜が明けていた。

 いさなは氷魚たちから離れると、携帯端末を耳に当てる。協会に連絡するのだろう。

 氷魚は大きく伸びをした。隣では奏があくびをかみ殺している。

 早朝の空気が清々しい。涼しさの混じった空気だ。夏も終わりに近づいているのを実感する。

 太陽の眩しさに目を細め、氷魚はふと思う。

「――そうだ、弓張さん」

「うん?」

「ダンピールって、太陽の光を浴びて大丈夫なの?」

「え、今更?」

「なんか、当たり前のように日光の下を歩いていたから、気にならなかった」

「見ての通り、あたしは平気。母さんは少し苦手みたいだけどね」

 奏は両手を広げて見せた。

「それでも、少しなんだ」

 完全に偏見だが、吸血鬼は日光を浴びると灰になるイメージがある。

「吸血鬼の個体差だね。強い個体は、日光をなんとも思わないらしいよ。中には日焼けサロンにも通う猛者もいるとか」

「吸血鬼が焼くの? 肌を?」

「そう。こんがり小麦色にね」

 奏は笑う。

 冗談なのか、それとも本当なのか。

 真偽を奏に確かめようとして、氷魚は口を開きかけたが結局やめた。

 あえて確かめる必要はないだろう。

 いろんな人間がいるように、いろんなあやかしがいる。

 小麦色の吸血鬼がいたって、何にもおかしくない――と思う。

「もうすぐ協会の人たちが来るから、そしたら帰ろうか」

 通話を終えたいさなが戻ってきた。

「沖津さんって、どうなるんですか?」と奏が尋ねる。

 氷魚も訊こうとしていたことだった。

「わたしも詳しくはわからないけど、たぶん、魔術系の財産は没収されると思う。あと、沢音さわねさんに関われなくなるのは確実だね」

「……そうですか」

「なんだ小娘。おまえまさか、あいつに同情してるんじゃねえだろうな」

 いさなの肩に乗っている凍月がからかうように言う。

「そんなんじゃないです。ただ、他にやりようはなかったのかなって」

「他も何も、想っているだけじゃ伝わるわけねえだろうが。玉砕覚悟で正面からガツンとぶつかりゃよかったんだよ」

「沖津さんは、それができないから悩んでいたんでしょ。監視役の立場もあるし」と、いさなが言う。

「まったく。人間ってのは、どうして物事を複雑にしたがるかね。――なあ小僧。おまえはどうなんだ」

「どう、とは?」

「好きな女ができたら、ずばっと告白できるのか」

 いさなと奏が揃って興味深そうな目を向けてくる。さすが女子だ。コイバナの匂いに敏感である。

「いや、どうでしょうね」

 氷魚は目を泳がせた。

「おまえは絶対うじうじ悩むタイプだな。で、悩んでいるうちに目の前でかっさらわれるんだ」

 ひどい決めつけと言われようだった。だが、ありそうな気がしてくる。

 いさなと奏が、あぁーというような顔をした。2人も凍月と同じ意見なのかもしれない。

「それならいっそ、告白してふられた方がマシですね」

「え!? 氷魚くん好きな女の子がいるの?」

 いさなが驚いたように言う。そんなに意外なのだろうか。

「今はいませんけど……」

 気になっている存在なら目の前にいるが、当然口にはできない。

「あ、そうなんだ……」

 そんなことを話していると、車の音が聞こえてきた。協会の人が来たようだ。

 バンから降りた、一見するとどこにでもいそうな2人組が、いさなと二言三言言葉を交わし、廃屋の中へ入っていく。無駄のない、きびきびした動き方だった。

「思ったんですけど」

 奏が口を開く。

「どうしたの?」

「あたしたちの帰りって、どうするんですか? もう皆魔力がすっからかんですよね。今の人たちが乗せて行ってくれたりは」

「しないでしょうね。沖津さんたちを運ばなきゃいけないし」

「となると」

「歩きね」

「ですよねー」

 凍月に乗せてもらった時はあっという間だったが、ここから沢音の家までは結構な距離があるはずだ。

 徹夜明けで身体はぼろぼろ、体調はお世辞にもいいとは言えない。

 でも――

 歩き出したいさなと奏の後に続き、氷魚は思う。


 いさなたちと歩くのならば、苦にはならない。

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