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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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遥かなる蜘蛛の呼び声②

 優位に立っているというのに、沖津おきつには微塵も油断がない。横に逃れようとするかなでの進行方向に置くような蹴りを放って空間を潰す。脇腹に蹴りを受け、奏がよろめく。

 そして、沖津はナイフを奏目がけて――

「ぐっ……」

 唐突に、沖津がうめいて手を押さえた。ナイフが床に落ちて乾いた音を立てる。

 見れば沖津の手には何か突き刺さっていた。持ち手の後部に輪っかがあり、先端は鋭く尖っている。

 忍者が使うような、苦無くないだった。

 沖津はすぐさま腰に手をやり別のナイフを取り出すが、奏の方が速かった。

 拳を握り、奏は沖津の鳩尾みぞおち目がけて重い突きを放つ。

 破砕音がしそうな勢いで、拳がめり込んだ。

「……っ!」

 前のめりになった沖津が、声もなくゆっくりとくずおれる。

 ものすごく痛そうだが、さっきの怪物のように吹っ飛ばないところを見るに、奏は相当手加減したようだ。でなければ、比喩ではなく沖津の身体には風穴が開いていただろう。

 大きく息を吐いた奏は、いさなの方に顔を向けた。

 誰が苦無を投げたかなど、考えるまでもなかった。いさなしかいない。

 そのいさなは苦無の投擲とうてきでリズムを崩したのか、絡新婦じょろうぐももどきに一方的に押されていた。

「先輩! ――こんのぉ!」

 素早く駆け寄った奏は、助走をつけた飛び蹴りを繰り出した。

 蹴りは上半身に命中し、絡新婦もどきが大きくよろめく。奏はそのまま空中で一回転し、床に着地する。

「でかした小娘!」

 よろめいた絡新婦もどき目がけて、凍月が口から青い炎を吐きかけた。炎が上半身を焼き、絡新婦もどきは顔を押さえる。

「いさな、今だ!」

 いさなが跳躍した。身体を弓なりに逸らし、振りかぶった刀を叩き付けるように振り下ろす。

 絡新婦もどきの左肩から入った刃が右脇腹へ抜ける。血がしぶいた。

「ア、アアァァァ!」

 絡新婦もどきが悲鳴のような声を上げた。

 なまじ顔が沢音さわねに似ているだけに、痛ましい。

 絡新婦もどきの脚の上に器用に立ったいさなは、間髪入れず刀の切っ先を心臓があると思しき場所へ突き入れた。

 大きくのけぞった絡新婦もどきの上半身が痙攣けいれんする。

 いさなが飛び降りると同時、くたりと、身体を支える力を失ったように蜘蛛の下半身が床に着いた。

「そん……な、サワネ……」

 声のした方を見れば、床に倒れた沖津が顔を上げていた。

 その微かな声が聞こえたのか、絡新婦もどきが顔を沖津に向ける。

「――マコト」

 そして蜘蛛は名を呼んだ。おそらくは、沖津の名前を。

 沖津は目を見開き、それから満ち足りたような笑みを浮かべ、床に突っ伏した。

 人に造られたあやかしは微笑み、うつむいて動かなくなる。

 しばらく誰も身じろぎすらしなかったし、言葉も発しなかった。


 沖津の想いが歪であることは間違いないと思う。

 人やあやかしを傷つけて愛する存在を作り出そうとするなど、正気の沙汰ではない。決して許されることではないだろう。あらゆる生命に対する冒涜ぼうとくだ。

 共感はできないし、理解もできない。

 けれども、と氷魚は思う。

 沖津の想いは、確かに『サワネ』に届いたのだ。

 そして『サワネ』は沖津の想いに応えた。

 どうしようもなく歪で、身勝手で、救いようがないくらい狂ってはいるけど、これもまた、愛情表現の1つの形なのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 沖津...いくら監視対象と干渉しては駄目といってもここまでの執念があるなら協会と交渉して妖コンの機会くらい設けてくれても良かったんじゃないか?
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