今、ここにある危機⑮
凍月といさなの関係性はまるで長年一緒に戦ってきた戦友みたいで、いいなと思うと同時に少し妬ける。余人は絶対に間に入れないからだ。これで出会って4年というのが信じられない。
「――では、全員そろったことだし、奥に進みましょう」
いさなが表情を引き締める。
ゴリラもどきは倒したが、正体不明の吸血する怪異には出くわしていないし、犯人も控えているのだ。まだまだ油断はできない。
懐中電灯を持ったいさなが先頭に立ち、氷魚、奏の順番で、さきほどの三叉路まで戻ってきた。
向かって右が、氷魚たちが最初に通った通路だ。
「氷魚くん、胸はどう?」
「なんともないです」
「とりあえず、まっすぐ行ってみようか」
氷魚と奏は揃ってうなずいた。
歩き出してからほどなくして、前方に扉が見えた。頑丈そうな鉄の扉だ。
「持っててもらっていいかな」
懐中電灯を氷魚に渡したいさなは、刀を呼び出した。
まさかと思う暇すらなかった。
いさなは鯉口を切って抜刀し、何のためらいもなく扉に向かって刃を振るう。
あっさりと切断された鉄の扉は倒れて重々しい音を響かせた。
すさまじい腕前と切れ味に唖然とする。
思えば、いさなが物体を斬るのを見るのは初めてかもしれない。
「おまえな、せめて鍵がかかっているかどうかくらい調べたらどうだ」
凍月が呆れたように言った。
「罠があったらどうするのよ。こっちの方が早いし安全でしょ」
「そりゃそうかもしれねえが……」
言い合いするふたりの横から、氷魚は部屋の中を懐中電灯で照らす。
「――っ!」
目に飛び込んできた光景に、氷魚は息を呑んだ。
薄暗い部屋の中にはたくさんの棚があり、無数の透明な容器が置かれている。
そして、見える範囲での容器にはすべて、蜘蛛が入っていた。
一つの容器につき一匹。大小さまざまな蜘蛛は何十匹、いや、何百匹いるかわからない。蜘蛛の蠢く音が部屋の中に響いている。
異様な光景に、さほど蜘蛛に苦手意識がない氷魚でも怖気が走った。
苦手な人や蜘蛛恐怖症の人が見たら卒倒間違いなしだ。
「うわ、なにこれ」
部屋を覗き込んだ奏が声を上げる。
「ちょっと返してもらうね」
氷魚から懐中電灯を受け取り、いさなは部屋に足を踏み入れた。奏も後に続く。
「上に蜘蛛がいない理由がわかりましたね」
「集めてここで保管――飼育していたみたいね」
大量の蜘蛛に囲まれていても、2人は顔色一つ変えてない。
「一体、何だってこんな」
氷魚は腕をさする。間違いなく、この中で氷魚が一番怖気づいていた。
「蠱毒でも作るつもりなんじゃねえか」
「蠱毒?」
「たくさんの動物を集め、殺し合わせて最後に残った一匹を使う呪術さ。ムカデや蛇なんかがよく使われるな」
「……怖いですね」
どうやったらそんな発想が生まれるのだろう。
「この部屋には、他に通路はないみたいです」
いつの間にか部屋を一回りしてきた奏が言った。
「わたしも見てくる」
入れ替わりに、いさなが部屋の奥へ消える。
氷魚は入り口から動く気になれなかった。
「弓張さん、蜘蛛は平気なの?」
いさなを待つ間、奏に話しかける。
「うん。ちなみに、容器の中の蜘蛛はほとんどがこの辺りの地域に生息している種類だったよ。タランチュラとかゴライアスバードイーターみたいなのは見当たらなかった」
「ゴライアス……何?」
「ゴライアスバードイーター。学名はルブロンオオツチグモだったかな。こんなに大きいの」
奏は手を広げてみせた。10センチはある。それだけ大きいのなら、その名の通り鳥を捕まえることもできそうだ。
「詳しいね」
「出演したバラエティ番組で実物を見たから」
「なるほど。やっぱり、驚いた?」
「それがそうでもなかったんだ。へーって感じで。大きな蜘蛛にびっくりする女の子らしい反応を期待されていたのはわかってたんだけど、うまくできなかったな。一緒に出演してた芸人さんがフォローしてくれて、助かったよ」
「そっか。テレビって、色々大変なんだね」
華やかな世界に見えるが、当然それだけではないのだろう。
「楽しいこともいっぱいあったけどね」
奏は寂しそうに笑う。
もう少し踏み込むべきか迷っていると、いさなが戻ってきた。
「この部屋には蜘蛛の他には何もないみたいね。最後の通路に行きましょうか」




