今、ここにある危機⑭
「2人とも無事、なんだね?」
「はい、なんとか。弓張さんに助けてもらいました」
「あたしは橘くんに助けてもらいました」
「そう――。本当に、よかった」
いさなは納刀し、安堵したように微笑んだ。
「まったく、ひやひやさせやがって」
いさなの足元にいた凍月が言う。いさなだけではなく、凍月も心配してくれたようだ。
「――先輩、あたしの不注意でご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした!」
前に進み出て、奏は深々と頭を下げる。
「ううん。悪いのはわたしだよ。もっと気を配っておくべきだった。ごめん、弓張さん」
「そんな……」
いさなの謝罪は予想外だったのか、奏は慌てたように手を振る。
便乗というわけではないが、謝るならここしかない。
「いさなさん、すみません。また無茶をしてしまいました」
「氷魚くんは反省して」
「そうだな」
「そうだよ」
いさなと凍月、そしてなぜか奏が立て続けに言う。
「えぇ……」
一緒に謝ってくれると言ってくれたのに、あれは嘘だったのか。
「ごめん、冗談。――先輩、元はと言えばあたしのせいなので、橘くんのことは怒らないでくれますか」
一転して、真面目なトーンになった奏が再び頭を下げる。
「――そうね」」
いさなは氷魚に向き直った。
「氷魚くん。きみが誰かのために無茶をする人なのは、よく知ってる。咄嗟に身体が動いちゃったんだよね」
「……はい」
「わかるよ。でも、何度でも言うね。きみが怪我したり、万が一にでも命を落とすことがあったら、悲しむひとたちがいることを忘れないで」
「はい……」
氷魚はうなだれた。
いさなの言葉に怒気はなかった。ただ淡々と、事実を述べていた。
まいった。
怒られるより、堪えた。
「――うん。わかってもらえれば、それでいいんだ」
「確かに。橘くんって、自分より他人が傷つくのに耐えられないタイプっぽいですからね。そう言われたら、そうそう無茶はできませんね」
納得したように奏はうなずく。
自覚はないが、そうなのだろうか。
「そうだね。――ところで弓張さん、怪我をしたみたいだけど、大丈夫?」
奏のお腹に目を留めて、いさなは言った。
「汚れたものと交戦した時に、ちょっと。でも、もう平気です。治ったので」
笑って、奏はお腹を叩いた。
さっきはそれどころではなかったが、お腹を出しっぱなしでは冷やしてしまうのではなかろうか。地下であるせいか、ここは少し肌寒い。
「なら、いいんだけど」
いさなはちらと氷魚を見る。なにか気になることでもあったのだろうか。
「いさなさんは、どうやってここに?」と氷魚は尋ねる。
「2人が落ちた後、部屋を調べたんだけど、何も見つからなくて。手掛かりを探そうと外に出たら、廊下に階段が出現してたの」
「調べるっておまえ、目につくもの片っ端から斬ってただけじゃねえか」
「ああすれば、屋敷の主が慌てると思ったのよ。どこかで見ている感じがしたからね」
「ホントかよ……」
「当たりだったでしょ?」
「罠だったけどな」
「罠?」
「階段を下りて広間に出たら、扉が閉まってな。閉じ込められたのさ。で、そこをバケモノに襲われた」
「もしかして、ゴリラもどきですか?」
氷魚が言うと、凍月は首をひねった。
「ゴリラ? ……まあ、そう見えなくはないな。だが、ありゃ鬼の一種だ」
「鬼……?」
そんなふうには、とても見えなかった。氷魚がイメージする鬼の姿とはかけ離れている。
「あやかしの鬼とはまた違うがな。次元を渡る、厄介な力を持ってる。おまえらも出くわしたのか」
「はい。魔力をこめた攻撃が効かなかったんですよ。橘くんの助言が無かったら危なかったです」と奏がお腹を撫でる。
「そんな特性はないはずだが、召喚した魔術師がなんかしたのかもな」
「先輩たちは普通に倒せたんですか?」
「問題なく斬れたよ」
胸の痛みが消えたわけがわかった。いさながすぐに倒したのだ。
「こいつの刀は真っ当な刀としても切れ味がいいからな。使い手の腕さえ良ければ斬れないものはないんじゃねえか」
「話には聞いてましたけど、影無の刀って、すごいんですね。もちろん、先輩の腕も」
「刀はともかく、わたしの腕はまだまだだよ。――でも、いずれ歴代の影無にも引けを取らないようになるから」
「は、言いやがったな」
凍月が楽しそうに笑う。いさなも笑い返した。
「これくらいはね」




