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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
133/281

今、ここにある危機⑬

 見る間にかなでの腹部の傷が塞がっていく。

 ほどなくして、奏は手を離した。

「ありがとう。おかげで楽になった。あんまり吸いすぎないようにしたけど、身体、しんどくない?」

「……100メートルを全力疾走した後みたいだ」

 虚脱感はあるが、覚悟していたほどではない。

「遠慮してない? おれはまだ大丈夫だよ」

「ううん、もう十分。これ以上魔力を吸ったらたちばなくんが倒れちゃう」

「――魔力か。おれにも魔力があったんだね」

「誰にでもあるよ。あたしたちは魔力って呼んでるけど、霊力って呼ばれたりもする。あやかしなら妖力だね。――もしかして、あたしが血を吸うと思った? 首って言ってたし」

「うん。正直、そのつもりだった」

 覚悟を決めていたので、ちょっと拍子抜けだ。

「血は吸わないよ。そんなことしたら、先輩に退治されちゃう。魔力を貰うのだってぎりぎりな感じだし」と奏は苦笑する。

「いさなさんに? どうして?」

 奏の命がかかっていたのだ。いさなはきっと怒らないし、ましてや退治しようなどとは思わないはずだ。

「どうしてってそれは……。ほら、まあ、人を害したってことで」

 どうもよくわからない。氷魚が自ら申し出たのだから、害するわけではないだろう。

「いいから、そろそろ先に進もうか」

 奏は先頭に立って歩き出す。何か誤魔化されたようなのが気にはなるが、どうやら元気が戻ったようで一安心だ。

 奏の後に続き、氷魚ひおはぶち抜かれた扉を通り抜けた。


「しかしここ、なんなんだろうね」

 どこに続くのかわからない通路を歩きながら、奏は呟いた。

「何かの施設とか?」

 言って、氷魚は天井を懐中電灯で照らす。

 無機質な通路からは、なんとなく研究施設っぽい印象を受ける。

「施設ね。吸血事件の犯人のアジトではあるんだろうけど」

「犯人か……」

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない」と氷魚は首を横に振る。

 今はまだ断定できない。迂闊なことは言わない方がいいだろう。

 更にしばし歩くと、三叉路に差し掛かった。

「うーん。どこに進もうか」

 立ち止まり、奏は通路を順に眺める。

 その時、氷魚の胸がかすかに痛んだ。

 なんとなく、左の方から嫌な気配を感じる。

「弓張さん。もしかしたらなんだけど、こっちに汚れたものがいるかも」

 氷魚は左の通路を指さした。

「じゃあ、そっちに行こうか」

 奏の決断は早かった。

「いいの?」

「後ろから迫ってこられたら厄介だからね」

 一理ある。脅威は早めに取り除く方が安全だ。

「――あれ」

 通路を歩き始めてほどなくして、胸の痛みがすっと消えた。近づくにつれて痛みが強くなるのではと思ったのだが。

「どうしたの?」

「痛みが消えた。汚れたものがどこかに行ったのかな」

「移動したのかもね。とりあえず、進んでみようか」

 曲がり角を曲がると、行き止まりだった。

 2人は注意深く突き当たりの壁に近づく。

「どう?」

「全然痛くない」

「中にはいないのかな」

 奏は軽く拳で壁を叩く。

「さっきと同じで、ここの壁、ちょっと薄いみたい。――よし、橘くんは下がってて」

 またぶち破るつもりらしい。奏は壁に向かい、構えを取った。

 そうして、奏が拳を繰り出そうとした瞬間、壁が斜めに切断された。

「――!」

 奏は咄嗟に後ろに跳んで距離を取った。氷魚を背中に庇うように身構える。

 一体何が起こったのかわからない。

 重い音を立てて、壁が倒れた。向こうには広い空間が広がっているようだ。

 そこから現れたのは――


「――氷魚くんと、弓張さん?」


 刀を携えた、いさなだった。


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