表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
132/281

今、ここにある危機⑫

 腹を押さえ、かなでがよろめく。

弓張ゆみはりさん!」

「平気、かすっただけ!」

 こんなのインチキだ。奏の攻撃は効かないのに、怪物の一撃はあまりにも重い。

 ゴリラもどきが立て続けにカギ爪を振り回す。

 口では平気と言ったが、怪物の攻撃を避ける奏の足さばきに、さきほどまでの軽やかさはない。

 奏が動くたびに足元に血がしたたり落ちる。

 自分にできることはないか。

 もっと考えろ。

 怪物は、何者かに召喚されたように見えた。召喚した何者かは魔術師である可能性が高い。

 魔術師ならば、汚れたものに魔力がこもった武器が効果的なのは当然知っているだろう。

 だったら、どうするか。

 対策するに決まっている。

 なら、どうやって?

「――そうか。弓張さん、魔力だ!」

 氷魚ひおは叫ぶように言う。

「え? これ以上ないってくらい使ってるよ」

「逆なんだ! 魔力を使わないで攻撃してみて!」

「逆……? あ、そうか!」

 頭部に迫るカギ爪をすんでのところで躱した奏は、ゴリラもどきの膝に足刀蹴りを打ち込んだ。それまでびくともしなかったゴリラもどきの身体が、ぐらりと揺らぐ。

「せいっ!」

 奏が強く踏み込み、正拳突きを放つ。

 大地にしっかりと根を張った巨木を思わせる姿勢だった。

 身体の芯にいささかのぶれもなく、奏の拳はゴリラもどきの胸に命中した。

 重々しい打撃音が響き渡り、ゴリラもどきが面白いように吹っ飛んだ。

 金髪の美少女が2メートルを超えるおぞましい怪物を吹き飛ばす。しかも素手で。

 胸のすくような光景に、氷魚は喝采を送りたくなる。

 床にたたきつけられたゴリラもどきは身を起こそうとするが、奏の一撃がよほど効いたのか、うまく立ち上がれないようだ。

 その機を逃す奏ではなかった。

 床を蹴って跳び上がる。人間離れした跳躍だ。

 奏は空中で身をひねり、重力と遠心力を上乗せした踵を怪物の頭部にお見舞いする。

 前のめりになっていたゴリラもどきは後頭部に奏の踵を受け、顔面から床に突っ込む。何かが砕ける音がした。

 着地した奏は素早く跳び退り、大きく息をついた。構えは崩さず、ゴリラもどきをにらみ続ける。

 ゴリラもどきはもう、動かなかった。その身体が黒い塵のようになって消えていく。

「弓張さん!」

 氷魚はすぐさま奏に駆け寄る。

「ありがと、たちばなくん。おかげで勝てたよ。2人の勝利だね」

 奏は親指を立ててみせる。

 今回召喚された怪物には対魔力に特化した防壁が張られているのでは、という氷魚の推察は当たっていたようだ。

 召喚者は、汚れたものには魔力が効果的という『常識』を逆手に取ったのだろう。

 通常の攻撃にもある程度耐性があったのかもしれないが、そこは奏の身体能力の高さを信じた。

 結果、見事奏は怪物を打ち負かした。

 自分の貢献など微々たるもので、ほとんどは奏の力だ。

「役に立てたのなら、よかった。……って、弓張さん、怪我が!」

 お腹を押さえる奏の手に視線を落として気づく。

 奏の腹部は赤く染まっていた。かすっただけというのは強がりで、深傷ではないのか。

 よく見れば、顔色だってよくない。

「ああ。こんなの、少しすれば治る……」

 顔をしかめた奏は腹を押さえ、しゃがみ込む。

「つぅ……。さすがに魔力を使いすぎちゃったかな」

「見せて」

「見ない方がいいよ。結構グロいから」

「いいから」

 奏の手をやんわりとのけて、氷魚は怪我の確認をする。

 服が破れ、白い肌が無残に裂けていた。出血も続いている。どう見ても軽傷ではない。こんな傷を負っていたのにあれだけ動いていたのかと驚く。

 直視するのは痛ましくてつらい。だが、目を背けたくなるのを堪え、氷魚はポケットから小さな容器を取り出した。

「それは?」

「いさなさんから貰った軟膏だよ。痛いと思うけど、じっとしてて」

 肩を怪我した後、念のためにと渡されていたのだ。

 指に軟膏を取り、奏の傷口に塗っていく。

「……!」

 相当痛いだろうに、奏は声を上げなかった。

 軟膏の効果はてきめんで、出血の勢いが弱まった。だが、完全に止血するまでは至らない。

 顔色も依然として悪い。

 このままでは、最悪、命に関わるかもしれない。軟膏は使い切ってしまった。

 ――どうすれば。

 氷魚は唇を噛む。

「橘くん、自分が怪我したみたいな顔をしてるよ」

「だって……」

「大丈夫、さっきよりは楽になった。あたし、半分は人間じゃないから、傷の治りも早いんだ」

「――でも、治癒には魔力を使うんだよね。そして、その魔力は枯渇寸前」

「……まあ、そうだね」

 魔力を使いすぎたという奏の言葉から推測して鎌をかけたのだが、当たりだったようだ。

 だったら――

「あのさ。弓張さんはいさなさんに魔力を渡してたけど、あれの逆ってできない?」

 奏は氷魚の言いたいことを察したようだ。一瞬だけ間を置き、「逆は無理。できない」と強張った顔で首を横に振る。

「できるんだね」

「どうして――」

「演技も無しに、迷った素振りを見せたから」

 それに、吸血鬼は人の血を吸う存在だ。だったら、ダンピールもその性質を持っていたっておかしくない。

「腕でいい? それとも首の方がいいかな」

「なんであたしが吸うこと前提で話を進めてるの」

 だってこのままじゃ弓張さんが、と言おうとして思いとどまる。感情でものを言っても、奏は納得してくれないかもしれない。

「弓張さんが万全の状態でいてくれたら、おれも安心できるから。だから、弓張さんの傷を治すのはおれのためでもあるんだ。また怪物が出てきたら困るし」

「それは……」

「だから、お願い」

 奏はそれでもまだ迷っているようだったが、やがて諦めたように細い息を吐いた。

「わかった。頼らせてもらうね。手を出してくれる?」

 氷魚が手を差し出すと、奏は両手で氷魚の手を握った。

「じゃあ、貰うね」

 2人の手に淡い光が灯る。同時に、氷魚の身体から力が抜けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ