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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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今、ここにある危機⑧

「特に何も見つかりませんね」

 かなでが髪の毛についた埃を払ってぼやく。

 周辺を調べても何もなかったので、片っ端からあちこち調べることにした氷魚たちだったが、家の中を一通り見回ってもこれといった成果は得られず、ただ身体が埃っぽくなっただけだった。

茉理まつりさんの妖力の気配が消えた場所の近くだし、やっぱりこの部屋が怪しいと思うんだけど」

 いさなが部屋の中を懐中電灯で照らす。

 古ぼけたクローゼットに、動きを止めた柱時計、頑丈そうなテーブルと椅子――現在、氷魚ひおたちは洋間にいた。家屋内で洋間はここだけで、明らかに浮いている。

「さっきはよく見なかったんですけど、あの絵、不気味ですよね」

 氷魚は壁にかかった絵画を指さした。

 油絵だろうか。

 おどろおどろしいタッチで描かれた大蜘蛛が、峡谷のような場所で捕まえた人間を頭から貪り食っている。

 見ていると、胸がざわついてくるような絵だった。

「確かに」

 近寄った奏は、絵画の右下に顔を近づける。

「T・Tategamiっていうサインがあるね」

「――舘上たてがみ泰輔たいすけ。東洋のピックマンと言われている画家ね」と、いさなが呟いた。

「ピックマン?」

 奏は首を傾げた。氷魚も知らない名だ。

「ええ。リチャード・アプトン・ピックマン。身の毛もよだつような怪物の絵を描き続けた画家よ。彼の描いた絵は表ではちっとも評価されなかったけど、一部の好事家たちの間では高値で取引されているらしいわ」

「先輩はピックマンの絵を見たことあるんですか」

「一度、仕事の最中にね。はっきり言って、二度と目にしたくない絵だった」

 その時の絵を思い出したのか、いさなは眉をしかめる。気分が悪くなるような絵だったのだろう。

「この舘上という画家の絵は、ピックマンの絵に似ていると?」

「間違いなく影響は受けてるでしょうね。ピックマン同様、舘上の絵もやっぱり好事家の間で評判がいいみたい」

「なんでここにあるんでしょうか」

「家主の趣味だったんじゃない? 家具もそのままだし、別荘を手放して、後は放っておいたんでしょ」

「――んー、なんか気になりますね。意味ありげで」

 奏は絵画を前に腕組みをした。

 直視したくはなかったが、自分も調べてみようと思った氷魚は絵画に近づく。

「裏に金庫やスイッチがあったりして」

 背伸びをした奏の手が、額縁に届きそうになった瞬間だった。

 奏の足元の床が、ぱっくりと口を開けた。

「――え?」

 手を上げたまま、奏が開いた穴へと吸い込まれるように落ちていく。

弓張ゆみはりさん!」

 氷魚は反射的に手を伸ばし、落ちていく奏の手首をつかんだ。

 失策だった。

 人ひとりの重みを支えきれず、足を滑らせて体勢を崩した氷魚は奏ごと穴へと引きずり込まれた。

「氷魚くん! 弓張さん!」

 いさなの悲痛な声が響く。

 暗闇の中を落下していく。すぐに上下がわからなくなる。昔、プールの中でおぼれかけた時みたいになった。

 怖さのあまり、氷魚は思わず目をつむる。

 死、という言葉が頭をよぎった瞬間、身体が何か柔らかいものに包まれるような感触があり、その後に衝撃がきた。

 痛みはほとんどないが、さほどの高さではなかったのだろうか。

「もう、目を開けても大丈夫だよ」

 近くで奏の声がした。

 氷魚は恐る恐る目を開ける。薄暗闇の中、驚くほど近くに奏の顔があった。

 少し遅れて自分の状況を把握する。

 氷魚は、奏に抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこである。

「え、これ、おれ、どうなって?」

「見たままだよ。空中であたしが橘くんをキャッチして、そのまま着地したの。危なかったよ。たちばなくん、頭から落ちてたから」

 できて当然のように言っているが、とんでもないことをやってのけている。外見は華奢だが、ダンピールの身体能力はやはり高いようだ。

「そうだったんだ……。ありがとう、弓張さん」

 奏はゆっくりと氷魚を下ろす。

 下はコンクリートだった。ぞっとする。頭から激突していたら、間違いなく悲惨なことになっていた。

「どういたしまして。……って、お礼を言われる筋合いはないんだけどね。ごめん、あたしの不注意に巻き込んじゃって。絵が落とし穴のトリガーだったみたいだね」

「あれは仕方ないよ。あと、絵はたぶん関係ないと思う」

「どうして?」

「奏さんの指、絵の額縁に触れてなかったから」

「そうなの? だったら、なんであのタイミングで」

「それなんだけど」

 氷魚は周囲を見渡した。薄暗くて遠くまでは見通せないが、声の響きからして広い空間のようだ。

「誰かがおれたちを見てたんじゃないかな。隠しカメラとかで。それで、奏さんを狙って罠を発動させた」

「なるほど。ありえるかも」

「おれにはよく見えないけど、ここって、どんな場所なの?」

 奏は首を巡らせる。

「周囲をコンクリートに囲まれた閉鎖空間っぽいね。――あ、そうだ。よかったらこれ使って。普段使わないから、入っていたの忘れてた」

 奏はたすき掛けにしていたボディバッグから懐中電灯を取り出し、氷魚に差し出した。

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