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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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今、ここにある危機⑥

 いさなは笑うと、凍月いてづきに声をかける。

「さて、魔力は十分。凍月、お願い」

「大きさはどうするんだ。2人分でいいのか」

 凍月に問われ、いさなは氷魚ひおに目を向けた。

「先輩。まさか」と奏が不安げな声を出す。

「今回の怪異は未だに正体がわからない。家の中に出現しても、茉理まつりさんたちは気配を察知できなかった。けど、氷魚くんは1人だけ気づいた」

 いさなは氷魚の顔をまっすぐに見た。

「協力、させてもらえますか」

 いさなが口を開くより先に、氷魚は言った。

「まだ何も頼んでないんだけど」

「置いていくって言われたらどうしようって思ったので」

 氷魚の言葉を聞いたいさなは、ふんわりと微笑む。

「――今更、そんなこと言わないよ。お願いできる?」

「はい!」

「でも先輩、さすがに今回は危険ですよ」

「わかってる。だからわたしたちで守るの」

「いつも守られるばかりで心苦しいですが、よろしくお願いします」

 いさなたちのように強かったらとは思うが、それは無理な話だ。自分は自分にできることをするしかない。

「……わかりました。2人がそれでいいのなら」

 どうやら、かなでも納得してくれたようだ。

「うん。そういうことだから、凍月、3人で」

「おうよ」

 凍月の身体が膨らんでいき、大型バイクほどの大きさになった。真白ましろが乗っていたバイクより大きい。巨大な虎を思わせる。圧巻だ。

「乗る順番はどうします? 魔力補充の関係上、あたしと先輩はくっついている必要がありますが」

 ついていくと言ったはいいが、その問題を失念していた。誰かしらと密着する。一緒に乗るとは、そういうことだ。

 いさなの判断は早かった。

「じゃあ、わたしが先頭、次が弓張ゆみはりさん、最後が氷魚くんね。風除けの護符を使うから風圧で吹き飛ばされる心配はないけど、しっかり前の人につかまってて。凍月は速いよ」

 いさなは凍月の背にまたがった。奏が続き、いさなの腰にしっかり腕を回す。

 次は氷魚の番なのだが――本当にいいのか。

 既視感がある。真白のバイクに乗った時だ。

たちばなくん、遠慮はいらないから。あ、でも、どさくさで変なところ触らないでね」

「さ、触りませんよ!」

「だよねー」

 奏は明るく笑う。おかげで少し気が楽になった。

「では、失礼します」

 凍月と奏に断って、氷魚は凍月の背に乗った。おずおずと奏の腰に腕を回す。柔らかみは、あえて意識しないようにする。

 信じられない。カナカナにつかまってる。ファンに知られたらぶん殴られそうだ。自分もファンではあるが。

「凍月、準備オッケーだよ」

「よし行くぞ。空を飛ぶのは消費がデカいから地を走っていく。しっかりつかまってろよ」

 言うなり、凍月が地を蹴って駆け出した。

 速い。

 車やバイクの比ではない。周りの景色が文字通り飛ぶような速さで通り過ぎていく。そのくせ、どういう走り方をしているのか、揺れがほとんどない。風除けの護符の効果も確からしく、風も感じない。新幹線に乗っているみたいな快適さだ。

「どう、みんな、平気? 目を回してない?」

 少しして、先頭のいさなが声を上げた。

「快適ですよ」

「こっちも大丈夫です」

 会話も問題なくできるようだ。

 だったら――

「今のうちに訊きたいことがあるんですが、いいですか?」

「いいよ」

「吸血の件ですが、どうして茉理さんは気がつかなかったんでしょうか? 黙って血を吸わせるなんて、おかしいですよね」

「血を吸う際に、蚊の唾液みたいなものを使ったのかもね。ほら、蚊に血を吸われていても、わたしたちは気づかないでしょ」

「ああ、蚊の唾液って、麻酔効果を持つって言いますものね。じゃあ、気配は?」

「高度な隠形、もしくは魔導具かな」

「弓張さんの眼鏡みたいな?」

「あの眼鏡の効果をもっとすごくしたものだね。天狗の隠れ蓑クラスの魔導具だったら、いくら茉理でも気づけないはず」

「天狗の隠れ蓑って、昔話で読んだことがあります。完全に姿を消しちゃうものですよね」

「天狗のやつら、あれでよく悪戯をするんだよな。女湯を覗いたりとか」

 凍月が呆れたように言う。

 天狗も隠れ蓑も当然のように実在しているらしい。

 それにしても――

「発想が男子中学生……」

「なんだ小僧、おまえはもし透明になれたら女湯を覗きたいとは思わないのか」

「え、それは……」

 男子がよくする妄想のベストテンに入る気がする。

 そんなことを考えていたら、いさなと奏が揃って首だけ振り向いた。無表情が怖い。氷魚の答え次第では鬼や般若に変化しそうだ。

 沈黙は金である。

 氷魚は咳払いをして、

「それより、動機は何でしょうか。今まで人間の血を吸っていたのに、急に茉理さんを狙うなんて」と逸れかけた話を軌道修正する。

「強大なあやかしの血と妖力が欲しかったんじゃねえか。茉理は平安時代以前から生きている大妖だ。狙われてもおかしくはない」

「だとしたら、日渡ひわたりさんを狙わなかったのはなぜでしょうか。日渡さんも大妖ですよね」

「あと、大前提として、茉理さんが沢音さわねさんの家に泊まっていることを知っている必要があるよね」

「あ、そうか。弓張さん、茉理さんと弓張さんが日渡さんの家に泊まることって、誰が知ってるの?」

 氷魚が尋ねると、奏はわずかに首を傾けた。

「急に決まった話だからね。あたしは誰にも言ってないけど、お師匠はわからない」

「茉理さん、誰かに言ったのかな」

 話すにしても、信頼できる相手以外には喋らないはずだ。

 信頼。

 氷魚の頭に引っかかるものがあった。何か見落としをしている気がする。もう少しで思い出せそうなのに、出てこない。

 一体、なんだろう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い!物語を紡ぐ文章が丁寧でわかりやすくまた個性豊かな味のあるキャラが多すぎず、少なすぎない丁度いい数で登場するのと主要キャラを中心に因縁と言うなの伏線があるのがいい。後、これはついでで…
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