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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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今、ここにある危機①

 電車に乗っている。

 通路に立つ氷魚ひおの眼前には、槍を構えたおぞましいカエルのバケモノが立っていた。こちらに向けられた槍の穂先が不気味に光っている。

 いつかどこかで見た景色のような気がするが、頭は霞がかかったみたいにぼんやりしていて、はっきりと思い出せない。

 氷魚は蛇ににらまれたカエルのように身動きができない。

 相手がカエルのバケモノなのが、この上ない皮肉だった。

 この状況、以前は誰かが自分を助けてくれたような――

 カエルのバケモノが槍を突き出した。

 穂先は、氷魚の胸を容易く貫通した。頭に抜けるような白い痛みが走る。

 槍が引き抜かれ、氷魚は床に倒れ伏す。血だまりが広がっていく。

 と、誰かが氷魚を抱き起こした。黒髪の少女だった。

 見覚えがある気がする。

 自分にとって、大切な人のような気がする。

 少女は氷魚に向かって呼びかけているが、もう氷魚の耳には何も聞こえない。

 カエルのバケモノが、逆手に持った槍を少女の背中に向ける。

 危ない、と言おうとしても、声が出ない。

 バケモノが槍を突き出す。穂先が少女の華奢な身体を貫き、少女は背を弓なりに逸らした。

 少女の口からこぼれ出た血が氷魚の顔を濡らす。


 自分の悲鳴で目が覚めた。

 身を起こした氷魚はTシャツの胸元を強く握りしめる。

 胸が痛い。

 とっさに部屋の角に目を向ける。薄暗い部屋の隅に煙は見えなかったし、嫌な臭いもしなかった。

 どうやら、時の腐肉食らいではなかったようだ。

 しかしまだ安心はできない。胸の痛みは現実で、夢ではなかった。

たちばなくん、すごい悲鳴が聞こえたけど、大丈夫!?」

 ドアがノックされ、奏の声がした。どうやら、氷魚が発した悲鳴は隣の奏の部屋まで聞こえたらしい。

 返事をしようとしたが、カラカラに乾いた喉からはうまく声が出てこない。

「開けるからね!」

 日渡ひわたり邸の個室は鍵がついていない。すぐさまドアが開けられ、奏が部屋に踏み込んできた。

 奏は部屋の照明をつける。

 氷魚の様子に気づいた奏は目を見開いた。

「橘くん、汗びっしょりじゃない。それに、ひどい顔色」

「おれは平気。それより……」

 かすれた声で言って、氷魚はベッドから降りる。

「近くに、汚れたものがいる」

 和らいではきたが、この胸の痛みは間違いない。

「あたしにはわからないけど――って、そっか! 橘くん、汚れたものを察知すると、胸が痛むって言ってたものね」

 氷魚は弱々しくうなずいた。

「早く、日渡さんと茉理まつりさんにも知らせないと」

「そうだね。あたしが知らせに行く……って、橘くんを1人にするのは危ないか。一緒に行ける?」

「うん」

 胸の痛みより、今見た夢の衝撃の方が大きい。無性に胸騒ぎがする。早くみんなの無事を確認したい。

 部屋を出た氷魚と奏は、同じ二階にある茉理の部屋に向かった。

「お師匠、夜遅くにすみません。緊急事態です」

 ドアをノックして奏が呼びかける。中から返事はなかった。

「……もしかして、下でまた日渡さんと飲んでいるのかな」

 希望的観測だった。

 部屋から出る時に持ってきた携帯端末で確認すると、時刻は夜の3時を過ぎている。いくらなんでも部屋にいるだろう。

「お師匠、開けますね」

 意を決したようにノブをつかみ、奏はドアを開けた。

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