奏よ、あれが鳴城の灯だ
「今晩も張り込む予定だよ」
「別のDVD、お貸ししましょうか?」
奏が嬉しそうに提案する
「せっかくだけど、遠慮しとく。借りた映画は面白かったけど、さすがに課題を進めなきゃいけないから」
「張り込みしつつ勉強か。学生って大変ね」
茉理の呟きに、「大変なこともあるけど、楽しいよ」といさなは微笑んでみせた。
「――そう、よかったわ。本当に」
茉理は感慨深げに頬に手を当てる。
「先輩たちが通っているのって、鳴城高校ですよね。放送局で有名な」
奏も知っているなんて、鳴高放送局はやっぱり知名度が高いんだなと思う。
「そうだよ」
「あたし、観ましたよ。放送局の『鳴城で発見! ベストスズキストを追え』」
氷魚は口に含んだばかりの紅茶を危うく吹き出しそうになった。
「どしたの橘くん、大丈夫?」
「……うん、平気。それより弓張さん、どこでその作品を?」
「ん? 映像関係の知り合いが、おもしろいよって貸してくれた鳴高放送局のDVD集に混じってたんだけど、それがどうかしたの?」
相当マイナーだと思うのだが、さすがはプロだ。アンテナをあちこちに張っているようだ。
「――実はあの作品、おれの姉が製作に関わってるんだ」
「え、そうなの!」
「弓張さんが褒めてたって知ったら、喜ぶと思う。姉さんもカナカナのファンだから」
「――そっか」
ファン、という単語を聞いた奏の顔にほんの一瞬、影が差した。
「鳴城って、いいところだよね。鳴高も楽しそうだし」
しかし、次の瞬間にはもう影は跡形もない。
「弓張さんはどこの高校?」
ファンの存在は、今の奏には重荷なのかもしれない。
触れない方がいいだろうと判断した氷魚は、話題を移した。
「あたしは泉間二高」
他県の氷魚でも知っている。泉間でトップクラスの進学校だ。
「すごいね」
「ほとんど通ってないけどね。なんか、居心地が悪いっていうか、そんな感じで」
奏の言葉は歯切れが悪かった。学校で嫌なことがあったのかもしれない。
「だから、橘くんや先輩が、羨ましい」
さらりと言ったが、奏の言葉には切実な響きが含まれていた。
奏の目に、氷魚たちの学校は眩しく映っているのかもしれない。
奏が氷魚たちを羨ましいと言うのを、氷魚は意外には思わない。
世間一般の基準に照らし合わせてみれば、様々な面で恵まれていると言える奏だが、彼女には彼女にしかわからない苦労があるはずだ。
奏だけではない。氷魚にもあるし、いさなにもきっとある。
誰だってそうに違いない。傍から見たら大したことがないように見えても、そこに大小はないと氷魚は思う。
「――だったら、いっそ鳴高に転校したら?」
そう言ったのは、茉理だった。
「え――?」
「別に泉間にこだわる必要はないでしょ。鳴城に引っ越して、新しい生活を始めたっていい。あなたの自由よ、奏」
「自由……」
「まあ、今すぐ決める必要はないわ。そういう選択肢もあるってこと、覚えておいて」
茉理は奏の頭をやさしくなでた。
「――はい」
奏は、どこかくすぐったそうにうなずいた。
「ねえ、弓張さん。もし鳴高に来るなら、わたしたちの部活に入ってくれる?」
「いいですね、それ」
氷魚はすぐさまいさなに同意した。
「部活、ですか」
「うん。郷土部兼怪異研究部って言うんだけど」
「……あー、あたし、放送局に入りたいかな。……って、うそ、うそです! まだどうするかわかりませんけど、もしも鳴高に行くことになったら、ぜひ」
しょんぼりしかけたいさなを見て、奏は慌てたように手を振った。
「約束、だよ?」
「はい、約束します」
奏が入部したら、学校が一層楽しくなるに違いない。
そしてそれが、奏の居心地の良さに繋がれば言うことなしだ。
笑いあう2人を見て、いつかそんな日が来ればいいなと氷魚は思った。




