表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
120/281

奏よ、あれが鳴城の灯だ

「今晩も張り込む予定だよ」

「別のDVD、お貸ししましょうか?」

 かなでが嬉しそうに提案する

「せっかくだけど、遠慮しとく。借りた映画は面白かったけど、さすがに課題を進めなきゃいけないから」

「張り込みしつつ勉強か。学生って大変ね」

 茉理まつりの呟きに、「大変なこともあるけど、楽しいよ」といさなは微笑んでみせた。

「――そう、よかったわ。本当に」

 茉理は感慨深げに頬に手を当てる。

「先輩たちが通っているのって、鳴城なるしろ高校ですよね。放送局で有名な」

 奏も知っているなんて、鳴高放送局はやっぱり知名度が高いんだなと思う。

「そうだよ」

「あたし、観ましたよ。放送局の『鳴城で発見! ベストスズキストを追え』」

 氷魚は口に含んだばかりの紅茶を危うく吹き出しそうになった。

「どしたのたちばなくん、大丈夫?」

「……うん、平気。それより弓張ゆみはりさん、どこでその作品を?」

「ん? 映像関係の知り合いが、おもしろいよって貸してくれた鳴高放送局のDVD集に混じってたんだけど、それがどうかしたの?」

 相当マイナーだと思うのだが、さすがはプロだ。アンテナをあちこちに張っているようだ。

「――実はあの作品、おれの姉が製作に関わってるんだ」

「え、そうなの!」

「弓張さんが褒めてたって知ったら、喜ぶと思う。姉さんもカナカナのファンだから」

「――そっか」

 ファン、という単語を聞いた奏の顔にほんの一瞬、影が差した。

「鳴城って、いいところだよね。鳴高も楽しそうだし」

 しかし、次の瞬間にはもう影は跡形もない。

「弓張さんはどこの高校?」

 ファンの存在は、今の奏には重荷なのかもしれない。

 触れない方がいいだろうと判断した氷魚は、話題を移した。

「あたしは泉間せんま二高」

 他県の氷魚でも知っている。泉間でトップクラスの進学校だ。

「すごいね」

「ほとんど通ってないけどね。なんか、居心地が悪いっていうか、そんな感じで」

 奏の言葉は歯切れが悪かった。学校で嫌なことがあったのかもしれない。

「だから、橘くんや先輩が、羨ましい」

 さらりと言ったが、奏の言葉には切実な響きが含まれていた。

 奏の目に、氷魚たちの学校は眩しく映っているのかもしれない。

 奏が氷魚たちを羨ましいと言うのを、氷魚は意外には思わない。

 世間一般の基準に照らし合わせてみれば、様々な面で恵まれていると言える奏だが、彼女には彼女にしかわからない苦労があるはずだ。

 奏だけではない。氷魚にもあるし、いさなにもきっとある。

 誰だってそうに違いない。傍から見たら大したことがないように見えても、そこに大小はないと氷魚は思う。

「――だったら、いっそ鳴高に転校したら?」

 そう言ったのは、茉理だった。

「え――?」

「別に泉間にこだわる必要はないでしょ。鳴城に引っ越して、新しい生活を始めたっていい。あなたの自由よ、奏」

「自由……」

「まあ、今すぐ決める必要はないわ。そういう選択肢もあるってこと、覚えておいて」

 茉理は奏の頭をやさしくなでた。

「――はい」

 奏は、どこかくすぐったそうにうなずいた。

「ねえ、弓張さん。もし鳴高に来るなら、わたしたちの部活に入ってくれる?」

「いいですね、それ」

 氷魚はすぐさまいさなに同意した。

「部活、ですか」

「うん。郷土部兼怪異研究部って言うんだけど」

「……あー、あたし、放送局に入りたいかな。……って、うそ、うそです! まだどうするかわかりませんけど、もしも鳴高に行くことになったら、ぜひ」

 しょんぼりしかけたいさなを見て、奏は慌てたように手を振った。

「約束、だよ?」

「はい、約束します」

 奏が入部したら、学校が一層楽しくなるに違いない。

 そしてそれが、奏の居心地の良さに繋がれば言うことなしだ。

 笑いあう2人を見て、いつかそんな日が来ればいいなと氷魚は思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ