続・僕を調査に連れてって⑥
「で、お師匠はどう考えてるんですか?」
「そうね。大鳥会長が魔道書を盗まれたっていうのは、本当だと思うわ」
「根拠は?」
「私に個人で依頼を受けないかと持ちかけたでしょ。あれ、暗に、犯人を見つけたら引き渡せって言ってたのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、自分で犯人に落とし前をつけさせたいんでしょうね。協会が見つけた場合、さすがに犯人の身柄を引き渡せはしないから」
茉理が言う落とし前とは、単に謝らせるとか、そういうわかりやすい意味ではあるまい。
一見好々爺めいた会長の、表には出さない怖さを垣間見た気がした。
「ただまあ、だからといって会長が怪異を呼んでないという保証もないんだけどね。本人が無理でも、雇った魔術師に召喚させればいいわけだし」
「それで怪異はほったらかしで、退職金代わりに魔道書と魔導具を頂いて魔術師はドロン、ですか。ありそうですね」と奏が呟く。
「そもそも、大企業の会長が怪異を呼ぶ必要なんて、あるんですか?」
氷魚は素朴な疑問を口にした。成功した人間が、わざわざそんな危険を冒すだろうか。
「魔道書は禁断の知識の塊みたいなものだからね。人の欲望を満たす手段がわんさか載ってるの」
「欲望……」
「人がどんな欲望を持っているかなんて、傍から見ただけじゃわからないわ。一見人畜無害そうな人間でも、他人を殺したいと思っているかもしれない。――牛乳風呂に入りたいと思っているダンピールもいるかもしれないわね」
「牛乳風呂は別によくないですか?」と奏が抗議するように言う。
「もったいないでしょ。入った後で全部飲むならともかく」
「えー、でも、しずかちゃんだけじゃなくて、クレオパトラも入っていたらしいですよ。お肌にいいんですって」
「ホント? ちょっと試してみようかしら」
茉理があっさり掌を返す。
凍月がいたら、きっと突っ込んでいただろう。氷魚はこの場にいさなと凍月がいないことを少し寂しく思う。
日渡邸に戻ると、食堂でいさなが幸せそうにシフォンケーキを頬張っていた。
「あらいさっちゃん、おいしそうね。独り占め?」
茉理がからかうように言う。
「ち、ちがっ」
急いで口の中を空にしたいさなは、かぶりを振った。
「みんなの分もあるよ。もちろん」
「いさなはおいしそうに食べてくれるからな。作り甲斐がある」
沢音が笑いながらテーブルの上に人数分のシフォンケーキと紅茶を置く。
礼を言って、氷魚たちは席に着いた。
「聞き込みはどうだった?」
「それがね、カトレアの会長が絡んできたのよ」
茉理は、いさなと沢音に今日の経緯をざっと説明する。
「――なるほど。盗まれた魔道書と今回の怪異、無関係ではなさそうね」
「発生した時期的にも一致しているな。きな臭いぜ」
姿を現した凍月がいさなの肩に跳び乗った。
「魔道書って、どういう状況で盗まれたの?」
「泥棒に入られて、部屋を荒らされたって言ってたわね」
「泥棒……。大鳥会長の家ともなれば、セキュリティは万全だよね」
「でしょうね」
「プロ、それも魔道書や魔導具の価値を知っている人間の仕業――」
拳を顎に押し当て、いさなはなんだか怖い目で言った。
「いさな。まさかとは思うが、あいつがやったなんて考えてるんじゃねえだろうな」
あいつ――春夜のことだろうか。
「――少しね」
いさなはそっけなく言う。
「囚われすぎだ。見えるものも見えなくなっちまうぞ」
「わかってる」
「どうだかな」
凍月は呆れたように鼻を鳴らした。
いさながむっとした気配が伝わってくる。
「いさなさんたちは、今日はどうするんですか?」
気まずくなりかけた空気を振り払うように、氷魚は言った。




