続・僕を調査に連れてって②
日渡邸から最寄りの街の商店街の一角に、その店はあった。表に看板はかかっていないが、一目で雑貨屋だとわかる店だ。
「入りましょうか」
茉理に促され、氷魚と奏は店内に足を踏み入れた。
どこの国のものかよくわからない生活用品や人形、植物、アロマ――店主が自分の好きな物を好きなように並べた、といった感じの店内には、絶滅寸前のペナントや、土産物屋でよく見かける木刀も置かれていた。
極彩色の、目がちかちかするような服もある。もし昨日いさなたちとここに来ていたら、いさなは迷わずこれを買っていたに違いない。
ちなみに氷魚がお詫びにと買ってもらったTシャツの背中にはでかでかと『諸行無常』と書かれていた。日渡邸に戻った後、即着替えたのは言うまでもない。いさなには悪いが、おそらく今後着ることはないだろう。
「いらっしゃいませ」
店内の隅、カウンターに座っていた男性が声を上げる。年齢は30歳くらいだろうか。穏やかそうな男性だ。
「おはよう、沖津ちゃん」
「茉理さんか。そちらの2人は?」
沖津と呼ばれた男性は氷魚と奏に、幾分か警戒心の混じった目を向けた。
「女の子は私の弟子」と茉理は奏の肩に手を乗せる。
「で、男の子は私たちの協力者」と反対の手を氷魚の肩に乗せた。
氷魚と奏は挨拶し、一礼する。
「なるほど。――お弟子さんのかけている眼鏡、もしかして天霧先生の作品かな」
「よくわかるわね」
「同業者だからね。といっても、僕じゃ天霧先生の足元にも及ばないけど」
「天霧っていうのは、魔導具職人の大家ね。気難しいおじいちゃんだけど、甘いものに弱いの」
氷魚の疑問に先回りしたのか、茉理が教えてくれた。
「それで茉理さん、今日は何の用だい?」と沖津は尋ねた。
眼鏡には気づいたが、かけている人物の正体には気づかなかったようだ。もし奏が眼鏡を外したら、仰天するのではないかと思う。
「『粉』が欲しいんだけど、在庫はある?」
「あるよ。ちょっと待っていてくれ」
沖津は奥へと引っ込んだ。
話だけ聞くと、怪しい薬物の取引みたいだ。
「粉って、見えないものが見えるようになる粉ですか」
「あら氷魚くん、知ってるの?」
「いさなさんが使ってたんです」
「そっか。いさっちゃんも霊視ができないからね」
「粉を買いに来たということは、茉理さんや弓張さんも?」
「できないわね」「あたしも」
「隠れているものを見破ったり、存在感の薄い霊を『視る』力っていうのは、持って生まれた才能の1つなの。私はあやかしだけど、見えないものは見えないわね。そういう目を持ってないから」
「みんながみんな見える人だったら、僕の商売は上がったりだね」
沖津が、手に小箱を持って戻ってきた。
「はい、茉理さん。これ」
「ありがと。お代はいつものように支部にツケといて。――ところで沖津ちゃん、ここからが本題なんだけど」
茉理は店内に他の客がいないことを確認し、カウンターに腕を乗せた。
「近隣のキャンプ場の事件、知ってるかしら」
沖津は何事か考えるように顎をさすり、
「――意識不明者が出たっていう話かな」と答える。
「そう、それ」
「詳細は知らないんだけど、粉を買ったっていうことは、そういうことかい」
「ええ。不可視の怪異である可能性が高いと思うの」
「なるほど。しかし、そんな怪異はこの辺じゃ聞いたことがないな」
「そうよね。協会のデータベースでも見つからなかったし。となると、考えられるのは――」
「誰かが『呼んだ』か」
「さすが、話が早い。でね、沖津ちゃん、心当たりはないかしら。あなた、魔道書を収集しているわよね」
「茉理さん、僕を疑っているのか? 所持している魔道書に関しては、協会に逐一報告してるぞ」
沖津は心外だと言わんばかりに眉をひそめた。
「誤解させちゃったんだったら、ごめんなさいね。最近の魔道書の動きを知りたかったの」
茉理の言葉を聞き、沖津は納得したようにうなずく。
「そういうことか。だったら、『怪物とその眷属』だな。一ヶ月くらい前に、オークションにかけられた。僕は競り落とせなかったけど」
「名前からして、いかにも、ね」
「ああ、召喚呪文も載っているはずだ」
「誰が競り落としたの?」
軽々しく口にできないのか、沖津はしばし迷っていたが、「協会に情報開示を要請してもいいけど」という茉理の一言で折れた。
「カトレアコーポレーションの会長だよ」




