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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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眠れぬ夜は③

 蜘蛛くもは、源之助げんのすけに協力を申し出た。理由は蜘蛛にもわからぬ。

 もしかしたら、幼い頃から知っている若者を、蜘蛛なりにいとしく思ったのかもしれんな。

 母のような気持ち、か? 

 さあな。蜘蛛の気持ちなど、わしは知らぬよ。わし自身も、母になったことはないからな。


 蜘蛛は、源之助に土をたっぷり塗りつけた(まさかり)を用意するように言った。

 金気を嫌うバケモノは多いが、水のバケモノは特に土気を嫌う。土は水を濁すからだ。五行で言う土剋水どこくすいというやつだな。

 次の日の晩、源之助は言われた通り土を塗った鉞を持ってきた。

 やはりおなごに化けていた蜘蛛は、源之助を伴い恵淵めぐみぶちへと足を運んだ。

 恵淵はこれまでの晩同様、静まり返っていた。

 どうするのだと問う源之助に、蜘蛛は言葉ではなく行動で返事をした。

 近くにあった柳の木を引っこ抜き、淵に放り込んだのだ。

 源之助は当然仰天したが、いつまでも驚いてはいられなかった。

 縄張りを汚されて怒った恵淵の主が姿を現したのだ。

 身の丈およそ10尺――3メートルを超える大ウナギさ。

 元は年経た無害なウナギで、人をおびやかすような存在ではなかったのだが、主はすっかり変質していた。

 恵淵の主が凶暴になったのは、坊さん崩れが怪しげなまじないをかけてからだ。

 そうだ。すべては坊さん崩れの企みだったのよ。

 ああ、蜘蛛は一部始終を見ていたのだ。

 なぜ止めなかったのか、だと? 

 昔の蜘蛛はどうでもいいと思っていたのだろう。

 どうでもよくなくなったのは、源之助と再会してからだ。

 坊さん崩れの目的か。

 直接聞いたわけではないが、ちやほやされたかったとか、そういう理由だったのではないか。現に、村ではずいぶんいい思いをしていたようだしな。

 だが、それも終わる時が来た。

 怒り狂って襲いかかってきた大ウナギを、蜘蛛は糸で絡めとって動けなくした。

 すかさず、源之助が大ウナギの頭に鉞を叩き込んだ。

 魂のこもった、見事な一撃だった。

 頭を割られた大ウナギは、水面に白い腹を見せて浮かび上がった。

 坊さん崩れにたぶらかされ、人を喰ってきた大ウナギの、それが末路だった。

 肩で息をしている源之助に、蜘蛛はよくやったなと声をかけた。

 源之助は額の汗をぬぐい、蜘蛛に尋ねた。

「あなたは何者なんですか」と。

 目の前のおなごは只者ではないと察したのだろう。言葉遣いが改まっていた。

「私の正体を知っても驚かないか」と蜘蛛は言った。

 源之助は黙って首肯した。


 蜘蛛は、変化を解いた。


 源之助の顔が見る間に青ざめていった。大ウナギに遭遇した時ですら見せなかった、恐怖の表情だった。

 己の身の丈を超えるバケモノ蜘蛛を目にして、源之助は驚きを通り越して怯えていた。

 無理もない。

 蜘蛛を恐れ、その不気味な姿を忌み嫌う人間が多いことを、蜘蛛はよく知っていた。

 源之助は、嘘をつくつもりはなかったのだと思う。

 緊張の連続で、限界だったのだろう。

 蜘蛛の真の姿は、そんな源之助の弱った精神の堤防を決壊させる最後の一押しになったのだ。


 鉞を落とし、蜘蛛に背を向けて、源之助は一目散に逃げ出した。


 蜘蛛は嘘つきと罵ることもせず、その背中を黙って見送った。

 蜘蛛は、何を思ったのだろうな。


 その後、坊さん崩れはいずこともなく姿を消し、水害もなくなり村は平和になった。

 源之助は人身御供を免れた恋人と結婚し、末永く幸せに暮らしたという。


 どんとはらい。


 わしの話はこれで終いだ。


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