僕を調査に連れてって④
「収穫はあったね」
いさなは購入した鳥のあみぐるみをしげしげと眺め、ウエストバッグにしまった。
「今ので何かわかったんですか?」
氷魚が問うと、いさなは自分の耳を指さした。
「笑い声がいかにも不自然。怪異と決めつけるのは早計だけど、怪しいよ」
「でも、誰も何も見てないんですよね」
「そうね」
「そもそも、日本に吸血するあやかしとかっているんですか? 吸血鬼って西洋のイメージがありますけど」
「いるな。たとえば磯女だ」
急に耳元で声がしたのでびっくりした。
そういえば、姿を消した凍月が肩に乗っていたのだった。
「名前からして、海のあやかしですか」
「だな。海姫と呼ばれたりもする。名前の通り、主に海岸の波打ち際に出現するあやかしだ。きれいな顔で人間を誘惑し、長い髪でとっ捕まえて海に引きずり込んで血を吸うのさ」
聞くだけで恐ろしい。その場面を想像すると身の毛がよだつ。
「似たようなあやかしでは濡れ女ってのがいる。こっちは海に限らず、水のあるところ――川や沼にも出現するな。下半身が大蛇で、ぶっとい尻尾で人間を捕まえるんだ」
ゲームで見たラミアみたいだ。日本にもそういうあやかしがいたとは、知らなかった。
「――にしても、きれいな顔をしているあやかしって多いんですかね」
「そりゃおまえ、じゃないと人間を魅了できないだろ。人はきれいなものに弱いからな」
「……なるほど。説得力ありますね」
「他には、鬼婆なんかも血を啜るな。肉も食らうが。――と、それを言い出したら鬼全般がそうか」
鬼。
氷魚はなんとなしに奏に目を向けた。半分だけだが、奏も吸血鬼――鬼なのだ。
氷魚の視線に気づいた奏は、両手を掲げて指を折り曲げてみせた。
「――アリクイの威嚇?」
「違うよ。おまえの血を吸ってやろうかのポーズだよ」
遺憾この上ないといった顔で奏は言う。
「B級映画の吸血鬼でもそんなポーズは取らないと思うけど」
「ベラ・ルゴシだって取った、由緒正しいポーズなのに。ちょっと調べてみてよ」
氷魚は携帯端末を取り出し、ベラ・ルゴシで画像検索をしてみた。
「……本当だ」
比べてみると、ベラ・ルゴシの真似をする奏の再現度はかなり高かった。
「『魔人ドラキュラ』、知らない?」
「ごめん。名前は知ってるけど、観てない。不勉強だった」
「今度DVD貸そうか」
「せっかくだけど、大丈夫。母がブルーレイを持っているはずだから、観てみるよ」
コレクションの中で見かけた覚えがある。興味はなくはなかったが、古い白黒映画だったので避けてしまったのだ。
「ブルーレイか。橘くんのお母さん、よっぽど映画が好きなんだね」
「マニアだね。ベラ・ルゴシも母が観てた映画で知ったんだ。確か『エド・ウッド』だったかな」
あの映画も白黒だったので、ちゃんと観てはいない。完全に自分の偏見だとは思うが、白黒映画は鑑賞のハードルが高い気がするのだ。
「ティム・バートン監督の?」
「ああ、それそれ。『シザーハンズ』の監督だよね」
「『シザーハンズ』もいい映画だよね。ウォーターベッドのシーンとか、印象的」
「わかる」
「おい、話が逸れてねえか」
凍月に言われ、氷魚はいさなを置いてけぼりにしていたことに気づく。
「すみません、いさなさん。脱線しました」
映画の話をできる同級生が周りにいないので、つい話し込んでしまった。
「気にしないで。映画の話をしている氷魚くんと弓張さんを見ているの、楽しかったから。わたしも映画を観たくなったよ」
「だったら、この依頼が終わったらみんなで映画館に行きましょうよ。最近の映画もいいけど、昔の名作のリバイバル上映もいいですよ」すかさず奏が言う。
「――うん。じゃあ、弓張さんのお勧めを観に行こうか」
「やった! 約束ですよ。何にしよう」
奏が目を輝かせる。本当に映画が好きなようだ。母と話が合うに違いない。
もしも奏が家に遊びに来たら、家族はきっと腰を抜かすだろう。まずありえないが、その光景を想像するだけでも面白いなと氷魚は思う。
「話を戻していいか?」不機嫌そうに凍月は言う。
どうやら、置いてけぼりなのは凍月だったようだ。
「――と、そうだね。今回の件のポイントだけど、まずは笑い声」
いさなが人差し指を立てる。
「2つ目は、誰も笑い声の姿の主を見てないってとこですね」
奏が続き、ピースサインをする。
「そう。見ていない、もしくは見えないというのも手がかりになる。ただ、怪異と断定するには決め手に欠けるかな」
その時、いさなと奏のポケットからメッセージの着信音がした。2人は揃って携帯端末を取り出して画面を確認する。
「決め手、見つかったね」
いさなが氷魚に画面を向けた。
茉理からのメッセージだった。
病院に運ばれた2人の首筋には、何者かに噛まれたような傷跡があった、と書かれていた。




