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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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僕を調査に連れてって④

「収穫はあったね」

 いさなは購入した鳥のあみぐるみをしげしげと眺め、ウエストバッグにしまった。

「今ので何かわかったんですか?」

 氷魚ひおが問うと、いさなは自分の耳を指さした。

「笑い声がいかにも不自然。怪異と決めつけるのは早計だけど、怪しいよ」

「でも、誰も何も見てないんですよね」

「そうね」

「そもそも、日本に吸血するあやかしとかっているんですか? 吸血鬼って西洋のイメージがありますけど」

「いるな。たとえば磯女いそおんなだ」

 急に耳元で声がしたのでびっくりした。

 そういえば、姿を消した凍月いてづきが肩に乗っていたのだった。

「名前からして、海のあやかしですか」

「だな。海姫と呼ばれたりもする。名前の通り、主に海岸の波打ち際に出現するあやかしだ。きれいな顔で人間を誘惑し、長い髪でとっ捕まえて海に引きずり込んで血を吸うのさ」

 聞くだけで恐ろしい。その場面を想像すると身の毛がよだつ。

「似たようなあやかしでは濡れ女ってのがいる。こっちは海に限らず、水のあるところ――川や沼にも出現するな。下半身が大蛇で、ぶっとい尻尾で人間を捕まえるんだ」

 ゲームで見たラミアみたいだ。日本にもそういうあやかしがいたとは、知らなかった。

「――にしても、きれいな顔をしているあやかしって多いんですかね」

「そりゃおまえ、じゃないと人間を魅了できないだろ。人はきれいなものに弱いからな」

「……なるほど。説得力ありますね」

「他には、鬼婆なんかも血を啜るな。肉も食らうが。――と、それを言い出したら鬼全般がそうか」

 鬼。

 氷魚はなんとなしにかなでに目を向けた。半分だけだが、奏も吸血鬼ヴァンパイア――鬼なのだ。

 氷魚の視線に気づいた奏は、両手を掲げて指を折り曲げてみせた。

「――アリクイの威嚇?」

「違うよ。おまえの血を吸ってやろうかのポーズだよ」

 遺憾この上ないといった顔で奏は言う。

「B級映画の吸血鬼でもそんなポーズは取らないと思うけど」

「ベラ・ルゴシだって取った、由緒正しいポーズなのに。ちょっと調べてみてよ」

 氷魚は携帯端末を取り出し、ベラ・ルゴシで画像検索をしてみた。

「……本当だ」

 比べてみると、ベラ・ルゴシの真似をする奏の再現度はかなり高かった。

「『魔人ドラキュラ』、知らない?」

「ごめん。名前は知ってるけど、観てない。不勉強だった」

「今度DVD貸そうか」

「せっかくだけど、大丈夫。母がブルーレイを持っているはずだから、観てみるよ」

 コレクションの中で見かけた覚えがある。興味はなくはなかったが、古い白黒映画だったので避けてしまったのだ。

「ブルーレイか。橘くんのお母さん、よっぽど映画が好きなんだね」

「マニアだね。ベラ・ルゴシも母が観てた映画で知ったんだ。確か『エド・ウッド』だったかな」

 あの映画も白黒だったので、ちゃんと観てはいない。完全に自分の偏見だとは思うが、白黒映画は鑑賞のハードルが高い気がするのだ。

「ティム・バートン監督の?」

「ああ、それそれ。『シザーハンズ』の監督だよね」

「『シザーハンズ』もいい映画だよね。ウォーターベッドのシーンとか、印象的」

「わかる」

「おい、話が逸れてねえか」

 凍月に言われ、氷魚はいさなを置いてけぼりにしていたことに気づく。

「すみません、いさなさん。脱線しました」

 映画の話をできる同級生が周りにいないので、つい話し込んでしまった。

「気にしないで。映画の話をしている氷魚くんと弓張ゆみはりさんを見ているの、楽しかったから。わたしも映画を観たくなったよ」

「だったら、この依頼が終わったらみんなで映画館に行きましょうよ。最近の映画もいいけど、昔の名作のリバイバル上映もいいですよ」すかさず奏が言う。

「――うん。じゃあ、弓張さんのお勧めを観に行こうか」

「やった! 約束ですよ。何にしよう」

 奏が目を輝かせる。本当に映画が好きなようだ。母と話が合うに違いない。

 もしも奏が家に遊びに来たら、家族はきっと腰を抜かすだろう。まずありえないが、その光景を想像するだけでも面白いなと氷魚は思う。

「話を戻していいか?」不機嫌そうに凍月は言う。

 どうやら、置いてけぼりなのは凍月だったようだ。

「――と、そうだね。今回の件のポイントだけど、まずは笑い声」

 いさなが人差し指を立てる。

「2つ目は、誰も笑い声の姿の主を見てないってとこですね」

 奏が続き、ピースサインをする。

「そう。見ていない、もしくは見えないというのも手がかりになる。ただ、怪異と断定するには決め手に欠けるかな」

 その時、いさなと奏のポケットからメッセージの着信音がした。2人は揃って携帯端末を取り出して画面を確認する。

「決め手、見つかったね」

 いさなが氷魚に画面を向けた。

 茉理まつりからのメッセージだった。


 病院に運ばれた2人の首筋には、何者かに噛まれたような傷跡があった、と書かれていた。


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