僕を調査に連れてって③
「すみません、いいですか?」
管理棟の受付でアウトドア雑誌を読んでいた初老の男性は、いさなの呼びかけに顔を上げた。
「いらっしゃい。利用の申し込みですか」
「いえ、違うんです。ちょっとお話を聞かせていただきたくて」
「話?」
「はい。わたしたち、鳴城高校の生徒で、学校新聞を作ってるんです」
いさなは鳴高の生徒手帳を取り出し、男性に見せた。
話を聞くための方便ではあるが、ほぼ真実だ。
「鳴城から? キャンプに来る人はいるけど、話を聞きたいって人は初めてだな」
「夏休みですので」
理由になっているようでなっていないが、男性は気にしたふうもなく、「そうですか」とうなずいた。
「それで、何の話が聞きたいんですか。学校新聞に載せるようなネタはないと思うけど」
「夏休みに入ってから、このキャンプ場で意識不明者が出たそうですね。2人ほど」
「ああ、まあ、出ましたね。でもお嬢さん、ありゃ偶然ですよ。一応警察も来たけど、ろくに調べもしないで帰っちまった。後はローカルニュースでちょろっと触れられたくらいかな」
いさなが今回の件を知らなかった理由がわかった。それなら、隣県のいさなや氷魚が知るはずもない。
「管理人さんは、普段と違った何かを見聞きしませんでしたか」
いさなが尋ねる。
「というと?」
「見慣れない動物とか、これまで聞いたことがない音とか」
「さあ、特には。――あ、でも、音と言えば、お客さんが夜中に奇妙な笑い声を聞いたって言ってたな」
「笑い声?」
「そう。子どものような笑い声だったそうですよ。家族連れで来ているお客さんは珍しくないから、夜に子どもがテントから抜け出したんじゃないかって僕は思いますけどね。トイレにでも行ったんでしょう」
管理人は、特に気にしたふうもなく言った。
トイレに行くために、子どもが夜にテントを抜け出す。
不自然ではないが、笑い声とはうまく結びつかない。
キャンプ場は、夜ともなればほぼ真っ暗だろう。トイレに行くまでの道のりは、子どもにとって恐怖の対象に違いない。
そんな場所で、子どもが笑うだろうか。
きょうだいや友達同士で怖さを紛らわせるためにふざけ合うという可能性もなくはないが、だとしても奇妙な笑い声というのはどうもしっくりこない。どう考えても不気味この上なかった。
「奇妙な笑い声と仰いましたが、具体的には、どのような? 子どものようなといっても、色々ありますよね。はしゃぐとか、くすくす笑いとか」
氷魚と同じところが引っかかったのか、奏が尋ねる。
管理人は、そこで初めて奏の存在に気づいたように目を瞬かせた。眼鏡の効果は間違いなく本物だ。
「うーん。そこまでは聞いてませんね」
「なら、この辺りに伝わる怪談ってあったりしますか?」
少し考え込んでいた奏は、質問の切り口を変えた。
「怪談って、これ?」
雑誌を置いた管理人は、両手をだらりと前に垂らしてみせる。古式ゆかしい幽霊のポーズだ。
「そうです。キャンプ場って、いかにも怖い話がありそうじゃないですか」
「よそはどうか知らないけど、うちでは聞いたことないなあ。ホッケーマスクを被った怪人がうろついていたりもしないし。なに、まさかお化けが人間を襲ったって考えてるの?」
管理人の問いに、奏は笑みを浮かべて答える。
「そっちの方がウケがいいんですよ。固い記事ばっかりだと読んでもらえないので」
「ああ、なるほど。高校の新聞作りも大変ですね」
「全然。楽しくやってます。ね、先輩、橘くん」
実際には違うのだが、奏のふるまいは完全に氷魚たちと同じ高校の生徒そのものだった。本当の同級生と錯覚してしまいそうになる。
「――そうね」
「なんにせよ、怖い話なら僕は知りませんね。力になれず申し訳ない」
「いえ、助かりました。――あ、これください」
いさなはカウンターに置かれていた土産物を手に取った。丸っこくて白い鳥のあみぐるみだ。
「気を遣わなくていいのに」
「かわいいので、欲しかったんです」
「じゃあ、980円ね。よかったら、今度キャンプ場を使ってみてください。いいところなので」
「はい、そうさせてもらいます。今日はありがとうございました。じゃあ2人とも、帰って記事を書こうか」
如才ない笑みを浮かべ、踵を返したいさなは管理棟を出ていく。氷魚と奏は管理人に礼を言って頭を下げ、いさなの後に続いた。




