僕を調査に連れてって①
「じゃあ沢音、私たちはそろそろ出かけるわ。帰りは遅くなるかもしれないから、私たちの食事は気にしないで」
奏の頭から手を放し、茉理は沢音に顔を向けて言った。
「うむ。気をつけてな」
「そうだ、お師匠」
応接室を出ていこうとした茉理の背に、奏が声をかけた。
「ん? どうしたの?」
立ち止まった茉理が振り向く。
「調査をするのなら、人手は多い方がいいですよね。聞き込みも二手に分かれた方が効率がいいし」
「まあ、そうね」
「だったら、先輩と橘くんにも協力してもらいませんか」
「おれも?」
意外すぎる奏の提案だった。
いさなはわかるが、どうして自分なのだろう。
「うん。橘くんも。怪異を潜り抜けてきたのは伊達じゃないでしょ」
「さっきも言ったけど、おれの力じゃないよ」
「そうかな。誰かが助けてくれるのは、その人の能力の1つだと思うけど」
「一理あるね。一緒に行こうよ、氷魚くん」
なぜか沢音をちらと見て、いさなは氷魚の腕を引いた。
「なんだいさな。ここに置いていったら、わしが氷魚を取って喰うとでも思ったのか」
「そんなんじゃないですけど……」
「安心しろ。せいぜい腕一本にしておいてやる」
沢音は妖艶な笑みを浮かべた。怖くて笑えないのでやめてほしいと思う。
「――で、でも、部活で地元の7不思議を調べるのとはわけが違いますよ。協会の依頼なんですよね。おれが役に立てるとは思えません」
「ふーん。橘くんはあたしを励ましてくれたのに、自分のことは過小評価するんだ」
「う……」
過小ではなく妥当な評価だとは思うが、あんなことを言った手前、言い返せなかった。
「氷魚くん、何か忘れてない?」
だめ押しとばかりに、いさなは氷魚の胸を軽くつつく。
「忘れてって……あ」
「そう。もし、今回の件に汚れたものが関わっているのなら、氷魚くんがいてくれるとすごく助かる」
自分でも、確かに役に立てることがあった。汚れたものの察知だ。事前に危険を知らせることができるかもしれない。
「どういうこと?」と茉理が訊いてくる。
「近くに汚れたものって呼ばれる存在がいると、胸が痛むんです。猿夢の中で胸を刺されてから、そうなっちゃったみたいで」
「それって、大丈夫なの?」
「織戸さんに見てもらいましたが、特に問題はないそうです」
「織戸ちゃんの見立てなら間違いはないか……」
呟いて、茉理は顎に手を当てた。
「だったら、私からもお願いしていい? もしかしたら、氷魚くんの特性が必要になるかもしれない」
ここまで言われたら、腹を括るしかない。力になれる可能性があるのならば、できる限りのことはしようと思う。
「――特性っていうほど大したものではないと思いますが、わかりました。おれでよければ、一緒に連れて行ってください」
「助かるわ。報酬は弾むからね」
報酬と言われても、さすがにお金は受け取れない。かといって、断るのもかえって気を遣わせてしまいそうだ。
どうしたものかと悩む氷魚に、天啓のような閃きがあった。
「――なら、弓張さんのサインで」
「ふふ、言うじゃない。奏、ハグもおまけでつけてあげたら」
「いいですよ。じゃあ、これは先払いで。どうぞ」
奏はあっさり言って、両手を広げた。
「はい? 冗談ですよね?」
「冗談でこんなことができると思う? 橘くんが来ないなら、こっちから行くよ」
奏は真顔だった。冗談では済まされない空気が漂う。
「い、いや、その」
氷魚は救いを求めるようにいさなに目を向けた。
いさなは肩をすくめ、
「ふたりとも、あんまりうちの後輩をからかわないでくれる?」と言った。
茉理と奏は顔を見合わせ、笑みを浮かべる。
どうやら、やっぱり冗談だったようだ。
少しだけ残念にも思うが、安堵の気持ちの方が強い。
それにしても、女優の本気の冗談はたちが悪い。危うく本気にするところだった。
「氷魚くん、気にすることないからね。茉理さんは、人をからかうのが大好きなの。弓張さんも、悪乗りしすぎ」
「すみません先輩。橘くんを見ていたら、つい」
「わかるぞ」と沢音がうなずく。
自分は、いじられやすい空気でも醸し出しているのだろうか。




