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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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僕を調査に連れてって①

「じゃあ沢音さわね、私たちはそろそろ出かけるわ。帰りは遅くなるかもしれないから、私たちの食事は気にしないで」

 (かなで)の頭から手を放し、茉理まつりは沢音に顔を向けて言った。

「うむ。気をつけてな」

「そうだ、お師匠」

 応接室を出ていこうとした茉理の背に、かなでが声をかけた。

「ん? どうしたの?」

 立ち止まった茉理が振り向く。

「調査をするのなら、人手は多い方がいいですよね。聞き込みも二手に分かれた方が効率がいいし」

「まあ、そうね」

「だったら、先輩とたちばなくんにも協力してもらいませんか」

「おれも?」

 意外すぎる奏の提案だった。

 いさなはわかるが、どうして自分なのだろう。

「うん。橘くんも。怪異を潜り抜けてきたのは伊達じゃないでしょ」

「さっきも言ったけど、おれの力じゃないよ」

「そうかな。誰かが助けてくれるのは、その人の能力の1つだと思うけど」

「一理あるね。一緒に行こうよ、氷魚ひおくん」

 なぜか沢音をちらと見て、いさなは氷魚の腕を引いた。

「なんだいさな。ここに置いていったら、わしが氷魚を取って喰うとでも思ったのか」

「そんなんじゃないですけど……」

「安心しろ。せいぜい腕一本にしておいてやる」

 沢音は妖艶な笑みを浮かべた。怖くて笑えないのでやめてほしいと思う。

「――で、でも、部活で地元の7不思議を調べるのとはわけが違いますよ。協会の依頼なんですよね。おれが役に立てるとは思えません」

「ふーん。橘くんはあたしを励ましてくれたのに、自分のことは過小評価するんだ」

「う……」

 過小ではなく妥当な評価だとは思うが、あんなことを言った手前、言い返せなかった。

「氷魚くん、何か忘れてない?」

 だめ押しとばかりに、いさなは氷魚の胸を軽くつつく。

「忘れてって……あ」

「そう。もし、今回の件に汚れたものが関わっているのなら、氷魚くんがいてくれるとすごく助かる」

 自分でも、確かに役に立てることがあった。汚れたものの察知だ。事前に危険を知らせることができるかもしれない。

「どういうこと?」と茉理が訊いてくる。

「近くに汚れたものって呼ばれる存在がいると、胸が痛むんです。猿夢の中で胸を刺されてから、そうなっちゃったみたいで」

「それって、大丈夫なの?」

織戸おりとさんに見てもらいましたが、特に問題はないそうです」

「織戸ちゃんの見立てなら間違いはないか……」

 呟いて、茉理は顎に手を当てた。

「だったら、私からもお願いしていい? もしかしたら、氷魚くんの特性が必要になるかもしれない」

 ここまで言われたら、腹を括るしかない。力になれる可能性があるのならば、できる限りのことはしようと思う。

「――特性っていうほど大したものではないと思いますが、わかりました。おれでよければ、一緒に連れて行ってください」

「助かるわ。報酬は弾むからね」

 報酬と言われても、さすがにお金は受け取れない。かといって、断るのもかえって気を遣わせてしまいそうだ。

 どうしたものかと悩む氷魚に、天啓のような閃きがあった。

「――なら、弓張さんのサインで」

「ふふ、言うじゃない。奏、ハグもおまけでつけてあげたら」

「いいですよ。じゃあ、これは先払いで。どうぞ」

 奏はあっさり言って、両手を広げた。

「はい? 冗談ですよね?」

「冗談でこんなことができると思う? 橘くんが来ないなら、こっちから行くよ」

 奏は真顔だった。冗談では済まされない空気が漂う。

「い、いや、その」

 氷魚は救いを求めるようにいさなに目を向けた。

 いさなは肩をすくめ、

「ふたりとも、あんまりうちの後輩をからかわないでくれる?」と言った。

 茉理と奏は顔を見合わせ、笑みを浮かべる。

 どうやら、やっぱり冗談だったようだ。

 少しだけ残念にも思うが、安堵の気持ちの方が強い。

 それにしても、女優の本気の冗談はたちが悪い。危うく本気にするところだった。

「氷魚くん、気にすることないからね。茉理さんは、人をからかうのが大好きなの。弓張さんも、悪乗りしすぎ」

「すみません先輩。橘くんを見ていたら、つい」

「わかるぞ」と沢音がうなずく。

 自分は、いじられやすい空気でも醸し出しているのだろうか。


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