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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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予期せぬ来訪者③

「あたしと同い年ですね。だったら、お互い敬語はやめよう。――で、どこまで知ってる?」

 かなでは、一気にくだけた調子になった。

 さすがは女優だ。一瞬で話しやすい同級生という雰囲気を身にまとった。

 氷魚ひおは咳払いして、

「世界には間違いなく怪異が存在していて、あやかしやお化けも本当にいるということ。そして、怪異と関わる仕事をしている人たちがいるということ、くらい」と答える。

「なるほどね。どんな怪異に遭遇したの?」

「猿夢、鎧武者の亡霊、あとは時の腐肉食らいと呼ばれていたバケモノ、かな」

「すごいじゃない。よく生き延びたね。何か特別な力を持ってるとか?」

「何も。おれが生きているのは、いろんな人たちに助けられたからだよ。でなければ、とっくに死んでいたと思う」

 奏は氷魚と肩にいる凍月いてづきを交互に見て、小さくうなずいた。

「じゃあたちばなくん、今日、出会ったあやかしに吸血鬼を追加だね」

 言って、奏は口角を持ち上げた。やたらと鋭い犬歯が目に入る。

 隣のいさなが息を呑んだ気配が伝わって来た。

「――吸血鬼って、まさか弓張ゆみはりさんは」

 氷魚が尋ねると、奏は犬歯を引っ込める。

「そう。といっても、半分だけね。人と吸血鬼の混血で、いわゆるダンピールってやつ」

「ということは、お母さんが?」

 吸血鬼は日の光が苦手だという。

 とすると、冒険家として日光の下を堂々と歩き回っている弓張徹が吸血鬼とは考え難い。

「うん。母は、イギリスからはるばる父を追いかけてきたの。父の仕事中に出会って、一目惚れしたんだって。人間を魅了する吸血鬼が逆に魅了されちゃったみたい。仕方ないよね。うちのお父さん、魅力的だから」

 奏は屈託なく答えた。

 女優に会うのも初めてならば、人と吸血鬼の混血であるダンピールに会うのも当然初めてだ。

 奏は女優で、有名な冒険家の娘で、お母さんは吸血鬼。情報量の多さに頭がくらくらしそうだ。

 大体、ダンピールが女優って大丈夫なのか。

 氷魚が知らないだけで、テレビに出ている芸能人の何割かはあやかしだったりするのだろうか。

「なんだ。初対面でそこまで話すのか」

 沢音さわねがお茶を持って戻ってきた。冷たい麦茶ではなく、湯気の立つ温かいほうじ茶だ。

「だって、沢音さんちに来るくらいだし、なにより――」

 奏は、氷魚の肩に座っている凍月をじっと見つめた。

「あやかしに好かれているっていうのが大きいかな」

 凍月は居心地が悪そうに身じろぎする。

「勘違いすんなよ小娘。おれは別にこいつを好いてなんかいねえぞ。肩に乗っているのは単純に据わりがいいからだ。いさなは華奢だからな」

 氷魚はがっしりしている方ではないが、いさなより肩幅は広かった。

 いさなは苦笑して肩をすくめる。

「だとしても、ある程度心を許している。さっき橘くんはいろんな人たちに助けられたって言ったけど、その中にあなたも含まれていますよね」

「ただの成り行きだ。こいつがどうなっても俺は痛くもかゆくもないからな」

「そうですか?」

「そうだとも」

 ふたりのやり取りをよそに、氷魚は沢音が置いてくれたほうじ茶をすすった。夏でも温かさがありがたい。心が落ち着く。

「ところで、茉理まつりさんと弓張さんは、今日はどうしたの?」

 頃合いを見計らっていたのか、いさなが口を開いた。

「協会に依頼があったのよ。近隣のキャンプ場で不可解な意識不明者が続いたから、調べてくれって」

 氷魚を一瞥し、問題ないと判断したのか茉理はそう答えた。

「ニュースでも新聞でも見た覚えはないけど」

「事件性があるかどうかもわからないから、大々的には取り上げてないのよ」

「意識不明者の人数と原因は?」

 いさなが訊くと、なぜか茉理は隣の奏の様子を窺った。

 奏が口を開く。

「2人いて、どちらも失血による衰弱とのことです。ただし」

 一旦言葉を切り、奏は息を吸う。

「目立つ外傷はなかったそうです」

 傷はない。なのに、血液は失われている。

「それって……」

「そう。まるで、吸血鬼が血を吸ったみたいですよね」

 奏は、口角を持ち上げて鋭い犬歯を見せた。

 場に、気まずい沈黙が漂う。

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