【FGA:7】異世界へ
「────いった……」
鈍い痛みが臀部に走り──無意識に呻くように小さく低い声が出る。
ふと眩い光が瞼の裏に広がり、鷹揚に空を見上げると白く眩く輝く太陽が目に入り、思わず目を細める。季節は冬なのか──いやに肌をつんざく様な厳しい外気にさぶいぼが立つと雷人は未だ痛みの引けぬ腰を無理やり起こし、様子を伺う様に辺りを見回した。
四方を薄暗い赤いレンガの壁に囲まれている事と、やけに狭い道──つまりはそこが路地裏である事を理解するのにさほど時間はかからなかった。
どうやら僕は、僕らは路地裏の──いやな臭気のする──生ゴミの詰まった袋の上に落とされたらしい、と雷人は「あはは」と苦笑いを浮かべると改めて辺りを見回した。
しばらく注意深く辺りを見回していると先ほど雷人が落ちた生ゴミが入っていそうなゴミ袋がもぞもぞと胎動している事に気付く。同時にそのゴミ袋からなにやら声が聞こえてくる事にも気付くと雷人は何の躊躇もなくそのゴミ袋の結び目をさくっと解いた。
「んがっ!?」と景気の良い声と共に亜蓮が──青い人魂の様な──いや、青い炎か──何はともあれ絶対に人ではないと断言できる──そんな、なんらかの塊が腐りかけの野菜の皮や魚の粗を纏い、這い出てきた。
「ア、亜蓮くん……本当に魂だけになっちゃったんだね……」
特にその姿に驚かず、しみじみとそうなってしまった亜蓮に軽い同情の嗚咽を漏らすと雷人は「とりあえずどうしたらいいんだろう?」と、そう亜蓮に訊ねつつ魂だけになった──青い炎の姿になった亜蓮に引っ付いた生ゴミを落としていく。
「ん〜〜、まぁ、アレだろ。こうなっちまったもんはもうしょーがねーし。とりあえず表に出てみっか」
それだけ言うと亜蓮は「あのクソ女神ご丁寧にオレをゴミ袋に詰めやがったな」と悪態を一つ吐くとふわふわと文字通りどこか浮ついた足取りで太陽の光とは違う──路地裏の出口へと飛んでいった。
そんな魂だけになった亜蓮に釣られるように──雷人も同じく路地裏の出口へと歩を進めた。
くしゃり。
気味の良い軽い音が足元で鳴る──雷人は視線を下に落とす──と、そこにはいくつかの枚数がまとまった紙の束が──おそらく新聞紙であろうそれが軽い風で雷人のズボンの裾にぴたりと密着し、まるで神に祈る信徒の如く様相で張り付いていた。
雷人は"さっ"とその束になった信徒を拾い上げるとおもむろにその誠実さを計るように両手を広げ紙面をばさりと広げた。
そこには時代遅れの──否、時代錯誤の活版印刷で綴られた活字の塊があった。
ふと、その塊の一角に焦点が当たる。
999年。
確かにそう、アラビア文字で書かれた年号が目に入ってくる。
いや、それだけではない。時代錯誤の活版印刷に目を奪われがちだが──その活字自体に見覚えがある──どころではない。それは正しく──
(これ……"英語"、だよね? …………それにしても異世界って……"聖杯トーナメント"ってなんなんだろう──)
──────天国には行けない? そんなコト知ったこっちゃねぇよコッチは! 天国に行こうが地獄に行こうが、オレは……オレたちはこんなとこで死ねねぇんだよ!
時間は雷人たちがこの異界の地に落とされる1時間前あたり──だろうか。
雷人が亜蓮のその──怒声を聞いたあたり──同じく雷人も状況の分からなさに悲鳴をあげたいと思っていた頃──女神ネイスは「あーあーうるせーうるせー。たかだか人間如きが崇高な女神様である私にタメ口きいてんじゃねえよ」と言いながら「ふっ」と耳をかっぽじった時のエモノを飛ばし──
「だから天国とか地獄とか……すでにテメェらが最期ってる前提で話してんじゃねーよ」
と、一言静かに言い放った。
思わず「どういう事ですか……?」と呟く雷人に女神ネイスは──ずいっとその身を雷人に近づけると綺麗な長い指でなぞると「ふっ」と今度は不敵に笑った。
「貴方たちは確かに死にました──けど、このまま天国とか地獄とかに行かすのは忍びないと思います──ので貴方たちには今から異世界へ転移て貰います」
静寂。
時間にして10秒ほど──もはや慣れてしまった暗黒の空間に久方ぶりの静寂が訪れる。
そして少しの静寂を破り二人の口から出てきた言葉は────「は?」、であった。
「いやいや意味わかんねぇし。なにイセカイにテンイって? ドラゴ●ボールの技かなんかか?」
「ちげぇよバカ。そのまんまの意味だアホ。異世界に──お前らが居た世界とは違う世界に行ってもらうって話なんだよ」
「なんで、ですか……?」と狼狽え気味に聞く雷人に「お前カワイイ反応すんのな」とネイスはにやりと笑うと急に長い腕をぐるりと一回転させ──これが神の力なのか──不思議な力で暗黒の空間により一層深い闇を抱えた、渦を巻いた空間を作るとそこから茶色のスイカ大の物体──バスケットボールを取り出した。
そしてそのままバスケットボールを亜蓮に投げつけると(亜蓮は「うぉっ!?」と不意を突かれたがさすがは一位指名、すぐに反応するとバスケットボールをキャッチした)二人を「ぴしゃり」と長い指で指さした。
「お前らバスケ、好きだろ? な? バスケ、好きだろ? だからお前らをバスケ尽くしの──バスケットが全てを決める世界に送ってやるよ」
先ほどから予想できない発言ばかりを繰り返す女神に困惑する2人を尻目に、ネイスはテンションを変えず話を続ける。
「で、そこには"聖杯トーナメント"って言うバスケの大会みてぇなもんがあるから──そこで優勝しろ。そしたらお前ら黄泉返らせてやるよ」
雷人はごくりと生唾を飲むと同時に──女神の発言を飲み込み、砕き、反芻させ──解答をネイスに返した。
「つ、つまり……僕らが生き返る為には──いや、死なないためには、その異世界へと転移して……"聖杯トーナメント"と呼ばれる大会を優勝しなければならない、と言う訳です、ね……」
ネイスは「おん。お前、このバカと違って可愛げあるし、飲み込み早いな」と軽く雷人を褒めると「じゃあ早速飛ばすかぁ」とぐぐっと大きく背伸びをすると長い綺麗な手を2人に向けた。
すると2人の話に理解が追いついてなかったのか──ずっとだんまりを決め込んでいた亜蓮が突如「うがぁっ!」と大きく叫んだ。
「──良くわっかんねぇ!! ……けど、バスケやれるんだろ? だったらそれでいいわ! さっさと秒でその聖杯なんたらをクリアして一緒にNBA行くぞライト!」
亜蓮はぐっと握り拳を固めると雷人の方へ向け「それにオレら2人なら無敵だろうよ!」と言い放つと再び女神ネイスの方へ向き直ると「さぁ来いやアホ女神!」と叫ぶと目を瞑った。
ネイスは「誰がアホ女神だボケお前だけ殺すぞ」と亜蓮にガンを飛ばすとまるで買い物に出かけた主婦が家の鍵を閉め忘れた時の様に──「あっ」と何かを思い出すと静かに──亜蓮たちにこう言った。
「忘れてたけど──転移出来るの1人だけだから」