【FGA:2】私立椿ヶ丘高校バスケット部
私立椿ヶ丘高等学校バスケット部。
椿ヶ丘高校の創立と共に設置されたこの部は創部10年という若さですでに全国区に名を轟かすバスケット強豪校である。
部員数。
一年14人、2年16人、3年17人、マネージャー3人の計50人。
チームカラー。
椿ヶ丘高校の校色と同じ赤と白。
チームの標語。
【常勝必勝優勝】
そして監督には元NBA契約選手でありBリーグでも名を馳せた田代 優我が務める。
さて。
それでは何故このバスケット部が椿ヶ丘を語る上で外せないのか説明しよう。
そもそもの話、高校バスケを語る上で重要になってくるのはもちろん"大会"の話であるが──高校バスケには主に大きな大会が三つあるのはご存知だろうか。
高校バスケット界の三大タイトルとは──
①|全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会
②|全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会
③|国民体育大会バスケットボール競技
の三つであり、高校でバスケをする人間は誰しもこの大会で優勝する事を理念に日々活動するのだが──
この三大タイトルで前代未聞の3年連続3冠3連覇という偉業を達成した高校がある。
その高校の名は"私立椿ヶ丘高等学校バスケット部"。
そう、神戸 雷人と藍葉 亜蓮が所属していた学校である。
そして何を隠そう──その異例の3年連続3冠3連覇した時のチームのキャプテンこそ今期NBAドラフトで"日本人初一位指名"を受けた藍葉 亜蓮なのである。
彼は一年の時からチームの主力としてコートに立ち、その類稀なるドリブルセンスとスピードにおいて相手DFを切り裂き大量得点を重ね、弱冠16歳で日本一になるとそのまま2年時にはチームキャプテンに。その勢いのまま2年、3年とタイトルを獲っていった。
今でこそ彼は日本でプレイしてないため(大学進学と同時に渡米)現時点、彼と公式戦で相対したものは居ないが、当時の彼を知る選手(現大学バスケ選手)は口を揃えて「日本で彼に勝てる人間は居ない」と言わしめ、田代選手(当時Bリーグ選手にして日本代表キャプテン)ですら「彼は日本で1番強いPGだ。代表には必ず招集して欲しい」と評された程であった。
そして現に、日本人初のNBAドラフト一位指名という前人未踏の偉業を達成したものだから彼は"日本バスケット界の至宝"とまで言われる様になる。
ところで。
そんな"日本バスケット界の宝"に幼馴染が──"至宝"に"終生のライバル"と呼ばれる男が居る。
「ライト。オマエ荷造りは終わったんだよな?」
髪をジェルでオールバックに固め、その上から赤のヘッドバンドを着けた汗だくの青年──件の藍葉 亜蓮であるが、その彼が今、事の進捗を聞いた亜蓮の隣を歩く青年──天然パーマの入った髪を無造作に散らし、目元まですっぽりと隠れそうな長い前髪に汗が滴り、俯きながらまるで一寸先は闇という言葉を内実共に体現しながら歩く青年──まあ、誰がどう見ても"自分"に自信が無さそうな、いや「自分の事は見ないでください」とでも主張しそうな雰囲気を持つ青年こそがその至宝のライバルである"神戸 雷人"だって言うものだから──誰もそんな事(亜蓮が雷人の事をライバルと呼ぶ)を信じない訳である。
「え? う、うん…。もちろん、荷造りは終わってるよ……」
これまた歯切れの悪い回答に彼の暗さが伺えるが、流石は幼馴染と言ったところでか、藍葉 亜蓮はそんな事気にも介さず話を続ける。
そう言えば。
先ほどこの私立椿ヶ丘高校バスケット部を紹介する際に『藍葉 亜蓮と神戸 雷人が所属していた』と言う過去形が気になった人が居るだろう。
言わずもがな、藍葉 亜蓮は大学でプレイした後2年(二十歳)でNBAドラフトにアーリーエントリーした訳なので無論高校生ではないのだが(実は一時、NBAドラフトは高校卒業してすぐの選手を獲っていた事がある。例:レブロン・ジェームズ、ケビン・ガーネット 詳しくは後々の説明を参照)、神戸 雷人は同じ二十歳……という訳ではなく彼は今年18歳──つまり、この椿ヶ丘高校を卒業する歳である。
あの藍葉 亜蓮の"ライバル"と言うものだから、どこのバスケット強豪大学からも引っ張りだこである──なんていう事はなく、実際のところ残念ながら彼はどこの大学からも声がかかっていない。
理由は単純。
彼は三年間ずっと椿ヶ丘高校のバスケット部員であったのだが──その実、今の今まで一度たりとも、1分も、1秒も──紅白のカラーリングが眩いその椿ヶ丘のユニフォームに袖を通して公式戦に出た事が無い。
理由は明快。
彼は高い上背と高いバスケットIQを持ち、プロバスケット選手であった父とプロバレー選手であった母から受け継いだ驚異的な身体能力を持ちながら、それら一切を公式戦で発揮できていなかったからだ。
所詮、どんなに強いプレイヤーであっても試合で勝てないプレイヤーに需要などあるハズもなく──彼は椿ヶ丘高校で1番強いと称される裏で何の実績も持たない選手であった。
しかも椿ヶ丘で1番強いと言っても、あくまで部活動内での仲間や田代監督からの評価に過ぎず、ほぼ実績や大会でのプレイングを見る大学のスカウトマンの目には止まるはずもないのは想像に難くない。
無論。
そうなってしまったのには理由はあるが──今は語るべき時ではないので割愛しよう。
さて。
話が逸れてしまったが彼が──神戸 雷人が『椿ヶ丘高校バスケット部に所属していた』理由だが──それは前回明記した通り──渡米するためだ。
もちろん。日本の大学からスカウトが来なかっただけでアメリカから声がかかった──なんて事は無い。
だが彼は今夏、アメリカの中でも強豪校である大学へ進学する。
理由はシンプル。
あの藍葉 亜蓮が母校の大学へと声をかけ半ば無理やり雷人を入学させたのだ。
大学側としてはそんな日本の無名プレイヤーを入学させるなんて事はしたくなかったのだが、NCAAでも比肩なき活躍をしていた亜蓮の推薦を断れる訳もなく(しぶしぶ)雷人の入学を受け入れる他無かった。
と、言うわけで。
雷人と亜蓮は今夏共にアメリカへ飛ぶのだが(亜蓮はドラフトの凱旋のため日本に一時帰国している)、冒頭の雷人の暗ささは実はそういった混み合った理由から来ていたりもする。
「そんじゃ、ま! 最後にアイツらに声かけて空港行くか!」
亜蓮は雷人にそう発破をかけると意気揚々と体育館の中へ向かっていった。
雷人はその後ろ姿を少しばかり眺めると亜蓮に遅れまいと歩き出した。
心地よい涼風が雷人の横を抜けて行く。
幼馴染でありライバルでもある──亜蓮と雷人の夏が始まろうとしていた。