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第1話 マッチングアプリでなら、冴えない俺でも夢は見れますか?

 人生は生きているだけでも楽じゃない。


 それを実感したのは俺の場合、会社に入ってからの事だった。


 夢と希望を持って入社した会社だったけれど、そんなキラキラとしたものは1週間で陰りを見せて、1ヶ月後には粉々に砕け散った。


 お客様のためと言いながら、平気でお客様を騙そうとする先輩。


 俺が取ってきた仕事を、さも自分の手柄かの様に吹聴する同僚


 俺が必死に徹夜で作った資料をろくに見ることもなく、破って捨てた上司


 会社に入ってロクでもなかったことなんて、数え上げればキリがない。


 それでもこの会社にしがみついている理由は、俺の中に僅かばかり残った未練と、金を稼いで生活して行かなければならないと言う現実的な問題からだろう。


「おい、ソコの万年平社員! こっちの書類コピーしとけっつっただろうが!」


 元同僚で、現上司の男がそう言って俺の机に書類を叩きつけると、積み上がっていた資料が一部崩れて机に広がった。


「……すんません」


 思わず舌打ちの一つもしたくなったが、その気持ちを抑えて頭を下げると、ポコンというマヌケな音と共に、丸めた資料で頭を叩かれる。


「ったく、この脳みそには何も詰まってねぇのか? こんなんならまだ、入ってきたばかりの新人の方が仕事するぜ」


 そう嫌味を言いながら去っていく上司と、周りの同僚たちからの嘲笑を聞いて、思わず血が滲み出すほど拳を握りしめる。


 入社した当時からあの男――斎藤の事は気に入らなかったが、人の仕事を掠め取るのと、上司へ媚びへつらうのだけは上手かった斎藤は瞬く間に出世し、今では同期1の出世頭になっていた。


 だが、その仕事の仕方はお粗末極まるもので、先程言われた資料についても、アイツが昨日部長からコピーするように言われていた物だったのだが……考えてもしょうがない。


 怒りを覚えながらもコピーを取るために席から立ち上がると、こちらを向いていた周囲の視線が一斉にそっぽを向くのを感じた。


 誰も、俺みたいに上司から目をつけられている人間と関わりたくないのだろう。


 その事に対し、僅かな嫌悪感を抱きはするが、薄情だとは思わない。


 誰しも、面倒ごとには近寄りたくはないだろうから。


「……はぁ、俺はいつまで会社続けるんだろうな」


 思わずそう小さく呟きながら、コピー機の枚数指定を30枚にする。


 30 ――俺の年齢と同じ数字だ。


 30歳にもなると、途端に人から向けられる視線が変わってくる。


 会社の中では中堅に足を突っ込み始めたことで、評価の目は厳しくなるし、世間的には結婚という言葉がチラつき始める。


 会社の同僚や、後輩が結婚したなんて話はザラだし、上司から「オマエは何時になったら結婚するんだ?」なんて話を振られることも日常茶飯事だ。


 実家に帰省した時も、両親からは「イイ人はいないのか?」と聞かれ、まだ半分程しか生きていない従妹には会うたびからかわれる始末。


 だが、職場でハブられてて、恋愛経験0で、コミュ力も低い30歳にどうやって彼女を探せって言うんだか……そうちょっと前までは思っていたが、今では少し意見が変わった。


 ――ピコンッ


 そんな軽快な音とともに、スマホがメッセージの到着を告げた。


 中身を見てみれば、UIと言うハンドルネームと一緒に、俺のことを労るメッセージが優しい言葉で書かれていたことに思わず口元がほころぶ。


「大丈夫です。お互い頑張りましょう……送信っと」


 本当は心身ともに大丈夫なんかじゃないが、それでも今の俺は生きる活力が得られている。


 全てはUIさんと、マッチングアプリで出会ったことによって。


◆◆◆


 ――マッチングアプリ。


 一般に18歳以上の未婚の男女が"出会い"を目的に集うアプリだ。


 以前はいかがわしく、胡散臭いサイト等が多かったと言うが、近年はスマートフォンの普及に伴ってか健全化が進み、急激に事業規模を拡大してきた業界――らしい。


 アプリの種類は幾つもあるが、使い方についてはどれも似たりよったりで、相手の写真やプロフィールを確認して、気になった人にメッセージやいいねを送信するといったものが主流を占めている。


 実際、俺が頻繁にログインしているアプリ"karekano"に関しても同様だ。


 ここで一つ、俺は声を大にして言いたいのだが、マッチングアプリは全員が全員出会いを見付けられるアプリでは無い。


 むしろ、純粋に顔の造形やプロフィールでのスペックだけで比較される分、現実よりもシビアに、かつ容赦なく切り捨てられるのがマッチングアプリだ。


 そのためごく一部の超人気な人達の下には対処しきれない程のメッセージが押し寄せる一方で、それ以外の大多数を占める一般人は細々と活動することしかできない。


 当然俺は前者――なわけも無く、俺のメッセージボックスは常に閑古鳥が鳴いていた。


 そんな風に閑古鳥が鳴いている間は、動画投稿サイトで見つけたとある女性アーティストの曲を聞いて生きる気力を養いつつ、マッチングアプリを初めて約半年が経った今になって、ようやく人生で初めて女性と出会う約束を取り付けていた。


 相手の方の名前はUIさん。


 写真は掲載していないため、外見については分からないが、メッセージでやり取りしている中で受ける印象は、とても物腰が柔らかく、穏やかな人だった。


 そもそもUIさんは、アプリを使用していて唯一俺からアプローチをかけたのではなく、UIさんの方からアプローチをかけてくれた人である。


 加えて、お互いの趣味や仕事に対する不満などで盛り上がったのも相まり、3ヶ月の間メッセージでのやりとりを毎日続けていく中で、自然と打ち解けていくことが出来た人でもある。


 ――UIさんが居なければ、きっと俺はとっくに会社を辞めるなり何なりしていただろう。


 だから、UIさんと付き合いたいとかは置いといても、まずは彼女に感謝の言葉を直接伝えたい……そう思っていたのだが、週末彼女に会うにあたって俺は一つ大きな問題を抱えていた。


 ……それは、彼女に会うのに際し、デートに「着ていく洋服が無い」ことだった。


◆◆


 夜10時までの残業を終えた俺は、家に帰宅すると同時、ある相手へと連絡をしていた。


 その相手と言うのは……。


「と、言うわけで彩花さま! 明日土曜日に洋服を買いに行くのを手伝ってください!!」


 そう叫びながら、スーツ姿のままの俺は、フローリングの上に置かれたスマホの画面に向けて土下座をブチかましていた。


『はぁ……タケにぃ。1ヶ月ぶりに、しかもこんな夜遅くに電話かけてきたと思ったら、突然の頼み事? 私これでも花の女子高生だから、休日には色々予定が入ってるんだけど?』


 少し不機嫌そうな、それでいて聞き取り易く、どこか愛らしさの残る声がスマホから流れて来る。


「いや、そこは重々承知の上で、なにとぞお願いいたします」


 再度俺は額を地面にこすりつけながら、年が半分程度でしかない従妹に向かって頼み込む。


 するとしばらくの時間の後、『内藤 彩花』と表示されたスマホ画面から、とても深いため息が漏れ聞こえて来た。


「……もう、今回だけだからね?」


「感謝します! 彩花さま!」


「んもう、タケにぃはこういう時だけは調子良いんだから……。明日のお昼は、絶対美味しい物奢って貰うんだからね!」


「あぁ、わかってるって」


 彩花からの小言へ適当に相槌を返しながらも、考えるのは別のこと。


 週明けにまた会うクソ上司や会社のこと……ではなく、明後日に会うUIさんのことだ。


 とりあえず、着ていく洋服については目処が立った。


 正直、俺の私服なんて適当な店で買った安いTシャツだのGパンだのしかないが、流石にその格好で初対面の女性に会いに行くわけにも行かないのだけは、女性との交友関係が無い俺にもわかる。


 ましてや話かたからして、お淑やかさと品性を感じるUIさんなのだから、それ相応の格好をして行かないと逆に恥をかかせてしまうことになりかねない。


『ちょっと、タケにぃ聞いてる? おーい?』


 後は、デートプランだな……そう考えて電話が繋がったままなのも忘れ、暫く無言でデートスポット等を検索して居たところ、彩花がへそを曲げたため、その機嫌を直すのに結局1時間ほどの時間がかかってしまった。


 女心というのは、難しい物である。

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