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少女は世界を変える

【短編】『ストレングゼロ』売りの少女

 祖母が亡くなり、一人生きる少女が作り出す不思議なお酒『ストレングゼロ』にまつわるお話。


 このお話は『妖精騎士の物語』と同じ世界観・同時代の話です。『夜中に思いついて勢いで書いた。後悔はしていない』……的な短編。

『ストレングゼロ』売りの少女


「おばさんこんにちは」

「待っていたよアンネ。ちょうど、今日あたり足らなくなりそうだったんだよ」


 総督府のある大都市『ロックシェル』の酒場に、今日もストレングゼロ売りの少女がやって来る。


 アンネ=マリアはロックシェルの近くの森に住む、野良の薬師見習の少女だ。少し前まで、『祖母』と二人で暮らしていたのだが今は一人暮らしである。酒場の女将と祖母は昔馴染みで祖母の生前はこの酒場で時にアンネと食事をする事もあった。


『祖母』は薬師ギルドに所属しない野良の薬師・錬金術師であり、所謂『魔女』と呼ばれる存在であった。昔から伝わる生活の中で生かされてきた植物や動物、鉱物を使った民間療法と、師から弟子へと伝えられる研究の成果は、時に『若返りの薬』などと呼ばれる物を高貴なる方へもたらす事もある。それは、錬金術と薬師の知識に元づく秘薬の類であったりするのだ。


 アンネはその野良の薬師のさらに『見習』である。祖母が残した沢山の資料をまだ読み解けるほどの年齢ではなく、祖母がこの世から旅立つ前に蒸留器を用いたいくつかの生成を指導できたに過ぎない。


 一つは、回復ポーションなのだが、薬師ギルドに所属していない野良の子供の薬師見習の作った物を誰が買い取るのだというのか。


 故に、『祖母』は酒場の女将にアンネの作る蒸留酒を買い取ってもらいたいと死ぬ前に頼んだのである。





「アンネのストレングゼロのおかげで、大助かりだよ」

「あたしこそ、おばさんの賄いを頂いて、パンまで持たせて頂いて……ありがたいです」

「なに、少々古くなったパンでも、スープに漬ければ美味しく食べられるだろ?」


 アンネは森に住み、森の中の畑で育てた大麦と彼女の魔力で生成した『魔力水』とで作った麦酒を元に、蒸留したものに杜松の木の実で香りづけした蒸留酒を彼女の魔力水で割り戻した『ストレングゼロ』を酒場に卸しているのだ。


「でも、重たいだろ小さい樽だってさ」

「いいえ。これでもそれなりに力はあるんですよ」


 簡単な魔力を用いた身体強化を行えるアンネにとっては、火薬樽ほどの小振りなものであれば、三つ四つは背負子に乗せて運ぶのは簡単なのだ。


「じゃあ、賄い食べておいき」

「いつもありがとうございます」

「いいさ。あんたの酒のお陰で、酔って暴れる客はいても、テーブルやイスを壊す輩はいなくなったからね」


 彼女のお酒はワインやエールの半額程度で提供される。安くて酔える酒と言う事で、酒飲み程沢山飲みたがるのであるが、当然酒癖の悪い者も多い。だが、不思議とゼロ飲み(ストレングゼロの愛好家のこと)たちは暴れても喧嘩をしても誰一人傷つかず、周りにも被害がないのである。


 酒場も安心して提供でき、客も安く酔える。そして怪我もなく騒ぎにもならないということで、何件かの酒場でアンネのストレングゼロが人気となっていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 森の中の家で一人ストレングゼロを作り、何日か置きにロックシェルの酒場を訪ね、幾ばくかのお金を得て必要なものを手に入れ森の錬金工房へと帰る。アンネの毎日はそんな同じリズムで続いていくように思われた。

 

 アンネはロックシェルの冒険者ギルドにも登録しており、素材の採取などの依頼も受けている。最初から素材採取に適した森の中に住んでいるのだから、常時依頼の薬草採取の類は彼女にとって良い小遣い稼ぎにもなっていた。それに、都市への入場税も冒険者は免除されるので一石二鳥でもあった。


 だが、そんな日々は長く続かなかった。





 ある日何時もの通り酒場に向かうと、女将さんが暗い顔で話しかけてきた。


「アンネ、悪いけれど、もうあんたから酒を買うわけにはいかなくなっちまったんだよ」


 女将さん曰く、ロックシェルの商業ギルドから総督府の命令という事で密造酒の取り締まりを厳しく行う通達が来たのだという。


 ロックシェルは二年ほど前からかなりの数の兵士が駐留している。これは、総督府付きの本国から派兵された兵士たちであり、その数三千人ほど。ロックシェルの人口の十人に一人が外国人兵であると言える。


 子供や女性、年寄りもいない若い男ばかりの集団が三千人も増えたのであるから、当然、酒の消費量も増え税金も増えるとギルドと総督府は考えていた。


 以前は規制もなく密造酒を作る事に制約はなかったのだが、粗悪な密造酒を作る事で住人が死亡もしくは大きな後遺症を与えられる事件が起こり、多くの都市において、酒の醸造は許可制・免許制となっている。素材の質や組合せる原材料も規制されており、定期的に領主の配下である管理官が抜き打ち調査をする。


 酒は塩と並んで課税されやすい商品であり、水の質の悪い地域において飲料水代わりに飲まれるため必需品でもあるからだ。


 想定外に酒の販売量が増えず、税も増えない事に気が付いた総督府とギルドが内偵したところ、『ストレングゼロ』の存在に気が付いたという事なのである。


「……そ、それじゃあたし……どうやって生きていけば……」

「素材採取の依頼を沢山受けるしかないさね。パンの残り物くらいは安く分けてやれると思うけれど、酒はもう買い取れないんだ。悪いね」

「だ、だいじょうぶです。今までの蓄えもありますし、ほ、本格的に冒険者をするつもりですからぁ!!」


 アンネは十二歳。ギリギリ冒険者登録できる年齢ではあるが、所謂雑用が主になるだろうか。金になる護衛や強い魔物の討伐は出来ない。何より、十二歳の女の子とパーティーを組んでくれるまともな冒険者がいるとも思えない。


「お世話になりました」

「またおいで。遠慮することないからさ」


 女将さんの好意は嬉しいが、それでも、今までのように顔を出すわけにはいかない。今までは女将さんの賄いと貰い物のパンを食べて生活していたのだから、この先どうやって食べていくかも考えなければならない。


 背負った『ストレングゼロ』がずしっと重く感じる。





 重たい売れる事のないストレングゼロを川に流そうかと考え、一先ず一樽分を川に流してみた。


「これからどうすればいいんだろう……ごはん……食べられないよ」


 樽から流れ出るストレングゼロを見ていると、不安からか自然と目から涙が流れ落ちていく。樽の中身が空になり、目をこすって立ち上がると、川の中の魚がぷかぷかと沢山浮いてきた。


「う、こ、これは……神様からのプレゼント……」


 大きな鯉が何匹も浮き上がってきている。どうやら、痺れ薬でも流されたかのように動きが鈍くなっている。


「あ、これ、もしかしてストレングゼロの効果かもしれない」


 酔っ払いが暴れてもケガもなく壊れもしないという現象が、魚にも起こっているのかもしれない。座っているわけでもなく水の抵抗がある水中であれば、恐らく泳げなくなって浮き上がってきてしまったのだろう。


 とは言え、頻繁にストレングゼロ漁を行ったりすると、漁師から攻撃される可能性もある。魚を獲る権利というものも場所場所で定められているからだ。自分で少し食べる分くらいは目こぼしされるかもしれないが、こう沢山浮き上がっているのは不味いだろう。


「今日は鯉を食べようかな」


 アンネはとりあえず考えることを後回しにする事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ストレングゼロが売れなくなって、冒険者ギルドで素材採取を主に行う事にしたのだが、正直、子供の小遣い程度にしかならない。それでも、食費だけ稼げれば住むところはあるのだし、お酒以外に酒場に卸せる商材があれば、また女将さんとの関係もつながるのではないかとも思う。


「あたしに、猪や鹿を狩れれば肉を卸せるんだけれどなぁ」


 薬師に過ぎないアンネは、森歩きや薬草採取には問題が無いものの、獣を狩るのは難易度が高い。『祖母』が元気なころは、罠を仕掛けて狩る事や、痺れ薬を使って狩りをする事もあったようだが、アンネにはその技術はない。


 蒸留したままの原液を川に垂らしてもストレングゼロの効果はあまり現れず、魔力水の力で効果が拡散しているのではないかというところまでは理解できたのだが、狩りにどう使うか考えどころでもあった。





 森で素材採取をしながら、アンネはストレングゼロの使い道を試行錯誤していた。結論から言うと、魔力水を用いた『小水球』を形成し、その中にストレングゼロの原液を加えた物を魔物や獣に対しぶつけることで、相手の動きを止めることができるのではないかと考えていた。


「あ、狼だ……」


 素材を採取していると、時に森の中で狼と出会う事がある。十二歳としては小柄なアンネだが、狼も余程飢えていなければこのくらいの年齢の人間を襲う事はまずない。


 が、この時の狼はどうやら腹をすかしているようで、恐ろし気な唸り声を上げて近づいてくる。樫の木でできた丈夫なスタッフを構える。先端を狼の頭の高さにピタリと据え、飛び掛かられても対応できるようにする。


「上手く効いてくれるといいんだけどなぁ」


 『魔力水』に『ストレングゼロ』の原液を加えたものを目の前に形成し、姿勢を低くし飛び掛かろうとする狼の鼻先にパシッとばかりに命中させる。


 Gyann!!


 勢いよく命中した水が狼の弱点である鼻先に勢いよく命中し、悲鳴にも似た叫び声が上がる。


「よし!!」


 アンネは素早く狼の前に進み出ると、えいやぁ!!とばかりに打ち掛かる。


 歯を剥き、威嚇するように唸る狼だが、飛び掛かる気配がない。むしろ、体を地面につけるように、まるで腕立て伏せをするかのように膝を曲げカクカクし始めたのだ。


「これ、効いてるわ!」


 思い切って頭を叩き、Gyann! と鳴かれるものの反撃する余力もない狼をスタッフで地面に押さえつける。腰に差した山刀に持ち替え、首筋に切っ先を突き刺し、首の血管を引き裂く。


 首から血が流れ出ると、狼は意識を失うように目を閉じて死んだ。





 アンネは薬草採取の傍ら、鹿や猪をストレングゼロ球を用いて仕留め肉を手に入れられるようになり、定期的に馴染みの酒場にその肉を卸すようになった。皮は冒険者ギルドで売却し、狼やゴブリンと言った魔物の討伐を行った場合、討伐証明部位を提出し少しずつ冒険者として活動が認められるようになりつつある。


 ストレングゼロを『酒』として納める事は出来なくなったが、『調味料』として今まで取引のあった酒場には原液を販売することにした。魔力水で希釈しない分、量も少なく持ち運びも楽になった。


 その原液はワインやエールに添加されている。何故なら、ストレングゼロが酒場で飲めなくなった後、店で酔客が暴れるようになり、喧嘩や店の破損が頻発するようになったからである。


 店では、酒癖の悪い客には魔力水で薄めた酒にストレングゼロを加えたものを出し、暴れてもケガや店を破壊しないようにすることを望んだからでもある。


 結局、一月ほどの間ストレングゼロの販売は中止されたものの、今では酒ではなく調味料として販売が再開され、店も客も大いに喜んだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 アンネは今日も森で素材採取をし、ゴブリン達にストレングゼロをぶつけて動きを止めた後、討伐していた。


「あなた、アンネちゃんかしら?」


 森の中から二人の冒険者らしき男女が現れた。女性は色白の黒目黒髪の美女であり、如何にも魔術師といったローブ姿であったが、腰には剣を吊るしており、古の灰色の賢者のような装いであった。相方であろう男性の冒険者は金属の胸当・脛当・小手などを装備した立派な体格の赤みがかった金髪碧眼の美男子であった。


 アンネは恐る恐る頷く。


「私は冒険者のオリヴィ、そっちの男は相棒のビル。帝国の冒険者よ」


 驚いた事に、目の前の魔術師は伝説の冒険者である『灰色乙女』オリヴィであるという。もっと年配者なのかと思っていたが、二十代半ばほどに見える。


「アンネはあたしですが……ポーションが入用とかでしょうか?」

「ううん、私も錬金術師の端くれなのでポーションは自作できるのよ。でね、『ストレングゼロ』の話を聞いて、実際どんなものなのか確かめてみたくなったの」


 オリヴィは錬金術師として不思議な効果のある薬である『ストレングゼロ』に興味を持ったため、その作り手であるアンネを訪ねてきたのだ。





 オリヴィの調べたところによると、『ストレングゼロ』の効果は『森』の精霊であるサテュロス(Satyrus)の加護ではないかというのである。オリヴィ自身が同じ器具と素材を用いて、同じ工程で蒸留したとしても『ストレングゼロ』とはならなかったからだ。


「不思議な加護ね。あなたのご両親が余程の酒好きであったか、もしくは……」


 サテュロスは人の女性……魔女と交わり子を成す事もあるという。アンネは森に捨てられたサテュロスと魔女の間に生まれた子であるかもしれない。


「ねえ、私から提案があるけど、聞いてくれる?」


 オリヴィはアンネが薬師としてあまり知識が豊富ではないという事に気が付いていた。『祖母』が残した多くの素材が埃をかぶっている様子から、そう推察したのである。


「私にストレングゼロを譲ってくれること、ロックシェル周辺で活動する時に部屋を貸してくれるってことを条件に、回復ポーション以外にも様々な錬金術を用いた調合を教えるというのはどうかな」

「……それはぜひお願いいたします」


 こうして、アンネだけが作れる『STR-0』と呼ばれる特殊なポーションがオリヴィとその友人であるリリアルにおいて使われるようになる。その効果は文字通り「力をゼロにする」という効果を一定の時間投与された者に与えるものである。


 このポーションの導入により、無駄な人死にが減ったとか。そして、例のあの商会も取引に参入するようになるのは……また別のお話。




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よろしくお願いいたします!


【関連作品】

 本作とリンクしているお話です。


『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える : https://ncode.syosetu.com/n6905fx/ 


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本作とリンクしているお話。リリアルを中心とする長編です。
『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える

と続編3/28投稿
『ストレンジゼロ』売りの少女~その後のアンネ=マリアの生活

後半で登場する帝国側の冒険者の前日譚。50年前の時間軸です。第一部完結
『灰色乙女の流離譚』 私は自分探しの旅に出る
― 新着の感想 ―
[一言] 「ナイス·ストロン〜グ!!」な話かと思ったら違った。
[一言] 最初タイトル見た時-196℃の某チューハイが脳内で浮かんでしまいましたが。 これ純粋に殺さず敵の無力化や咄嗟の防御手段に最適な商品ですね、殺傷する訳にもいかない女性王族が自衛のための最終手…
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