表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海月の異世界漂流記  作者: みかみ かん
第一章『チュートリアル』
47/51

朝ごはん#44

「オッハヨォォォゴザイマァァァァス!!!」


 船内に聞きなれた大声が響き渡る。この大声だけは髪の色が白くなっても、目の色が変わっても変わらない。

 ただ、ガンシャンプーガンシャンプープカと、いつもと違う、不快な不協和音も鳴り響いた。

 そんな劣悪な環境により、カイルはたたき起こされる。


「……………ォゥ」


「おはよう! カイルくん!」


 明らかに寝過ごしたという、重い気持ちと体を起こすより先に、トランペットを持った赤いトマトは快活な挨拶をする。

 カイルはそれを一瞥し、とるに足らないとでもいうように目を背ける。

 部屋の隅に三角座りで落ち込んだアズを尻目に、ふらふらしながらフライパンとお玉を持って年下を率いている、頭が残念な相方に近づく。

 

「…………ぶっ殺すぞ」


 ルナは、自分と同じ目線になった相手の顔に顔面をギリギリまで近づけ、その頭の上に手を乗せる。


「私はお前のことを誰かに締めてもらいたいマゾ野郎と思ってるよ。今日は、どんな締め技がいい?」


 目の前に来て、普段通りケンカを売りつつ、ルナとカイルにとっての異世界生活二日目はスタートした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ガキども! ご飯やでぇ!」


『わぁ~い!!』


 いつの間にか朝ごはんを作っていたザックに呼ばれ、ルナは『わぁい、ごはんだぁ』と、カイルを置いて、寝室を出るドアに吸い込まれていく。

 本人は気づいていないが、幼児たちと同じテンション、行動で騒ぐことにより、カイルには『低脳だ』生暖かい目で見られている。

 年上らしく、年下の子供がこけたりしないように目を配っているティアとアズ、サンライズ兄妹という優れた比較対象がいれば、なおさらその目付きは荒む。

 ルナにも、こんなアホみたいな性格になったのには訳があるのだが、それもまだ当人は気づかない。


(あ、なんか変な目で見られてる気がする)


 やっとそう気づくも、飯なんか食った暁にはその苛立ちすらも消化されてしまうことをルナは忘れている。


 太陽の下、折り畳みの小さい机の前に座った一同は、二人を除いて魚料理に食らいつく。


「うわぁ! すごく美味しい!」


「せやろぉ? 朝早起きして頑張って釣ったかいがあったわぁ」


 その言葉の裏には、釣れなければ朝飯抜きという過酷な意味も含まれていたのだが、情報の少なさにより断定はできず、真実はザックの心のなかにしか存在しない。


「いただきます」


 一番にかぶりつきそうなルナは、敬愛していた祖母の教えどおり、そう手を合わせてから、ナイフとフォークを手に取った。

 ここだけ切り取ると、育ちが良さそうに思えるが、食事の躾が良いだけで、育ちが良いのか悪いのかといったら、断然悪い。


 ワカメのサラダを口に運ぶルナ対してカイルは、大嫌いな魚料理を前にして眉をひそめる。


(この海の上、緊急のことだったから食料を、あまり積んでなかったことは……証拠はないが、想像はできる。しょうがない。が、なぜ謎魚のソテーなんてものを出すんだ? 形がそのまま残っているではないか。魚種すら定かではないんだ。食えるかこんなもん)


 魚嫌いなカイルは心の中で文句のパレードだ。だが、カイルが子供のころ、ルナの恩師とも言える祖母がこっそり、料理に魚を混ぜていたとは知らない。


 ……最も、あのときの五十嵐海はまだ『五十嵐』でもなんでもない、貧弱で脆弱な存在だったのだが。

 本人はそれを思い出したくないと忘れようとしている手前、それを知るルナも考えないようにしている。

 牛のようにワカメのサラダを口が一杯に頬張っているルナも、思いやりのない馬鹿ではないのだ。


(てかなんでルナ(この馬鹿)は何の疑問も持たずに食べられるんだ? 確かに昨日は、精魂疲れはてて頭を使って行動できなかったみたいだから百歩譲ってよしとしよう。じゃあなんで今、堂々と魚の頭が乗ってる皿取ってんだ? 好んで食うもんじゃねぇだろそれ。なんだ? 脳ミソないくせに脳ミソ食うのが好きなのか? その魚、変な角生えてんじゃねぇか気づけよおい)


 だが、思いやりのある馬鹿は、カイルの心の中で、いわれの無い罪によって飛び火し、大火事になっていた。

 だが、本人は素知らぬ顔で魚の肉をほじくりだしている。カイルの心中が穏やかではない中、ルナは魚のほほ肉が気に入ったようだ。


「昨日の朝御飯の魚といい、一体何ていう魚何ですか? これ」


「ホーンフィッシュっていう魔物や」


「ああ、魔物……」


 カイルは知っている風に相づちを打ち、とりあえずわかってる振りをしておく。

 ルナの食べている魚の頭からして、マグロサイズになのだが。初見では無いにしろ、まだ魔物のことはよくわかっていない。


(ザックは、俺が異世界の人間とは知らないはずだ。ルナが記憶喪失で通してる以上、俺も記憶喪失だと、さすがにごまかすのが難しくなる。まずそんな技術はない。ただ、『異世界人』は、かなり特殊な立ち位置だろう。安全を期して隠しておきたい。よって、この情報が()()()()()に安全を見いだしてから言っても遅くはないだろう)


 『石橋を叩いて渡る』と言えば聞こえはいいが、悪く言えばチキンである。

 『虎穴に入らずんば虎児を得ず』を、考えなしに実行するルナには最適な相手かもしれないが、カイル一人だと、臆病者で終わるかもしれない。もちろん、逆もしかり。


(魔物。確か、回想でルナがティアに説明を受けていたな。『魔物と魔族では魔法の使い方が違う』だっけか。魔族と人間ってどう違うんだ? 見た目ではなくて、魔法の使い方とか……)


 後でティアかアズに聞こうと、ギリギリ食べられる海藻サラダにフォークを刺す。

 きゅうりのようなものと、ワカメみたいな海藻と、The・かまぼこ。かまぼこってもとは魚である。


「あ、そっか! カイルっち、魚嫌いやったか!」


「あぁ! 大丈夫ですよ! 原型無いですし!」


 カイルは、フォークに突き刺さったかまぼこを口に運んで咀嚼する。生よりはましだ。


「なあ、リーダー、じゃなかった、カイルくん? ちょうだいよそのお魚。まだ食い足り……おぅっと、サンキュ」


 言い終わらないうちに自分用に残っていたソテーを勢いよくルナの目の前にバンと置く。

 

(リーダー、いくら魚が嫌いだからって、今の行動はまずいぜ)


 五十嵐海という男は人の心を考えられない。その事を自身の半生以上の時間で知っているルナはどうしたものかと思う。ザックがかわいそうだ。どうフォローをするべきか。


「ねぇ、ザックさん、ぶっちゃけカナヅチって何もんですか? 私にゃあ、ただの幼児退行野郎とは思えませんぜ?」


 口に入った魚の骨を咥えながら言った言葉だった。

 どや顔するつもりで相方を見ると、少し目が開かれていることにルナは気づいた。

 話を反らすつもりで言ったが、わりといい質問したのでは、と、ルナは気づく。

 

(私って天才)


 だが、気づいただけである。これまでも、いくつか事柄をミスリードしていることに全く気がついていない。


「ん……それは、本人の口から直接聞いた方がええんとちゃうか? それに、さすがに……今はな」


 そしてザックは、ワイワイ食い散らかしている子供達を顎でさす。


「うわぁ! ちょいまて! それ咥えちゃあかんて!」


 なぜか魚の骨を咥えてしゃぶっている男の子を見つけ、ザックは慌てて制止する。

 助けてくれえ、とでもいうようにアズとティアは涙目だ。離してくれないのだろう。

 あることに気づいたカイルは、ルナに対し、


「おい。ルナ。それ」


 と、ルナの口元をさす。


「ポッ!」


 カイルの言いたいことを理解したルナは、口に咥えていた魚の骨を吐き出す。


「ぐげぇ! マッズ! なんかずっと咥えてたら苦酸っぱいの出てきたわ! マッッズ!! ぐふぇ」


 そして瞬時にアフターフォロー。もう真似して魚の骨なんて咥えないようにするためである。

 ルナはじたばたしなながら喉を掻きむしり、殺虫剤を受けた蚊のように倒れた。

 足をピクピクさせるルナを見た一同は、開いた口が塞がらなくなっていた。男の子の咥えていた骨が、口からこぼれ落ちる。


 その口から、半径三十センチの空気が吸い込まれていく。


「ぎゃああああ!!!」


 空気砲のごとく、叫び声が吐き出された。


(やりすぎだ馬鹿が)


 カイルは呆れつつも、自分が出る幕はないと、静観を決め込む。

 そのパニックが伝播して、阿鼻叫喚としている様を眺めながら、カイルは一人、きゅうりをついばんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ