影と光#26
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「フゴッ! ・・・ファ? どこなのだここ!?」
僕は、どうやら寝ていたらしい。寝る前は・・・思い出せない。額がポツッとした違和感がある。
・・・ニキビか? 僕ちゃんと顔洗っているのに? まさかニキビだけは半吸血鬼でもなるのか?
起きようとした。だが、動こうとしても動けない。暗闇、閉鎖空間。頭は明瞭としている。
これは・・・金縛り? え、なに?これからお化け出てくるの? この棺のような閉鎖空間で? お化け? イヤイヤイヤ! 一体どう出てくるのだよ! 絶対横に佇んでくれないではないか! 布団から這って出てくるタイプではないか!
む・・・ちょっと待て。何か音がする。
足音?かすかだが、これは、近づいてくる。それ以外には何も聞こえない。衣擦れさえもだ。
半分とはいえ、僕も吸血鬼。だが、足音以外に聞き取れないということは、足だけのお化け? まさか僕はそいつに閉じ込められたのか!? と、とりあえずいい方向に考えよう。あれは、そうだ!露出狂の人間だ! きっと、僕みたいなやつが趣味で誘拐を・・・。
どちらに転んでも地獄だ。太ももから背中にかけて、ぞわぞわっと、鳥肌が立った。体にお化けが這っていないよな?
・・・いや、大丈夫だ。
足音は・・・あれ? 増えてない?なんか多いのでは?
目の前が急に明るくなる。棺から差し込む、よく見慣れた月明かり。父さんから母さんの、『赤い閃光』時代の話をよく聞いた。その時のような、背筋が凍る感覚。後ろの、立っていた母さんの殺気。
駄目だ。動け動け動け!! これはお話じゃない! 匂いが違う! これは母さんじゃない! ああ誰だお前は! 見たことない! 逃げなくては!
僕は、渾身の頭突きをし、雷になって逃げた。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ!」
これまでにないほどに息が上がっている。
草むらの中だった。家が砂漠地帯なのでよくわからないが、見たことのない、雑草が生えている。目の前には、黒いインクをぶちまけたかのような真っ黒な海が広がっていた。
「きゃっ!」
腕に何かの感触があった。
・・・ああ、なんだハエか・・・。
僕はそれを潰さないように優しくはらう。
そうだ。冷静になれ。
わが愛しい妹がいないのだ。あのような悪漢に捕らえられているやもしれぬのだ。こんなことしている場合じゃない。
「しかしここは・・・」
どこだ?つい目の前に人がいたから驚いて頭突きをしてしまったが・・・。彼の頭が割れてないといいが。いや、彼は敵だ。情けは無用。
僕は島にいるらしい。目の前の崖から黒い海が広がっている。どうやら端まで来たようだ。移動時間が大陸の時間ではなかった。限りなくゼロに近い移動時間だった。まぁ、大陸移動もそんな感じだが。
今この島を出るわけにはいかない。ティアを探さなければ!
「まずは海岸線に沿って・・・」
島の全体を確認したい。
ここの反対側には近づかないでおこう。
相手の戦力は未知数。よく見ていないが複数人いた。
僕は振り向き、件の対岸を見る。
ムムッ!島の真ん中に小屋のようなものがあるではないか!僕は目がいいほうなのだ。もしやあそこにティアが・・・?あそこのギリギリまで移動するか?待て!まずは己の巨体を縮めなければ!あちらから視認される!
僕は地面にベッタリと這いつくばる。
ほふく前進だ。ティアはあそこの小屋にいるはずだ!絶っ対に助け出す!
僕はごそごそと小屋に向かって進む。
「・・・」
ごそごそ。
「・・・・・・」
ごそごそごそごそ。
「・・・・・・・・・」
ごそごそごそごそごそごそ。
「・・・」
・・・どれくらい進んだんだろうか。
僕は後ろを振り向く。
約三メートル十四センチ。小屋まではさらにそれの約八十倍ある。
さすがに時間がかかり過ぎでは?いや!ハイリスクすぎる!僕が捕えられたら誰がティアを助けるというのだ!?
ティア!僕は頑張るぞ!!うおおおおお!!!
ガサガサガサガサガサガサガサガサ!!!
「っ!」
危ない!小屋から誰か出てくる!
「・・・」
長身の人と中背の人がそこから出てきた。空を見る限り今日は新月だ。真っ暗なこの日にわざわざなにを?
「―――――――――、――――――――」
長身の人が中背の人に話しかける。
「――!」
中背の人が大声でしゃべろうとしたところを長身の人が必死に止める。立てた人差し指を口の前にだし、顔をぶんぶん振っている。
そのあと、中背の人は何かしら抗議(?)しながら長身の人に小屋に押し込まれる。
「・・・」
長身の人は額についた汗をぬぐうようなしぐさをする。
「・・・」
やれやれ。とでも言っているのだろうか。
「――!!」
「――!?」
中背の人が出入口のドアを開け、何を思ったか大声を出す。
驚いた長身の人は悲鳴をあげる。この二人・・・声が男性だ。今は全く関係ないのだが。
長身の男性は何かを諦めたらしく、中背の男性と僕の反対側に体を向ける。
よかった!ばれてないようだ。それにこれであのドアの中に入ることができる!
・・・この際、もう僕の魔法でパッといくか?いや、目立ちすぎる。これはティアと逃げるときに使いたい。
・・・あの僕を逃がした人たちはそのうちこの男性二人組にもこのことを言うだろう。それまでは隠密行動だ。
どこかの東の国にニンジャなるスパイがいるらしい。口ぐせはゴサルだとか。
ゴサルゴサル。
一体どうやって使うのだ?
わからないが、隣にすむお姉さんから教わった。
曰く、ゴサルは『抜き足差し足』なる魔法とは違う秘術を使うとか。
これは音を立てずに静かに進む術らしい。
えーと、まずは立ち上がって・・・
ヂュウッ!
「はぁっ!すまない!」
手で踏んだネズミに謝ってしまった!気づいた時にはもう遅い。
近くの土が飛び散る。
長身の人がこちらを向いていた。こちらに銃を撃ったのか!?だが音が聞こえなかった!否!まずは逃げねば!
僕は魔法を使う。
「光!」
小屋に逃げ込もう!
幸い、ドアの隙間に入り込めた。うわ、思ったより狭い!研究器具とかでごちゃごちゃしすぎて逆に隠れるところがない!
僕は奥の開いているドアに光なって入る。
書類がいっぱいだ・・・しかも袋小路!まずい!
勢いよく扉を開ける音がした!まだ僕は捕まれない!
隠れるところは・・・はっ!これは床下に入り込めそうだ!
僕は床の戸をあける。
「うわっ!」
地下に続く穴があいていた!しかも明るい!相当広そうだ・・・まさかこの小屋は入り口に過ぎなかったのか!?
それに気づくと同時に顔の横に風が通り、目の前の壁がえぐれる。
「――――」
中背の人が拳銃を構えている。地下からの光のおかげで二人の顔が見えた。刺青の長身の人がなんか言っているがもう関係ない!
顔とか銃とか見えたって今からする事は変わらない!
僕は開いているドアの後ろに移動する。
「・・・」
膠着状態。ここは今から逃げる時間を稼ぐために・・・幸運にも、コンクリートの立方体がおいてある。
ドアを閉めるだけではすぐに突破されてしまう。あれでドアをふさごう。あれくらいなら僕の力で動かせる。
そのあと、積み上がっている書類をドアの前に置きまくって山を作る。
もし突破されてもあの地下に続く穴までいきづらくなる。たぶん。これは科学的根拠はない。全くない。
「デヤッ!」
僕はドアを締める。思い立ったらすぐ行動!あっちは僕を普通の人間と思って油断しているうちに!
「フヌッ!」
コンクリートの立方体でドアをふさぐ。だいたい肥料の袋三つ分か!僕の所属している園芸部は筋力を使わないと思っているかもしれないが、肥料を運んだり、木を植えるときに必要になるのだ。
・・・素手で運ぶのは僕くらいだが。
書類の山を建築しながらそう考える。
そう考えていたら爆発音とともにドアが吹っ飛んだ。
正しくはドアの上部である。
あれ?拳銃ってこんなに威力あったのか?僕が見ているサスペンスドラマではガラスにひびをいれる程度だったのだが。
僕はまたビンタをする。
違う!逃げるんだよ!
僕はほぼ何も考えずにその地下に飛び込んだ。