運動神経#17
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俺は、ダグラスに魚嫌いをからかわれながらリュックを取りに行った。
肩が痛いので背負うことはできない。黒い色も相まって重く感じる。ひょっとすると服の他にも何か入っていたのかもしれない。明るいところで見てみるとポケットがたくさんついていたし。
帰る時はすでに、クレーン車がダグラスの小指を屠ったベッドとともに『ものだったモノ』として船の外に運び出されていた。
仕事が早い。
「おいボウズ、名前は?」
「・・・カイルです」
正直、こんな奴に敬語なんて使いたくない・・・が、仲良くするに越したことはない。俺は話を続ける。
「あなたの名前は知っています―――――ダグラスさん、先に行ったあのベラという方、ここの指揮をなさっていたようですが、ここにいなくて大丈夫なのでしょうか?」
質問で時間を稼ぐ。会話の持たせ方がわからない。
「ん、いや、あいつが来たのはただこっそり酒もらおうとしたからだぞ。この場所の最高責任者で一番偉いからな・・・まぁオレより6歳くらい下だけど。だからあいつがここのルールだ。オレもうアラサーなのに」
なんとなく哀愁が隣から漂う。まずスタートから違うんだろうな。こういうのは。だが俺には関係無い。
なるほど。『ベラ・ヴァーヴニルはここでのルール』か。覚えておこう。
「貧乏はツライぞ。金には気を付けろよ。ボウズ」
名前を聞いた癖に俺のことを『ボウズ』と呼ぶ。
「善処します」
俺は適当に答える。
そのあと、なんの話題もなく(俺にコミュニケーション力を求めるなんて間違っている)、このカルデラの真ん中にある、掘っ立て小屋についた。レンガのようなものが積み重なって作られている。無駄な装飾がされておらず、ただ、小さい窓がいくつかあるだけだ。
「チィッース。たっだいまぁ」
まるで都会にいそうなチャラい奴みたいな挨拶をした。
6人のハリボテ役であろう研究員が頭を下げる。この人、わりと人望あるのか?じゃあ仲良くなれるように頑張ろう。
ダグラスは『やあビル、また飯作る係か。じゃんけん弱いって大変だな』とか『ああ、ベリル、この前貸りたあの本、面白かったぞ』とか、『アレク、彼女が出来たんだってな、遠距離恋愛だな。がんばれよ!』とか囮役どもに話しかけつつ奥へ進む。おかげで少しの距離を進むのに時間がかかった。
そして、部屋の扉を開けた。
部屋は薄暗く、書類が大量に積み重なっている。
「オレが知ってる出入り口ここだけなんだ」
と言って左手を伸ばして扉の横のスイッチをつける。よく見たらこの人は両手に黒い手袋のようなものをしていた。
明かりがつく。
「?」
それだけか?書類の中身がよく見えるようになっただけではないか。『活動休止火山においての再活動の予測』、『地震の発生予測』・・・それっぽい調査結果だ。本当かはわからない。
「よっく見てろよ」
そう言うと、ダグラスは右手の黒い手袋を取り、床にうずくまった。何やってんだこの人。
「確かこの辺に・・・あった」
床にくっついている金属の金具を引っ張る。
床下に水道管でも通ってそうな1m四方の穴が隠されていた。
「ここですか?」
やけに無用心だ。少し探せば見つかるではないか。いや、ここはすでに孤島だから関係ないのか?
「まぁ~だだよ」
まだだったらしい。考える前に口が出てしまった。反省しよう。しかしまだなのか?この穴はなんだ?
上から覗いてみても特に変わったことはない。コンクリートのブロックで固められているだけだ。地盤に関する知識なんてないからわからない。しかし、ここが入り口か?
するとダグラスはおもむろに右手を突っ込んだ。
「・・・っ!」
俺はさっきの考えを撤回しようと思う。
ダグラスが引っ張りだしたものは、コンクリートのブロックだった。厚さも1m位だ。
下になるほど食い込むようになのか、細くなっている。
俺が気づいた仕掛けはそれだけだった。
それをどこに指を引っ掛ける訳でもなく引っ張りだした。
確かにこれは誰にでもできる芸当ではない。それをこの線の細い男はやってのけたのだ。
「・・・」
おそるおそる覗いてみると深い穴があった。12~3mくらいだ。先に白い明かりが見える。
落ちたら今度こそ真っ二つのハッカアメになるだろう。
「いやぁ、ビックリだろ?あいつここしか教えてくれなかったんだ。まったく、あの鬼畜女」
「それは・・・大変ですね」
感想を述べながら考える。
『あいつ』とはあの群青の髪のベラと、俺の上司になるらしい、ザックのどちらかだろう。おそらくベラだ。なんとなくダグラスはベラにの尻に敷かれているような気がする。
「ああ、もうオレの未来はこんな風にお先真っ暗なだぞ・・・?足の小指の爪は割れるし、プルプルちゃんには咬まれるし・・・」
それにしてもひどい名前だ。なんだよ『プルプル』って。あの蛇のどこにプルプル要素がある?
キラキラネームが過ぎるだろう。ルナは、『私の名前ってどっかの言葉で月って意味なんですって』と言っていたが『プルプル』は擬音の『プルプル』しか思い浮かばない。俺の語彙が少ないのか、名付け親の頭が花畑なのか。
「よっと」
そんな掛け声を聞いて顔を上げたときにはすでに目の前の穴に黒の帽子が吸い込まれていくところだった。
「大丈夫ですか!?」
トマトになったか?
俺は除きこむ。
従順な犬のふりをしながらなので大変だ。
「やぁ!プルプルちゃん!待っててくれたのか!」
どうやらまだ人間だったらしい。俺もそんなグロテスクな絵面を見たくなかったから一安心だ。
ダグラスが見える。
件の蛇を体に巻き付けて。
長い両腕を前に差し出して。
「・・・?」
俺はその意味を判断しかねた。が、望まない理解が訪れる。
ダグラスは右手の指をちょいちょいと動かした。
それは俺の理解の正統性を裏付けている。
「さあ、飛べ!」
そのセリフは俺の理解だ。そう。この男は『落ちろ!』と言っているのだ。
なにやってんだこいつ。俺を受け止めようというのか?確かに俺の体は前世に比べて大分小柄になっているがそれでも1人で俺を支えるのか?
いや、この世界には魔法というびっくりパワーがあるだろう。おそらくこの男は自身の力を底上げする魔法か何かをさっき使ったのだ。それを今から使うのだろう。
それはわかる。いやでもさっきのことを思い出してほしい。
俺は肩を怪我している。ただでさえ傷口が開きかけているのに飛び降りたりしたら本当に死ぬ。
あいつ、馬鹿なのか?先に飛び降りたら俺はどうしろと?飛び降りることでしかこの穴からあそこへ行く方法はないではないか。
さっきのデコイどもに他の入り口を聞くか?
「お前の?」
俺が今考えていたことをダグラスに話そうとしたとき、後ろから声がした。
振り向くとさっきビルと呼ばれた男だった。エプロンがよく似合う。
必要最低限の言葉で話しかけてきた男は俺のかたわらに置いていたリュックを指差していた。
「はい」
俺も必要最低限の言葉で答える。
するとひょいっとそれを持ち上げたと思うとぽいっと投げた。
柄のない黒い塊が穴に吸い込まれていく。『おっと、ボウズ、お前ちっちゃくなったなあ!』と、声が聞こえた。
「・・・」
「さ、飛べ」
流石に俺をひょいっぽいっとはしないらしい。
「大丈夫。あいつは見かけより頭がいい」
確かにあの顔の刺青を見たら好印象は抱かないだろう。いや、そんなことは関係無い。
「・・・」
黙って見つめてくるビル。俺になにしろというのか。
・・・飛び降りろと?
邪魔だから?
「・・・」
どうやら他に選択肢はないらしい。他に入り口なんてないか、教えることができないかだろう。
あまり困らすのも俺の印象が悪くなるかもしれない。
「ダグラスさーん、今行きます!」
「おう!」
俺は穴の縁に手をかけて一回ぶら下がろうとした。が、なぜかその縁がなかった。
「!?」
違う。かけ損ねた。気づいた時には、反対側の縁に顎をぶつけた。
舌は噛まなかったが、脳が揺れる。
そうだ。
俺は運動神経が悪いのだ。
今思い出した。
卓球ではピンポン球が己の意思を持っているかのように明後日の方向に飛び、野球ではボールがバットではなくヘッドにヒットし、ただ歩くだけでも段差につまづいて転び、ルナに『大丈夫ですか、ご老体ww』と言われた。
今世でも運動神経は前世に置いてきてしまったらしい。いや、前々世か?
意識が薄れる。
頬の横を風が通り抜けた。
『バット、ヘッド、ヒット』言葉遊びしてみました。
ちな、投稿再開です!