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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 目覚める狩人
9/65

9.殺意の表明

――♧――



「ん……」


 頭が痛い。

 強い衝撃に頭を打たれたのか、ガンガンする……


「冷たっ!?」


 冷たく硬い感触に目が覚めると、体は鉄に触れていた。

 俺がいたのは四角い部屋で、知らない景色だった。

 ここは……俺の家じゃないのか?


「うーん? どこだ、ここ?」


 立ち上がろうとするも、硬い何かにガキンと阻まれる。

 動けなかった。


「は?」


 瞼を擦るために手を伸ばそうとしても、それすらも届かない。

 まったく動けなかった。


「なんだよ……」


 動かない腕、冷たい鉄、そして俺の置かれている状況……


「なんだよこれ!」


 足首、手首、首を固定するように、様々な大きさの手錠が巻かれていた。

 そして、手錠に鎖のようなものが付いているのか、ジャラジャラと音がする。

 床に全身を固定させられているようだった。


 仰向けにされていて、首は微動だにしないようにガッチリと固められているので、拘束具が上手く確認出来ない。

 だけど確かに……


「監禁されているのか……!?」


 冷たい鉄の床に鎖と手錠で大の字に繋がれていて、俺は何者かに囚われていた。

 一体、誰に?


「ふっ! んっぐ……!」


 びくともしない。


「ぐ、があぁぁああああああっ!!」



――♧――



「もう起きたか、想定していた時間よりも早かったな」

「は!?」


 俺の足の裏よりも、更に向こう側から扉の開く音がして、誰かの声がした。

 変成器で声を変えているらしく、男女の区別が付かずに、本当の声色が確認出来ない。


「誰だ!? なんでこんな!!」


 体に巻かれた大小様々な手錠のせいで首も(ろく)に動かせず、その人物を見ることさえ叶わなかった。


「それは必要な順序だからだ」

「は、はぁ……?」


 ブーツの足音を部屋に響かせながら、その人物は俺の視界にゆっくりと侵入してくる。

 近付く足音の数の多さで、この部屋が広めの造りなんだと分かった。

 困惑もしていたけど、同時に妙な落ち着きもあった。


「君はどこまで覚えている? それに、何を忘れている?」

「何を? 俺が忘れてる? お前はどういう……?」


 肩から先の右腕を失っているその者は、白い髪を後ろで一つに結んで垂らしながら、黒いマントで全身を覆う格好をしていた。

 顔には白鳥の絵が描かれている白い仮面を付けていて、素顔すら分からなかった。


「ん……? あっ!?」


 思い出した。

 俺の記憶に存在する、謎の集団。

 こいつはさっき、俺が慌てて玄関を開けた時にいた変な格好の奴らの一人だ。


「お前、あの時俺の名前を呼んだ奴だろ!? 目的は何なんだよ!?」

「ふむ、やはり家を出てからは覚えているようだな。スペードが消すことが出来た範囲は、外を出るまでの一部分のみ……か」

「覚えてるも何も、俺の家の前にいただろ!? なんでこんなことするんだ!!」

「案の定、能力が目覚めてからでは効果範囲が狭いな」


 俺の質問を無視しながら、よく分からないことに気を取られている白鳥の仮面。

 変な仮面を被った不審者に監禁されていると知ると、段々とイラついてきた。

 俺は誘拐されるような裕福な家の出でもないのに……


「おい、(ほど)け! (ほど)けよ!!」


 喚き散らして、落ち着きを失っていると見せかけた方がいいかも知れないと踏んだ俺は、わざとそう叫んだ。

 反感を買って、身の危険が出てくる可能性があるかも知れないけど、そうする価値はある。


 話し口調から、こいつは知性に乏しくはなさそうだし、精神的に有利だと思わせ続ければ話をしてくれるかも知れないからだ。

 こいつから情報を引き出しながら、俺が囚われている場所や状況を整理して、ここを脱出する手段を立てるべきだ。


 こんな状況でも突破口は必ず見えてくるはずだ、最適な行動を考え続けるんだ。

 獣と対峙するなら話をしようもないけど、人が相手なら懐柔だって出来るかも知……


「ああ、つまらん演技はしなくていい。私は君を利用して、裁愛から金品等を強請(ゆす)ったりなどしない」

「は……?」

「私には優先すべき事項があるんだよ。今一度、君に問う」


 こいつは……知性に乏しくないとかそんなレベルじゃない。


「どこまで覚えている?」


 俺を見透かすほどの考察や深慮が、こいつは出来るんだ。

 ちゃちな誤魔化しなんか到底効かないだろう。

 なんなんだ、こいつ……


「ふむ、答えてもらうまで私はここを動く気は無いぞ。君は、何をするために、外へと出た?」


 ここは素直に質問に答えないと、何をされるか分かったもんじゃない。

 母さんの名前も知っていたし、無闇に嘘を吐く方が危険だろう。

 こういう時は無駄に刺激させないように、従うしか……


「わ、分かった。俺が覚えてるのは……あれ?」


 何のために外に出たのかという問いに、何故か覚えていないという不可解な現象が俺を襲う。


「それは……学校に行く、から? いや、いや違う、そうじゃない……そんなんじゃない! なんだ!?」


 分からない。

 記憶が失われていて、外に飛び出た理由だけが頭から抜け落ちていた。

 誰かを、追いかけていた?

 俺は一体何をしていたんだ?

 まずい、早く答えないと何をされるか分かったもんじゃない。


「お、覚えていない! 分からない!!」


 でも、その理由を思い出そうとしても、頭がぼんやりとする。

 まるで、そのシーンだけが黒塗りされているかのように、忘れ去っていた。


「【悲劇】とはよく言ったものだ」


 ブツブツと呟く白鳥の面の言葉はあまり耳に入らず、俺は失っている記憶について思考回路を動かしていた。

 弓月を獣から守ったと思ったら、いつの間にか家にいた。

 その後、俺は学校に行こうとしていたのか?


 いや違う、あんなことがあったんだ。

 起きた後すぐに、弓月の様子を確認するために弦野家に行っても変じゃない。

 そのために俺は外に出たのか……?


「……ん?」


 そこで俺は、ある共通点に気付いた。

 結末はハッキリと見えているのに、その結末に繋がる過程だけは忘れている記憶。

 これは……


「小さい頃の失っていた記憶と、似ている……?」

「鋭いな」


 あの赤髪の女の人にペンダントを渡された思い出、それを忘れていた条件と非常に酷似している。

 まさか、こいつに外に出る理由を忘れさせられたのか?

 その確認のために、俺はこんな質問をされているんじゃ……?

 そもそも、そんなことが出来るものなのか?


「流石はクローバーの継承者だ」

「クローバーの、継承者?」


 意味のわからない「継承者」という呼び方を口にする白鳥の仮面。

 だけど、わざわざクローバーと言うくらいだし、こいつは何か、ペンダントの力について知っているのかも知れない。


「紹介が遅れてしまったな。私は羽鳥という」

「はとり?」

「ああ、羽鳥だ」


 フッと嘲笑に似たような息を吐き、羽鳥は自分の名を教えた。

 多分……これは本当の名前じゃないな。

 正体を明かすつもりはないか。


「このペンダントが君を突き動かしているのは知っている」

「あっ!!」


 起きた後、どこにあるのか分かっていなかった片割れのペンダントを、羽鳥に奪われていた。

 千切れた紐は直されていて、元通りになっている。


(忘れないで)

「返せよ! それは……!!」


 ふと脳裏にチラつくあの赤髪の女の人の声が、俺の鼓膜にまた流れ込んだ。

 だけどやっぱり、顔は黒く塗り潰されたままだった。

 過程だけを失ってしまっている記憶だ。


(お姉ちゃん!!)


 だけど、幼い俺がそう叫んだ。


「お姉ちゃんの!! あ、あれ……? 俺……」


 俺の口から出た「お姉ちゃん」は、無意識に発した呼び方だった。

 今、また何かを思い出したのか?

 あの女の人をお姉ちゃんと呼ぶくらいには、俺は親しくしていたのかも知れない。


「……過去の記憶は寸前まで思い出しているようだな」

「な、なんで……」

「その()()()()()の顔はどうだ? 顔を思い出してはいないのだろう?」

「顔……? お、お姉ちゃん……! くっ……」


 お姉ちゃんの顔を思い出そうと頭を働かせようとしても、俺の記憶の中には存在しなかった。

 匂いや雰囲気、綺麗でスラリと伸びた長い赤髪の女の人ということまで思い出しているけれど、肝心の顔までは思い出せなかった。


「ふむ、それでいい。思い出しても君が困るだけだ」

「一体何を言ってるんだよ!? いいからペンダントを返せよ!!」


 羽鳥の意図がわからない状況よりも、大切なペンダントを奪われたという怒りが勝る。

 さっきまで冷静そのものだったのに、なぜか激昂(げっこう)が抑えられない。


「ペンダントが欲しければ、自力で取り返したまえ」

「自力で!? 無理に決まってるだろ、こんな縛られてる状況じゃあ!!」

「ならば死ぬだけだ」


 羽鳥に死刑宣告された次の瞬間、ガゴンッという重機が起動するような音がした。


「な、何の音……」

「一分でその拘束から脱出しなければ、君の運命は魂、骨、肉もろとも(つい)える。天井を見てみろ」

「天井……?」


 轟音が鳴り響き始めた部屋の天井に向かって、指を差した羽鳥。

 俺はその指に従い、上を見てみると……


「な!? はぁ!? なんだよこれ!!」


 じわじわと床との高低差を無くして、真下へと降りてきている鉄の天井が目に入った。

 あれで俺を押し潰すつもりか!?


「君が死ねば、弦野弓月も死ぬことになる。せいぜい足掻け」

「弓月が、死ぬ……?」


 ペンダントを俺の(かたわ)らに置いたと思ったら、羽鳥はマントを(ひるがえ)しながら(きびす)を返し、俺の視界から消える。


「ではまた、クローバーの継承者よ」

「ちょっ! 待てよ!! 待ってってお前!!」


 俺の懇願も虚しく、羽鳥は退室して部屋に鍵をかけてしまった。


「嘘だろ!? おい! 誰か助けてくれ!!」


 情けなく助けを求める俺の声に返事をしてくれるのは、徐々に落ちてくる天井の圧迫感と騒音だけだった。



――♧――



「おいおいおいおい!!」


 着実に、そして確実に、天井が壁と擦れる音が近くなってきた。


「クソッ! クソォッ!! がぁあっ!!」


 全然外れやしない。

 どうやって脱出すればいいんだよ、こんなの!?


「あっ……」


 もう半分も時間が残っていないくらいに、天井との距離が近くなってきた。

 俺、今度こそ死ぬのか?


(君が死ねば、弦野弓月も死ぬことになる)


 あんな……!


「……ッ」


 あんなクソムカつくこと言われて!!


「弓月……!!」


 簡単に死ねるわけ無いだろうが!!


「クローバーの継承者がどうのって言ってたな!? じゃあ、あの大剣で天井を斬ればなんとかなるってのかよ!?」


 あいつペンダントどこに置きやがった!?

 どこだよくそォッ!!


「ッッッああああああああああああ!!」


 クローバーのペンダントごと、俺を押し潰さんと迫り来る天井。


「クローバーああああああああああああああああああああああッ!!」



―― ――



「そうか……失敗か」


 情が視認出来なかった足先の壁には、部屋を隔てている大きな窓があった。

 窓から見える景色は既に、分厚い鉄の塊で作られた天井の側面部のみしか見えておらず、鉄一面の重苦しさが写し出されていた。


 羽鳥は呟く。


「時期尚早(しょうそう)だったか。やはり、この世界は……」


 情への興味を失い、その場を去ろうとする羽鳥。

 だが、一つの違和感が羽鳥の足を止める。

 完璧な寸法で造られているはずの天井が、ミシリと軋む音だ。


「あの片割れで、か……」


 窓全体に映し出されている落ちた天井の側面部には、巨大なヒビが付けられる。



――♧――



「がぁあああああああああああああああああああッッッ!!」


 理不尽な重圧に押し潰されかけたが、すんでのところで全ての拘束を壊し、()くことに成功した情は、落ちてきていた天井を手にした大剣で斬りまくり、爆音と共に次々と薙ぎ倒していく。

 切り刻まれた天井は破壊され、裂かれ、鉄片にされる。

 

「ああッ! はぁ、はぁあっ……!」


 そうして一人分のスペースを無理矢理にでも確保し続け、情は生き延びた。

 全てが間一髪の状態で成し遂げられたことであった。


「合格だ、裁情。それでこそ継承者たる所以……」

「黙れ!」


 羽鳥の声がする方向に、大剣と、殺意の眼光を向ける情。


「……私に刃を向けるか」

「本当に殺す気だったな? 俺を……」

「ああ。そうでもしなければ、手っ取り早くその力を目覚めさせられなかったのでな」


 羽鳥が左腕を上げ、誰かに合図を送る。


「やるねぇ! クローバー」


 どこからともなく、嬉しそうな幼い声が情の耳に届いた。

 すると、崩れた鉄の天井が綺麗さっぱりと消え去る。


「どうやら君は、ダイヤのお眼鏡に適ったようだな。是非私からも歓迎させてくれ、新しきクローバーの継承者よ」


 血の如き赤の大剣を手にした()()()を歓迎しようと、扉を開け放つ羽鳥。

 その羽鳥の様子はさも当然のように、今起きた惨劇など気にも留めていなかった。


「ようこそ『獣の狩人』……」

「言ったはずだ」


 刹那、破裂音が鳴り響く。

 隙を見せた羽鳥の顔面に、容赦なく突き刺さる交差した刃。

 一瞬のうちに情が投げ飛ばした大剣により、羽鳥の頭は串刺しにされた。


「黙れと」

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