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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 序章
8/65

8.二人の運命

――♧――



 幼かった俺からしたら、あの人はとても大きかった。


「いいか? ジョー」

「なぁに? おとーさん」


 (おぼろ)げながらも少しだけ覚えている笑顔と声、そして俺の名前を呼ぶあの人の姿。

 俺を膝の上に座らせるのが好きだったようで、俺もそうされるのが好きだった。

 顔、体、声だけじゃなく、存在そのものが大きく見えていた。

 幼いながらも、父さんに秘められていた何かを感じていたのかも知れない。


「真実っていうのはな? いくら嘘で塗り固めようが、絶対に変わらねえものなんだ。俺達はその真実を追っかける、正義のヒーローなんだぜ?」

「おとーさんは、ヒーロー?」


 父さんは何の仕事をしていたんだろうか?

 正義のヒーローとは言ってたけど、この歳になっても母さんに聞けずじまいなんだよな。

 ヒーローって……なんだ?


「おう。それとな、ヒーローには嘘を見抜く必勝法ってのもある」

「ひっしょーほ?」


 俺が人の嘘に敏感な洞察力を持ってるのは、多分その言葉があったからだと今でも思っている。


「嘘を吐いてる奴は、普段と違うことをしちまう。嘘を見破られねえようにするせいで、つい自分を見失っちまうんだ」

「じぶん……?」

「そうだ。自分を(つくろ)おうとすればするほど、自然体じゃなくなっちまうんだな。すると普段の口癖や仕草、ルーティンなんかが全然出なくなり、なんだか無機質に見えてくる。他にも色々あるが……」

「?」

「あー、その人らしくないって言えば分かるか?」

「分かる!」


 当たり前なことではあるが、弓月が無理をしたり嘘を吐いている時に俺が気付けるのは、普段のあいつがどんな感じかをよく知っているからだ。

 妙に空回りがちになるというか、何かを誤魔化すというか、とにかくらしくない行動が目立つ。

 分かりやすいんだよな。


「ま、これは仲の良い奴にしか使えねえ方法だがな。俺みてえに嘘を見抜くベテランになりゃ、誰でもぱっと見で嘘を吐いてるって分かるようになるぜ」

「じゃあ、これはどういう意味なのー?」

「んぁっ!?」


 これも血なのだろう。

 弦野家の血は弓の達人なら、裁家の血は洞察力に優れた血筋なんだ。


「この、ゆりあ……? って人は、どんな人なの? おとーさんはおかーさんに嘘を吐いてるから、いつもと違う場所にお洋服を置いたの?」

「いつの間に!? ジャケットと一緒に隠したはずなのに……!」


 隠された父さんのジャケットから、(あらかじ)め見つけていたピンクと黒の名刺を手にそう言った幼き俺。

 今思うと、あの名刺はキャ……


「断君」

「ハッ!?」

「ひぃいっ!?」


 恐ろしい般若となった母さんが、父さんの後ろに仁王立ちで(たたず)んでいた。


「それ、どういうことなのか説明してくれるよねぇ?」

「ま、待て! これは違うんだ、愛!!」

「おかーさん、お化けみたい……」


 幼い頃に学べて良かったと思う。

 母さんを本気で怒らせたら、命がいくつあっても足りないということを。


「いいからこっち来いやオラァ! この浮気者が!!」

「違うって!! これはあくまで部下との付き合いで……!!」


 ずるずると引き摺られていく父さんの縋るような顔が、俺の記憶の中で一番鮮明だった。

 いやまさか、こんな酷い記憶が、先頭を走る一頭賞だとは……


「ハッ、既にジョーには敵わねえようだなぁ」


 観念して連れ去られた部屋の、開きかけの扉。

 その向こうで俺に(ほが)らかな笑みを見せる父さんも、記憶ランキングでトップタイだった。


「おい……どこ見てんだァッ!?」

「はいぃぃいい! すみませんでした!!」


 その後、土下座してたんだっけ……



――♧――



 俺が弓月と関わる時の反応が良い例だ。

 目を逸らしてぱたぱたするのと、語尾だけは絶対に伸ばしてしまう話し方が弓月の癖なんだ。

 だが、さっき話した時はぱたぱたもせず、語尾を伸ばす普段の話し方でもなかった。

 何の特徴もない口調だった。

 まるで、繕おうとしているみたいに。

 それに、なんだか焦って話題を変えようともしていた気がする。


 あの時の霞さんの様子を知っているなんて、外に出るまでを覚えていない弓月には、不可能なんだ。

 それなのに、なんで弓月は「あんなに取り乱さなくても」って、知ったような口振りだったんだ?

 俺に、何かを隠している?


「良ければ私、作るよ〜? 目玉焼きでいいかな?」

「えっ……? 熱は大丈夫なのか?」


 一応聞いてみたけど、もう熱はなさそうだ。

 あんな事件があったにも関わらず、熱が一晩で引いたのは僥倖(ぎょうこう)だった。


「うん。ぐっすり寝てたからか、すっかり良くなっちゃったよ〜」


 自分が長く寝ていたのも知っている……?

 いや、それは外に出た時に夜だったから知っているのか。

 さっきとは打って変わって、いつもの弓月の話し方だしな。


 俺の顔を覗き込むように屈む弓月、語尾は普段のもの。

 今のやり取りだけは嘘を吐いていないってことだ。


「作っていいかな〜?」

「あぁ……頼むよ」

「えへへ、任せといて〜!! 私ったら、目玉焼きすごい得意なんだから〜!!」


 だけど今度は、空元気が過ぎるというか……

 あんな事件があった後だというのに、ここまで通常通りなのは逆におかしく思えてきた。

 これはこれで、普段の俺達の関係を噛み締めているかのような……無理矢理感が否めない。


 いや、どうなんだ?

 考えすぎなのか?

 なんで俺、弓月を疑ってるんだ?

 でも……


「なあ、弓月……?」

「ん〜? なに〜?」

「また無理してないか?」

「え?」


 俯いて、悲しそうな、寂しそうな表情をする弓月。

 どう見ても、無理をしているのは間違いない。


「そんなこと……」

「俺が作るよ、朝飯」

「いいから! 私にやらせてよ!!」


 弓月?


「どうしたんだ?」

「……あ、ごめん。情は座ってて、いいから……」


 様子が明らかにおかしい、だけど原因が分からない。

 獣に襲われたから……なんだろうか。



――♧――



「ごめん。学校に今日も休むって連絡するから、そのまま作ってて欲しいんだけど」

「あ……」


 俺が離れようとすると、弓月はまた寂しそうな顔をした。


「そんな顔するなって、すぐ戻るからさ」

「うん、わかった……」


 俺が血を吐いて死にそうになったから、こんな反応をするんだろうか?

 そう考えると不思議じゃないけど。


「俺はこうして生きてるんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だぞ?」

「うん。私も情も……生きてる……」


 良かった、なんとか元気を取り戻してくれそうだ。


「じゃあ、俺の部屋で電話してくるから」

「……お願い」



――♧――



 ごめん、弓月。

 やっぱり確かめなきゃダメだと思うんだ。


 俺はコソコソと、部屋の隅でスマホを耳に当てる。

 弓月に見つからないように。

 なんだか悪いことをしている気分になるな。


「は〜い?」

「俺です、情です。霞さん」


 電話をかけた相手は霞さんだ。

 昨晩は家にいるように言ったから、霞さんも無事でいてくれて良かった。


「どうしたの〜?」

「えっ……?」


 なんだ、この反応は?

 普通、弓月は無事だったのとか、あの後何があったの、とか……


「こんな早くにかけてくるなんて、珍しいわね〜? 弓月もそっちにいるんでしょ?」

「えっ、あぁはい。いますけど……何故それを?」


 弓月が俺の家に泊まっていたことを、霞さんも知っている?


「え、だって、弓月本人から情君の家に泊まるって聞いたのよ〜?」

「なっ……えっ!?」


 本人から!?

 俺が気絶してる間に、そういう電話をしたのか?

 霞さんが焦っていないのもそれが理由……?

 それなら、おかしくはない、のか。


「霞さん、昨日の事は覚えてますよね?」

「ん〜? 昨日は……仕事から帰ってきた後は疲れてたのか、いまいち覚えてないけど〜。確か熱出してて部屋にいるはずの弓月から電話がかかってきて、情君の家に泊まるって言ってたわね〜」


 いや、おかしくないわけじゃない。

 霞さんはどうも……記憶を失っているみたいだ。

 俺が気絶した後も弓月は起きていて、その後に霞さんに電話をかけたのは間違いなさそうだが……

 弓月が言ってた、霞さんが取り乱した云々は、その時の電話口の話なのか?


 違う、そうじゃない。

 霞さんは仕事から帰ってきた後のことを覚えていないと言ったから、そもそも家出した弓月を知らないんだ。

 まるで、重要な部分だけが()()()()()()

 それじゃあ弓月から電話がかかってきても、取り乱すわけがない。

 霞さんも「部屋にいるはずの弓月」から電話が来たと言ったしな。


 じゃあ「あんなに取り乱さなくても」って、どの場面に向けた言葉なんだ……?

 

「でもあの子の声、なんだか震えてて泣いてたな〜……辛いことでもあったんじゃないかしら?」

「泣いていた?」

「うん。妙に大人びた声でね、失恋でも……って、まさか情君〜!?」

「えっ!? 違いますよ!! 俺が弓月をフるなんてあり得ません!!」

「ほほ〜? あり得ない、ねぇ〜?」


 あ。


「言質取りました〜! やっほ〜い!!」

「違います! そんなんじゃないですから!!」


 俺と親しい女の人は、なんでこうも罠を張ってくるのだろうか……?

 油断なんて一切出来ないな。


「ふふ、冗談はそのくらいにして。昨日はそんな感じで覚えてるわよ〜?」

「……分かりました。ありがとうございます」

「ふふ〜。フるはずない、ねぇ〜?」

「ちょっと!!」



――♧――



「なあ、弓月」

「ん〜?」


 もうそろそろで完成しそうな料理を手にし、弓月は耳だけを立てて俺の話を聞こうとする。


「昨日の、弓月はどれだけ覚えてる?」

「あ、え、えっとね……」


 あまり疑いたくはないけど、それでもこの謎を解くためには聞くしか方法が無い。


「私、いつの間にか外に出てて……黒い穴が急に出てきたの」

「黒い穴?」

「その穴に触ろうとしたら、あの獣の腕が飛び出てきたんだ……」


 外出禁止時間の重要性を促進させるために、獣化の初期症状は教科書等で詳しく解説されて、今じゃ俺みたいな学生すらも知っている。

 だけど、穴っていうのは初めて聞いたな。

 俺もそんな穴なんてのは、教科書やネットで見かけたことすらない。


 それに、獣は灰色のはずなんだけど、あいつは何故か黒かった。

 そういう個体もいると言われれば、それまでなんだけども……どうにも気にかかる。


「私を見た獣は襲いかかってきて、なんとか体を動かして必死に逃げたの。でも、あの桜に着いた時には足が動かなくなっちゃって……」


 まだハッキリとは思い出してないので確証は無いけど、俺達のペンダントは獣道公園で、あの赤髪の女の人に渡されたのだろう。

 そう感じたからなのか、なぜか弓月はあそこにいるって確信出来たんだよな。


「あとは情がおっきい剣で獣を倒すまで、かな?」

「そっか、ありがとう」


 なんでそう思ったのかは分からないけれど、ペンダントは弓月の元に引っ張って導いてくれた。

 未だに信じきれないが、ペンダントには不思議な力があるみたいだ。


「あの剣、何だったんだろうな……」


 弓月の居場所に導く力と、剣に変わる力。

 謎は深まるばかりだ。


「情、すごくカッコ良かったよ〜。まるで私を獣から守ってくれる王様……い、いや、王子様みたいだった!」

「カッコいいって……」


 そんな大それたもんじゃないでしょうに。

 ただ俺は、がむしゃらに振り回してただけだ。


「どうやったら、またあの大剣を出せるんだ?」


 あの赤い大剣には重さが全然無かった。

 でも、獣に振るった時にはザックリと斬れたし……まるで意味が分からないな。


「私もペンダント持ってるし、情みたいに獣と戦えるね〜?」

「……いや、あんなこと、二度と起きて欲しくないよ」


 弓月が危険に晒されるのはもう御免だ。

 それに、あの黒い獣は間違いなく人だった。

 弓月に人を殺させるなんて、そもそも俺がそんなことさせない。


「ご、ごめん。私、無神経なこと言っちゃって……」

「気にしなくていいよ。俺も弓月が無事なら……ってなんか臭わないか?」


 煙?

 なんだか焦げた臭いっぽいような……

 ん!?

 焦げた臭い!?


「目玉焼き!!」

「あっ……ああ〜!!」



――♧――



「あらら……」


 炭と化してしまった卵が、そこにはあった。


「ごめん、ごめんね!? すぐに作り直すから!!」

「いいよ、食べるって。弓月が作ってくれた料理は全部美味しいからな」


 これに関しては人が食していい物質なのか分からないけど、弓月が折角作ってくれたんだ。

 不味いはずがない。


「情……」

「ほら、食べるぞ。皿持ってくるから」


 食材を無駄にしてしまうのは、勿体ない精神が強い俺の意に反するしな。



――♧――



「ご馳走様、美味しかったよ」


 まだ許容範囲ギリギリレベルだったけど、これ以上弓月を悲しい顔にさせたくないんだ。

 なんだか、疑うのも嫌になってきたし……


「本当……?」

「本当本当、だから……」


 突然、温かい手の感触が俺の頬を包んだ。


「え?」


 それは、昨日死にかけた俺が、弓月の頬に血塗れの手を添えたのと同じだった。

 俺の顔に手を添わせた弓月は、ぎこちない笑顔を貼り付けていた。


「私はいつも、情と同じだよ……?」

「はっ?」


 まるで、この瞬間が今生の別れのように……


「ごめんね……」


 一粒の涙を流して。


「弓月?」


 それだけを言い残した弓月は、玄関に向かって走って行った。


「弓月!?」


 どうして、どうして逃げるんだよ。


「弓月ぃっ!!」



――♧――



「ゆ……!?」

「情」


 玄関から飛び出した俺の前に、全身を覆う黒いマントを着て、白鳥の絵の白い仮面を付けた変な奴がいた。

 こいつ、なんで俺の名前を知って……?


「って、そうじゃなくて! 女の子が出て来なかったか!?」

「……ハート、スペード」

「はい!」

「羽鳥様のために……!」


 白鳥の面を付けた者が左腕を軽く上げると、物陰に潜んでいた男女が現れる。

 それを見た刹那、俺の体に二つの痛みが走った。


 あれ。

 急に力、が……抜……



―― ――



「よし。ダイヤ、移動を頼む」

「はいよぉ」


 白鳥の面を付けた者が踵を返し、同じような仮面を付けた三人がその後に続く。


「喜ばしいわ。これで全員揃ったし、目的達成まで目と鼻の先ね」


 ハートの仮面を付けた女が、これから訪れるであろう運命を喜ぶ。


「ごめん……情……」


 スペードの仮面を付けた男が、運命を哀れむ。


「ふふ、楽しくなってきたなぁ」


 ダイヤの仮面を付けた少年が、運命を共にする者の加入を楽しむ。


「さあ、始めよう」


 白鳥の仮面を付けた者が、運命をほくそ笑む。

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