64.裏の繋がり
――♧――
俺だって、理屈では分かってんだよ。
羽鳥を責めたところで、弓月が『先獣教』に連れ去られて危険な状態のままだっていう状況は、なんも変わらねえ。
そんなの……分かってる。
だが、この感情が、この怒りが納得しねえ。
俺が獣と戦っている間に、羽鳥が弓月を見てさえいりゃこんなことにはならなかったんだ。
「弓月を戦いから守るために、代わりに戦え」と半ば強制的に従わせておいて、弓月に目を向けてなかったのは羽鳥の過失だ。
信じ過ぎた俺も悪いのかも知れねえがな。
掟だなんだと言い訳して、弓月を羽鳥に任せっきりにしていた。
自分に都合が良いように、羽鳥を信じきってしまっていたのも事実だ。
「今はこんなことしてる場合じゃないでしょ!? 拐われたあの子を助け出す作戦を、あたし達全員で考えるのが先よ!」
鞭を絡ませた咲は、俺が握っている大剣をぐいぐいと引っ張ってくる。
こいつの言い分も分かる。
俺のために、弓月をすぐにでも助けようと提案してくれてるのはな。
それに、止めようとしてる理由はそれだけじゃねえ。
咲は『完全な獣』を殺す前に、羽鳥に手を出そうとしている俺を阻止するという、三人で交わした約束を守ろうとしている。
なんなら【狂喜】を通した鞭打は一度きりでやめていた。
髪の一部分を赤く光らせた俺が、【赫怒】を行使して見切るのは目に見えていたのに、それでもわざと能力を使ったんだ。
羽鳥に対する殺意を抑えようと、俺の気を無理矢理にでも自分へと向けさせ、頭を冷やそうとした。
羽鳥を守りたかったってのもあるんだろうが、俺にも気を遣ってくれたんだ。
「クソ……」
冷静で、かつ的確な行動をした咲に、俺も落ち着きを取り戻してきた。
ついカッとなっちまった。
弓月が下らねえ戦いに巻き込まれたと知るや否や、怒りが一人歩きしてしまっていた。
ああ、そうだな。
今は俺の怒りを優先するよりも、まず弓月を助けるために動かなきゃならねえだろ。
落ち着け……俺。
弓月のために戦うって決めたじゃねえか。
「情……」
彼方が俺を気にかけるように、なんとも居た堪れねえような顔を向けてくる。
ハッ、なんて顔してやがる?
お前だって咲に加担しても良かったってのに。
「もう……もう、俺は大丈夫だ。とりあえず、ダイヤをアジトに呼んで『先獣教』に対する案を出していくべきだな」
「あんたの気持ちも分かるけど、ね」
「迷惑かけて悪かったな」
「いいのよ。あたしだって、羽鳥様を恨まないで欲しいっていう勝手な考えもあったんだから」
俺は大剣を消しながら、羽鳥の首元から手を離した。
さっきから、羽鳥は何も言わずに黙っている。
抵抗してもいいくらいに全力で首を握られてたっつうのに、それでも流されるままに。
「すまなかった」
「もういいっての。お前の謝罪は聞き飽きてんだよ」
「……そうか」
――♧――
現在の時刻は午前1時くらいだ。
外出禁止時間はあと一時間で終わる。
霞さんと会ったのが0時16分だから、霞さんを家に送り届けて、弓月の家を捜査してから、アジトに帰るまでに何十分か経過していた。
「まず間違いなく、弓月は『先獣教』の本部拠点へと幽閉されているだろう」
あの後、ダイヤが加わった『獣の狩人』のメンバー全員が会議室に集まった。
そして、羽鳥一人だけが席を立ち、少し高い位置から俺達に目線を配らせながらそう言った。
「これはクローバーが見つけた、弓月の日記だ」
羽鳥はシンボルが描かれたページを広げて、俺達に見せるように掲げる。
一応、怒りの感情に囚われつつも、俺はきちんと日記を手に取ってアジトへと持ち帰っていた。
彼方に確認を取るのは後にして、『獣の狩人』にこの話を持ち込もうと急いで帰った。
俺にやれることはやる、もう見落としなんかしたくねえからな。
日記に描かれていた絵が、彼方と咲の話で聞いていたシンボルと同じなのは言うまでもねえ。
開かれた日記に描かれているそのシンボルを見た途端に、二人の目が鋭くなったからだ。
それを踏まえて、俺も再び確信した。
弓月は本当に『先獣教』に誘拐されたんだ。
「間違いないわね。あの小さい男のフードにも似た絵が描かれていたわ」
「うん……僕もおんなじのを見たよ……」
にしても、どうにも不可解だ。
わざわざこんな証拠を残してるってことは、弓月の誘拐に自分達が関与をしてるって言い放ってるようなもんだ。
奴らにとっちゃ、黙ったままでいた方が有利になるのは間違いねえのに。
起こした犯罪を誇示して、自分達の力を見せつけようとしてるってことか?
いや、それならもっと分かりやすいように痕跡を残すはずだ。
例えば、弓月の部屋に大きくシンボルを残したりな。
少なくとも『先獣教』が10年前に起こした犯罪じゃ、外出禁止時間を利用して動いていた。
人目を憚るように。
だが、この件に関してはそんな意思は微塵も感じられねえ。
一見家出のように見せかけつつ、これは誘拐だと推理出来る人にだけ、あえて知らしめているかのように痕跡を残した。
日記に小細工をして、弓月と『先獣教』を知ってる者にしか……
「!」
あぁ、そういうことかよ。
『先獣教』は『獣の狩人』と俺を挑発するためだけに。
そんなことのために、弓月を拐ったのか。
「獣どもが……ぶっ潰してやる」
「確かにそうするべきだ。彼奴らが『獣の狩人』の弊害になると知れた今、私達は全力を尽くして本部を叩く」
「ああ」
「だが……」
「あ?」
何故か羽鳥は言い淀み、喉を詰まらせる。
「その一方で、獣の狩りへと向かわせる継承者を残さねばなるまい。最低、一人はな」
「はあ!? そんな悠長なことをかましてる場合かよ!? 弓月が拐われてんだぞ!」
「しかし、獣をひとたび逃せば被害が拡散していく上に、『先獣教』に黒い塵を渡らせてしまう可能性もある。彼奴らを叩くとなれば、万全を期すのは当然だ」
俺だって、今すぐに行くとは思ってなかったが。
だが、どうして朝や昼の間に奴らを潰さねえんだよ。
狩りの時間に被るくらいなら、継承者と羽鳥の全員で本部に乗り込んで、総攻撃を仕掛ける他無えだろうが。
「そのような人目につく時間に事を荒立てれば、私達の立場まで危うくなる。『先獣教』のように、一般人から見つかるおそれが生まれてしまうからだ。さすれば彼奴らに対する攻撃は、外出禁止時間に行うのが最善だ」
「お、お前……何言ってんだよ? 弓月が!」
「ものには優先事項というものがある。弓月のように他の者までも誘拐されれば、さらに私達が動きにくくなるのは明白だろう」
「それは!」
てっきり『獣の狩人』の全員が『先獣教』をブッ叩いて、すぐにでも弓月を助けにいくもんだと思っていた。
だが、それは俺だけの早とちりだった。
羽鳥の言うことは一理ある。
人がいなくなる外出禁止時間に、『先獣教』の本部を叩く。
それも、継承者を一人減らした状態で。
羽鳥が言う「万全を期す攻撃」は、不安や心残りに引っ掛からねえようにしている上での、懸念材料に妥協が一切無えものなんだろう。
でもよ……
「獣は、警察に任せるとか出来るだろ」
「君はそれで安心出来るのか?」
「……」
出来ねえ。
獣を倒すことにすら苦戦しそうな奴に任せるくらいなら、それこそ見知った仲間が狩ってくれれば心配事も無くなる。
これでも羽鳥は譲歩してくれている。
そろそろ、わざと獣を狩らねえようにしなきゃならねえ日も迫っている。
ここのところ毎日獣を狩っているからこそ、警察や自衛隊に任せなきゃならねえのは俺も知ってる。
それなのに「獣は継承者が狩る」と断言したんだ。
「分かってくれ、クローバー」
外出禁止時間に動くとなれば、俺達の邪魔になる『先獣教』を潰すが、それと同時に狩りをこなさなければならねえ。
今後一夜足りとも、奴らに黒い塵を入手させて更なる力をつけさせるわけにはいかねえんだ。
「……じゃあ、実際に狩りに向かう継承者はどうすんだよ?」
「スペード、もしくはダイヤが望ましい」
誰かに見られても記憶を消せる彼方か、そもそも誰にも視認出来ねえくらいに素早く動けるダイヤ。
この人選に異論は無かった。
俺としては、覚醒済みのダイヤが弓月の救済に加わってくれりゃありがてえんだがな。
別に彼方が足手纏いってわけじゃねえ。
だが、未覚醒の継承者じゃ、黒い塵で力を付けた『先獣教』のメンバーに敵わねえ場合がある。
彼方が殺したチビ男に関しても、一度は蹴りを弾かれたと言ってたしな。
生半可な覚悟と攻撃じゃ、奴らに通用しねえんだ。
「クローバー、ぼくに一緒に来て欲しいんだねぇ?」
「彼方には悪いがな。俺らの中での強さはお前が一番だ」
「あー、うぅん……」
「ダイヤ?」
唸りながら返答に困った様子のダイヤは眉をひそめる。
おい、冗談だよな?
「だったらやっぱり、ぼくは獣を狩りに出た方がいいよぉ」
「なんでだよ?」
「そうすれば、クローバーが一番安心出来るからだよぉ」
「安心? 何が言いたいんだ?」
「例えば、弓月ちゃんのお母さんや、君のお母さん。その人達が『先獣教』に狙われたら嫌でしょぉ?」
次に誘拐される人が出ねえなら、それに越したことはねえ。
弓月を拐ったんなら、霞さんや母さんの存在だって、奴らに知られているのは間違いねえんだ。
むしろ、霞さんが無事だったのは不幸中の幸いだったと言ってもいい。
「ぼくが狩りに出るとすれば、獣の処理を一瞬で済ませられるし、その人達を守れる余裕もあるからねぇ」
そう言われれば、ダイヤの意見も納得出来る。
狩りをするのが彼方では少なからず時間がかかるし、その間に『先獣教』の魔の手から二人を守りきれるとは思えねえ。
だが、ダイヤはそうじゃねえ。
光の速度で獣を狩りながらも、母さん達に奴らの汚え手が届かねえように動ける。
こそこそとしか動けねえ、そんな汚え手から。
ダイヤなら、獣をのさばらせねえようにしつつも、二人のボディガードとしても余力を持って当たれるだろう。
それに『先獣教』が二人の元に攻め入ったとしても、ダイヤの強さじゃ追い返すどころか、そいつらを始末することだって造作もねえ。
いくら来ようとも、絶対的な安心感が生まれる。
「守る人が多いほど、首が回らなくなるって言いてえんだな?」
「ボクも行きたいのは山々なんだけどね?」
眼光をギラつかせながら、ダイヤはぺろりと舌なめずりをする。
ああ、そういえば戦うのが好きなんだったな。
こいつのサイコな一面を見るのは久しぶりだった。
そんな欲を我慢してまで、二人を守ることに専念するとダイヤは言ってくれた。
危ねえやつだが、やっぱりこいつは優しいな。
味方で良かったと本気で思った。
もしも敵だったら、この可愛らしい顔がどれほど鬼に見えたことか。
「二人を頼んで……いいか?」
「んふふっ、いーよぉ。報酬はまた、じゃ◯りこ関連だからねぇ?」
「現金なやつめ」
ウインクしつつ、ダイヤはずいっとピースを向けてきた。
そんな健気なダイヤを見て、つい俺も笑みが溢れる。
こいつなりに俺を励ましてくれたんだろう。
弓月を救うことに専念してくれっていう、そんな意味も込められてるんだ。
「僕……ダイヤの分も頑張るから……!」
「うん、お願いねぇ」
「クローバーの……情のためにも……」
彼方も俺を元気付けるように、強く囁いた。
俺に気を遣っているのか、クローバーと呼ばねえように、あえて本名を言い直しながら。
多分、彼方は俺に、同情と申し訳なさを感じていたんだろう。
三人で交わした約束があったのに、咲の制止に加わらなかったのも、弓月が誘拐されたのは自分の責任でもあると考えていたからなんだろうな。
こいつらの優しさが、俺の決意を固めてくれる。
弓月を必ず助ける。
「では、今後の予定を立てる。ダイヤは出来る限り、クローバーの関係者を守護しろ」
「はぁい」
「そして、私を含む他の者は、明晩の外出禁止時間に本部拠点へと乗り込む」
そこで一つ疑問が浮き出た。
羽鳥は以前、解体された拠点は偽物であり、『先獣教』はこの街に根を張っているとしか話さなかった。
なら、その肝心の本部拠点の場所はどこにあるんだ?
「奴らの居場所は分かってんだろうな?」
「否、不明だ」
「なんだよ、本末転倒じゃねえか」
それじゃあ弓月がどこに連れて行かれたのかは分からねえはずだ。
なのに、こいつは本部拠点「のみ」に当たりをつけている。
つまりは意味がある。
羽鳥は弓月が拐われると察知出来ずにいたから、細かい情報までは掴めてねえが、本部にいることだけは知ってるんだろう。
『先獣教』がどう動くのかを、ある程度までなら推測出来るんだ。
そういう言葉の選び方をしていた。
「真の拠点を特定する方法はある」
「どうやってだよ?」
「彼奴らは裏社会の手合いだ。以前、偽の拠点が解体されたと私が知り得たのも、とある筋からの情報を入手したからだ」
そうして羽鳥が切り出した「とある筋」は、俺にも聞き覚えがあるものだった。
「蒼井家が有していた資料からな」




