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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 狂信者の黙示録
63/65

63.静寂の正体

――♧――



 弓月の部屋は二階にある。

 玄関から廊下を真っ直ぐ行くと、左にリビングとキッチン、右にトイレと風呂、真ん中に二階に上がるための階段がある。

 そして、二階の構造は、上がってから一番手前に弓月の部屋、その次に霞さんの部屋、最奥に物置部屋だ。

 それと、物置きは元々、幹柄さんの部屋兼書斎だったらしい。

 あいつが熱を出した時にお姫様抱っこをして、階段を上った記憶が昨日のことのように思い浮かんでくる。

 弓月の体重は軽かったが、それでも人一人を抱えながら上るのは結構しんどかったな。


 霞さんを、リビングの二人掛けのソファーに寝かした彼方を見届けてから、俺は一人で二階へと向かった。

 事後報告にはなっちまうが、とりあえず羽鳥に一報だけは入れておこうと考えたので、すぐに仮面を使って事の経緯を話した。

 階段を上りながら、報告と同時進行だ。

 獣に襲われていた霞さんと遭遇したこと。

 何故か弓月が家出していること。

 それについてを調べるために、俺達は弦野家にお邪魔していること。

 その全てを、弓月の部屋に足を運びつつ、端的に掻い摘んで説明した。


『ならば、彼女は行方不明の状態で、幾日も家に帰っていないのか?』

「ああ」

『ふむ、分かった。元候補……弓月の部屋に何か手掛かりがないか、君の手で探してみてくれ。私が許可する』

「おう、悪いな」

『だが、弦野家の敷居を跨ぐだけでなく、自宅へと戻ることは……』

「はいはい第一の掟『組織の秘匿化に妥協は許されない』な、分かってるっつの」


 羽鳥の下らねえ小言を聞きたくねえから、許可を貰ってすぐに「じゃあな」と通信を切った。

 ぴーぴー喚くな、(ひな)鳥かよお前は。

 どれだけ口を開けて喚き散らしても、お前が食らうのは大剣だ。

 剣を飲むマジックを叩き込んでやるぜ。


 それにしても、弓月は一体どこに行ったんだ?

 そこまで遠くには行ってねえと思うが、霞さんに黙って出て行ったまま何日も戻らねえとか、どうなってんだよ。

 もしも俺を探すためだとしても、霞さんに心配をかけてまで家出なんてしちゃダメだろ。

 思考がまとまらねえ。

 知らねえ間に弓月がいなくなってて、俺もかなりのショックを受けたみてえだ。

 深呼吸をどれだけ繰り返しても、ハラハラして落ち着かねえ。

 冷や汗が、頬と背中を流れている。


「はぁっ……」


 いや、それでもクールダウンしろ。

 俺が動揺してどうすんだよ?

 さっきは霞さんを安心させるために、落ち着いていられたじゃねえか。

 落ち着け、落ち着け。

 俺はそうやって心を沈ませて、平静を保ちながら弓月の部屋に入った。

 久しぶりなその景色には、言いようのない安心感が漂っていた。

 弓月の存在はいつも俺を安心させてくれる。

 見渡してみたが、部屋の中に異常は無かった。

 相変わらずのシンプルイズベストな内装で、やはり咲のお花畑とは大違いだった。

 俺も知っている弓月の部屋だ。

 机の上や床が散らかっているわけでもなく、なんなら部屋が荒らされている形跡も無し。

 落ち着いた色のベッドも、参考書や弓道についての本が入っている本棚も、弓道グッズやクローゼットとかのその他諸々も代わり映えはしねえ。


「んー、んん? 気になるもんは何も……」


 やっぱり、どこもおかしいところはねえな。

 ベッドの下や、家具の隙間までくまなく確かめてみたものの、一向に怪しい痕跡は見つからなかった。

 強いて言うなら、机に備え付けられた小さめの卓上本棚に入れられている、一冊の手帳が気になったくらいか。

 意識しねえと、こんな手帳に関心を向けるなんてしねえくらいだ。

 表紙は綺麗な無地の白一色で、羽鳥が持っている革表紙の手帳とはまた違っていた。

 紙の枚数はかなりあり、分厚めな文庫本のような大きさだった。

 サイズだけは羽鳥のと似てるな。

 俺はそれを手に取って、パラパラと(めく)って見てみることにした。

 なんとなく、仮面越しでそれを拝見するのが申し訳なく思ったから、側頭部の方へとズラして見る。

 謎の原理で引っ付くこの仮面は、髪の毛を挟んでも落ちることはなく、その点に問題は無かった。


「日記か?」


 弓月って日記とか付けてたんだな。

 流石の霞さんもこの手帳に気付いていなかったのか、俺達と話していた時には言及をしていなかった。

 あの人も意外と勘が鋭いんだがな。

 弓月を抱えて家に連れて行ったものの、不可解な夢に恐怖していた俺を看破して、疲れてるみたいだからすぐに帰って休めと言ったり。

 さっきの獣との戦いでも、弓月じゃないと助言をしてくれたり。

 昔から色んなところに気付きやすい人なんだ。

 それに、あんな短時間でも、俺が何者なのかを見破ろうともしていた。

 弓月を知ってるかと問いかけてきたのは、正体を隠していた俺が近しい存在だと気付き、カマをかけたんだろう。

 俺は、あの獣を弓月じゃねえのかと疑っていた。

 しかも、「弓月」という名前を先に出してしまった。

 それを聞いていた霞さんは、仮面を付けた俺が関わりのある人物だと疑ったから、まず最初の質問で「弓月を知ってるのか」と聞いてきたんだ。

 そのせいで、俺が知らねえと言っても、どことなく(いぶか)しげだったしな。

 弦野家に着くまでに、同じことを何回も聞かれた。

 なんならほとんど俺の正体に気付いてたのかも知れねえ。


「普通の日記だな」


 話が逸れたが、この日記にも変なところは無え。

 日記の内容を流し読みで確認したが、弓道部の練習メニューやら、学校で起きたあれこれが書いてあった。

 俺の名前も何個か入っていて、「早く気付け」とか「ばか」とかいう(いわ)れのない罵倒が付け加えられていた。

 気付かぬうちに、俺は何かやらかしてしまったんだろうか。

 またオレ何かやっちゃいました?


「これも関係ねえか」


 手帳の中身は一通り流し見をし終わったので、ひとまず机に置いた。

 詳しく見るのは弓月のプライバシーを侵害するので、あくまで怪しい部分がないかの確認だけだ。

 しかし至って普通で、特に収穫は無かった。

 あーでも、部屋に勝手に入ってる時点で今更か。

 そう考えながら、部屋を見渡しつつ手帳を机に置いた。

 すると、置かれた拍子に、手帳が一人でにパラパラとページを送らせた。

 強く押し付けられて、折り癖がついてしまっているようで、あるページが開かれた。

 さっきはそれを見落としていたようだ。


「ん?」


 そのページには異様なものが書かれていた。

 いや、正確には描かれていた、と言うべきか。

 一度は閉じようとしたものの、それに違和感を覚えた俺は、きちんと見てみることにした。

 文字じゃなかったからかね。

 何故か目についた。

 開かれるまではまったく分からなかったが、いざ開いてみれば露骨に分かるような、無理に力を加えられたような折れ方をしていた。

 まるで、それを急いで描いたような印象を受けた。


「……は?」


 獣?


「いくらなんでもこれは……悪趣味が過ぎるだろ」


 そこには獣が描かれていた。

 黒い塵を全身から撒き散らしているかのような、咆える獣の絵だ。

 妙にリアルな二足歩行をした狼が、手帳の二ページを贅沢に使って、全体に描き殴られていた。

 なんで弓月がこんな変なもん描いてんだ?

 あの夢をスケッチしたとは思えねえほどに、隅々(すみずみ)まで獣を知っているような精巧さを感じる絵だった。


「……いや、違う」


 どう考えてもおかしい。

 これは弓月が描いたんじゃねえ。

 弓月に限って、そんなことはあり得ねえんだ。

 たとえ暇つぶしでも、あんな夢を見た弓月がこんな絵を描くはずもねえし、もしも描いた後だったとしても消さねえわけがねえ。

 あそこまで怯えてたんだ、獣なんて一片たりとも思い出したくねえはずだろう。

 これは咲が話していたあのマークの特徴に近い。

 というか、聞いた通りのまんまだった。


「!」


 それを見たことがねえ俺でも、その獣のシンボルが、弓月の日記に描かれていた意味を理解した。

 最悪な状況が、今まさに起こっていた。

 自分から家出なんかするわけがねえ。

 黒い獣の時もそうだっただろうが。

 弓月が、そんなことを。


「チィッ!!」



――♧――



 階段を飛び降りるように段飛ばしをしながら、霞さんの目が覚めねえかを監視していた彼方の元に、全速力で走り寄った。

 俺が部屋を調べていた中で、彼方はずっと霞さんを見ててくれたようだ。

 でも、もうそんなことをやっている場合じゃねえ。

 悠長に狩りを続けていたら、奴らを放置しているままだったら、弓月は……弓月は。


「彼方ッ!!」

「えっ……?」

「アジトに戻るぞ!!」

「ど……どうしたの……!?」


 驚く彼方の腕を掴み、マッハで外に出る。

 クソ、弓月が理由もなく家出するわけねえと思ってたんだ。

 何日も帰って来てねえとかおかしいに決まってんだろ。

 霞さんを放置してまでいなくなるなんて、それこそあいつらしくねえだろうがよ。

 俺はどうすれば良かった?

 そんなの、分かりきってたはずだろ。

 ショッピングなんて甘ったれたことしてねえで、俺だけでも町の中を見回りしておくべきだったんだ。

 羽鳥の予言に頼りきりで、見落としが無かったとよくほざけたもんだ。


「弓月が拉致された証拠を見つけた! 『先獣教』のシンボルがあった!!」

「拉致……!?」


 『先獣教』は、黒い塵や俺達の妨害という目的を放棄してまで、弓月を連れ去って潜伏してたんだ。

 静かにしている危険性に勘付いてたのに、そんなことにも気付けなかった。


「くっ、そが!」


 呑気にしてる場合じゃなかったんだ。

 どうして『先獣教』が何もしねえなんて、間抜けな思考回路でいられたんだ。


「あぁあああっ! クソクソクソクソォッ!!」


 なんでこんなことになった?

 弓月が誘拐された理由は?

 レタリーだ。

 それ以外に、原因が考えられねえ。

 あいつの仕業に違いねえ。

 やっぱり、あいつも『先獣教』と繋がってやがったんだ。

 俺の素性をしきりに確認したがっていたのは、俺の弱点である弓月を突くための策略だった。

 戦いは、始まる前から始まっていたんだ。


「クソがぁああああああああああッ!!」


 許せねえ。

 『先獣教』の獣どもが、ぶっ殺してやる。

 もうお前らを殺すのに迷ったりはしねえ。

 絶対に許さねえ。

 人道を外れて、人を諦めた獣どもが。

 弓月を守るって決めた。

 あの笑顔を守るって、決めたんだ。

 絶対に二度と悲しませねえって、約束した。

 そう約束したのに、俺は……


「弓月っ……!!」


 全然、守れてなんかねえじゃねえかよ。



――♧――



 俺達はアジトへと戻り、二手に別れた。

 彼方は、咲にも説明をするためにあいつの部屋に行き、ダイヤにも通信を飛ばしておくと言っていた。

 確かに継承者全員に知らせるのは重要だが、問題はそこじゃねえ。

 俺は羽鳥の部屋の扉を蹴破って、弓月が誘拐されたと叫んだ。

 鉄の扉には大砲を撃ったような穴が開いた。

 俺の怒りの強さが、扉の破壊具合に表れていた。


「なんだと!?」

「しらばっくれてんじゃねえぞお前ッ!!」


 羽鳥が驚く反応にキレた俺は、その首を掴んで絞める。

 片手で掴めるくらいに細く、折れそうな、脆そうな首だった。

 だが、いくら握力を込めても折れなかった。

 本気で首をへし折って殺そうとしていたが、羽鳥には効かなかった。

 ふざけんなよ。

 俺を戦いに巻き込みながら、何一丁前に驚いてんだよ。

 弓月を戦いに巻き込んで何がしてえんだよ。


「羽鳥、お前俺に言ったよな?」

「……」

「俺と弓月を監視してたって……! 弓月の代わりに戦えって! それがあいつを守ることになるって、そう言ったよな!? なあ!?」


 手に込めた力がさらに強くなる。

 首を掴んだ手とは反対の、もう片方の手に大剣を握らせる。

 『先獣教』も、羽鳥も許せねえ。

 お前、いつもこの部屋でふんぞり返って、下らねえことばかりしてたよな?

 その時間を弓月に当てりゃ良かっただろうが。


「アジトでぬくぬくと俺を監視してる暇があんなら、代わりに弓月をちゃんと見てろよ!」

「……すまない」

「ごめんで済むわけねえだろうが!!」

「やめて!」


 俺が荒げた叫び声を聞いて、現れた咲が羽鳥の首を掴んだ腕を剥がそうとしてくる。

 なんで俺の邪魔をしてくるんだよ、お前。


「羽鳥様を責めても仕方ないじゃない!」

「どいてろ咲!!」

「やめなさいって!」

「うるせえ!!」

「うぁっ!?」


 咲に肩を当てて、突き飛ばした。

 いつの間にかその背後にいた彼方が、タックルされた咲を支えた。

 なのに、羽鳥はうんともすんとも言わずに、ただ突っ立ってされるがままだった。

 俺が殺意を向けているのに、何もしなかった。


【「くっ……はぁああ!!」】


 羽鳥の反撃が来ると考えて、予め【赫怒】を使っていたが、その攻撃を繰り出した相手は咲だった。

 俺に向かって、鞭を振るう咲。

 髪と目が光っていて【狂喜】が込められているのが分かった。

 大剣で鞭を受け止めたが、逆に絡め取られた。

 なんでお前が俺の邪魔をすんだよ。


「何しやがる!?」

「これがあんたとの約束だからよ、情!」

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