表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 狂信者の黙示録
62/65

62.家出の理由

――♧――



「はっ?」


 どうして、霞さんが外出禁止時間に外に出てるんだ?

 この人がそんなことをする意味が無え。

 仕事の都合で、日常的に遅い帰りになっていたとはいえ、外出禁止時間を越える働き方なんてしてなかったはずだ。


「グルルルルァ!」

「獣……獣?」


 それなら、霞さんがここにいたのは、それなりの理由があるということになる。

 外に出ていた道理がある。

 獣と霞さん以外には誰もいなかった。

 じゃあ、あの獣は……


「う……嘘、だろ?」


 弓月?


「グガァアアアッ!!」

「クローバー……! 武器を構えて……!!」

「!」


 霞さんがいるので、情と呼ばねえようにしている彼方の呼びかけで、唖然となっていた俺は正気を取り戻した。

 まずは霞さんの安全を確保しなければ。

 彼方の蹴りを食らった獣が、雄叫びを上げながら俺の方へと向かってくる。

 いや、俺じゃねえ。

 霞さん目当て、それしか眼中にねえようだ。

 彼方を無視してくれたおかげで挟み撃ちの形になった。

 役割を忘れるな。

 俺が獣の攻撃を捌く前衛担当で、彼方が隙を見て横槍を入れるのがベストな陣形なんだ。

 攻撃を流した後、反撃だ。


【「グルルァ!!」】

「はぁっ!!」


 【赫怒】を発動しながら、霞さん狙いの獣の攻撃をいなす。

 獣は爪で裂こうとするが、俺はそれを許さず大剣の腹で流した後、その爪を叩き折った。

 次に太い腕でラリアットを繰り出そうとしていたが、予知で事前にそれを見破った俺は、懐に潜り込んで顔面に蹴りを入れた。

 手順は完璧だった。

 だが、どれもが力不足だった。


「ガァアアアアッ!!」

「なっ!?」


 俺がいくら爪を折ったと思い込んでいても、実際には折れていなかった。

 顔に入れた蹴りじゃ獣を退け反らせられず、ゴリ押し気味で殺そうとしてきた。

 しかも、いきなり俺に標的を変えてきやがった。

 獣化によって体が強化され、人が出し得る力を超越している獣は、俺が本気でぶつかっても一瞬よろめくだけだ。

 なのに、それすらも出来ねえならただの豆鉄砲となんら変わらねえ。

 全力でやらなきゃ、力押しにされるのは分かってたはずだろうが。

 中途半端な力を込めた蹴りを放ったせいで、獣の硬さに弾かれた俺は、無防備な体勢になった。

 片足を上げていて、避けようとするには遅かった。


「フッ……!!」

「グギィァ!?」


 俺が危ない状況に晒されていると察知した彼方は、またもや獣の行動を阻止するために刃の蹴りを放つ。

 ブレイクダンスのような地面スレスレの足払いは、獣の後ろ足から、黒い塵と血飛沫を吹き上げさせた。

 彼方を無視して特攻して来た獣は、背後から足の腱を切断されたことで、地面に膝を突く。

 動こうとしても動けず、立てなくなった。

 彼方のフォローのおかげで、俺はすかさず一歩下がった。


「早く……獣の首を……!!」


 俺に向かって、早く狩りを終わらせろと彼方が言う。

 普段なら、ここまでの隙を見せる獣相手には首を斬るだけでいい。

 それだけでいいのに。

 でも、俺には出来なかった。


「な、なあ? お前……」


 この獣が弓月かも知れないと思うと、出来なかった。

 俺が獣と戦っているのは、弓月を守るためなのに。

 これじゃ本末転倒だろ。

 無理に決まってる。

 殺せるわけがねえ。

 だって、こんなの絶対おかしいよな?

 どうして、弓月が……獣化なんかしてんだよ。


「弓月……なのか?」


 獣になっていても、俺には……無理だ。


「ギギィ、アァ!」


 痛みにもがき苦しむ灰色の狼は、まるで人のように斬られた足を両手で抑えながら、憎しみと殺意を俺に向ける。

 こいつが弓月だと思いたくねえ。

 俺が見たあの夢は、正夢なんかじゃねえ。

 弓月に限って、そんなの……


「違う!」


 すると、俺の後ろで霞さんが叫んだ。


「その獣は弓月じゃない! いつもの片割れのペンダント、付けてない!!」

「ペンダント……!?」


 そうだ。

 弓月はいつもペンダントを付けていた。

 獣化しても、そう簡単には金具は取れないはずだ。

 着ている服は破け去るものの、金属製のアクセサリーを付けていた獣は今までにも何人かいた。

 流石に指輪などは巨大化のせいで壊れてしまうが、ペンダントやネックレスを首にかけていた獣は、何人も。


「それに、私が会った時には男の人だったわ!」

「!」


 確証を得た俺は、大剣を獣に向けた。

 今から殺されると分かった獣は、動かなくなった足を諦めて、前に倒れて腕を振るいながら、俺を押し潰そうとしてきた。

 クソ、紛らわしい真似しやがって。

 お前が弓月じゃねえなら、容赦なんかしねえ!


「【赫怒】!!」


 その無理やりな攻撃に合わせるように、大剣の切っ先を獣の腕に触れさせた俺は、腕から胴体を結んだ一筋を大きく切り裂いた。

 腕は二つに割れ、続けて斬られた胴体には斜めに切れ込みが入り、袈裟斬りにされた獣は土煙を上げながら前方に倒れた。

 倒れる獣に巻き込まれないように、袈裟斬りと同時に真横に走り抜けていた俺は、ズダンと足踏みをする。

 そうして強く踏み込んだ俺は、そのまま倒れていく獣の上から更なる斬撃を加えようと、後ろに跳び上がりながら空中で回転する。

 狙いは首だ。

 バク宙で高く跳んだ俺は、上から叩き潰すように大剣を振り下ろす。


「らぁあああああッ!!」

「ブギゥィッ!?」


 そして、断頭した。



――♧――



 首から先を失った獣は黒い塵と化していき、風に流されていく。

 ダイヤの報告が正しければ、一年後にまたこの場所で獣が現れる。

 そうなる前に獣化をなんとかしてえもんだな。

 一年後の出現とか覚えてられねえよ。

 俺は霞さんにペンダントを見せないように、武器から戻した後、すぐに仮装束の中へと隠した。

 霞さんにも、俺と弓月が同じペンダントを持っていたと知られているから、見られるわけにはいかねえ。


「た、助かった〜……」


 弓月と霞さん特有の、語尾を伸ばす口調だ。

 これを聞くのも久しぶりだ。

 やっぱり間違いなく霞さんだった。

 二ヶ月ぶりに会うからか、俺は無意識に仮面に手をかけて顔を出そうとしたが、それは咄嗟にやめた。

 彼方が肩に手を置いてきて、俺だけに分かるように首を小さく横に振ったからだ。

 そうか。

 いくら信用している人が相手でも、『獣の狩人』の存在を知られちゃマズいか。

 それに、繋がりがあると分かれば、霞さんが『先獣教』に狙われちまうだろうからな。

 顔を見せるには難点が多過ぎる。

 俺が母さん達と顔を合わせられるのは、獣化が終わった後なのは確定事項だ。

 無関係の人を、戦いに巻き込ませないようにする。

 そのために狩人としての掟と、この仮面がある。


「あなた達はどうしてここに来たの?」


 でも、少し話すくらいは良いだろ?

 そういう意思を込めて彼方に仮面を向けると、今度は縦に振ってくれた。

 ハッ、融通が効いて助かるやつだぜ。

 ていうか、以前に記憶を消した相手だからか、彼方の仕草が申し訳なさそうになってるのが面白い。

 霞さんにどう声をかけていいのか分からずに、仮面越しでも表情がしどろもどろになってるのが分かる。


「もしかして〜……獣と戦ってるの?」

「はい」

「ほうほう、なるほど〜?」


 結局、彼方は一言も喋らねえと決めたようだった。

 どうせ霞さんの記憶は【悲劇】で消しちまうしな。

 彼方が俺に仮面を外さねえようにさせたのは、もちろん霞さん以外への対策でもある。

 誰がどこで現れるか分からねえし、そいつらは【悲劇】で記憶を消せねえから、所謂(いわゆる)予防策だ。

 彼方の【悲劇】は、悲しみにまつわる記憶を消す能力だ。

 その能力で消せる範囲は、獣に襲われたという悲しみを元にした部分なので、獣を狩った俺達にも関係がある。

 つまり、俺達の存在も、助けられたという記憶も、(かなしみ)にまつわると分類されるから、被害者はそこだけに関する記憶を失うらしい。

 悲しんだ記憶と、その悲しみに繋がる前後を忘れるんだと。

 まあ、もしも霞さん以外の誰かに顔を見られても、俺の【悲劇】を使えば強制的に悲しませられるんだがな。

 「もしかしてオラオラですかーッ!?」と言われようが、有無を言わさず【悲劇】してやる。

 てめーは俺を怒らせた。


「どうしてあなたは外に?」


 建前として、俺は霞さんの名前を知らねえ人間だ。

 だから、「霞さん」ではなく「あなた」と呼ぶように心がける。

 意識してねえと、ついつい名前を呼んでしまいそうだ。

 気をつけねば。


「あっ……!」


 外に出ていたわけを聞くと、霞さんの表情が急変した。

 ハッとして、その顔に影を差した。

 忘れているわけではなさそうだったが、俺達の存在のインパクトの方が強くて、そっちに引っ張られてただけのようだ。

 なにやら、ただごとじゃねえ雰囲気だ。

 数年間過ごした中で、一度も見たことがなかった顔だった。

 お気楽な霞さんが、だ。


「あの、娘を知ってる……?」


 至極真面目に、真剣になった顔で、霞さんは俺と彼方を交互に見る。

 語尾を伸ばすこともせずに。

 変な仮面を付けている俺達に、それについてを聞くよりもまず、弓月のことを聞いてきた。


「え? ゆ……娘?」


 ごめん、霞さん。

 知ってるとは言えねえよ。

 そんなことを言ってしまえば、俺の正体なんてすぐにバレちまうからさ。


「そう、知らないのね……弦野弓月っていう子なの」

「……」

「あなた達って、自警団みたいなものよね?」

「あー、そうです……ね。はい」


 ある意味、そうとも言える。

 この町だけじゃなく、世界を救うために活動している自警団だから、霞さんが思ってるよりかは話のスケールがでけえが。


「というか、何故そんなことを聞くんですか? わざわざ外出禁止時間に外に出てまで、あなたは一体ここで何をしてたんです?」

「……っ」


 あの獣は弓月じゃなかった。

 多分、霞さんも知らねえ人だったんだろう。

 知ってる人だったら「男の人」だなんて他人行儀な呼び方はしねえだろうからな。

 不運にもあの獣と遭遇してしまったんだろう。


「娘が……」


 問題なのは、それなら「霞さんが外に出てきた理由は何?」だ。

 考えられる要因は一つだけだった。


「何日も前から、家出してるの」


 弓月がいなくなったからだ。



――♧――



 俺と彼方は、霞さんを家へと送るために、三人で道を歩いていた。

 二度目だ。

 弓月がいなくなったのは、これで二度目になる。

 最初の一度目は、咲が手を(かざ)して、弓月を【狂喜】で誘導した、と本人が言っていた。

 クローバーの継承者としての力が目覚める前だったから、鞭で打たなくても行動を操れたようだ。

 弓月にはペンダントの力が目覚めてねえだろうから、今でもそれは出来そうだが、その時の意識はぶっつけ本番の一度きりだったと言ってたな。

 羽鳥に指示を出されて、わざと獣に弓月を襲わせてから、俺と弓月のどっちかが力を発現させればいいという作戦だった。

 だから、咲にとっては最初で最後の機会だったと。

 でも、今回はそうじゃねえ。

 咲が【狂喜】を使ったわけじゃねえから、弓月は自分から何日も家出しているのか、他の誰かに(そそのか)されたのか。

 嫌な予感がした。


「弓月はずっと帰ってきてないのよ。職場に事情を説明して、長期の休みをもらって、外に出て何日も何時間も、それこそ外出禁止時間を越えても探し続けてるのに全然見つからなくて……」

「……」


 霞さんのこの様子じゃ、かなり長く探し続けているのは間違いねえ。

 さっきは明るく元気に振る舞ってはいたが、詳しく見てみると表情に疲れが見えた。

 この人も弓月と同じで、よく一人で無理をする癖がある。

 幹柄さんが死んだ後も、弓月に暗い顔を見せねえようにしていた。

 葬式の最中は我慢しきれずに泣いていたが、俺は知っている。

 霞さんは、それから二度と泣いていないことを。


「私の家はここよ」

「はい」


 自宅に近付かねえようにしてたのに、真隣の弦野家まで来てしまった。

 見ねえようにはしてるが、なんとなく視界の端で自分の家を捉えてしまう。

 電気は消してるし、カーテンが閉められてて中の様子も見えねえ。

 母さん、ごめんな。

 今すぐ俺は無事だと連絡してやりてえけど、そうすることも出来ねえ状況なんだ。

 もうちょっとだけ時間をくれ。


「会ってばかりで申し訳ないんですが、状況を詳しく知りたいので、弓月の……弓月さんの部屋を見させてもらってもいいですか?」

「いいわよ〜。あなたは命の恩人だし、それくらいならお安い御用よ。弓月も分かってくれるはずだわ」


 霞さんに招き入れられ、俺達は弦野家の中へと入った。

 弓月の気配は確かに無かった。

 寂しい空気が流れていた。


「霞さん」

「?」


 家の中ならもう大丈夫だ。

 仮面を取って、俺は霞さんに優しく微笑んだ。


「弓月は、俺が必ず見つけます」

「えっ!? 情くん!?」


 彼方に、チラリとアイコンタクトを送る。


「でも今は……ごめん」

「うぁ、ぇ……ぁ?」


 青い霧を吸われた霞さんは、倒れた。

 すかさず彼方がキャッチしてくれた。

 【悲劇】で気絶させても、すぐに起きてしまう。

 霞さんを彼方に任せて、素早く弓月の部屋へと向かった俺は、家出の原因を探すことにした。


「弓月……」


 待っててくれ。

 絶対、見つけるから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ