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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 狂信者の黙示録
61/65

61.懐かしい面影

――♧――



「さて、今宵の狩りだが……」


 毎度恒例の、獣狩り前に行われる21時の会議だ。

 ダイヤを除いた俺、咲、彼方の三人は、羽鳥からの指示を聞くために会議室に集まっていた。

 会議室の席にどう座るかなんてのは大して決まってねえから、わざと咲と彼方を隣同士に座らせた。

 二人が離れねえように、俺が先に席を陣取って、机を挟んだ向こう側へと行かせた。


「時間は日を跨いだ0時16分。場所はアジトから……」


 二人は俺の前で、真剣に羽鳥の話を聞いている。

 今まで紆余(うよ)曲折(きょくせつ)あったが、結果的には良い方向に収まったと思う。

 まだ、彼方は告白の返事をしてねえみたいだがな。

 彼方の過去についても聞きそびれてはいるが、いつか話してくれるだろう。

 ゆっくり知っていけばいいんだ、お互いにな。

 咲は「俺のおかげ」だと言っていたが、それは全部お前の実力だよ。

 あんなに傷ついても、彼方に歩み寄って好きだと伝えられたのは、咲が強かったからだ。

 彼方を暗い過去から引っ張り出してやれるくらいに、優しくて強かったんだ。

 もしも俺がその立場だったら無理だ。

 弓月に拒絶されたらしばらく立ち直れねえ。

 誰かに励まされて、どれだけ慰められようが、何日か引きこもるのは間違いねえわ。


「クローバー、話を聞いているのか?」

「あ? あー、聞いてなかった」

「……始めから話す。次は無いぞ」


 会議に集中せずにそんなことを考えていると、羽鳥は(とが)める語気で叱ってきた。

 実の親からぐちぐち言われたと思うと、途端にウザさが倍増するな。

 特に意味も無え反発意識が俺の中で湧き出している。

 これが反抗期ってやつか?

 母さんにはこんな気持ちを向けたことがねえから新鮮味があるな。

 なんか知らねえけど、ただ羽鳥に従うだけだと癪に障る。


「君達を見るに、先日のショッピングで休まるどころか気疲れしてしまったようなので、今夜の狩りはダイヤに任せることにした」


 それも仕方ねえと言えば仕方ねえけどさ。


「ダイヤはそれでいいのかよ?」

「構わないと言っていた」

「……そうか」


 ダイヤはよく俺達の尻拭いをしてくれる。

 戦闘狂ってのもあるが、あいつは基本的に優しいんだ。

 俺達の様子を逐一気にして、その時その時に自分に出来ることをなんでもやろうとする。

 見た目は子供、頭脳は大人。

 その名も、って……そういえば、咲と彼方の名前は知ってるのに、あいつの本名だけは知らねえな。

 今度聞いてみるか。


「残念だが、ダイヤに名前は無い」

「んぁ?」


 俺の思考を読んだ羽鳥は釘を刺した。

 聞いても無駄だって言いてえのか?


「混ざり合っているせいか、ダイヤはペンダントを入手するまでの記憶を、ほとんど失っている」

「あいつ記憶喪失なのか?」

「ああ。名前、出生、育ち……それらの記憶を、前世を思い出すと同時に失くしてしまったようだ」


 つまり、あいつは前世以外の記憶を失って、ペンダントを拾った12歳から人生を再スタートしたようなものなのか。

 あいつを知ってる人……親や友人からすれば、いきなり消えてしまったように見えただろうな。

 まるで神隠しだ。


「私が見つけた時のダイヤは、酷く困惑していたよ。それに前世の記憶も完全に蘇ってはいない」

「……」


 そんな可哀想な目に遭ったあいつの話を聞いた後で、頼りてえとは思わねえよ。

 それに『先獣教』が潜んでいる現状、甘ったれたことを言っている暇なんて無えしな。


「なので、今夜は……」

「待て、羽鳥。俺が行く」


 休みは終わった。

 ここで意識をハッキリと変えるためにも、自分に鞭を打ってまで狩りに出た方がいい。

 あ、鞭を打つと言ってももちろん【狂喜】はナシの方向で。


「ダイヤに任せてもいいのだぞ?」

「出来れば未覚醒の継承者が戦う方がいいだろ」

「ふむ……」


 羽鳥は俺の心構えに納得したように、ゆっくりと首を縦に振った。

 そうするべきだと共感したんだろう。


「分かった。では、パートナーはどうする?」


 咲を見る。

 まだまだ元気そうだが、今日はなにかと動き過ぎているように感じる。

 昨日は一番傷ついていたくせに、そんな面を見せようともしねえ。

 俺の視線を感じ取った咲は、何も言わずに席を立とうとするが、俺は広げた手の平を向けて静止させた。

 生憎と今日の担当はもう一人だ。

 咲は休ませる。


「彼方、出られるか?」

「え……?」

「飯を食った後、軽く睡眠も取っただろ?」


 最悪、彼方が出られなくても単独で出ればいい。

 俺の呼びかけに驚きながらも、彼方は羽鳥と咲をチラチラと見ながら、最後にはこっちに向き直った。

 覚醒するためには獣と戦い続けるしかないんだと、こいつも分かっている。


「うん……行けるよ……僕も行くよ……!」

「決まりだ」


 そうして俺は彼方と狩りに出ることになった。



――♧――



 0時を少し過ぎた頃。

 狩装束と仮面を装備した俺と彼方は、小走りで指示された場所へと向かっていた。

 時間を見つつも、世間話をしながらな。

 自然に話せるようになってきた。

 咲が吹っ切れて、彼方を受け入れたおかげで、俺にも余裕が生まれて許してやることが出来そうだな。

 彼方だけじゃなく、俺も先導されてたみてえだ。

 あいつの前向きな性格は尊敬するよ。

 今度こそ上手くいくといいな。

 陰ながら、俺も応援してるぞ。


「……やっぱりか」


 ふと足が止まる。

 羽鳥に言われた場所に近付いてきたが、この景色には見覚えがあった。


「ここ、俺ん家の近くだな」

「そうだね……僕もこの辺はよく知ってるよ……」


 懐かしい。

 獣道公園とは真反対の方向にある、住宅街の道だ。

 弓月と毎朝通った通学路、漏らしかけた弓月がトイレに入った小さめの公園。

 あまりここら辺には近付かないようにしているから、なんだか遠い昔にタイムスリップしたかのような気分になった。

 一応、自宅周辺にだけは近付かねえようにして、回り道をして来たはいいが……


「弓月達、何してるんだろうな」


 気にはなる。


「『獣の狩人』の掟で止められているとはいえ、ちょっとくらいは家に帰りてえもんだな」

「帰りたい家があるのは……いいことだよね……」

「お前には無えのか?」


 彼方にはそういうのが無えんだろうか。

 帰りたい家、会いたい人、戻りたい場所が。

 獣との戦いが終われば、俺達はほぼ間違いなく別れる結末になるだろう。

 そうなったら彼方はどうするんだ?

 それに咲も、ダイヤもだ。

 認めたくねえが、羽鳥には帰る場所があるわけだしな。

 だが、ペンダントの継承者はどうなんだよ?

 『獣の狩人』という居場所を失っちまえば、こいつらはどこで生きていくんだろうか。


「僕の家は……アジトだから……」


 この先を彼方も不安に思っているのか、そうやって小さく囁くように吐き出した。

 戦いが終われば、俺達はちゃんと笑えるんだろうか。

 変わってしまった何もかもは、元通りになるんだろうか。

 俺の性格や口調は、こいつらの生き方は、未来は……


「クローバー……?」

「なんだ?」

「『Aoi Corporation』って会社……知ってる……?」

「ん? あぁ、あの会社か」

「やっぱり……知ってるよね……」


 その名前は一昔前のものだが、変わらず有名だ。

 獣化を抑えようとして新薬を開発してたみてえだが、結局出来ずに信用問題へと発展して、最後は呆気なく潰れちまった会社だ。

 テレビで流れていたCMの軽快な曲は、今でも耳に残ってる。

 それを見たのは6歳の頃なのに、まだ歌えるくらいには頭ん中にこびりついている。

 CMってのは印象が強ければ長く覚えてるもんだよな。

 それに……


「悪どいことばかりしてたんだっけか? 裏で反社会勢力とのパイプがあって、汚え金の横流しがあったと聞いたぞ」

「……」


 印象深いのはCMだけじゃねえ。

 そういう部分でも名を轟かせている。

 名は名でも、悪名の類いの。

 10年前に潰れた会社だというのに、今でも反社と言えばの一例として名前が挙げられるくらいには凶悪だったようだ。

 俺でもそんなスキャンダルを知ってるし、裏組織の抗争や動きなんかが話題になると、また度々引き合いに出されたりする。

 それが『Aoi Corporation』だ。

 昔は信頼されてた製薬会社だったみてえだがな。

 その分、スキャンダルが出た当時は相当な混乱を生んだらしい。

 今じゃ扱いが逆転しちまってる。


「その会社がどうした?」

「僕の……過去……気になってるんだよね……?」

「まさか、お前」


 その意味深な繋げ方には、流石に気付く。


「もしかしてお前の生まれって蒼井家なのか?」

「うん……そう……そうだよ……」


 それなら、こいつの苗字は蒼井だ。

 蒼井彼方……それがスペードの本名なんだ。

 あの会社が一族経営だったというのは、勉強嫌いな俺でも知っている。

 最高責任者であり経営者だった、蒼井、蒼井……なんだっけ。

 名前は忘れたが、その男が無残にも暗殺された件が有名なんだ。

 そいつは彼方の父親だったに違いねえ。

 その男以外の蒼井家の人間は一人も見つからず、全員が忽然と消えちまってたんだっけか。

 一家全員が、何者かに殺されたのかも知れねえと噂されていた。

 経営者以外の蒼井の一族は、それよりもっと以前に殺されていた、もしくは死んでいたという都市伝説もあるが、真相は分からねえ。

 だが、確かなことといえば、見せしめとして男の死体だけが残されていた件だ。

 裏社会と繋がりがあったせいで、その経営者が殺されたと報道されていたが、彼方は蒼井家の生き残りだったらしい。

 つまり、彼方は天涯孤独なんじゃねえのか?


「んじゃお前、元は金持ちのボンボンじゃねえか」

「でも……僕は今の生活の方が好きだよ……?」

「……そうか」


 ダイヤは、彼方の過去が「哀れ」だと言っていた。

 そりゃあ家族を殺されでもしたら哀れには違いねえし、天涯孤独ならそう言ってもおかしくはねえ。

 だが、それだけじゃ片付けられねえ問題がある。

 じゃあ彼方が人を殺したってのはどういうことなんだよ?

 その過去の自分がトラウマで、組織に入りたての頃は獣を狩れなかったんだろ?

 それに加えて、彼方は家族まで殺したとダイヤが言ってたが、実際はどっちが正しいんだ?

 蒼井家という分かりやすい権力者が、裏社会の人間に利用されて、ただ殺されただけとは……どうも考えにくい。

 裏の人間には、裏の顔がある。

 蒼井家の表が『Aoi Corporation』なら、その裏には何が隠されてる?


「君と咲には……話しておきたいんだ……」

「どうしていきなりそう思ったんだ?」

「咲が……僕を名前で呼んでくれたから……」


 風向きが変わる。

 何かが変わる予感がする。

 咲が前向きでい続けたからこそ、彼方も引っ張られて変わろうとしている。

 変わりたがっている。


「もう……過去に囚われるのは嫌なんだ……僕も……人間に……」


 彼方は哀れなだけだった。

 そこには、どんな蒼井家の闇深い面が隠されて……


「きゃあああああああああああッ!!」

「なんだ!?」

「悲鳴……!?」


 唐突に、女の泣き叫ぶ声がした。

 羽鳥に指示を出された方面からだ。


「お前の話は後でする! まずは獣を狩るぞ!!」

「うん……!!」



――♧――



 悲鳴がした方へと急いで走ると、尻餅をついた女と、獣がいた。


「あ、あぁああっ!!」

「グルルルァ!!」


 俺達から見て、左に女、右に獣がいる。

 両者とも俺達には気付かず、横顔を向けている。

 しくじった。

 彼方の話に気を取られ過ぎたからか、時間を見るのを忘れて出遅れてしまった。

 俺は即座に大剣を肩に担ぐが、まだ遠かった。


「ガァアアアアアアアアアッ!!」


 咆哮を上げながら、獣は太い腕を女へと振り下ろそうとしていた。

 あんな無防備な状態で、獣の力で押し潰されて、爪で切り裂かれてしまえば、あの女は……


「チィッ!!」


 間に合わねえ。

 このままじゃ殺されちまう。

 今どうにかしなきゃダメなんだ。

 大剣を投げるか?

 いや、それだと女に当たっちまう危険がある。

 それよりも確実な方法は何がある!?


「情っ……! 僕を……!!」


 すると、彼方が俺に声をかけて、俺の胴くらいまでの高さまで瞬時に跳び上がった。

 右足には青い刃を生成して、その足を俺が攻撃しやすいように差し出してきた。

 足を()()()下げている。

 なるほど、その手があったか。


「行け彼方ァアアアアアアアアッ!!」


 俺は彼方の足の刃に、渾身のフルスイングを食らわせる。

 丸い刃と鋭利な刃の溝に、大剣の一撃を叩き合わせた。


「ハァッ……!!」


 バギギンッといった破裂音にも似た、硬質な物体同士がぶつかり合った嫌な音が鳴り響くが、そんなのはお構い無しだ。

 俺は剣戟の勢いを殺さないよう、そのまま思いきり振り抜いた。

 俺の大剣の後押しによって強力な推進力を得た彼方は、地面とほぼ平行に飛びながら、獣の首目掛けて飛び蹴りをお見舞いした。


「グギィァ、ィアアアアッ!?」


 獣は真横から放たれた蹴りによって、地面に頭を打ち付けながら倒れた。

 俺と彼方の全力が乗った一撃は、獣の行動を阻止することに成功した。

 普通の剣じゃこんな連携は無理だっただろう。

 だが、自分の感情を武器にした、重さを感じない得物だからこそ、振り抜く速度がより一層速くなり、物理的にも相当な力を生むことに繋がったんだ。


 彼方の元へと走り、追いついた俺は盾となるよう、女と獣の間に立った。

 彼方が獣を相手取る際、女が邪魔にならないようにするためでもある。

 無警戒に放っておくと、パニクって変な行動とか起こすかも知れねえしな。


「はっ、ぁ、あぁありが、とう」

「え?」


 何故かその声には聞き覚えがあった。

 いつもどこかで聞いていたような、そんな声だった。

 懐かしさを覚えた俺は咄嗟に振り向いた。

 その女の姿にも見覚えがあった。


「わ、私、死んじゃうかと思った〜……」

「かす……ッ!?」


 霞さんだった。

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