60.妙な静けさ
――♧――
咲との打ち合わせ通り、スペードを食堂の中にぶち込んだ後の俺は、羽鳥の部屋へと行き、ある用事を済ませに来ていた。
咲は「あたしに任せて」と平たい胸をふんぞり返らせて強気になってたが、まさかあそこまで吹っ切れるとはな。
ドキドキして、挙動不審になってた頃とはえらい違いだ。
強くなったよなあいつ。
それと、俺だけ先に昼飯を食わせてもらった。
いらねえっつったのに、「ちょっとくらいはお礼させてよ」とえらく頑なで聞きゃしなかった。
まあ、あいつの作る飯はやっぱり美味かったよ。
いつも美味いし、今日も良かった。
だがしかし、弓月の方が美味そう……じゃなくて弓月の方が美味いんだがな。
あくまでこれは料理の話だ。
そう、料理の話だ、うん。
これ以上変なことを口走ってたら、俺が料理されちまいそうだ。
いくら親しくなってきていると言っても、あいつの前で乳を弄ると、相変わらず【狂喜】でボコられるからな。
それに、乳を弄るんなら弓月の……じゃなくて。
自覚してるが俺って結構スケベな方だよな。
男子高校生なんて、みんなそんなもんなんですよ。
揃いも揃って思春期の男子は獣なんですよ。
澄ました顔をしてる青髪のあいつも、どうせ頭ん中はピンク一色って決まってるぜ。
内側はゲス、外側は青色、これなーんだ?
答えはしゃがれた声が特徴の猫型ロボットです。
漫画版では意外と辛辣だからなあいつ。
ネズミが出ると地球を滅ぼそうとまでするし。
すると、獣化はもし◯ボックスの影響だったりするのか?
『完全な獣』の正体見破ったり。
「して、何用だ?」
いかんいかん、羽鳥との会話に集中せねば。
俺が来るのを監視カメラによって知っていたであろう羽鳥は、椅子に座って扉の方を向きながら、足を組んで偉そうに待っていた。
入った瞬間にこっち見てたわ。
「お前、俺がここに来るのを知ってたのか?」
「管理者としての責務を果たしているだけだ。その一環として、アジト内の映像は常に見ているよ」
「ハッ、気色わりぃな」
「フッ、私でもそう思うよ。だが許せ」
俺と同じくらいの身長のくせに、珍しくマントを付けていない羽鳥はスタイルが良く見えて、なんかイラッとした。
足を組んだポーズが似合ってやがる。
ていうか、お前もなんとかしろよな。
スペードのやつ目に見えて塞ぎ込んでただろうが。
絶対昨日から一睡もしてねえだろ、あそこまで気力が抜けてる顔は。
寝起きで酷かった俺より、疲れきった表情になってたんだぞ。
「スペードの話をしに来たのか?」
心を読んだのか、羽鳥はスペードの名前を出す。
スペードの過去を聞くには、俺と咲が協力して、本人の口から言わせるしかねえ。
羽鳥やダイヤから詳細を聞いて、それを知ったところで、最後はあいつが傷付くだけだ。
あいつからしたら内緒にして欲しかったのに、どうして教えたのかと裏切られた気持ちになるだろう。
それは『獣の狩人』内で不和が生じる要因にもなり得てしまう。
仲間割れは避けるべきだ。
だがしかし、少しは羽鳥から慰めてやるとかさ。
もっとこう……あるだろう!
「あーいや、そうじゃねえ」
「?」
やめとこう。
俺だって、どうやって関わりゃいいのか分かんねえから、ほとんど勢いに任せて無理矢理連れ出したんだったしな。
どれだけ咲と作戦を練ったところで、ひとまず気を遣いながら、接してあげることしか出来ねえなって結論が出たんだしよ。
そもそも俺はそんな話をしに来たんじゃねえ。
「聞きたいことがあんだよ」
「何を?」
「『先獣教』の動きが、俺一人の考察だけじゃよく分からなくてな」
俺が羽鳥としたかったのは、今後の『先獣教』への対応をどうするかの話だ。
これからも獣化の謎については触れていくべきだが、目の前の敵をどう扱うかも重要だ。
スペード……じゃなくて、彼方だったか。
咲がそうやって呼んでたな。
とりあえず、彼方と獣狩りばかりに気を取られていて、『先獣教』の存在感が薄まってきているのが気になった。
今の俺達の敵は、二種類の獣がいる。
「なるほど。そこで、私の意見を仰ぎに来たというわけか」
「ああ」
あいつらの仲間を殺したことで、俺はてっきり全面戦争になるのかと身構えていたが、奴らは彼方達との邂逅以外に、一向に姿を見せてはこなかった。
俺が単独で狩りをしていた時にも、レタリーの他には誰も現れなかった。
そこに違和感を覚えた。
いくら、羽鳥の手帳のような予言書が無く、獣の出現地を事前に調べられねえとはいえ、奴らがそれについての対策をしてねえとは考えにくい。
なんなら積極的に俺達の狩りの邪魔をしようとしてもいいはずなんだ。
組織の規模は知らねえが、カルトというのは何故か多くの人間が入信する。
実際に、10年前の『先獣教』の本部拠点の解体時には、何百人も捕まったようだからな。
羽鳥によれば、その時に捕まったメンバーは、恐らくは幹部連中の身代わりにされたらしいが。
ほとんどがペーペーの下っ端や、捕まっても支障が出ねえ有象無象だ。
要するにトカゲの尻尾切りだったわけだ。
今でも本気を出しさえすれば、人海戦術で獣を見つけようとすることだって出来るんだろうな。
でも、そうはせずに指を咥えて隠れている。
目立つ行動はチビ男の一件のみで、10年前のような過激な犯罪を起こしてもねえ。
どうにも変だ。
咲と彼方を襲ったチビ男が、独断で動いていたとも考えられるが、果たして本当にそうなのか?
10年経った今でも隠れ続けている組織が、そんな勝手な行動を許すとは思えねえ。
あいつは命令に従って外へと出ていたのは間違いねえ。
「ふむ、『先獣教』か」
羽鳥は、その名前を呟きつつも頷いた。
こいつにも思うところがあるんだろうな。
奴らは既に仲間の一人を殺されている。
レタリーは『先獣教』のメンバーだと判断しにくいから、あいつは例外だとしても、他に動向の一切が掴み取れねえのはおかしな話だ。
狩りをする上で、接触する可能性が無いに等しいとはいえ、奴らが俺達に対してアクションを起こしてねえのはどうにもおかしい。
まるで雲隠れでもしているかのように。
「彼奴らは、表を堂々と歩ける輩ではないからな」
「まあ、目立った行動が出来ねえってのも一理あるが」
だが、あのチビ男は普通に外を出歩いていた。
「獣を何年も探している」と言っていた通りに、『先獣教』のメンバーが人気の無くなる外出禁止時間に出ていることは明白だ。
彼方と咲が出くわしたのも、狩りの直後だったしな。
つまり奴らには獣を探す理由がある。
本物の獣に直接的な信仰をするためだと言ってもいいが、何もそれだけじゃねえはずだ。
明確な意味があるに違いねえ。
「……獣様に心を献上せよ」
「彼奴らの信条か」
「この言い方、変だと思わねえか?」
「ふむ」
信仰心を持てという台詞にも聞こえるが、そういう抽象的なことを言っているなら、わざわざ「心」という単語を使ったりはしねえだろ。
獣様万歳〜とでも言っていればいい。
だが、あえて「心を捧げる」と言っているなら、やはりそこには何かしらの意味がある。
獣化の結末は心が壊れて死ぬということを、奴らも知っている可能性がある。
俺の読みと同じく、獣化は先祖返りだと見ているからこそ、組織の名前に先と付いているんだろうし、間違いなく獣の情報を持っている。
それに……
「奴らは黒い塵を摂取してるって言ってたよな?」
「そうだ。あの力は獣が持つ、特異なものだ」
「んじゃあ、その入手経路はどこからなんだ?」
獣を探している理由としては、まずそれが第一に挙げられる。
今よりも更に力を付けるために、獣を探して黒い塵を手に入れようとしているんだろう。
世界征服でも考えてるのか、まさに悪の秘密結社だな。
それなら、チビ男はどうやって獣の力を手に入れたんだ?
黒い塵が欲しいから獣を探してるっつうのに、それよりも前に一度入手しているということになる。
それは偶然か、それとも必然か。
なんにせよ、まず最初に黒い塵を手に入れるためのルートがあった。
その手口が使えなくなったのか、もしくはリスクが高かったのか、それとも……
「つまり君は、彼奴らの目的が黒い塵だと言っているのだな」
「獣は死後、黒い塵を空気中にばら撒いて、そこから跡形もなく消え去る。そうならねえように、『先獣教』は獣を探してんじゃねえのか?」
「……ふむ」
とにかくその動きが見られなくなった時点で、怪しいと思わざるを得ない。
別の目的が出来た、そういう可能性がある。
俺達を罠に嵌めるために、準備をしているかも知れねえ。
警戒を強めるべきだ。
「私達に見つかったから、隠れているだけかも知れないがな。摘発を恐れて身を潜めているのやも」
「彼方が殺したチビ男の死体は、あの後どうなったんだ?」
「スペードを治療し、君との話を終えた後、ダイヤに指示を出して現場へと向かわせたが……」
もぬけの殻だった。
羽鳥はそう言いかけるものの、顎に手を置いて考える素振りを強めながらも、続きは不必要とばかりに終わりの言葉を遮断した。
ここで考えを広めても、何も分からなさそうだ。
「獣様に心を献上せよ」という狂った信条も、今の奴らの目的が何なのかも、まったくパッとしねえ。
だが、得も言われぬ危険性を孕んでいるのは確かだ。
奴らは獣狩りの阻止と黒い塵を放置してまで、俺達の目を撹乱させる、最優先の狙いがある。
まるで『獣の狩人』は既に『先獣教』の手中にあり、何かを見落としてしまっているかのような……
――♧――
「昨日は……ごめんね……」
「ううん、いいの。大丈夫よ」
羽鳥に『先獣教』が大人しくしている危険性を伝え終えたので、食堂へと戻ってきた。
扉の奥から咲と彼方の話し声が聞こえてくる。
その声色は穏やかで、昨日のような不穏な空気は無かった。
もう平気そうだし、扉を開けて俺もお邪魔することにした。
「よう」
「情、戻ってきたのね」
「あ……」
咲にはクローバーと呼ばれなくなった。
多分、俺のことを心から信頼してくれた証拠なんだろうな。
俺もそうだから、咲を咲と呼んでいる。
「なあ、彼方」
そして、彼方も。
「な……何……かな……?」
「んー、あーっと」
さっきは勢いで配達員ごっこをしてみたが、こうして冷静に向き合って話をしようとすると、まだ喉が詰まっちまう。
咲が彼方を許してるんだから、今更俺が怒る必要もねえのに、昨日の情景が嫌にこびりついてやがる。
もうあんなのはウンザリだ。
あんな咲は見たくねえよ。
弓月が悲しんでた顔を思い出すし、咲だって泣かせたくねえ。
もちろん、彼方にも悲しんで欲しくねえんだが……どうしてもな。
「体調、大丈夫か?」
まずは小手調べからだ。
昨日のデートからオールしたままの彼方を、心配している旨を伝える。
不自然な会話ではない、よな。
「あっ……う……うん……大丈夫……」
「そうか」
「じ……クローバーは……?」
「問題ねえ」
「そう……? そっか……」
気まずい。
久しぶりに会ったかのように会話が弾まなくて、無言が何秒か続いてしまった。
俺はポリポリと頬を掻きながら、つい明後日の方向を見る。
彼方の顔を見れねえ。
なんかよく分かんねえ感じになった。
「なんだからしくないわね、情」
「逆にお前はいつも通り過ぎるだろ。むしろ、いつもより元気だよな?」
「だって、言えたもん」
「ん? 何を?」
作戦会議をしていた時のように咲は真っ赤になるが、表情だけはとても喜んでいた。
彼方に好意を持たれていると分かった際に、「嬉しい」と喜んでいたのと同じだった。
まさか……
「あたしね? 彼方が好きだってちゃんと言えたのよ!」
「なんだと!?」
「それもハッキリとね!」
咲が嬉しそうに報告をした途端に、彼方が鼻からブッと血を噴いて倒れそうになった。
すかさずそれをフォローしようと、食堂に設置してあるティッシュ箱を、流れ作業かのように一瞬で出現させた鞭で掴み、手元に手繰り寄せた咲は、倒れかけの彼方の頭を支えつつ、すかさず鼻に丸めて入れた。
ナイスアシスト。
それにしてもマジかよ。
俺が羽鳥の部屋に行った後に、咲は彼方に好きだと伝えたらしい。
え、ちょっとこの子強すぎない?
本当に俺が知ってる子なんですか?
あれ、しず◯ちゃんじゃなかったっけ?
長身伸び伸び◯び太くんにド直球猛アタック出来るまでになるか。
静かどころかもはや激流じゃねえか。
俺ですら弓月に言えなかったことを、そこまで平気にこなせるようになろうとは。
咲は彼方が本気で好きだからこそ、自分の手で引っ張ってあげたいんだろう。
二人の幸せのために、全力で。
「これも情のおかげね?」
「いや俺の手柄じゃねえだろ」
「えっ、そうかしら?」
「やるな……咲さん」
「さん!?」
俺が知っていたはずのユニコーンは、いつの間にか咲さんへとクラスチェンジしていたようだ。
さん付けするのはダイヤだけにしたかったが、咲にもそう言わなくてはならなくなってしまったようだ。




