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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 序章
6/65

6.満月の夜

―♡―♤―



 民家の屋根の上に、影二つ。

 虚な目をしてふらつきながらも、何処かへと向かって歩く弓月を、怪しげな格好の男女二人が観察する。


「弓月が動いたよ……危なくなったら……悲しませる前に僕が……」

「違うでしょ? どちらかにやらせるのよ」


 男を叱る女の顔には、一つのピンク色のハートの絵が中心に施された、白くて丸い仮面が付けられている。

 さらに髪の毛の色さえもピンク色で、全てが派手だった。


 だが、その派手な外見が霞んで見えるほどの特徴が一つだけあった。

 何故なら、最も目立つのは彼女の手だったからだ。


「こうやって操れるのも、一度きりなんだから」


 女は右手にピンク色の光を宿し、弓月に向かって(かざ)し続けて行動を操っていた。


「ごめんね……気持ちが先走っちゃって……悲しい……」

「何も悲しめって言ってるんじゃないわよ? 失敗や勘違いは誰でもあるんだし、むしろ成功の元と思って喜ぶのよ」

「ポジティブだなぁ……ハートは……」


 頭をぽりぽりと掻く男の顔が付けている仮面は、ハートとは別の青色のスペードの絵が描かれている。

 先の例に漏れず、彼の髪の毛も青色だった。


「逆にスペードがネガティブ過ぎるのよ」

「ごめん……」


 スペードと呼ばれた男は体育座りになり、弓月が先程出てきた家と隣に並ぶ、もう一つの家に視線を向ける。


「確かあの家にいるのが……もう一人の……情のはずだよね……」

「そう、もう一人。そろそろ解くわね」


 手に宿した光を、徐々に弱くしていくハートの女。


「羽鳥様はもう待機してるはずだし……いいと思うよ……? 多分……いいよね……? 大丈夫かな……」

「あたしまで不安になるからやめてよ、作戦通りのはずよ?」


 一時の目的を達成した二人は、満月の闇夜に紛れる。



――♣︎――



「え?」


 弓月は気が付くと、寝巻き姿のままで外に出ていた。


「あれ? ここ、私の部屋じゃ……ない?」


 辺りを見渡せば、見覚えのある道だった。

 弓月は、家や学校から離れた場所へと来ていて、その道は……


「獣道公園の近く、だよね?」


 周りを確認していた弓月の視界の一欠片が、ぐにゃりと歪む。

 弓月は声を上げることすら忘れて、その歪みに驚愕した。

 その歪みによって、次は空中に黒い穴が開く。

 宙に浮いている真っ暗な穴が、段々と大きさを増していき、驚いたままの弓月の目を釘付けにする。


「ど、どうなってるの? これ……」


 訳もわからず、弓月はただ手を伸ばしてみる。

 生唾を飲み込みつつ、暗黒へと繋がる穴に触れようとした瞬間……


「えっ!?」


 その黒い穴から、出口を探していたかのような異質な何かが飛び出た。



――♧――



 どこ行ったんだよ弓月!?

 電話も繋がらないし……!


「とりあえず、俺が近くを探します! あいつは熱を出してたし、そう遠くまでは行けないはず!」

「あっ、でも!」

「外出禁止時間のことなら気にしないでください! まだ二時間もあるし、22時になる前に俺がなんとしてでも見つけます!」


 窓から外に出るとか正気じゃない!

 俺や霞さんに見られないようにしたかったって事かよ!?


「俺は弓月を探しますけど、霞さんは家で待っててください!!」

「なんで!?」

「もしもあいつが帰ってきたとして、誰かが家にいなかったらそれこそ危ないんですよ! 外を探すのは俺に任せて!」


 霞さんも弓月を探したい気持ちは分かるけど、家に誰もいなかったら、正気じゃないあいつを止められる人がいなくなってしまう。

 それに、もし探してる間に外出禁止時間にでもなれば、霞さんまで危なくなる可能性も出てくる。

 これ以上、弓月の大事な人を奪われてたまるか!!


「俺を信じて、霞さん!!」

「あ〜、う〜……わ、わかった!! 弓月を見つけたら、すぐに帰ってくるように説得して頂戴!!」

「はい! じゃあ俺、行きます!!」



――♧――



「う、はぁあっ……!」


 そんなに多くもない体力を振り絞り、街中を走り回って探すものの、弓月の姿はどこにも見当たらないままだった。

 息を荒くしながら屈み、俺はまたスマホを耳に当てる。


「せめて電話に出てくれよ……!」


 屈む姿勢になったせいで、首にかけられたペンダントが襟の合間を縫って、ころりと垂れ下がる。

 その垂れ下がったペンダントが……


「うおおおおっ!?」


 赤色の光を放ちながら、宙を浮かぶ。

 その直後、今度は俺の首を強く引っ張り始めた。

 まるで何かに引き寄せられるかのように。


「何……? 何だってんだよ!? 今は!」


 勝手に俺の体を引っ張ろうとしてくるペンダントにイラついていると……


「あがっ!?」

(忘れないで)


 幼い頃の記憶に(たたず)む赤髪の女が、頭痛を連れて俺の中で(ささや)いた。


「今はそれどころじゃ!!」

(このペンダントは運命を繋ぎ合わせるの)

「い、ぎっ! 痛ってぇ……!?」


 容赦のない痛みと共に、その声は脳内からとめどなく溢れてくる。

 ずっと、何かを、俺に。


(いつか私とまた会える。だから、弓月を……)



――♧――



「……」


 周囲を覆った静寂を払拭(ふっしょく)しようと、一人で光を叫び続けているペンダントが、俺の首を引っ張り続けていた。


「……ああ」


 そのうるさい輝きを目に、俺はある一つの確信を得た。


 突然いなくなった弓月。

 今朝の話で聞いていた、ペンダントの赤い光。

 そして、元の状態に戻ろうとしているような引き。


「あんたに言われなくても!」


 ペンダントが引っ張る先、その目的地とは……


(守ってあげて)

「守るって決めてんだよ!!」


 この光は、弓月のもとへと通じる道導(みちしるべ)なんだ。


「あいつの元に連れて行ってくれ!!」



――♣︎――



「うぅ……」


 木を背にし、ペたんと座り込んでしまう弓月。

 何者かから追われ、逃げ続けていた弓月だったが、足に力が入らなくなっていた。

 普段の体調なら訳も無いが、今は熱を出していて本調子でなかったこともあって、とうとう立てなくなってしまった。


「グジュッ!」

「ひっ……!?」


 弓月の目の前には……


「なっ……なんで私を追いかけるの!?」


 獣。


「グルルルルゥァ!!」


 外出禁止時間の前だと言うのに、獣は弓月の前に現れた。

 そして、その獣の接近に気付いたクローバーのペンダントは、獣の方へと弓月の首を強く引く。

 弓月は抵抗するも、ペンダントの引きと獣の接近により、じりじりと距離が近付いてきていた。


「グ……ウゥ……!」

「や、やだぁっ……!」


 だらだらと涎を垂らし、狼のような巨大な口から漏れ出る白い息。

 その息とは対照的な黒い獣が、弓月へと腕を伸ばす。


「ギャッォ!」


 全身に毛が生えた、(おぞ)ましいシルエット。

 人とはまるで違う異形の姿に恐怖し、疲れ果てた弓月の体は、震える以外に動いてなどくれなかった。


「ギャッ! ゴガァッ……!!」

「やめてよぉ……!」


 人のものとはかけ離れた手が、弓月に触れようとする刹那……


「やめろォ!!」


 落ちていた木の棒を手にし、異形の存在の後ろから走り寄ってくる者がいた。


「だあぁああああああ!!」

「情!?」

「ガ、ァ……?」


 標的は、弓月へと手を伸ばす邪悪な黒い獣。

 狙いは頭だ。


「あああああああああああッ!!」

「来ないで! 情!!」


 情を危険に巻き込みたくない弓月が、そう叫んだ瞬間……


「グジュ……!?」


 情の接近に気付いたのか、一瞬だけ獣の時が止まった。

 弓月を庇うため、二者の間に割って入った情が、持っていた得物で犬科の頭を打ちつけた。


「グゴァッ……!!」

「か、硬すぎるだろ……!?」


 だが、その一回で木の棒は折れてしまった。


「情! 逃げてぇ!!」

「グゥゥウ……! ガルルゥアッ!!」

「ごぼおぁっ!?」


 稚拙な攻撃にイラついた獣は、情の脇腹目掛けて太い腕で殴りかかった。

 弓月が背にしていた木に情は激しく叩きつけられ、偶然にも二人は横に並んだ。


「ぐ……ごばっ……!?」

「い、嫌っ……」


 弓月がすぐさま倒れ込んだ情へと寄るが、既に情の息は絶え絶えだった。

 当の本人の視界は狭まっていて、口からは鮮血が吐き出される。


「お、ごぁ……ゆづ……ぎぃっ……」


 誰がどう見ても、致命傷だった。


「嫌っ……! 嫌ぁあああああああっ!!」

「ガァアアアアアアアアアアッ!!」


 二人の普通だった日常に、侵攻した黒い獣。

 その獣の轟く咆哮が、弓月の悲鳴と共に、満月の夜に響き渡る。



――♧――



 キツい、痛い、痛い、辛い、熱い、死にそう、痛い、重い、押し潰される。

 俺の体って、こんなに重かったっけ?

 全身が鉄みたいになってて、動かそうとしても動かせない、動けない。


「情……! 情ぉぉ……!!」

「ゆ、づぃ……」


 俺の口から飛び散った血で塗れた手は、鼻にツンとくるような鉄分の臭いがした。

 鉄になった手は重かった。

 それでも、なんとか弓月の頬に添えた。


 弓月のことならなんでも分かる。

 どこにいるのか一か八かの賭けだったが、当たってて良かった。


「なんで……!? なんで情が、こんな……!」

「ぉご……お、ぇ……俺、達は……」


 俺達はいつも同じだから、何か特別な繋がりがあるんだろう。

 それこそ、弓月の言っていた通りに、ペンダントで繋がっているのかも知れない。

 だから、弓月がいる場所は、獣道公園の桜が咲いている、この丘だと分かったんだ。


「ぃ……つも、同じ……ぁ……!」

「同じ……! 同じだから!! ずっと一緒だからぁ!!」


 視界が赤くて、端の方は暗くなっていた。

 もうほとんど何も見えてないけど、自分の身に何が起きたのかは理解しているつもりだ。

 俺はもう……無理だ。

 だけど、せめて……


「情ぉ!! ち、血が……! 血がぁぁぁああ!!」

「ぅぐっ、ぅづぎ……!! 逃げ、るぉ!」


 せめて、弓月だけは。


「でもぉ!! うぅううぅぅっ!!」


 泣きじゃくる弓月をどうにか逃げさせたいが、獣がそれを許してくれるとは思えない。

 なら俺が、もっと時間を稼ぐしかない。

 それしかないだろ!


「ぁ……え?」


 そう思って頭を再び起こそうとすると、いきなり視界がシャットアウトした。

 夜よりも真っ暗な黒い闇が、広がった。

 赤も、黒も、弓月も、無くなった。


「ど、ぉ行っ……?」

「情!?」


 ああ、そうか。

 もう……ダメなのか。

 時間を稼ぐとか言う前に、視力すら失ったらしい。


「しっかりし……〜ッ……!」


 耳まで効かなくなってきた。


「ぁ……」


 何も見えない、何も聞こえない。

 自分さえも存在しないんじゃないかと思うくらい、何も感じない。

 ただひたすらに、何も無くなってしまった。

 

 命を賭けたっていうのに、弓月をちゃんと助けてあげられなかった。

 それだけが心残りだ。


 ははっ……こんな風に生前の悔いを残した奴が、幽霊になったりしちゃうんだろうな。

 俺も、そうなるのかな。


 あ



 もう




 限界





 これが






 




















































































































































































































































































 ぽつり。











「……?」






 何も無いはずなのに。





 また、ぽつりと。




 俺の頬に、水滴が落ちてくる。



 その冷たくも温かな感覚によって、もう諦めかけていた俺の、薄れた意識が呼び覚まされる。


「う……ぁ……?」


 まるで俺に生きてくれと言うように、何度も、何度も落ちてくる。


「……ぉ、かなぃ……」


 聞き覚えのある声がした。


「置ぃ……いで!」


 俺を生と死の狭間から呼んでいたのは……


「私を置いていかないで、情!」


 弓月の涙だった。


「ぅ……?」

「情が死んだら、私……!」

(お父さん……)


 なんで俺、弓月に悲しい顔をさせてるんだ?


(これからは俺が……弓月の笑顔を守ってみせるから!!)


 笑顔を俺が守るって、決めたのに。


「死んじゃ嫌だよ……!」

「……!」


 悲しい顔はもう見たくない。

 だから弓月の笑顔を守るんだって、そう決めたはずなのに……!


「ぐっ……うぅぐ!!」


 俺が諦めて死んだら、弓月はまた悲しむんだよ!!


「がっ……!」

「情……!?」


 だから俺は、弓月と一緒に生きるんだ!!


「があああああああああああッ!!」


 既に迎えた限界を超えて、俺は立ち上がる。


「大丈夫なの!?」

「ふ、ぅぐ……! げふっ……あぎ、諦めかけてたけど……大丈ぅぶ……! お、れは、もう、俺は!!」


 喉の奥から血が溢れてきて、上手く喋れない。

 熱くて熱くて熱くて、体が痛い。

 骨が折れているのかさえ分からない。

 俺の内側の何かが、止まれと絶叫している。


 だけど、弓月を守るためなら……!


「諦めない!!」


 その覚悟を揺るぎない決意とするために、俺は地団駄を踏んで自分を鼓舞する。

 そのせいでフラつくものの、おかげで意識だけはハッキリと戻ってきた。


「弓月を泣かす奴は、誰だろうと許さない……!」

「グルルルゥ……!」


 片割れのペンダントを右手で握りしめ、俺は怒りに震える。


「なぜ獣になった……!? なぜ人を襲う!?」

「グアァォオオオオッ!!」


 鋭い爪が生えた四肢、長く伸びた牙。

 そして殺意に穢れきった瞳で俺を見る、黒い獣に対する怒りだ。


「お前も元は人間のはずだろ!?」


 怒りの感情に共鳴するように、ペンダントが手の中で激しく動き、呼応する。


「人を……!」


 興奮して、首にかけていた紐を引き千切った途端……


「諦めるな!!」


 握っていたペンダントの感触が変化して、淡い月光が赤一色の閃光に染まった。

 指の間から漏れる()()は、俺の怒りそのものだった。


「えっ!?」

「ガ、ルルォ!?」


 眩い雄叫びを上げるペンダントは、まるで俺が口から吐き垂らした血の如き、赤の咆哮を解き放った。

 段々と、その姿が顕現していく。

 そして……


「武器、なのか?」


 俺の身の丈ほどもある、大剣に生まれ変わる。

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