表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 秘めた想い
58/65

58.呪い返し

――♤――



「お父さ、ん……お父、さ……ぅ……」


 娘が気を失って、ドサリと倒れた。

 馬乗りになっていたから、そのまま僕に枝垂(しだ)れかかるように。

 一体、何が起きたのかが分からなかった。

 僕の手が青く光ったと思ったら、娘は気を失ってしまった。

 感覚的に、()()を抜き取った覚えがある。

 でも、それが何かはまだ分からなかった。

 僕の知らないものが、青い霧となって内側に入ってきた。

 僕の全身に、まだ乾ききっていない彼の血が付いた。

 血塗れになった娘が、倒れた拍子に僕に擦り付けたんだ。


「ぐ、うぶっ……」


 鉄分を多く含んだ臭いが、吐き気を催すほどに鼻に刺さってくる。

 隕石によってみんなが潰された時に、燃えカスと共に、これと同じ臭いがしていたのを思い出した。

 気持ち悪くなった。

 忘れていたんだ。

 今までに僕の中から消えていた、その臭い。

 父様に言われるがまま、敵を殺す時には感覚を閉ざして意識していなかった、誰かが生きていたという象徴。

 人が死んでしまった証。

 怒り狂った娘の拳も、血の臭いも、僕が人を殺したという罪も、何もかもが突き刺さった。

 痛い、痛い。

 全部が呪いになって、全部が僕を縛って、全部……


「あっ……! うぁ、あ、あぁぁぁああぁああぁああっ!!」


 訳も分からずそこから飛び出して、僕はみっともなく逃げた。

 痛くて、苦しくて、辛かった。

 父様に足蹴にされていた時よりも、ずっと鮮明で鋭い痛みが僕を襲っていた。

 僕の中で、何かが、どこかが張り裂けそうだった。

 痛くて痛くて堪らなかった。

 ズキズキと、そんな音が鳴り止まなかった。

 獣の僕に、人としての心が目覚めた。

 怖かった。

 いつか、また僕はその心を失ってしまうんじゃないかって。

 一度そう思ってしまったら、居ても立っても居られなくなった。

 だから、思わずそこから逃げ出したんだ。


 あの子の言葉が耳から離れない。

 気絶してからも、か細い声で何度も「お父さん」と呼び続けて泣いていた。

 虚構に手を伸ばして求めていた。

 その虚ろの正体はもう、僕には分かっていた。

 あの子が求めたのは、父の愛だ。

 僕のせいで失った、大切な想いだ。

 二人の間で固く繋がっていたのに、僕が断ち切ってしまった。

 それが僕も欲しかったから、無意識に彼へと手を伸ばしたんだ。

 優しさと慈しみを内包している親からの愛が、ずっと欲しかった。

 僕には、血と闇で構築された歪んだ愛しかなかった。

 愛とも呼べない、哀切な繋がりだった。

 あの子の記憶を消したとは、その時には思わなかった。

 羽鳥様に教わるまでは、刃を創造する以外の、ペンダントの力をまったく知らなかった。

 【悲劇】すらも知らなかった僕は、ずっとこれからもあの子に恨まれ続けるんだと恐怖した。

 僕の悲劇は終わらない。


「と、父様っ……!」


 だから、助けて欲しかった。

 父からの愛を、あの人に求めてしまった。

 守ってくれると信じていた。

 僕はまだ父様を愛していた。

 愛されたかった。



――♤――



「何をやっている!?」

「父、様っ……」

「役立たずめが!!」

「げゔッ!?」


 でも、本当は分かっていた。

 やっぱり父様は僕を蹴った。

 分かっていたのに、分かりたくなかった。

 僕が愛していた父様は、父親としての責務を果たしていなかった。

 初めから父親なんかじゃなかった。


「チッ」


 僕にはもう、あなたが獣にしか見えなくなった。

 本当の、人としての親を見てしまったから。

 悲しくて、哀れな僕は知ってしまった。

 本当の賊は、敵は、獣は……誰だったのか。

 こんなことになるのなら、最初から生まれて来なければ良かった。

 全て間違っていたんだ。

 僕は、獣から生まれた、もう一人の獣だ。


「目撃者を見逃し、あまつさえおめおめと帰ってくるとはな! お前には失望したぞ、彼方!!」


 どうでもいい。

 もうどうでもよくなっていた。

 お前なんかにどう思われようが、僕は獣のまま、二度と人間にはなれないんだ。

 何をしたところで僕は人殺しなんだ。

 人の心を持った、哀れな獣だ。

 何故か、視界が晴れたような気分だった。

 悩んでいたことが馬鹿らしくなった。

 愛していた自分が馬鹿だった。

 こんなやつ、すぐに殺してしまえばよかったんだ。

 いくら人としての心を取り戻して、やり直したいと思っていても、愚かな過去は変えられない。

 どれだけ呪いで塗り潰しても、真実は揺らがない。

 何も変えられない。

 過去が変わらなければ、今も変わるはずがない。

 獣になった人間はもう二度と戻ることはない。

 これ以上、どう足掻いても僕は獣なんだ。

 それならせめて、人の心を持っているうちに……


「し……」

「あ?」

「しん……しまえ……!」

「何か言ったか?」


 獣を殺す。


「死んでしまえ!!」

「ぐ!? ぐぇえああぁあッ!?」


 僕は、獣の両足をいとも容易く断ち切った。

 躊躇(ちゅうちょ)なく放った刃の一撃は、今までの中で一番簡単に肉を切り裂いた。

 その殺しだけは、迷うことはなかった。

 膝の関節を狙って、軟骨部分を削ぎ落とした。

 足で一番弱い箇所だ。

 出血が間に合っていなかったのか、僕の右足に付けた刃には、白くて柔らかい肉のような物体が引っ付いていた。


「ぶぎぁああああああああああああッ!?」


 唐突に体の支えを失った獣は、呆気なく前方へと倒れる。

 無様な声を上げて、獣は顔面を打つと、足の断面と鼻から血を出していた。

 痛みで悶えて、不愉快な(うめ)き声を上げた。

 麻酔されずに屠殺(とさつ)される豚を見ている気分だった。

 どうして、こんな獣を愛してしまったんだろう。

 獣は信じられないというような顔で僕を見た。

 血走った目で恨めしそうに。

 足を失ったからか、両足で立っている僕を羨ましそうに。

 それは以前と同じく恨めしくも妬ましそうな瞳だったのに、違った見え方になっていた。

 その視線にゾクリとした。


「彼方……ぁがああああああッ!!」


 これが僕の父親なのか?

 醜い、汚い、どう見ても人以下だ。

 人としての姿すら、満足に保つことも出来ない獣だ。

 『足斬』という牙を失った、ただの肉塊だ。

 死ねばいいのに。

 でも、すぐには殺さない。

 僕をこんな目に遭わせておいて、楽に殺してなんかやるわけがない。

 今までの苦しみを味わわせてやる。


「肺を潰される感覚って、知ってますか?」

「ぅあ……!?」

「教えてあげますよ、父様」


 わざと刃を消して、僕はうつ伏せになった獣の背中に、足裏を使ったストンピングを突き立てた。

 『足斬』の技術を活かさないように、独特な踏み込みは使わなかった。

 お前が僕にしてきたことだ。


「げゔぉああああッ!!」

「……」


 全体重をかけた踏み潰しは、獣の肺の空気を多く抜いた。

 これをされると、構造上は数秒間息が出来なくなる。

 でも、一発ではすぐに回復するだろう。


「ごゔッ! がッ! け、ぁああああ!!」


 空気が入り込む隙さえ生まないように、僕は何度も、何度も踏み潰した。

 暗殺術を使うために学んだ人体の構造の知識によれば、肺を潰すだけなら、6歳児の体重でも十分有効だった。

 どこを潰せば、一番に空気が抜けるのか。

 どこを蹴れば、一番の苦しみを与えられるのか。

 肺を一度潰した後には、気管を踏み潰せばいい。


「か……はッ……!」


 空気が抜けきった音がした。

 呼吸もままならずに、喉が必死に息を吸って、肺を膨らまそうとしている。

 カヒ、カヒという音。

 でも、一度潰された肺は簡単には戻らない。

 風船を膨らませるためには、多くの空気が必要だ。

 大きな息をすればまた蹴ってやる。


「ぅ……げ」


 罵倒さえまともに吐けなくなった獣は、涎を垂らしてそこから逃げようとした。

 腕が残っているから逃げようとするんだ。

 無駄な四肢は必要ない。


「!?」


 足と同じように、肘の関節を叩き切った。

 痛みで声を上げたいのに、獣はそれすらも上げられないようだった。

 ぶるぶると震えながらも痛みを我慢出来ずに、強く噛み締めた歯が欠けていた。


「どうですか? 痛いですか? 苦しいですか? 辛いですか?」

「ゃ……めぇ……!」

「僕も同じことを何回も言いましたよ?」

「ぁ、ぁあ……!」

「でも、父様はやめてくれませんでしたね」


 腕の断面を細かく切り刻むように、幾度も蹴りをお見舞いした。

 獣は腕を上げて、それを防ごうとしていたけど、防ぐための腕そのものを斬られて意味がなかった。

 そこで、一つ気が付いた。

 僕が殺してしまった彼も、こうやって腕で防御したから、頭と右腕の両方を失っていたんだと。

 肩から先が無くなっていた理由を納得した。

 今度は彼のために、僕は獣を殺す。

 せめてもの罪滅ぼしとして、こいつを。

 この獣を殺した後は……


「父様、僕の愛を受け取ってください」


 もう一人の獣も始末しないといけない。



――♤――



 獣は、何も反応を返さなくなった。

 腕と足を根元まで細かく切り刻み、小さくて平らな肉片が辺りに散らばっていて、背中には血が付いた足跡がいくつも付いていた。

 赤だるまと化している獣は、口からどぽどぽと血を吐き続けていて、喋ることも出来なくなった。

 死んでいるのか、生きているのかも分からない。

 だけど、確かに致命傷を与えた。

 生きていたところで、すぐに死ぬだろう。

 ピクリとも動いていなかった。


「……父様」


 僕はこれで良かったのだろうか。

 獣が人のためになることをするには、やはり誰かを殺すしか出来なかった。

 人を脅かす獣には、獣しか対抗出来なかった。

 父様の真似をして、ニッコリと楽しんでいるフリをしてみても、何も楽しくなんてなかった。

 心の中でいくら恨み言を吐いてみても、父様のようには笑えなかった。

 憎しみを糧に父様を蹴ってみても、泣きそうになるだけだった。

 父様を獣と呼んだところで、あなたに向けている愛はちっとも変わらなかった。


「ああ……」


 ただ、悲しいだけだった。

 獣に人の心がある僕には、そうとしか思えないんだろう。

 人殺しのくせに、人を殺すことに恐怖している僕は、矛盾の塊なんだ。

 復讐なんて、面白いはずがない。

 父様からの視線にゾクリとしたのは、それが甘美に感じたからじゃない。

 僕は、僕が恐ろしくなったんだ。


「愛していました」


 父様を殺したことは、仕方がなかった。

 これ以上、蒼井の横暴による犠牲を生むわけにはいかなかった。

 殺すしかなかった。

 偽りの復讐に身を任せて、苦しめて殺した。

 それを、父様も償いとしてくれたのだろうか。

 人殺しの獣を罰するには、罪を感じさせながら殺してあげるべきだったから。

 せめて(そば)にいた僕だけは忘れないように。

 死の間際でも、父様を愛していた僕を忘れずに、逝ってくれたらと思ってわざと痛ぶった。

 僕に味わわせた苦しみを感じながら、それでも僕は愛していたんだと分かって欲しかった。

 父様と一緒で、僕も歪んだ愛しか向けられなかったみたいだ。

 僕も、父様と一緒で……獣なんだ。


「ぐすっ……」


 屋敷にあったナイフを首に突き立てて、僕は死のうとした。

 僕が殺してしまった人達は天国に行っただろうから、もう会えないだろうけど、地獄に行った父様だけは孤独にさせたくなかった。

 後を追って、父様と一緒になりたかった。


「僕も、今……」

「やめろ」


 出来ない。

 出来なかった。

 止められたんだ。

 いきなり出てきた第三者によって、僕は死ねなくなった。


「そんなことをしても、父のためにはならない」

「誰……ですか?」


 聞き覚えのある台詞に、僕は止まった。

 だけど、その人の姿を見た覚えはなかった。

 肩から先の右腕が無く、白鳥の刻印の仮面を付けているけど、装いはそれとは真逆で漆黒そのもの。

 謎と矛盾を体現したその人は、僕に気取られることもなく屋敷の中に入ってきた。

 天使か悪魔か、それとも、人か獣か。


「私は羽鳥という者だ。君のその力、人のために使う気はないか?」

「はあ……?」


 何が目的なのか、それすらどうでもよかった。

 死にたかった。


「放っておいてください」

「何?」

「僕は、人殺しの獣なんです」


 その事実を口にするだけで、悲しかった。

 人として生まれたかった。

 一人の人間として、真っ当に生きたかった。

 どこかで、ピキピキと音がした。


「僕の呪いのせいで母様とみんなを巻き込んで、誰かの大事な人を殺して、優しくて親切だった彼に手をかけて、そして父様まで……」


 みんなの顔を思い浮かべると、気持ち悪さと嗚咽と共に、目から雫が溢れた。

 会いたかった。

 会いたいのに、僕が全て壊したんだ。

 ビキビキと音がした。


「僕はもう、生きてたって……!」

「死ぬつもりか?」

「そうですよ! だから、放っておいて!!」


 そして、バキンと……


「僕をぉ……僕、ぉォオ! ギィっ、ガァアアアァァアアッ!!」


 割れた。



――♤――



「……え?」


 目覚めると、そこは僕が知らない場所だった。

 白い天井が、幼い僕の視界一面を覆っていた。

 人一人が寝られるパイプベッドに、まるで病人のように寝かせられていた。

 医務室らしき部屋だった。


「お目覚めかなぁ?」

「?」

「大変だったねぇ」

「君は……? 誰?」


 金髪で、男女の区別があまり付かない子が、僕の顔を側から覗き込んできた。

 僕よりも年上のようで、6歳は離れてそうな子だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ