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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 秘めた想い
57/65

57.呪われし忌み子

――♤――



 いつから人を殺し始めたんだろう。

 どうしてそんなことをしていたんだろう。

 いくら父様に認められたいがためと言っても、そんな罪が許されるはずもないのに。

 そうだ。

 確か人を殺し始めたのは、ペンダントの力が使えると分かったすぐ後からだった。

 スペードの継承者として目覚めた僕は、使える(こま)だと父様に見定められた。

 ペンダントが僕の元へと落ちてきて、その衝撃のせいで母様が死んだ。

 他にも、僕の近くにいた召使いや使用人でさえ全員消えてしまった。

 渦中(かちゅう)にいた僕一人だけが生き残っていたから、父様はお前が原因だと責め立てた。

 忌々しい魔力を持った星を引き寄せる、忌み子の呪いによるものだと。

 そのペンダントはお前の呪いそのものだと。

 僕はそういう星の元に生まれてきたんだ。

 そうして激怒した父様に蹴られていた時に、あの青い刃が唐突に現れたんだ。

 裁きを否定するかのように、父様を止めた。

 また僕はペンダントに生かされた。

 僕が抱いた感情に反応して、スペードの継承者としての力が発現した。

 愛している父様に、殺されるんじゃないかと思うくらいに何度も蹴られて、酷く傷ついて、息すらもまともに出来なくなって……

 悲しかったんだ。


「なんだそれは!?」


 ペンダントが作り出した刃を見た父様は、驚きながらも複雑な表情をしていた。

 ()り殺そうとしていたはずだった僕が、咄嗟に見せた未知なる力に驚いただけじゃない。

 蒼井家の手足として働かせるのか、それとも殺すのか……迷ったんだと思う。

 活かすか殺すか、その間で揺れ動いていたんだ。

 その力は、蒼井家の人間として喉から手が出るほどに欲しいものだったのか、父様は恨みがましく、そして妬ましそうな目で僕を見た。

 武器を完璧に隠せるとするならば、弱点のある『足斬』など使わなくても良かったから。

 スペードのペンダントは、これまでに続いてきた蒼井家の歴史を根本から覆す力を秘めていた。

 蒼井の呪いを、青いペンダントが塗り潰した。

 すると、父様は渋々といったように「お前が責任を取れ」と言い放ち、僕を()り殺すことをやめた。

 かまいたちに襲われように切り傷だらけになった僕は、去っていく父様の後ろ姿を見届けると、屋敷内にある一つの部屋へと移動した。


「うっ……」


 そこは医務室だった。

 ボロボロになった体を治療するため、部屋にある医療器具を使って、鏡を見ながら傷を縫った。

 『足斬』の初歩を学んでいた頃に、死んでしまった使用人が「可哀想に」と親切にしてくれて、そうやって縫ってくれたのを思い出しながら、自分に治療を施した。

 初めての縫合は下手くそだった。

 視界が(にじ)んでしまって、よく見えなかったせいだ。

 どこからか落ちてくる水滴が傷に染みて、痛かった。

 針を刺しても痛くなかったのに、何故かチクチクと痛かった。


 そして、縫合を終えてからふと自分の姿を鏡で見て、あることにも気が付いた。

 黒かった髪の毛の所々が青くなり、瞳にもそんな色が芽生え始めていた。


「うっ……ぐぷッ!!」


 それがなんだか気持ち悪かった。

 僕のせいで死んでしまった人の……まるで、みんなの青白くなってしまった手が、それとも何か分からないものが、僕の体を蝕んでいるかのように見えて何度も吐いた。

 その呪いが僕をズタズタに切り裂いた。

 どんな傷よりも、それが一番痛かった。


 それからは、僕は父様から暗殺の極意を叩き込まれるようになった。

 今までのお遊びとは違った、それぞれの動きの核心に迫る訓練だ。

 古い傷が治るより、新しい傷が増える方が多くなり、僕の体は段々と痛々しくなっていった。

 だけど、『足斬』を有効に使うために開発され、洗練された独自の体運びや足(さば)きは、ペンダントの刃を使っても流用が効き、よりずっと強くなった。

 でも、僕を痛めつける理由が、その一つだけじゃないのは分かっていた。

 何故なら、僕を蹴る父様の顔は……



――♤――



「蒼井にとって、君は都合の良いように操られている」

「何?」

「見たところ、君は蒼井の息子なんだろう? 顔が似ているよ。彼奴の代わりに、私を殺しに来たと見た」

「それがどうした!」

「君は……洗脳されているんだよ。なんて愚かなことを……」

「洗脳? 洗脳だと!? 父様に限ってそんなことはあり得ない!!」


 戯れ言だ。

 それは命乞いをしているのか、暗殺者として育てられた僕を哀れんでいるのか。

 何にせよ、僕と相対する標的風情の言葉なんて響かなかった。

 人としての心は僕には無かった。

 いくら響かせようとしても、僕の中には何も無く、反響しなかった。

 すり抜けて通り抜けていくだけだった。

 無駄だ。


「君には分かるはずだ」


 机を隔てて優しい顔を向けてくるその男は、今までに始末されてきた蒼井の敵を知っていたんだろう。

 それを知ってしまったせいで、自分が狙われることも察していた。

 彼は父様の心を看破していたんだ。


 父様は、僕を痛めつけながらも、僕が授けられた力を利用していた。

 僕にペンダントの力が備わっていると知ってからは、あの人は直接、自分の敵を殺すことはしなくなった。

 父様の代わりに、僕が手となり足となり、刃となった。

 目の前にいるこの人だけじゃない。

 僕は今までに何人も殺してきた。

 『足斬』のデメリットに苦悩していた父様は、その弱点を僕という刃で切り裂いた。

 だから、その年から急激に謎の惨殺死を遂げる者が増えていた。

 言われるがまま邪魔な賊を蹴り裂いてきた。

 世に名を残す官軍を、脅かそうとする者どもを。

 人として尊敬している偉大なる父様を、陥れようとしている賊……獣を。


「……?」


 じゃあ何故、男はわざわざこんな所に留まっていた?

 父様から命を狙われると知っていたなら、当然逃げることも出来たはずだ。

 それほどの考察が出来るのなら、父様がどうするかまで理解が及び、上手く逃げ仰せたはずなのに。

 困惑しそうになった僕は、奥歯を強く噛んだ。

 そうやって自分を誤魔化した。

 一体、その目的は何なのか。

 それを知りたいという好奇心を抑えた。


「殺しなど、君のような子供がしなくていい」


 でも、抑えようにも抑えきれなくなってきていた。

 自分の命が奪われそうな場に直面しているというのに、彼は諭すように僕に話しかけた。

 本当に僕を心から心配しているかのように。

 今までの標的は皆、そんなこと誰もしなかった。

 命乞いか、泣き叫ぶか、そもそも自分が死ぬことに気付けないだけだった。

 だから僕も躊躇なんかせずに殺せたんだ。

 それなのに、殺されると分かっていて、どうして?


「本人が来るかと思っていたが、まさか自分の子にそんな残酷なことを押し付けるとはな」

「お、お前っ、父様を侮辱するな!!」

「……そうか。愛しているのだな、父を」


 分かったような口ぶりで微笑む彼は、僕の逆鱗を優しく撫で回してくる。

 なんなんだ、その顔は。

 僕が知らない顔だ。

 何故、僕はすぐに殺そうとしない?

 何故、殺せない。

 いくら命乞いをされたとしても、容赦無く敵を蹴り裂いてきたというのに。

 どうしても動けなかった。


「だが、それでいいのか?」

「何が言いたい?」

「そんなことをしても、父のためにはならない」

「は?」

「君だって、本当は分かっているのだろう?」


 父様は、僕に敵を殺せと言ったんだ。

 敵を殺せば蒼井は更に発展する。

 僕が殺し続ければ、いつか父様は認めてくれる。

 あの人のためにしていることだ。

 それなのに父様のためにならないなんて、まるで意味が分からない。

 敵を殺せば、僕も父様も間違っていないと証明されるのに。

 父様のためになると、そう信じて疑わなかった。


「……」


 だけど、何も言えなくなった。

 彼の言葉の意味が分からないはずなのに、何故か分かる気がした。

 僕が知らない温かい何かを、彼に感じていた。

 その大らかさに絆されかけていた。

 僕は間違っているのか?

 父様も、僕も、間違っているのだろうか?

 何が正しくて、何が間違いなんだ?

 僕は無自覚に、前へと手を伸ばしかけていた。

 温かくて、穏やかで、優しさを感じたんだ。

 彼には、僕が求めていた何かを……


「!」

「なんだ!?」


 すると、ガタッと物音がした。

 男の下半身を隠している机から、何かが動く音がした。

 武器の準備か、通報装置か、僕が油断した隙に何かしたんだ。

 伸ばした手を戻して、僕はいつでも『足斬』の技が使えるように、軸足を地に固定した。

 もう二度と手を伸ばしてしまわないように、足のみに集中した。


「何を隠している?」

「……」

「答えろ!」


 会ったばかりの人に、敵に、獣に、惑わされてどうする?

 こいつはただ生き延びたいだけだ。

 他の奴らと変わるはずがない。

 いくら格好だけで優しく諭そうとしていても、結局は言いくるめようとしているだけだ。

 緊張が走る。

 目つきを鋭くさせた男は、僕を凝視する。

 張り詰めた空気が静寂を生み、ただ睨み合う時間だけが過ぎていく。


「答えるつもりがないなら、お前を殺すまでだ」


 その静寂に耐えきれなくなった僕は、軸足に力を入れて、飛び掛かろうとしていた。

 このまま黙っていると、また迷いが生まれてしまう。

 だから、一刻も早く決着をつけるべきだと。

 右足に刃を付けている僕は、左足による跳躍でその男を蹴り裂こうとした。

 ギシリと床が鳴り、間もなくそれが実行されようとしていた。

 あともう少しで、それが……


「やめて!!」


 出来ない。

 出来なかった。

 止められたんだ。

 いきなり出てきた第三者によって、僕は跳べなくなった。


「! 誰だ!?」

「なっ……!?」


 机の中から一人の女の子が飛び出てきた。

 男を庇うように両手を広げて涙を頬に流しながら、怯えた顔で立っていた。

 それでも、僕に向けている瞳だけは強かった。


「隠れていろと言っただろう!?」

「でも……だけど、お父さん!」

「どうして出てきたんだ!!」

「だって! お父さんが殺されるってぇ……!」


 その子は彼の娘だった。

 強くて優しい目は父親とそっくりで、瓜二つだ。

 僕と同い年くらいの女の子が、割って入ってきた。


「ぁ……え?」


 状況に追いつけない。

 何が起こったのか、分からなくなった。

 訳も分からずに僕の足は止まった。

 彼は僕から娘を庇うように、その子を抱きしめながら腕の中に隠し、斜め後ろへと振り向いた。

 隙だらけだった。

 隙だらけなのに、僕は息を呑んで、ただその二人を見ることしか出来なかった。


「……〜ッ」

「……!」


 娘の名前を呼んでいるのだろうけど、男の声が耳に入ってこない。

 男を心配しているのだろうけど、娘が何を言っているのかまったく理解出来ない。

 何故なら、僕は二人のその姿を呆然と見ていることしか叶わなかったから。

 ただ、視界に入れるだけで精一杯だった。

 音も匂いも遮断されて、その場面のみに気を取られていた。

 目を奪われた。


「は、ぁあ……?」


 違う。

 そんなの、僕が父様から向けられていた顔じゃない。

 僕から見えている彼の横顔は、何もかもが違った。

 娘を安心させるように微笑む彼の表情は、慈愛に満ち溢れていた。

 僕が父様としたかった触れ合いは、望んではいけなかったはずなのに、娘は男に恥も遠慮もなく抱きついていた。

 勝手に抱きついても、傷つけられる心配なんかしていなかった。

 二人は愛し合っていた。


「なんだよ、それ……」


 僕が知る景色とはどう見ても異なっていた。

 父親から向けられる想いが、正反対のものだと見せつけられた。

 親としての愛が、子としての情が、親子としての絆があった。

 僕と父様の間には、そんな繋がりなど無かった。

 その差を嫌でも知ってしまった。


 あの顔。

 父様は、僕を蹴る時に笑っていた。

 楽しそうに、面白そうに、愉快極まりないといったような歪んだ笑顔で足蹴にしていた。

 それこそが親から子へと向ける笑みだと思っていた。

 そう思っていたのに。


「なんで……!」


 あの笑顔と、違う。


「なんで! 何なんだよッ!!」


 僕は、嫉妬したんだ。



――♤――



「お父さん! お父さぁん!!」

「……?」


 泣き叫ぶ娘の声が、僕の意識を取り戻させた。

 いつの間にか気を失っていたようだった。

 僕は何をしていた?

 何も分からない、覚えていない。

 すると、ぐしゃりと何かが僕の右足で潰れたような、妙な感触があった。

 その感触の先に目をやると、青い刃は赤く染まっていて、そして濡れていた。

 肉片が付いていた。


「うぁああっ!! お父さあああああん!!」

「な……あ、ぁあ!?」


 娘を庇うように抱きしめていた彼の体からは、噴水のように血液が噴き出し、止めどなく溢れていた。

 必死に娘が呼びかけているが、既に彼は父親と呼べる状態ではなくなっていた。

 ()()()()()()

 頭と右腕を失っていた。

 娘が必死に泣いて縋り付いている()()はもう、誰でもなかった。


「ぇ……僕?」


 殺した。


「僕、が!?」


 知らない。

 覚えていない。

 分からない。

 分からないまま、殺した。

 僕には、何も……


「うがあぁああぁぁあああああぁあッ!!」

「ぐふっ!?」


 突然、父親の血に塗れた娘が、僕に向かって全力で体当たりしてきた。

 困惑していて、体中から力が抜けていた僕を簡単に押し倒し、娘は獣のように怒り狂い、馬乗りになって殴ってきた。

 その拳一つ一つが、僕に突き刺さった。


「許さない……! 絶対にお前を許さないッ!!」

「うぅ、あああっ!」

「殺してやる!! 死ね! 死ねぇえええッ!!」

「うっ……うわぁあああああああああああああ!!」


 怖くなって、僕は思わず手を伸ばした。

 その手が青く光った気がした。

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