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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 秘めた想い
56/65

56.血塗られた一族

――♤――



 僕の父は、最大手の製薬会社を経営していた。

 人間の身体の構造や、多岐に渡る分野の病と薬学に明るく、何代も続いている会社であり、他社の追随(ついずい)を許さない一強の大手企業だ。

 父はその製薬会社の最高経営責任者で、獣化を抑える盾でありながら、獣化を根絶させる矛にもなると言われていた。

 いくつもの新薬を作り、治らないと研究を諦められていた病気を何度も治した実績を誇っている。

 作る薬は数多く売れ、様々な功績を残した。

 テレビで流れるCMは人々の耳に残り、その名前をひとたび出せば「あの会社か」「聞いたことがある」と言われるくらいには有名だった。

 そのおかげで、いつか獣化も跳ね除けてくれるだろうと、期待の眼差しを向けられていた。

 扱いはまるで正義のヒーロー、(けもの)を討ち滅ぼさんとする人類の官軍だ。

 誰もが知っているビッグネーム。

 獣化という病を滅する、人類の抗体。

 それが『Aoi Corporation』だ。

 でも、それは仮の姿だった。


彼方(かなた)ァアアアアッ!!」

「がぇっ! げぶぇぅああっ!?」


 いつからそうだったのか覚えていない。

 どこでそうなったのかも分からない。

 確実に言えることは、物心がついた頃にそれは始まっていた。

 気付いた時にはそうなっていた。

 僕は、ずっと傷だらけだった。


「このっ! 恥晒しが!!」

「ご、めんなさい! 父様……あぐッ!!」


 蒼井彼方(あおいかなた)

 それが僕の名前だ。

 今はスペードと呼ばれ続けているせいか、たまに忘れてしまう時がある。

 ハートに、本当の僕を知って欲しい。

 そして、僕が自分の本名を忘れたくないって気持ちもある。

 だからこそ、僕はハートに「彼方」と呼んで欲しいんだ。

 本名を大切に思っているからこそ、ハートを「咲」と呼びたいんだ。


「その程度の簡単な技、いつになったら覚えるんだ? 次に家を継ぐのはお前なんだぞ」

「うっ! ぐふっ……はい」

「お前、もしかして蒼井家を崩壊させたいのか?」

「違っ……! 違います!!」

「なんだと? 俺が間違ってるって言うのか!?」

「そ、そんな……父さ、ぐぃげぇえああっ!?」

「俺は絶対に間違わないんだよ!!」

「げゔっ、ぶぎ! あ、がぅあぁっ……!」


 父様はいつも僕を蹴った。

 技術を身につけなければ僕を蹴り、気に入らないことがあれば僕を蹴り、ただそこにいるからと僕を蹴り、蹴りたいというだけで僕を蹴る。

 実の父親に足蹴にされるのは身も心も痛くて、苦しくて、辛かった。

 痛みで倒れてしまうと、今度は背中を踏み潰されるように蹴られるから、肺が上手く膨らまなくなって何秒か息が吸えなくなる。

 全然呼吸が出来なくなるんだ。

 そうなると視界まで暗くなって、本当に死んでしまうような感覚がすぐ近くまで迫ってきて、すごく怖かった。

 だから、肺を潰されないように蹴りを受けていた。

 背中を踏み潰されたくないから、必死に倒れないように耐えていた。

 なんとか腕で防ぐようにしていた。

 生きることまで怖くはなりたくなかったから、目の前の恐怖をなんとかしようと必死になっていた。

 父様に蹴られた傷の多くは打撲痕と共に、切り傷としても刻まれるんだ。

 僕の腕には、打たれたのと同じくらい斬られた跡も多くあって、常に二種類の傷ばかりだった。

 治る暇もなく肉を打たれて、裂けさせられていたから、日常生活で腕を使おうとすれば、必ず重くて鋭い痛みを伴った。

 上手く(さば)けるなら腕で防御出来るけれど、そうじゃない時だって何度もあった。

 僕は……落ちこぼれだったから。

 蒼井家の人間として相応しくなかった。


「お前が敵を排除しなければ、蒼井家はどうなる?」

「……っ」

「どうなるんだ!?」


 この質問に何を答えても、結局は傷が増える。

 だから、答えないようにするのが正解だ。

 返事なんて出来るわけがなかった。

 発言なんか出来るはずもなかった。


「チッ、暗殺術の訓練程度に梃子摺(てこず)るとはな。本当にお前には、俺の血が入っているのか疑わしくなる」

「と、父様……」

「あいつと子を成したのは間違いだったか」


 父様は自分は間違わないと言ったのに、それだけは間違いだったと後悔していた。

 だけど、あなたは間違っていないと言いたくても言えなかった。

 だって僕がそう思わせてしまっていたから。

 母様は、いつも僕に優しかった。

 ずっと側にいてくれて、母としての安らぎを教えてくれた。

 彼方という名前を付けてくれた。

 僕にとって、安息の場所が母様だった。

 でも、母様は……


「早くその力をものにしろ。さもなければ、あいつも浮かばれんだろうが」

「……ごめん、なさい」

「謝れば済むとでも思っているのか? お前があいつを殺したくせにな!!」


 僕が殺してしまったんだ。


「お前が発現させたその力は、蒼井家をより高く飛躍させるものだ。しかし、使い熟せなければ宝の持ち腐れに過ぎん」


 ため息を吐く父様の目には、僕が首にかけている青いペンダントが映っていた。

 そのため息には、失意と羨望が込められていた。

 だからこそ、父様はこんなにも僕を痛ぶっていたんだ。


 僕が6歳の頃に、このスペードの形をしたペンダントが落ちてきた。

 生きていたのは奇跡だった。

 僕に吸い寄せられるように落下してきて、周辺一帯を(ことごと)く破壊しながら、ペンダントは目の前に現れた。

 そう、僕の周りを。

 僕の近くにいてくれた、母様を。

 すぐ側にいたからこそ……

 父様は、それ故に僕を憎んでいた。

 「あいつと子を成したのは間違い」と言ったのは、母様と配偶者になったことを後悔していたんじゃなくて、僕を産んだことを悔やんでいたんだ。

 本当は父様だって母様を愛していたのに。

 僕が……母様を死なせてしまったせいで。

 疎ましい存在、それが父様から見た僕だった。

 でも、僕は殺されなかった。

 憎悪によって殺されてもおかしくなかったのに、そうはされなかった。

 何故なら、僕には利用価値があったからだ。


「お前は、蒼井家の清濁全てを併せ呑まなければならない」

「……はい」


 蒼井家に代々伝わる一家相伝の暗殺術、『足斬(あしぎり)』。

 その技を習得すれば、刃を持たずとも人を斬り殺すことが出来るようになる。

 蹴り裂く刃を、己の脚のみで生み出せる。


 戦国の時代から暗躍していた忍の末裔、それが蒼井の血だった。

 名のある忍とは決して言えない一族だったけど、工作技術や暗殺術に長けていた。

 それに、忍にとって名が売れていないということは、それほどの実力があると暗に示している。

 つまりは、裏の顔も一強だった。

 実際に、父様は何人もの敵を殺していた。

 邪魔な存在を陰で消していた。

 会社にとって都合が悪い情報を持つ者、蒼井の脅威となる者……色んな人に、蹴り裂かれる死を見舞っていた。

 それが『Aoi Corporation』の真の姿だった。

 蒼井家の人間には、そういった黒い一面があった。

 何代も続く会社で度重なる功績を残せていたのは、その闇が含まれた上での結果だった。

 身体の構造や、病と薬に詳しいのは、暗殺に効率よく有効に活用するためであり、毒や薬学の知識を豊富に兼ね備えていたからだ。

 さらに、有名な研究結果のいくつかが、他社から盗んだものでもあった。

 他社が秘密裏に研究していた新薬の資料や材料を略奪し、工作し、隠蔽し、自分の手柄としてでっち上げていた。

 官軍と言いながらも、裏の顔は単なる賊でしかなかった。

 人の皮を被った、獣だった。


「蒼井の人間が武器を持たないようにしているのは、他者から怪しまれないようにし、容疑者として疑われないようにするためなのは、お前も知っているはずだ」

「はい」

「だが、お前は刃を無から作り出すことが出来る。そのペンダントによってな」


 『足斬』は、強い踏み込みを経由することで凄まじい威力を発揮し、自分の足を擬似的な刃として振るい、人を斬り殺すことが可能になる暗殺術だ。

 でも、この技にはデメリットがある。

 人を殺すたびに骨が歪み、足を痛めやすいという欠点がある。

 使い過ぎると(ろく)に立てなくなるほどに。

 人一人を殺すにも、そのような損失が如実に出てしまう。

 そして、その欠点は即ち、殺人の容疑者に疑われるきっかけにもなり得る。

 暗殺術としての秘匿性に難があるんだ。

 そんな技の脆弱さを危惧していた父様は、殺す人物を厳密に選定しながら『足斬』を使っていた。

 諸刃の剣であるがゆえに、使いどころをしかと見極めなければならなかった。


 でも、僕はペンダントによって刃を足に付けられるようになった。

 こんなペンダントが凶悪な武器になるとは誰も思わない。

 刃を作り出せるなんて夢物語でしかない。

 凶器を完璧に隠せるなんてあり得ない。

 だからこそ『足斬』の弱点を克服していた。

 父様は、そんな僕に利用価値を見出していた。

 だから、母様を死なせてしまっても、僕だけは殺されなかったんだ。

 完全なる暗殺者として育てるために、僕を生かしていた。

 人としての尊厳なんて一切無かった。

 ある意味では、僕こそが『完全な獣』なんだ。


「なんだ、その目は?」

「いえ……」

「俺が憎いか?」

「そ、そんなことありません!!」

「……ふん。まあいい」


 僕の腕に打撲と切り傷が共存していたのは、父様は『足斬』を使()()()()ように蹴っていたからだ。

 だけど、幼少期からの訓練によって『足斬』による蹴りに慣れてしまっているからこそ、中途半端な切り傷が残った。

 本当なら父様は、僕をすぐにでも()り殺したかったはずなのに。

 それでも僕は父様を恨めなかった。

 恨みたくなんてなかった。

 僕を産んだことを、間違いだなんて思って欲しくはなかった。

 何度蹴られようとも、僕は父様を愛していた。

 僕にはそれだけしか無かったから。

 期待に応えようと、痛くても苦しくても父様からの扱きに耐えて、暗殺術を身につけることしか出来なかった。

 生きる意味を、殺しに置いてしまった。

 考えることすらも放棄して、置き去りにしてしまった。

 そのせいで、僕は……


「お前にはやってもらう任がある」

「え?」

「俺の敵を蹴り裂いてこい」

「!」


 人の大事な存在まで奪ってしまうなんて。


「彼方。俺の役に立つと証明しろ」

「は、はい!」

「……いい子だ」


 父様はそう言うと、僕の頭を撫でてくれた。

 久しぶりに微笑んでくれて、とても嬉しかった。

 その瞳は暗く(よど)んでいて、下卑た笑みだったけど、僕にはそれを知る余地はなかった。

 気味が悪い笑顔だと見破れなかった。


「ああっ……」


 僕も、父様と同じような血と闇に溺れた目をしていて、既に曇りきっていたから。



――♤――



 6歳の僕は一人で立っていた。

 蒼井家の屋敷を出て、深夜にとある事務所の前に訪れていた。

 確か、この頃には外出禁止時間を発令するかどうかが世間で話題になっていたと、羽鳥様から教わった。

 そんなことも露知らず、僕はただ屋敷の中で暗殺術の習得に日々を費やしていた。

 外に出る機会も少なくて、父様から指示された場所に辿り着くまでに迷うかも知れないと思ったけど、そんな不安はすぐに解消した。

 『Aoi Corporation』には劣るものの、その事務所はこの町では有名だったからだ。

 至るところにその場所まで案内する看板が立っていた。

 獣化の流行り始めのせいで重苦しい空気が漂う夜の中で、「お気軽にご相談ください」という文字が書かれた縦書きが目立つ事務所だった。

 三階建てになっていて少し大きめな建物だった。

 そこには、何故か穏やかで温かい雰囲気があった。

 嫌な予感がした。

 これから行う殺戮を躊躇したくなくて、僕は首を振ってその懸念を振り解いた。

 この中に、標的がいる。

 父様の敵がいる。

 僕が殺すんだ。

 そうすれば認めてもらえる。

 僕も父様も、間違ってなんかない。

 それを頭の中で何度も復唱しながら、僕は事務所へと入っていった。

 一階には誰もいなかったけど、屋内に人がいるのは知っていた。

 気配を探る訓練もしていたから。

 足音を立てないよう素早く標的の人物がいる場所へと向かう僕は、階段を上がった。

 二階にいないのは気配で察知したので、今度は三階へと移動した。

 長い廊下を抜けて、ある一室に入った。


「な、何だと!?」


 そうして僕は出会ったんだ。

 凛々しく、整った顔をしていた一人の男性に。

 大体、30代くらいだろうか。

 見るからに優しそうな人だった。

 僕を見たその人は、目を見開いて驚いていた。

 子供が勝手に入ってきたからでもなく、僕の冷たい表情を見たからでもない。

 僕の存在自体に驚いていたんだ。


「蒼井め、まだ子供じゃないか……!!」


 僕もその反応に少し驚いたが、それを表情には出さなかった。

 そしてすぐに、ああ、そうかと納得した。

 僕はその時、父様がこの人を殺せと言った理由が分かってしまった。

 蒼井家の黒い一面に、彼は不運にも気が付いてしまったんだと。

 遠く遥か彼方な存在である"人"に憧れ、それでも尚届かない哀れで悲しき"獣"。

 足蹴りと斬撃。

 それが、彼方と『足斬(あしぎり)』という名前の意味です。

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