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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 秘めた想い
53/65

53.もう一つの人格

――♧――



「美味しいーっ!」

「そうかそうか」

「クローバー、ありがとぉ」

「おう」


 ダイヤにクレープを奢ってやった。

 スペードの言動を、協力関係を結んだ日から事細かに教えてもらってたからな。

 サプライズも、ダイヤのおかげで上手くいった。

 こいつの有能な働きぶりへの報酬にしちゃ、こんなのは安いもんだ。

 にしても……


「まさか、じゃが○こ入りのクレープを買うとはな」

「結構美味しいよぉ?」

「うーむ……」


 ゲテモノを美味そうに食ってるダイヤを見ていると、マジで美味そうに見えてくるのが不思議だ。

 よくダイヤの好みにドンピシャなやつ売ってたな。

 もしかすると本当にイケる出来なのかも。

 買われるからこそ作られるんだろうしな。

 しかし、俺はそんな邪道には走らねえ。

 じゃ○りこ以外に他にも色々と入ってるみてえだが、味も食感も理解したくねえ。

 クレープなのにバリボリ鳴ってんだぜ?

 なんか嫌だわ。

 やはりクレープの王道と言えば、中身は生クリームとフルーツ系統のスイーツと決まっている。

 ツナとかソースとか、それこそじゃが○ことか、塩っぽい具は違えんだよな。

 だって、まず生地から甘いしよ。

 一度食えば先入観と偏見だらけのそんな意見も変わるんだろうが、未開拓への理解は一歩を踏み出すまでが長いもんだ。

 中々そこは譲歩出来ないでいる。

 最初から試すつもりも無えけどな。

 クレープは甘いからこそクレープなのだ。


「ん、んんぅー」

「ハッ、リスみてえな顔になってんぞ」

「んふーふ! ふふーん!」

「何喋ってんのか分かんねえっての」


 口いっぱいに頬張って、解読不能な言語を発するダイヤを横目に、俺も自分のクレープを一口(かじ)る。

 俺のはさっきも言った通り、定番中の定番であるイチゴと生クリームだ。

 こういう場じゃねえと食わねえからなのか、久しぶりに食うクレープはかなり美味かった。

 何回か弓月とも一緒に食ったっけな。

 俺も俺なりに思い出に浸りながら、今日この日を楽しめている。

 久しぶりに弓月と過ごしたい気持ちもあったが、今の立場じゃ会えないのも仕方ない。


「クローバー、口にクリームついてるぅ。あむぅっ」

「うおお!?」


 俺の口周辺に付いたクリームを、ダイヤは少し跳んで、遠慮も恥も無くぱくりと平らげた。

 じゃがり○と口付けという最悪な組み合わせが揃っているせいで、俺の背中に悪寒が走った。


「急にそういうことするな!」

「えぇー?」

「ったくよ」


 あのポッ○ーゲームがトラウマになっている俺は、なんとか強がっているフリをしながらも、ダイヤに怯えた。

 耳を食われるのはまだ百歩譲って許すが、口周辺に侵攻されるとゾゾゾっとする。

 ダイヤコワイ、ダイヤバイ。


「お前は人のトラウマってのを考慮しろよ」

「嬉しいくせにぃ」

「嬉しくねえわ!」


 けらけらと笑うダイヤにイラつきながら、俺はクレープをガツガツと食い尽くした。

 俺ですら、スペードの過去については触れねえようにしてるっつうのによ。

 さっきのスペードは翻弄されながらも楽しめていたようだから、良い兆候なんじゃねえかなと思う。

 今日だけでも昔を忘れて、ハートと今を楽しんでくれたら、俺も苦労した甲斐があった。

 それにいちいち塞ぎ込まれちゃ鬱陶(うっとお)しいしな。


「……」


 だが、スペードはどうしてあんなに過去を気にしてやがったんだ?

 内気な性格のせいってのもあるんだろうが、それにしてもどうにも気にかかる。

 俺やハートに知られねえようにしたり、ビクビクと嫌われねえかと怯えたり、あいつに何があったってんだ。

 あいつの過去は最早(もはや)パンドラの箱なのかも知れんが、そのままにしておくのもなんだか忍びねえんだよな。

 スペードに本当に必要なのは、そこに理解がある人間なんかね。

 触れねえようにはしていたが、そろそろ俺も知っておくべきなんだろうか。

 いっそ本人に直接聞いちまうか?

 いや、もしも継承者の誰かが絶望して心が割れちまえば、それこそまずい状況になるしな……

 しかし、スペードが自分を許せねえなら、やっぱり誰かが代わりに許してやらなきゃならねえ気もする。

 俺やハートの許しが無ければ、またいつ塞ぎ込んで一人で泣くのかが分からねえ。

 わずかに好奇心があるのも否めねえが。


「ダイヤ」

「なーにぃ?」

「スペードの過去、お前は知ってるんだったな?」

「ん、あぁー……」


 ダイヤに聞くのも悪い気がするが、本人に聞いても教えちゃくれねえだろうな。

 羽鳥はもちろん知ってるんだろうが、あいつにはなんか話しかけにくい。

 父親だと思っているせいで、どうにも上手く言葉が交わせねえ。

 なんなら前よりも距離感が掴めなくなった。

 殺意を向けるだけなら楽だったから。


「知りたいの? クローバーぁ」

「でも、スペードから口止めされてもいたよな」

「だけど、ねぇ?」


 ダイヤもこのままではあまり良くないと考えているのか、クレープを小さい口でもぐもぐと食いつつ、それ以上は何も言わなかった。

 微妙な空気が流れるが、時間をかけて咀嚼した分を飲み込んでから、俺をしかと見つめてくるダイヤは少しだけ寂しそうな顔をした。

 そして、また口を開く。


「クローバーはさぁ、スペードが大事?」


 質問の意図が分からねえが、ダイヤのその顔には、スペードを気にかけているのが見て取れた。

 それだけは確認しておきたいんだろうな。


「ああ。あいつは大事な友達だ」


 ならば、俺は正直に言おう。

 正直に答えよう。

 スペードはもう、俺の中では掛け替えのない一人だ。

 あいつは一人の人間だ。


「あははっ! すっかり荒々しい口調になっちゃってるくせに、そういうところは素直だよねぇ」

「やかましわ」

「優しいクローバー、ぼくは好きだよぉ」

「うっせ。つーか、なんで今そんなことを聞くんだよ?」


 嘘偽りなく答えてやったというのに、ダイヤは茶化すように笑ってきやがった。

 でも、そんなのは長く続かず、すぐに先ほどと同じ顔になる。

 いや……さっきよりも厳格な表情だ。

 まるで人が変わったかのように。


「……スペードと、君のためだよ。これからボクの話を聞いても、どうか幻滅しないでやってくれ」

「ダイヤ?」

「ボクには彼がどれほど苦しんだのか分かるから」


 のほほんとした口調が変化したダイヤは、なんだか人格がすげ代わったような話し方をしながら、目を伏せた。

 多分、これが年相応になったダイヤの話し方なんだろう。

 こいつには二つの人格が内在してるんだろうな。


「ただ、哀れなだけだったんだよ」

「何?」

「スペードは……」


 不安そうにしながらも、ダイヤは間を置いてから瞼をゆっくりと開き、俺を注視する。

 俺の反応を確かめながらも、信じていると瞳で訴えかけて、そう言った。


「自分の家族を、殺したんだ」



――♤――



「ふう、疲れちゃったわね?」

「モール全部……歩いたんじゃないかな……?」


 あれから僕達は一緒にご飯を食べたり、ゲームセンターに行ったりして、デートを満喫していた。

 庶民的なデートだったけど、僕にはその思い出が一番の宝物になった。

 羽鳥様に渡されたお金を多く使ってしまったから、そんな些細な遊びしか出来なかったけど、僕にはそれだけで十分だった。

 だって、ハートと一緒にいられたから。

 ハートと過ごせるなら、どこだっていいんだ。


 今はモールの中にあった休憩用の二人がけのソファに座りながら、僕達は談笑していた。

 もうそろそろ夕方になる頃なんだろうね。

 橙色(だいだいいろ)になりつつある夕日が、モールの中心にある天窓から優しく差し込んできている。

 楽しかった今日がもう終わってしまう。

 まだ終わって欲しくない……


「ふふっ」


 自分の右手の薬指を見て健気に笑うハートを見ていると、幸せというものが分かった気がした。

 ハートは、僕に幸せを教えてくれた。

 今を一緒に生きるという幸せを。


「ハート……?」

「何かしら?」

「あのね……?」


 伝えなきゃ。

 情と作戦を練ってまで、ハートは僕をデートに誘おうとしてくれたんだ。

 僕のために普段と違う格好をしてまで頑張ってくれて、それに加えてデート中でも引っ張ってくれて。

 だから、僕からもお返しをしなきゃダメだ。

 勇気を出して、ちゃんとハートに好きだと伝えなきゃ。

 いつも僕に元気を与えてくれて、君の強さを何度でも感じさせてくれて、ありがとうって。

 だけど、その勇気がいつまで経っても出てこない。

 どうしても息が詰まって、ハートに目を奪われて、伝える機会を何回も失ってしまった。

 僕はこれから伝えられるのだろうか。

 ハートに直接好きだと言えるのだろうか。

 でも本当に、僕なんかで良かったのかな?

 そもそも僕みたいな()が、人としての幸せを……


『手に入れられるわけがない』

「……ッ!?」


 その時、僕の耳元で誰かが囁いた。

 ずっと封じ込めていた、封じ込めていたかった、冷たくて、苦しくて、優しさの欠片もない声で。

 それは誰かなんかじゃない。

 ()だ。

 ()()()だ。

 幼くて、ただ従っていただけのあの頃の僕が、抑揚の無い声で締め付けた。

 今の僕を責めるように、過去の僕が刃を向けた。

 どうして今、なんで……


『忘れたの?』

「う……あっ……」

「え?」


 あの恐ろしい記憶が脳裏に浮かんでくる。

 耳を塞いでも幼い僕は突き刺してくる。

 僕の痛みが、僕の……呪いが。

 忘れたいと思うほどに忘れられなくて、でもどう足掻いても僕は人殺しで、それだけは変わらなくて……


『また殺したのに、それでも人のフリをして生きるの?』

「……っ」

「ねえ、スペード?」


 変われなかった。

 僕は人殺しのままで、昔と何も変わっていなかった。

 ずっと変わらずに獣だった。

 変わると思っていたのに、僕は人になれると思っていたのに、獣のまま変わっていなかった。

 変わると誓ったのに、全然変われていなかった。

 ハートを守るためと言い訳をして、僕はまた人を殺した。

 あの優しさを目指したのに捨ててしまった。

 それが許されないのは分かっていた。

 でも、許されたと信じたかった。

 僕は、僕を信じたかった。

 情の優しい言葉を、信じたかったのに。


『人の幸せを、獣が求めて何になるの?』


 けど、僕はそれすらもダメなんだ。

 なんで勘違いをしてしまったんだろう。

 何人も殺して、誰かの大切な人を殺して、自分の家族を殺して、どうして人としての幸せが手に入れられると思ってしまったんだろう。

 一度獣になってしまった人間は、もう二度と戻れないというのに。


『僕は忘れない』

「ああっ……! あああああああッ!!」

「ど、どうしたの!?」


 僕は……


『お前は……』


 獣だ。



――♧――



「もう、暗くなってきたねぇ」

「……そうだな」


 モールのてっぺんに空いた天窓に、光が差し込まなくなってから、少し時間が経った。

 ダイヤと一緒に二人を探しているんだが、一向に見つからねえ。

 モールの中にいるのは確かなんだが、どこにいるんだ、あいつら?

 バッタリ遭遇サプライズを優先して、待ち合わせ場所を決めなかったせいで、面倒なことになった。

 今日の夜はダイヤだけは狩りに出向くから、あいつらも最後にお別れを言おうとはしてたみてえだが……


「これがクローバーの目線かぁ」

「好きだなお前も」

「楽だもーん」


 ダイヤはこれが気に入ったのか、また俺はおんぶさせられていた。

 やっぱりこいつ、甘えん坊だよな。

 さっきの人格はどこ行ったんだよ。

 まあ、俺もこっちのダイヤの方が話しやすくて好きだがな。

 別人みてえになってたから、俺は何も言えずにただ話を聞いていただけだった。

 すぐに元に戻ったが、その後もどう反応していいのか分からなかった。


「……」


 スペードは、自分の家族を殺した。

 それを聞かされた時は驚きはした。

 驚きはしたが、それだけだった。

 もっと驚くべきかと考えたが無理だった。

 すんなりと受け入れられた。

 だからこそ、反応に困った。

 俺はそんなに冷たかったのかと。

 家族を殺したところで、スペードに向けた信頼は毛ほども揺らぎはしなかった。


「ありがとな、ダイヤ」

「んー?」

「話してくれてよ、スペードの」

「うーん、まだちょっと話して良かったのか不安だけどねぇ」


 何か原因があってしたことなんだろう。

 俺には家族を殺す意味が分からねえが、これだけは分かる。

 スペードは、俺とは育ちが違う。

 それなら家族の形も違うはずだ。

 俺には想像もつかねえ抑圧が、あいつを苦しめていたんだ。

 その結果、そうせざるを得なくなった。

 俺はそう落とし込むことにした。

 そうでもなきゃ、そんなことしねえだろ。


「ん?」

「あ、いたいたぁ」


 そうこうしていると、モール内に設置された無数のテーブルとイスの休憩スペースに、二人がいるのを発見した。

 スペードは何故か立っていて、ハートは顔を伏せて座っている。

 二人は話をしてねえみてえだが、何だろうこの違和感は。

 スペードが立っているのもそうだが、ハートが妙に引っかかる。

 遠目で見ても、なんだか……


「暗いな」


 俺は急ぎ足で二人に近付いて、スペードに話しかけようとした。

 二人は俺とダイヤに気付かず、やはり何も話していない。


「スペード、どうし……!?」


 肩に手をおいてスペードを振り向かせたが、それよりもまず目に入ったのはハートだった。

 泣いていた。

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