52.天使な悪魔
――♤――
「スペード、行こ?」
「わわ……!? 待ってよハート……!」
手を取られた僕はされるがままで、ぐいぐいと引っ張られて歩いていた。
恋人繋ぎは継続中。
僕からデートに誘おうと思っていたのに、逆に誘われてしまってびっくりした。
僕達、おんなじことを考えてたのかな?
いつもよりずっと可愛いハートに圧倒されて、覇気の無い返事で同意してしまった。
状況が飲み込めない。
ただ、ハートの後ろ姿に目を奪われる。
僕が好きな、強くて優しい背中だ。
でも、時折振り向いて笑顔を見せてくるハートは、僕にはまだ刺激が強過ぎて、それだけはつい目を逸らしてしまう。
手を握られてるだけでもドキドキしてるというのに、もしもまたハートの顔を直視したら……僕は死ぬ。
間違いなく、死ぬ。
心臓発作が起きて、すぐに爆発四散する。
ダイヤが相手した獣みたいになっちゃう。
パーンって。
「ど……どこに行くの……?」
「喉が渇いたから、何か飲み物が欲しいわ」
僕も今は、喉がカラカラに乾いている。
なんでだろう?
ハートを見るまでそんなことはなかったのに。
――♤――
「んっ、これ美味しい!」
「うん……僕のも美味しいよ……」
人集りが出来ていたお店で、シャーベットドリンクなるものを買った。
ハートはイチゴフレーバーで、僕はスカイブルー。
初めて飲んだけど、意外と美味しい。
でも、味に集中しきれない。
今は二人掛けの席に向き合う形で座っているから、ハートと嫌でも目が合ってしまうせいだ。
決して嫌なわけじゃないんだけども。
でも、まずは冷たいものを飲んで、熱くなった体をどうにかしなけ……
「スペードのもちょうだい?」
「あっ……!?」
ハートの小ぶりで柔らかそうな唇が、僕が口をつけたストローに触れる。
ドリンクを奪った上に、汗までかかさせて、僕を干からびさせるつもりらしい。
このままじゃハートに殺されちゃうよ!
ハートは本当に、あの時から羽鳥様への謀反を企てていたんだ。
悪魔にまで魂を売って、僕をここで始末する気なんだ。
きっとそうに違いない。
「あたしのも飲むでしょ?」
「えっ……?」
いいのかな、そんなことしても……
天罰、下らない?
僕、地獄行きになったりしないかな?
いや、それは違う。
「い……いただきます……!」
今は僕の目の前に、悪魔どころか天使がいるじゃないか!
天国も地獄も、死んだ後に行く場所じゃない、僕がいる此処こそが、天国なんだ!!
僕はもう、白衣を着た小悪魔なハートに堕とされきっていた。
「美味しい……ね……?」
「だよね?」
ハートの唇の味は、イチゴ?
やめろ、何を考えているんだ僕は。
ハートに申し訳ないと思わないの?
顔もまともに見れていないくせに、そんなことばっかり考えてさ。
僕の本性ってむっつりだったんだね。
幻滅しました。
とにかく、冷静になれ、冷静に……
「……?」
あれ、ちょっと待って?
僕が口を付けたハートのドリンクは、まだ全然残ってたよね?
それって今からハートも、口を……
「うん、やっぱり美味しいわね」
「わ……ぁゎ……!」
死んだ。
――♧――
「あははっ、スペード撃沈だぁ」
「ありゃ致命傷だな」
いくらスペードに耐性が無いって言っても、間接キスは俺でも意識する。
弓月もそれだけは遠慮して、やってこなかったから、あれは俺が伝授してねえハート独自の技だ。
やるなーあいつ。
俺の教えを昇華させるとは、スペードには相当キツイ戦いになるだろう。
スペードもデートに誘うつもりだったらしいが、もう防戦一方だな。
ハートの強さには敵わなかったか。
俺達はサングラスをかけて、二人を陰から見守っている。
このサングラスは、いつの間にかダイヤがどこかから持ってきたものだ。
耳を食うのをやめたと思ったら、数瞬いなくなり、これをかけさせられた。
もちろん再びおんぶさせられている。
「このサングラス、どっから持ってきたんだ? まさかお前……」
「盗んだんじゃないってぇ。ちゃんとお店で買ってきたよぉ」
「それならいいが」
「うん。でも、店員さんのレジ打ち遅そうだったし、【極楽衝動】でぼくが代わりにやったんだけどねぇ」
光の速度でレジ打ち出来るなら、バイト応募じゃ引っ張りだこだろうな。
こいつこそ真のバイト戦士だ。
未来から来たこいつは、シュタイン◯ゲー◯を目指すために過去へとやってきたのだ。
失敗しそうだが。
「二人とも、お店出たねぇ」
「フラフラじゃねえか」
ハートは今が楽しくてしょうがないって感じだが、逆にスペードは呆然となって引き摺られている。
そりゃそうなるわ。
でも、鼻血も出してねえし、気絶もしてねえから大丈夫だ。
デート、上手くいってんじゃねえかな。
――♤――
「スペード、今度はどこに行く?」
「ん……ぇ……?」
記憶がほとんど無くなっている僕は、何故かお店の外に連れ出されていた。
あの後、僕はドリンクを飲んだ覚えがない。
喉が乾きっぱなしだ。
「あ……そういえばハート……買いたいものがあるって言ってたよね……?」
「え? 覚えてたの?」
「うん……」
「そ、そっか」
「覚えててくれたんだ」と呟くハートは、僕の手をぎゅっと握りしめてくる。
ハートのことなら僕、忘れないよ。
羽鳥様がショッピングに行くって最初に話した時、ハートは欲しいものがあると言っていた。
確かその話が出たのは、僕とハートが一緒に狩りに出る前の会議だったかな?
一言だけだったけど、それは妙に覚えていた。
僕を守ってくれて、僕を慰めてくれて、僕を叱ってくれて、僕と一緒にいてくれて、僕と……デートも。
全部、忘れるはずないよ。
「何を買うつもりなの……?」
「ふふっ、まだ内緒よ?」
「……?」
僕に向かって悪戯な笑顔を向けるハートは、チラチラと僕の右手を見てくる。
さっきから手が繋ぎっぱなしだけど、僕は右手で、ハートは左手で繋いでいる。
特に、僕の右手の薬指を気にしているのか、ハートは絡めた指でふにふにと挟んでくる。
ちょっとだけくすぐったい。
だけど、そんな行動が愛おしくなる。
僕よりハートの方が手が小さいから、ハートが痛くないように力を抜いていなきゃダメだ。
そろそろ僕からも手を握ってみたくなってきたけど、それは怖くてまだ出来ない。
「あそこ、行こ?」
「アクセサリーショップ……?」
――♤――
「スペードはどういうのが付けたいの?」
「どういう……?」
その質問の意味が分からない僕は、ハートが楽しそうにしている様子しか目に入らなかった。
まったくもって、ハート以外に何も見る気がないとかじゃないよ?
全然、ワンピースから覗かせている鎖骨とか、綺麗なピンク色の瞳とか、僕と関節キスしちゃった小悪魔的な唇とか見てないから。
「あっ、これがいい!」
ハートはケースに並べられた品物に指を差して、僕の視線を促してくる。
どれもが銀色に輝いていて、どれもがペアになっている。
少々、お高めの値段のようだ。
「スペード、右手貸して?」
「う……うん……」
ハートは何を?
「じゃーん!」
「あ……」
僕の右手の薬指に、丸い金属が嵌められた。
シルバーリングだ。
それには、小さな青いスペードの刻印が施されていて、まさに僕専用と言ったような指輪だった。
そして、ハートの右手の薬指にも、ハート専用の指輪が付けられていた。
「どうかしら?」
「……ッ」
こ、こんなの、欲しくなってしまう。
「でも、ちょっと高いわね」
「買おう……」
「え? でも、高いのよ?」
「買おう……!」
「スペード?」
「買おう……!!」
「う、うん」
ダイヤ、ありがとう。
君が選んでくれたお得な服のおかげで、僕はハートと大切な思い出を形に残せるよ。
だからこそここはやはり、僕が買ってあげるべきだ。
「僕が買うからね……?」
「ほんと? 大丈夫?」
「うん……でも……」
「?」
だけど、ハートはこれでいいのかな。
情から告白されて、喜んでたんじゃ……
なんでハートは、僕とデートをしてくれるんだろう。
僕はすごく楽しいけど、ハートは情とデートをしたかったんじゃないのかな?
「ハート……?」
「何かしら?」
「クローバーは……どうして君を……?」
「えっ!?」
こんなこと、聞いてもいいのか分からない。
正直、聞くのが怖い。
だって、このデートに水を差すようなことをしているようなものだから。
聞かなくても良かったのかも知れない。
僕……失敗したかな。
「ば、バレてたの?」
「うん……」
やっぱり、ハートも情を……
「あたしが、スペードをデートに誘おうとしてたってこと、バレてたのね?」
「え……?」
「クローバーとしてた作戦会議も、バレちゃってたんだ……」
え、何?
ハートは何を言ってるの?
僕を、誘おうとしてた?
作戦会議?
「スペードのいじわる」
「ご……ごめん……?」
「全部知ってたのに、知らないふりしてたの? もう」
不機嫌そうに片っぽの頬を膨れさせているハートは、僕の隣に移動して、顔を赤くしながら寄りかかり、僕の肩と自分の肩を触れ合わせる。
ハートの匂いがさっきよりも強くなって、意識せざるを得なくなる。
僕と同じシャンプーを使っているはずなのに、ハートからは何か別のいい匂いがした。
肺に入れるのも悪く思ってしまうというか、なんというか……そんな風な匂いだ。
「じゃあ、遠慮しなくていいのよね?」
「遠慮……?」
「お揃いのペアリング、欲しいわ」
「……!」
「ね、買って?」
ハートは僕が思っている以上に、おねだり上手らしい。
僕は爆速で財布を取り出すと、僕達専用のペアリングを購入した。
これこそ悪魔の囁きだ。
「ふふっ。お揃い、ね?」
ハートは僕が買った指輪を右手の薬指に付けると、目を細めて嬉しがっていた。
まるで、女神のような慈しみを向けているかのように。
天使や悪魔じゃなくて、女神様だったみたいだ。
僕、勘違いをしていたのかな?
情とハートの関係を、見誤っていたのかも。
デートに誘うとか、作戦会議って、どういうこと?
もしかして、情が言ってた「お前が好きだ」っていうのは……
(心から笑える子が……好き……かな……?)
僕の!?
「ゴバァッ!!」
「ちょっ、何!? 吐血!?」
「ぐ……がはっ……!」
「スペード!? スペード!!」
――♧――
「なんで血反吐吐いてんだあいつ……?」
「ぷふっ、自分の勘違いに気付いたんじゃないかなぁ?」
「だからって普通、血ぃ吐くか?」
目の前で臨死体験をしているスペードに、ハートが真っ青になってるだろ。
どっちも死にそうな顔してんな。
こりゃあフォロー入れるべきか?
「二人はもう大丈夫だよぉ」
「そうか?」
あぁ、ああいう時にこそ役に立つ技も、あるにはあるんだったな。
それなら、ほっといても平気か。
「アレ」は効果が抜群だからな。
好きな人が相手なら、尚更効力が強まる奥義だ。
起きた後にスペードが失血死する恐れがあるが、「アレ」をされて死ねるなら本望だろう。
なにせ男の夢だからな。
「それより、クローバーぁ?」
「ん?」
「ぼく、クレープ食べたいよぅ」
腹をぐうぐうと鳴らして、またもや俺の耳を齧り始めるダイヤは、切なそうな声で訴えかける。
「食うな食うな!」
「クレープに感触が似てるぅ」
「似てねえっつの!」
しばらく二人を観察していると、血を失ったスペードを背負ったハートが、近くの椅子へと運び終えたのが確認出来た。
長椅子で、スペードが寝転んでも余裕があった。
スペードが死にかけた時もそうだが、自分よりもでけえ巨体を抱えてよく歩けるよな、ハート。
それから予想通り、ハートはすかさず「アレ」を繰り出して、スペードの復帰を待ち始めた。
それを見届けて、俺とダイヤは移動をした。
二人はもう問題無い。
「がぶぅ、むしゃむしゃ」
「なあ千切ってねえよな?」
「んむむぅ」
「なんか痛えんだが。あとあったけえ汁が垂れてきてねえか? これお前の涎だよな? 俺の血じゃねえよな?」
「ぶちぶちぃ」
「おい!?」
――♤――
「ん……?」
二度目の放心から覚めた僕は、モールの天井を見ていた。
仰向けで寝かされていたようだ。
後頭部が柔らかい何かで支えられている。
目が霞んでいて、周りがよく見えない。
ハートはどこに行ったんだろう?
「あ、起きたのね?」
「……?」
「わあっ!」
「うおぁっ……!?」
ハートのキリッとした綺麗で可愛い顔が、僕の視界一面に飛び出してきた。
「膝枕しちゃってます」
「ひ、膝枕……!?」
僕が取り乱したのが面白かったのか、ハートはくすくすと笑った。
すると、ハートは僕の手を取って、自分の手を重ねてきた。
「もっと色々、回りましょ?」
「あっ……うん……!」
重ね合った僕達の右手の薬指には、お揃いの指輪が付けられていた。




