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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 秘めた想い
52/65

52.天使な悪魔

――♤――



「スペード、行こ?」

「わわ……!? 待ってよハート……!」


 手を取られた僕はされるがままで、ぐいぐいと引っ張られて歩いていた。

 恋人繋ぎは継続中。


 僕からデートに誘おうと思っていたのに、逆に誘われてしまってびっくりした。

 僕達、おんなじことを考えてたのかな?

 いつもよりずっと可愛いハートに圧倒されて、覇気の無い返事で同意してしまった。

 状況が飲み込めない。

 ただ、ハートの後ろ姿に目を奪われる。

 僕が好きな、強くて優しい背中だ。

 でも、時折振り向いて笑顔を見せてくるハートは、僕にはまだ刺激が強過ぎて、それだけはつい目を逸らしてしまう。

 手を握られてるだけでもドキドキしてるというのに、もしもまたハートの顔を直視したら……僕は死ぬ。

 間違いなく、死ぬ。

 心臓発作が起きて、すぐに爆発四散する。

 ダイヤが相手した獣みたいになっちゃう。

 パーンって。


「ど……どこに行くの……?」

「喉が渇いたから、何か飲み物が欲しいわ」


 僕も今は、喉がカラカラに乾いている。

 なんでだろう?

 ハートを見るまでそんなことはなかったのに。



――♤――



「んっ、これ美味しい!」

「うん……僕のも美味しいよ……」


 人集りが出来ていたお店で、シャーベットドリンクなるものを買った。

 ハートはイチゴフレーバーで、僕はスカイブルー。

 初めて飲んだけど、意外と美味しい。

 でも、味に集中しきれない。

 今は二人掛けの席に向き合う形で座っているから、ハートと嫌でも目が合ってしまうせいだ。

 決して嫌なわけじゃないんだけども。

 でも、まずは冷たいものを飲んで、熱くなった体をどうにかしなけ……


「スペードのもちょうだい?」

「あっ……!?」


 ハートの小ぶりで柔らかそうな唇が、僕が口をつけたストローに触れる。

 ドリンクを奪った上に、汗までかかさせて、僕を干からびさせるつもりらしい。

 このままじゃハートに殺されちゃうよ!

 ハートは本当に、あの時から羽鳥様への謀反(むほん)(くわだ)てていたんだ。

 悪魔にまで魂を売って、僕をここで始末する気なんだ。

 きっとそうに違いない。


「あたしのも飲むでしょ?」

「えっ……?」


 いいのかな、そんなことしても……

 天罰、下らない?

 僕、地獄行きになったりしないかな?

 いや、それは違う。


「い……いただきます……!」


 今は僕の目の前に、悪魔どころか天使がいるじゃないか!

 天国も地獄も、死んだ後に行く場所じゃない、僕がいる此処こそが、天国なんだ!!

 僕はもう、白衣を着た小悪魔なハートに堕とされきっていた。


「美味しい……ね……?」

「だよね?」


 ハートの唇の味は、イチゴ?

 やめろ、何を考えているんだ僕は。

 ハートに申し訳ないと思わないの?

 顔もまともに見れていないくせに、そんなことばっかり考えてさ。

 僕の本性ってむっつりだったんだね。

 幻滅しました。

 とにかく、冷静になれ、冷静に……


「……?」


 あれ、ちょっと待って?

 僕が口を付けたハートのドリンクは、まだ全然残ってたよね?

 それって今からハートも、口を……


「うん、やっぱり美味しいわね」

「わ……ぁゎ……!」


 死んだ。



――♧――



「あははっ、スペード撃沈だぁ」

「ありゃ致命傷だな」


 いくらスペードに耐性が無いって言っても、間接キスは俺でも意識する。

 弓月もそれだけは遠慮して、やってこなかったから、あれは俺が伝授してねえハート独自の技だ。

 やるなーあいつ。

 俺の教えを昇華させるとは、スペードには相当キツイ戦いになるだろう。

 スペードもデートに誘うつもりだったらしいが、もう防戦一方だな。

 ハートの強さには敵わなかったか。


 俺達はサングラスをかけて、二人を陰から見守っている。

 このサングラスは、いつの間にかダイヤがどこかから持ってきたものだ。

 耳を食うのをやめたと思ったら、数瞬いなくなり、これをかけさせられた。

 もちろん再びおんぶさせられている。


「このサングラス、どっから持ってきたんだ? まさかお前……」

「盗んだんじゃないってぇ。ちゃんとお店で買ってきたよぉ」

「それならいいが」

「うん。でも、店員さんのレジ打ち遅そうだったし、【極楽衝動】でぼくが代わりにやったんだけどねぇ」


 光の速度でレジ打ち出来るなら、バイト応募じゃ引っ張りだこだろうな。

 こいつこそ真のバイト戦士だ。

 未来から来たこいつは、シュタイン◯ゲー◯を目指すために過去へとやってきたのだ。

 失敗しそうだが。


「二人とも、お店出たねぇ」

「フラフラじゃねえか」


 ハートは今が楽しくてしょうがないって感じだが、逆にスペードは呆然となって引き()られている。

 そりゃそうなるわ。

 でも、鼻血も出してねえし、気絶もしてねえから大丈夫だ。

 デート、上手くいってんじゃねえかな。



――♤――



「スペード、今度はどこに行く?」

「ん……ぇ……?」


 記憶がほとんど無くなっている僕は、何故かお店の外に連れ出されていた。

 あの後、僕はドリンクを飲んだ覚えがない。

 喉が乾きっぱなしだ。


「あ……そういえばハート……買いたいものがあるって言ってたよね……?」

「え? 覚えてたの?」

「うん……」

「そ、そっか」


 「覚えててくれたんだ」と呟くハートは、僕の手をぎゅっと握りしめてくる。

 ハートのことなら僕、忘れないよ。

 羽鳥様がショッピングに行くって最初に話した時、ハートは欲しいものがあると言っていた。

 確かその話が出たのは、僕とハートが一緒に狩りに出る前の会議だったかな?

 一言だけだったけど、それは妙に覚えていた。

 僕を守ってくれて、僕を慰めてくれて、僕を叱ってくれて、僕と一緒にいてくれて、僕と……デートも。

 全部、忘れるはずないよ。


「何を買うつもりなの……?」

「ふふっ、まだ内緒よ?」

「……?」


 僕に向かって悪戯な笑顔を向けるハートは、チラチラと僕の右手を見てくる。

 さっきから手が繋ぎっぱなしだけど、僕は右手で、ハートは左手で繋いでいる。

 特に、僕の右手の薬指を気にしているのか、ハートは絡めた指でふにふにと挟んでくる。

 ちょっとだけくすぐったい。

 だけど、そんな行動が愛おしくなる。

 僕よりハートの方が手が小さいから、ハートが痛くないように力を抜いていなきゃダメだ。

 そろそろ僕からも手を握ってみたくなってきたけど、それは怖くてまだ出来ない。


「あそこ、行こ?」

「アクセサリーショップ……?」



――♤――



「スペードはどういうのが付けたいの?」

「どういう……?」


 その質問の意味が分からない僕は、ハートが楽しそうにしている様子しか目に入らなかった。

 まったくもって、ハート以外に何も見る気がないとかじゃないよ?

 全然、ワンピースから覗かせている鎖骨とか、綺麗なピンク色の瞳とか、僕と関節キスしちゃった小悪魔的な唇とか見てないから。


「あっ、これがいい!」


 ハートはケースに並べられた品物に指を差して、僕の視線を促してくる。

 どれもが銀色に輝いていて、どれもがペアになっている。

 少々、お高めの値段のようだ。


「スペード、右手貸して?」

「う……うん……」


 ハートは何を?


「じゃーん!」

「あ……」


 僕の右手の薬指に、丸い金属が嵌められた。

 シルバーリングだ。

 それには、小さな青いスペードの刻印が施されていて、まさに僕専用と言ったような指輪だった。

 そして、ハートの右手の薬指にも、ハート専用の指輪が付けられていた。


「どうかしら?」

「……ッ」


 こ、こんなの、欲しくなってしまう。


「でも、ちょっと高いわね」

「買おう……」

「え? でも、高いのよ?」

「買おう……!」

「スペード?」

「買おう……!!」

「う、うん」


 ダイヤ、ありがとう。

 君が選んでくれたお得な服のおかげで、僕はハートと大切な思い出を形に残せるよ。

 だからこそここはやはり、僕が買ってあげるべきだ。


「僕が買うからね……?」

「ほんと? 大丈夫?」

「うん……でも……」

「?」


 だけど、ハートはこれでいいのかな。

 情から告白されて、喜んでたんじゃ……

 なんでハートは、僕とデートをしてくれるんだろう。

 僕はすごく楽しいけど、ハートは情とデートをしたかったんじゃないのかな?


「ハート……?」

「何かしら?」

「クローバーは……どうして君を……?」

「えっ!?」


 こんなこと、聞いてもいいのか分からない。

 正直、聞くのが怖い。

 だって、このデートに水を差すようなことをしているようなものだから。

 聞かなくても良かったのかも知れない。

 僕……失敗したかな。


「ば、バレてたの?」

「うん……」


 やっぱり、ハートも情を……


「あたしが、スペードをデートに誘おうとしてたってこと、バレてたのね?」

「え……?」

「クローバーとしてた作戦会議も、バレちゃってたんだ……」


 え、何?

 ハートは何を言ってるの?

 僕を、誘おうとしてた?

 作戦会議?


「スペードのいじわる」

「ご……ごめん……?」

「全部知ってたのに、知らないふりしてたの? もう」


 不機嫌そうに片っぽの頬を膨れさせているハートは、僕の隣に移動して、顔を赤くしながら寄りかかり、僕の肩と自分の肩を触れ合わせる。

 ハートの匂いがさっきよりも強くなって、意識せざるを得なくなる。

 僕と同じシャンプーを使っているはずなのに、ハートからは何か別のいい匂いがした。

 肺に入れるのも悪く思ってしまうというか、なんというか……そんな風な匂いだ。


「じゃあ、遠慮しなくていいのよね?」

「遠慮……?」

「お揃いのペアリング、欲しいわ」

「……!」

「ね、買って?」


 ハートは僕が思っている以上に、おねだり上手らしい。

 僕は爆速で財布を取り出すと、僕達専用のペアリングを購入した。

 これこそ悪魔の(ささや)きだ。


「ふふっ。お揃い、ね?」


 ハートは僕が買った指輪を右手の薬指に付けると、目を細めて嬉しがっていた。

 まるで、女神のような慈しみを向けているかのように。

 天使や悪魔じゃなくて、女神様だったみたいだ。


 僕、勘違いをしていたのかな?

 情とハートの関係を、見誤っていたのかも。

 デートに誘うとか、作戦会議って、どういうこと?

 もしかして、情が言ってた「お前が好きだ」っていうのは……


(心から笑える子が……好き……かな……?)


 僕の!?


「ゴバァッ!!」

「ちょっ、何!? 吐血!?」

「ぐ……がはっ……!」

「スペード!? スペード!!」



――♧――



「なんで血反吐吐いてんだあいつ……?」

「ぷふっ、自分の勘違いに気付いたんじゃないかなぁ?」

「だからって普通、血ぃ吐くか?」


 目の前で臨死体験をしているスペードに、ハートが真っ青になってるだろ。

 どっちも死にそうな顔してんな。

 こりゃあフォロー入れるべきか?


「二人はもう大丈夫だよぉ」

「そうか?」


 あぁ、ああいう時にこそ役に立つ技も、あるにはあるんだったな。

 それなら、ほっといても平気か。

 「アレ」は効果が抜群だからな。

 好きな人が相手なら、尚更効力が強まる奥義だ。

 起きた後にスペードが失血死する恐れがあるが、「アレ」をされて死ねるなら本望だろう。

 なにせ男の夢だからな。


「それより、クローバーぁ?」

「ん?」

「ぼく、クレープ食べたいよぅ」


 腹をぐうぐうと鳴らして、またもや俺の耳を齧り始めるダイヤは、切なそうな声で訴えかける。


「食うな食うな!」

「クレープに感触が似てるぅ」

「似てねえっつの!」


 しばらく二人を観察していると、血を失ったスペードを背負ったハートが、近くの椅子へと運び終えたのが確認出来た。

 長椅子で、スペードが寝転んでも余裕があった。

 スペードが死にかけた時もそうだが、自分よりもでけえ巨体を抱えてよく歩けるよな、ハート。

 それから予想通り、ハートはすかさず「アレ」を繰り出して、スペードの復帰を待ち始めた。

 それを見届けて、俺とダイヤは移動をした。

 二人はもう問題無い。


「がぶぅ、むしゃむしゃ」

「なあ千切ってねえよな?」

「んむむぅ」

「なんか痛えんだが。あとあったけえ汁が垂れてきてねえか? これお前の涎だよな? 俺の血じゃねえよな?」

「ぶちぶちぃ」

「おい!?」



――♤――



「ん……?」


 二度目の放心から覚めた僕は、モールの天井を見ていた。

 仰向けで寝かされていたようだ。

 後頭部が柔らかい何かで支えられている。

 目が霞んでいて、周りがよく見えない。

 ハートはどこに行ったんだろう?


「あ、起きたのね?」

「……?」

「わあっ!」

「うおぁっ……!?」


 ハートのキリッとした綺麗で可愛い顔が、僕の視界一面に飛び出してきた。


「膝枕しちゃってます」

「ひ、膝枕……!?」


 僕が取り乱したのが面白かったのか、ハートはくすくすと笑った。

 すると、ハートは僕の手を取って、自分の手を重ねてきた。


「もっと色々、回りましょ?」

「あっ……うん……!」


 重ね合った僕達の右手の薬指には、お揃いの指輪が付けられていた。

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