49.戦友の心強さ
――♧――
「本人からの要望を受け、今日と明日の狩りはクローバー単独で行うこととする」
「え……?」
木曜日の21時、アジト内の会議室にて、羽鳥がショッピング前の予定を俺達に話した。
一人だけ初耳だったスペードは、間抜けな声を出して驚く。
土曜日のショッピングの日が来るまでの木曜、そして金曜の狩りは、俺が一人でやるつもりだ。
『先獣教』がいつ、襲撃をかけてくるかが分からねえから、今はスペードとハートの回復が最優先だ。
レタリーという実例がある以上、そうするべきだ。
「いいの……? クローバー……」
申し訳なさそうに、スペードは俺の方を見てくる。
人差し指同士をチョンチョンと合わせながら。
「『先獣教』がどう動くかも分からねえし、怪我なんて以ての外だ。いくら治りかけているとは言え、戦いに備えて完治させるに越したこたぁ無えだろうよ」
「そっか……」
「死にかけたお前は、文句の一つも言えねえな?」
「そう……だね……?」
先に釘を刺して、謝罪も抗議もさせねえようにした。
まあ、スペードはもう無意味に謝ったり、罪悪感を持ったりはしねえだろうがな。
俺が不愉快になるだけだって、既に知っている。
生きている以上、人は他人に迷惑をかける生き物だ。
それを一つ一つ気にかけていたら、どんどん面倒臭いことになっていく。
それに、戦いを主にしている俺達はそんな機会も多いだろうから、気にするだけ無駄だ。
お前が迷惑をかけてくるのを許す代わりに、俺も遠慮なくかけさせてもらう。
友達って、そういうもんだしな。
「クローバー……」
「やめろ。その、キラッキラした目で見てくるのはやめろ」
「ありがとね……?」
「ああ」
謝罪をされるのはかったるいが、感謝をされるのは悪い気はしねえ。
ここは素直に、余計な口を挟まねえようにした。
色々とスペードも成長してるみてえだ。
ていうかハートのやつ、俺が一人に狩りに出向くってこと、やっぱりスペードに伝えきれてなかったな?
今聞いたって感じだったぞ。
勝ったとかなんとか言ってたが、何してたんだよ。
何ニコニコした顔でスペード見てんだよ、おい?
「でも僕……負けないから……」
「んぁ?」
スペードはグッと拳を胸の前で握って、俺を真っ直ぐ見据えてくる。
その顔は、羽鳥に断罪されようとした時とそっくりだった。
覚悟を決めたものだった。
「勝負だよ……? クローバー……」
「お、おう?」
スペードに気圧された俺は、その言葉に込められた意味が釈然とせずに、ただ頷いた。
――♤――
情が狩りに出たのを見届けてから、ハートは僕より先にお風呂に入って行った。
お風呂の順番は、仮面と同じで喜怒哀楽になっている。
でも、それは上手い言い訳だと思う。
ハートは女の子だから、それを踏まえて一番にお風呂に入るんだ。
羽鳥様が配慮しているからなのか、そういうことになっている。
いくら一心同体の仲間って言っても、やっぱり僕達は異性の集団だから、羽鳥様は気を遣ってハートを優先している。
ハートは全然気にしていないようだけども。
前に「僕より後に入るのは嫌でしょ……?」と聞いたけど、「そんなわけないじゃない。むしろ、あたしはそっちの方がいいのに……」って言いながら、ハートはツンと口を尖らせていた。
多分、女の子として見られるのが嫌なんじゃないかな?
継承者として平等に扱って欲しいのに、性差があるのを不満に思ってるんだろうね。
狩りを行わない継承者は、その喜怒哀楽の順番で入る。
逆に、狩りに向かう継承者は例外で、最後に回されて入るという決まりがある。
狩りが終わるのをみんなで待っているよりも、そうしてスムーズに終わらせた方が良い。
僕もそれには同意するかな。
みんなを待たせるのも嫌だし、ね。
とりあえず、今はハートがお風呂に入っている。
情は狩りに出かけている。
羽鳥様も、会議以外に部屋を出ることはない。
僕だけが部屋で一人。
話をするなら今がチャンスだと考えた僕は、仮面を着けて通信を飛ばした。
小指を押し当てて、その相手からの応答を待つ。
『はぁーい?』
「ダイヤ……?」
『おぉ? クローバーが何か言い忘れたのかなと思ったけど、スペードからとは驚いたなぁ』
「うん……」
誰にも聞かれないように、極力仮面を隠すように体操座りになりながら、僕はダイヤに話を持ちかける。
僕一人じゃよく分からないことだから、ダイヤに協力を仰ぎたかったんだ。
「あのね……力を貸して欲しくて……」
『ぼくにぃ?』
ダイヤの存在は心強い。
前世を含めなくても、僕よりもずっと知識があって、どうすればいいのかをアドバイスしてくれるはずだ。
勝敗を分けるのは、こういった下準備で決まる。
勝負は始まる前から決まっているんだ。
『わざわざ口下手な君から話を持ちかけられたんだから、それくらい重要なことなんだよねぇ?』
「あっ……うん……!」
流石だ。
僕が話すより前に、ダイヤは事の重要性を見破ってきた。
あまりお世話になるのも悪いから、ダイヤには通信を飛ばさないようにしていたけど、それが判断材料になるとは思いもしなかった。
『それでぇ? どうしたのぉ?』
「僕……」
そんなにすごいダイヤなら……
「ハートを振り向かせられる服を……買いたいんだ……!」
『ほほぅ?』
僕をカッコよくしてくれるはずだ。
――♧――
「とうとう明日か」
というわけで、俺は二日間の孤独な狩りを終わらせた。
割愛に割愛を重ねて、今日は金曜日である。
一応、掟を守る意識は俺にもある。
『獣の狩人』を隠すメリットは、十分に知り得ている。
血文字を残したのは衝動に駆られたもんだったが、あんなんじゃ組織が見つかるわけがねえ。
ただの悪戯だと思われただろうよ。
一人で狩りをするには、人の目に細心の注意を向けながら、獣を倒さなければならねえ。
会いに行きたい気持ちを我慢して、弓月や母さんと鉢合わせねえように、自宅の近くへは行かねえようにしている。
誰も巻き込ませねえためには、秘匿に力を入れることは当然だと言えよう。
しかし幸いにも、ショッピング前の二日間の狩りには、獣以外の被害者……つまり他の一般人はおらず、俺は戦いのみに集中出来た。
サクッと狩った。
ザクッと、大剣で首を斬り落とした。
今となっては、獣はまな板の上の鯉だ。
【赫怒】があるおかげで失敗なんてまずしねえし、戦闘時間は5分もかからねえ。
ほとんど作業のようになっている。
もう、獣を狩ることにも慣れた。
人を殺しているのと同じなのに、慣れている自分がいる。
見た目が人ではなく、どちらかと言うと狼に近いからだろうか。
まさに狩人の心情になり、獲物を狩る意識になっている。
最初の頃とはえらい違いだな。
「あー、疲れた」
0時前に狩りを終わらせた俺はアジトに帰ってきていて、狩装束を脱いで部屋着に着替えようとしていた。
大したことはしてねえが、気を張っていて疲れた。
人に見られねえように動くのは気力を使う。
いくら外出禁止時間とはいえ、アホは外に出るからな。
やはり、狩にはスペードの【悲劇】は必須か。
目撃者の有無はメンタルに影響し、それは戦いへの意識にも繋がるしな。
意識を全て、獣に向けられる。
「とりあえず風呂風呂」
そんなこんなで俺はこれから風呂に入るわけだが、その後は明日に備えてすぐに寝ないといけねえ。
睡眠は十分に取らねえと、休息にはならねえしな。
寝る前にハートに一声かけておくべきかと思ったが、やっぱりやめておいた。
なにせ、明日はスペードとデートをする日だ。
最近のハートは落ち着きを取り戻していたようだが、流石に本番を翌日に控えた今は緊張しているだろうから、一人にしておこう。
もしも、どうしてもハラハラして落ち着かないようだったら、助けを求められてからどうにかすればいい。
それに、俺はわざとハートと距離を置いている。
ちょっと理由があって、そうすることにした。
……別に、俺の部屋で腑抜けになったから、疎ましくなったとかじゃねえが。
正直言うと、ハートはもう、俺の大切な友達の一人だからな。
スペードとのデートが上手くいってくれることを切に願う。
「よっしゃ、ちゃっちゃと寝る準備しますか」
いよいよ明日だ。
主役は、ハートとスペード。
出来る限りのフォローは頑張ろうと思う。
――♧――
翌日の正午。
待ちに待った、ショッピングの日だ。
とうとうこの日が来てしまった。
昨日は余裕ぶっこいてたくせに、ハートのデートがどうなるのか、俺の方が緊張してきたわ。
それと、てっきり俺は、店が並んでいる街へと買い物に行くと思っていたが、そうじゃなかった。
羽鳥に言われて俺達が訪れたのは、町一番の大きさを誇る、ショッピングモールだ。
弓月ともよく来ていた、懐かしい場所だ。
「いつ見ても大きいわね」
「人……多いね……?」
「こういうところって、無性にクレープが食べたくなるよねぇ」
モールに対しての感想を、皆それぞれが口にする。
しかし、羽鳥の台詞が無いのは、ここにはいねえからだ。
羽鳥は人前に出られねえから、俺達とは別行動をすることになった。
陰で俺達を見ているらしい。
そうしてまで顔や素性を隠してえんだろうが、中身はもう俺にはバレてんだがな。
俺と血の繋がりがあると、他の継承者に悟られるのが嫌なんだろうか。
多分、何かしらの理由がある。
心を見る洞察力があるから、俺が正体に気付いているのはあいつも知っているはずだが、羽鳥からそういう話を持ちかけられたことはねえ。
あくまで羽鳥として接しろという、無言の指示を受けている。
まあ、あいつのことはどうでもいい。
今日の主人公は、俺でも羽鳥でもねえからな。
「俺はぶらぶらしながら服屋に行くつもりだが、お前らはどうするんだ?」
「あたしも、ひとまずは一人で動こうかしら」
これはハートと事前に決めた台詞だ。
つまり嘘だ。
俺とハートは別れたように見せかけて、再度集合してからハートの着る服を選びに行く。
大人っぽい服などではなく、スペードの虚を突くためのギャップを重視した服をな。
「僕も……そうしようかな……?」
「とりあえず、何か食べたいなぁ。ぼくはスイーツ巡りにでも行ってくるよぉ」
よし、こうなることは目に見えていた。
ハッ、好都合だぜ。
「じゃあ、また後でな」
――♤――
「ハート達、行っちゃったねぇ」
「好都合……だね……?」
僕とダイヤは、嘘を吐いた。
これから僕達は、ハートをあっと驚かせるために、カッコいい服を選びに行くんだ。
僕はいつも、ワイシャツに適当なズボンを履いているから、パッとしない印象がある。
それをどうにかして、ハートを……
「デートに誘うんだ……!」
「あんまり意気込んじゃうと、鼻血出ちゃうよぉ?」
「大丈夫っ……」
ハートと情に見つからないように、僕達は反対の入り口からモールの中に入った。
自動扉が開くと同時に、少し涼しい風が肌を包む。
本格的にあったかくなってきたから、冷房を入れているんだろう。
「まずは一階を回らなきゃだねぇ」
「うん……」
ここには色んなお店がある。
一階はファッションブランドのお店とカフェがあって、二階にはホビーショップや電気屋などの様々なお店があり、三階には飲食店が並んでいる。
モールは上から見ると、ピーナッツの殻のように縦長く、カーブがかかった形になっているから、奥の方は曲がりくねっていて先が見えない。
端から端へと行くまでに、1、20分くらいはかかるんだろうね。
どのお店も魅力的で、ついつい入りたくなる魔力を秘めている。
ここでハートとデート出来るなら、すごく楽しい思い出になりそうだ。
「うーん、服かぁ」
「どんな服がいいかな……?」
「そうだねぇ」
ダイヤは小さな手の平を僕に向けて、足を止めて欲しいというジェスチャーをした。
僕はそれに従うと、何歩か先へと歩いたダイヤは、くるりと後ろに振り向いた。
中性的で可愛い顔を歪ませて、眉間に皺を寄せながら、もみあげをくるくると指で回して、変化させる僕の全体像を考えているダイヤ。
その視線の先には僕がいて、ぱっちりとした目で上から下へ、下から上へと何度も確認する。
「うん、とりあえず固まったよぉ」
「えっ……!? ほ……ほんと……!?」
「スペードは身長が高いからねぇ。基本なんでも似合うんじゃないかなぁ?」
そうハッキリと言われると頬が綻んでしまう。
ダイヤは、僕と違ってオシャレさんだ。
可愛い格好をしたり、活発な印象を持たせるような明るめの服を普通に着こなしたりするから、地味な僕とは真反対の良さを持っている。
そんなファッションリーダーのダイヤに見繕ってもらえるんだ。
僕は良い味方を選ぶことが出来た。
見ててね、ハート。
絶対に、魅せてみせるから。
「それじゃ行こっかぁ?」
そうしてデートのことばかりに気を取られていた僕は、それに気付いていなかった。
後ろ姿を見せて先を歩きだしたダイヤが、にんまりと、不敵な笑みを浮かべていることに。




