46.すれ違う好意
――♧――
「あの……クローバー……?」
「……」
「なんか……返事……して……?」
「……」
あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ!
「俺は、奴の恋愛観を聞こうと思ったら、いつのまにか俺の方が聞かれる方になっていた」
な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……
俺の内に潜むポルナレ◯が、この状況を整理してくれた。
まあ、全然整理出来てねえんだがな。
ていうか、役立たずだったわ。
決死の覚悟でヒントをくれる花◯院の方が、まだ良かった。
スペードからの問いかけに、どう答えればいいのかも分からず、まるで時を止められたかのように、俺の思考は停滞してしまっていた。
返事すらもままならなくて、なんの言葉も出ずに、ぽかんと間抜けに口を開いているだけだった。
てか、オラオラとスペードを殴りまくって、こいつの記憶を抹消した方がいいよな?
まさか、クローバーである俺が【悲劇】を使う日が来るとはな。
てめーは俺を怒らせた。
「どうしたの……?」
拳を握って構えを取りかけたが、スペードの呼びかけで現実へと引き戻された。
あっぶね。
見えない何かに取り憑かれていたみたいだ。
スタ……幽霊だったのかも知れねえな。
「な、なんで俺の話になんだよ?」
「えっ……? でも……僕に相談したいって……」
スペードに白状するべきなのか?
正直に言っちまえば、スペードも自分の話をしてくれるんだろうか。
今まで、誰にも話してこなかった俺の想いを、ここで吐き出せば。
俺は、弓月が大切だ。
好き……なんだろうな。
うん、好ましい存在であると思う。
いや違う、そんなチャチな言葉じゃ表しきれねえな。
大好きだ。
何もかも放っぽって、今すぐに会いに行って、あの可愛さと綺麗さを兼ね備えた顔を見たいと思ってるくらいには、弓月が好きだ。
誰よりも笑顔にさせたくて、誰よりも大切で、誰よりも好きな自信がある。
ハートと似ていて、強くてか弱い弓月を……人に弱さを見せねえようにして、いつも強がっている弓月を守ってやりたい。
笑顔を守りたいからこそ、俺は弓月のために戦っているようなものだ。
こんなに誰かを好きになることは、今後一切無いと確信している。
弓月以外に好きな人なんて現れないだろう。
それほどまでに、俺は弓月に惹かれている。
「俺、は……」
確かに、好きだと言いかけたことは、今までいくつもあった。
この気持ちをさらけ出しそうな瞬間は、たくさんあった。
でも、ついポロッと告白しそうになる度に、幼馴染の関係が壊れるんじゃねえのかと心配になった。
そう思ってしまえば最後、現状維持に妥協する他なかった。
母さんの言った通りに、俺は昔から臆病者で、弓月の言った通りに、俺は情けねえ男だ。
どうしようもない怖がりなんだ。
でも、この気持ちは嘘じゃない。
毎朝健気に迎えに来てくれたり、料理を作ってくれたり、勉強を教えてくれたり、服を買いに街へと連れ出してくれたり、他にもお節介をかけてくれたり。
ずっと、弓月は俺のために尽くしてくれていた。
何年もこんなことをされ続けて、平気でいられるような奴は頭がおかしい。
何度も弓月に心を握られて、苦しくさせられた。
胃袋も掴まられてるし、掌握されまくっている。
弱みも色々と握られてるしな。
ダイヤとは違う意味で、俺は手の平の上で踊らされている。
弓月も弓月で、あいつは男を誑かす天才だ。
幼馴染じゃなかったら、すぐにでも告白して、玉砕していただろう。
俺の恋心は、無残に握り潰されていただろうな。
俺だけに許された幼馴染という繋がりが、俺を抑制するストッパーとして役に立ってくれている。
「俺は、俺の話は別に……いいだろ」
「でも僕……気になるよ……?」
お前、ずっと俺達を監視してたんだろ?
それなら、弓月の鉄壁さも分かった上で、聞いてきてんだよな?
今まであいつに告白した数々の猛者共は、軒並み全員フられてんだぞ。
比喩表現とかじゃなく、マジで全員だ。
それなのに、俺みたいなのなんかにチャンスがあるとでも思ってんのか?
それならまだ幼馴染としての良好な関係を続けた方が良いに決まってる。
俺だけに許された特別を、わざわざ捨てるわけがないでしょうが!
幼馴染というステータスがあるだけで、俺は平々凡々の男子高校生でしかないんだぞ!
帰宅部だし、頭も並だし、普通そのものだ。
魅力もクソもありません!
告白とか無理です、無理。
「それで……クローバーは……」
「も、もう」
「え……?」
「もう、勘弁してください」
「!?」
涙目になっている俺に気付いたスペードは、すごく慌てた様子でハンカチを差し出してきた。
助かった。
あと少しで土下座するところだった。
やっぱり俺は、こいつには敵わねえ。
――♧――
無言が続いてしまって、何分か経った。
スペードも、しおらしくなった俺を見て、何かを察してくれたんだろうな。
あの後は、何も聞いてこなかった。
この状況、俺には好都合だ。
今なら、なんでも言うこと聞いてくれる気がする。
本来の目的を達成するには、俺じゃなくてスペードを深掘りしなきゃなんねえからな。
「辛気臭え空気にしちまって、悪かったな」
「い……いや……そんなのいいよ……! というより……僕の方こそ……」
「悪かった」と言いそうになるスペードは、ハッとした表情になりながら、手で口を押さえた。
ほう、俺が次の言葉を予想して、眉毛をピクリと動かしたことに気付いたようだ。
ずっと俺と弓月を観察してたせいもあって、スペードは俺達の関係が気になってただけだ。
悪気があったわけじゃねえから、無闇に謝ることもしなくなったな。
むしろ、ここで謝ったりでもしたら、俺を不愉快にさせてしまうと学んだらしい。
「相談ってのは、俺のじゃなくて、お前の話だったんだよ」
「僕の……?」
スペードの好みを聞くだけのつもりが、変な感じになっちまったじゃねえか。
この何とも言えねえ空気を切り替えねば。
こういうのは、ちゃっちゃと聞けば楽になる。
それなら、もう何も考えずに言っちまえばいい。
どうせ、ハートとスペードはデートすることになるんだ。
なら、単刀直入に聞こう。
気を遣うのも疲れてきたわ。
「お前、どんな女がタイプなんだよ?」
「えっ……?」
もう、バレようがバレまいが知ったことか。
遅かれ早かれ、ハートの好意には気付くだろ。
バレたらバレたで、ハートが猛烈にアタックをしかけるように攻め方を変更すればいい。
俺が考えたデートプランに、影響は無えしな。
「性格とか、顔とか、服装とか、色々あるだろ?」
「えー……? うーん……なんだろ……?」
やけに悩んでるな?
そりゃそうか。
こんな血生臭い組織に入ってりゃ、そんなこと考える余裕すらねえもんな。
人のことを気にかけられるハートが、強いんだ。
「僕は……えーっと……」
「どうなんだ?」
「今まで考えたことなかったから……ハッキリとは分からないけど……強いて言うなら……」
「強いて言うなら?」
「心から笑える子が……好き……かな……?」
どこかで聞いたようなフレーズだ。
「へ、へえ? それってどんな?」
「僕が持ってないものを……持ってる子が好き……なんだと思うよ……?」
「!」
やったぜ。
「そうか分かった悪いちょっとトイレ行ってくるここで待ってろいいな?」
「……? いいけど……なんで早口なの……?」
スペードの部屋を出て、俺はハートの部屋へと直行した。
――♧――
「うわ」
「こら、開口一番に引くんじゃないわよ。ノックもしないで入ってくるし」
しまった。
勢いに任せてハートの部屋に入ったせいで、非常に目に悪いドピンクの空間に気を取られてしまった。
質の悪いビックリ箱か何か?
前に見た時よりもピンク色の家具やぬいぐるみが増えていて、ここまで来ると可愛さの欠片も無くなっている。
ピンクという色に洗脳された強迫観念の賜物、これぞ恐怖の具現化だ。
背筋が凍るような恐ろしさを感じる。
まるで、ぬいぐるみが意思を持っていて、部屋を監視しているような薄気味悪さを。
なんかこれ、夢に出てきそうだ。
いつ見ても悪趣味だな。
「ふうっ……次はクローバーの番よね。早く入ってきたらどうかしら?」
ほかほかと湯気を出しながら、ユニコーンの代名詞であるポニーテールを解いて、肩より下まで伸びている髪をタオルで丁寧に挟み、水滴を取っているハート。
今までハートは、風呂に入っていた。
だから、朝からしていた作戦会議が終わったんだ。
何時間もハートと話し合っていたのに、いきなりスペードの部屋に俺が聞きに行っていたのも、この風呂の時間があったからだ。
つまり、ぶっつけ本番であいつの部屋に突撃したのは、俺の独断である。
「ていうか、あんたどこに行ってたのよ? お風呂出てからあんたの部屋に行ったけど、いなかったわよね?」
「ああ、スペードの部屋にいたからな」
「スペードの?」
「あいつの好み、聞いてきたぞ」
「……ふーん?」
お?
作戦会議の時は死ぬほど死んでたのに、今は平気みたいだな?
んじゃ周りくどく言う必要も無えよな。
ハッ、こいつが挙動不審になる姿が目に浮かぶぜ。
「スペードは間違いなく」
「……」
「お前が好きだ」
「……へー」
「んぁ?」
なんだよ、その反応?
「まあ、当たり前よね。こんな可愛い女の子と10年も一緒にいるんだもん。好きにならない方が変よ」
「大した自信だな?」
「ふん、当然の結果ね」
風呂上がりだからなのか、ハートはさっきから顔が赤くなっている。
朝と変わらないくらいに赤い。
ていうか、ほかほかしてた湯気、なんか多くなってねえか?
「じゃあ……あたしお風呂に入ってくるわね」
「おいちょっと待て」
いや、平然を装おうとし過ぎて、行動が支離滅裂になってんぞ。
よく見たらお前、作戦会議中よりも目ぇぐるぐるしてんじゃねえか。
動揺が誤魔化しきれてねえぞ。
風呂は入ったばっかりだろ。
しず◯ちゃんかお前は。
「……死にそう」
「ん?」
「ねえ、クローバー? あたし死にそうよ。もう、なんなのよ、どうしたらいいの? あの子が好きで、尊くて、いつか暴走しちゃいそうだわ」
限界オタクみてえな気持ち悪い喜び方をしながら、ハートは腰を抜かして、持っていたタオルを力なく落とした。
両手の平を顔に当てて、茹で上がりそうなほどに赤くなっている。
茹でたタコみたいだな。
俺も同様に腰を落とし、ハートに目線を合わせた。
口をつぐんでいて、助けを求めるかのような顔だ。
「あいつはな、自分が持ってねえものを、持ってる子が好きだって言ってたぞ」
「そ、それって……あたし、なのかな?」
「ああ。ポジティブバカのお前を指してるんだろうな」
「誰がポジティブバカよ!」
ハートはすかさず、パンチを繰り出してきた。
でも、俺の肩を殴る力は弱くて、優しく触れるように叩いてきた。
それは言わば猫パンチで、手首をぽてっと当てた程度の可愛いものだった。
「うぅ、嬉しいよぉ……」
泣きそうで上ずった声を出すハートは、へにゃへにゃになった。
今度は口だけじゃなくて、全てが溶けていた。
「ハッ、良かったな」
「うんっ」
――♤――
「あんなに慌てて……どうしたんだろう……?」
トイレに行くって情は言ってたけれど、そんな感じじゃなかったよね?
僕の部屋なのに、ここで待てなんて言って、なんだか様子が変だったな。
「大丈夫なのかな……?」
心配になってきた。
ちょっと情の部屋に行ってみようかな?
待ってろって言われたけど、放っておくのも悪いよね。
僕は自分の部屋を出て、情の部屋に行こうとした。
廊下に出てみると、ハートの部屋の扉が少し開いていた。
その中から、話し声が聞こえた。
「〜……いなく……」
情の声?
朝からずっと、ハートと何かを話してたようだけれど、それって僕には言えないことなのかな。
なんだろう、すごく……
「……」
モヤモヤする。
聞いてはいけない気がするけど、耳を立てられずにはいられなくなった僕は、開きかけの扉に触れないように横顔を近づけた。
「お前が好きだ」
「……!」
え?
今、僕何を聞いて……?
咄嗟に扉から顔を離した僕は、何が起きているのかが分からなかった。
僕はどうしたらいいのか……どういう話を、二人が朝からしていたのか。
「……〜っ」
「……! 〜……」
ダメだ。
詳しく聞いてはダメな気がする。
それでも、気になって、また扉に……
「うぅ、嬉しいよぉ……」
「……!? う、ぁあ……ッ!?」
いても立っても居られなくなった僕は、その場から逃げ去るように、アジトから飛び出た。
胸がズキズキと痛くなって、苦しくて、悲しかった。
僕だけが取り残されて、裏切られたような気持ちだった。
信じてたのに。
こんなこと、考えたくないのに。
悲しみが止められなかった。
なんで?
情、どうして?
弓月のことが……
「なんで……だよ……」
もう、大切じゃなくなったの?




