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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 秘めた想い
45/65

45.咲きかけの花

――♧――



 ハートを部屋に招き入れ、廊下にスペードがいないかを何度も確認してから、俺は静かに扉を閉めた。

 これからこいつとする話は、スペードに聞かれたら台無しになる。

 あいつのタイプを聞くことが作為的だと知られれば、ハートの好意そのものがあからさまになっちまうからな。

 自然と異性についての話の流れを作り、それとなく好みを聞き出すような、良い案を出していかなければならねえ。


「そ、それで!? これからあんたは、どっ……! どう、どうするのかしらですかねッ!?」

「……(ども)っちまってる上に変な喋り方になってるし、動揺してんのが丸分かりだぞ」

「うっ……」

「あいつの前に出るまでにはそれ、直しとけよ?」

「でも、これが上手くいってもあたし、スペードに面と向かって、す、すすっ、好き、だなんて……言えないわよ」

「おいおい? まだそんな好きとか言うような段階でもねえだろ。まずは好みを聞くだけだろうがよ」

「だけど、あんたが告白しろって……」


 いきなり話が飛躍し過ぎてんな。

 まあ、俺の何気ない一言で発破(はっぱ)をかけちまったせいなのもあるか。

 ハートが告白やら何やら意識し始めたのも、それが原因だろうしな。


「んー……じゃあ、あいつから言わせるための作戦会議も含めて、今から話せばいいじゃねえか。そうすりゃお前が告白するかで悩むこともねえ」

「!」


 告白された状況を想像したのか、ハートは目を見開いた。

 なんだこれ、こんなハートは見たことねえな。

 顔全体と耳が真っ赤になってて、前髪をしきりに気にしながら、何度も指で梳かしてやがる。

 伏せ気味になった(まぶた)を震えさせつつ、目をぐるぐると動かして、しどろもどろな表情になっている。

 口とかもう、へにゃへにゃだ。


 このままこいつを観察してるだけでも面白いっちゃ面白いが、ここまで緊張されまくってると、俺も俺でやりにくくなってくる。

 あくまでこれは、告白するかしないか、されるされないかよりも一歩手前の、スタートラインに立っているかどうかの確認なんだがな。

 スペードに似たり寄ったりで、ハートもこと恋愛においては耐性が低いんだろう。

 と言っても、俺もこういうことに慣れてるわけじゃねえが……

 だが、今のハートよりは幾分かマシだ。

 当事者じゃないからこそ、俺は俯瞰(ふかん)した視点で見ることが出来る。

 なら、俺がなんとかしてやるか。


「あたし、なんか、頭真っ白になってきちゃった……」

「ちったぁ落ち着けよな」

「今になって現実味が出てきちゃったから、ちょっと、ほんのちょっとだけだけどね? 胸が苦しいのよ……」


 とりあえず、ハートを落ち着かせることから始めよう。

 見た目以上にアガっているだろうから。


「ハートのハートがハード状態ってか?」

「ばか、もう。揶揄(からか)わないでよ」

「悪い悪い」


 「ばか」「あほ」といった小学生並みの低レベルな罵倒を、噛み締めるように呟くハート。

 俺への罵りを意識することで、スペードに向けた意識を逸らそうとしている。


「クローバーったらホント……嫌なやつなんだから」

「ハッ、そうだな?」

「……ふん」


 最後は一番小さい声で「ありがと」と呟いた。

 アガり過ぎだったのを自覚したのか、胸に手を当てたハートは、ゆっくりと深呼吸をする。

 少しずつだが、調子が戻ってきたみたいだな。


 朝飯の後、俺達はそれぞれの部屋に戻ったから、一人になる時間があった。

 怪我が治りかけているハートとスペードに配慮して、訓練も休みになってるからな。

 一人になって、一人で考える時間があった。

 獣化に関してひと段落したから、ハートも自分なりに色々と思い返してみたんだろう。

 その結果、俺がスペードの好みを聞く件を思い出したんだな。

 そうしているうちに余裕が無くなってきて、居ても立ってもいられなくなり、俺の部屋に訪れたんだ。

 要するに、助けを求めて来たってことだ。


「ていうかよ? 実際にあいつに聞くのは俺だろ? 結果待ちなだけのお前がなんでそんなに戸惑ってんだよ」

「だって、スペードに好かれてるのか自信なくて、怖くて不安で、恥ずかしくて……もう無理よ。やっぱりこんなことやめときましょ? ね?」

「そら元はと言えば、俺から言い出した話だけどさ」


 だが、さっきはお前から聞いてきただろうが。

 気になったから、俺の部屋に来たんだよな?

 お前の本音は、そうは言ってねえんだろ?

 だったら、俺が止めてやる義理は無えな。


 しかし……そんなにドギマギしてたら、こっちまでスペードに聞いても良いのか不安になるわ。

 この後、俺があいつに好みを尋ねて、そのタイプがハートの特徴に当てはまらなかったとしたら、なんて言えばいいんだ?

 そもそも、あいつに女の趣味とかあんのかよ?

 恋愛はとことん(うと)そうだから、そんなこと考えただけで鼻血出しそうだしな。


 ここでやめておく、という手もある。

 知らぬが仏、言わぬが花ってな。


「俺はそれでも構わねえが、お前はいいのかよ?」

「え?」

「ここで何かしらのアクションを起こさねえと、後悔することになるぞ」


 だが、あいつにアプローチをかけるなら、今が絶好のチャンスなのも事実だ。


「それ……どういう意味かしら?」

「これから『先獣教』との戦いは今以上に激しくなる可能性が高い。お前もそれは分かってんだろ?」

「えっと、そりゃそうなるかも知れないだろうけど……それとあたしに、どんな関係があるのよ?」


 どんな関係があるかだと?

 いいだろう、詳しく教えてやるよ。


「奴らとの戦いが始まっちまえば、俺達はそれに専念しなきゃいけなくなるよな」

「ええ、まあ」

「じゃあ、今を逃したら、こんな都合の良い休みは、次はいつになったら来てくれるんだろうな?」

「あ」


 一時休戦の中でショッピングに行くというのなら、それを最大限に活かす。

 お前、土曜日は服を買いに行くだけで済ませるつもりだったのか?

 甘いな、甘ちゃん過ぎるぜユニコーン。

 羽鳥が買い物をするという予定を出した時にはもう既に、俺の方は計画を練ってたっつうのにな?

 ハートが部屋に来なかったら、むしろ俺から出向くつもりだったくらいには策を考えていた。

 ざっくりなものではあるが、試しに二人だけにさせてみてもいいんじゃねえかってな。


「戦いが長引いたとしたら、一週間後か? いや一ヶ月? はたまた一年は延びるかもな? 最悪それ以上にかかるかも知れねえぞ」

「あぁう……」


 ここで更に、ハートを射抜く矢を放ってやろう。

 ククク、俺はやると決めたらとことんやる男だぜ?

 お前らが上手くいくまで、お節介をかけさせてもらう。

 俺相手に()()を見せちまったのがお前の誤算だ。


「なら、土曜日のショッピングモールでの買い物は、お前らがデートするのにはうってつけなわけだ」

「んぇ!?」

「そこで度肝を抜いてやれ。ついついあいつが告白したくなるような状況を作ってな」

「ちょっと、だめよ! そんな……デートとか! あたしが耐えられないってば!!」

「耐えろ。てか悶えろ」

「うううぅ、そんなあ」


 とかなんとか言いながらハートさん、さっきよりも口元緩んでますよ。

 へにゃへにゃを通り越して、涙と汗と涎でぐちゃぐちゃだ。

 汚えなオイ。

 ハートのこの様子じゃあ、スペードに好意を伝えるまでもなく、ずっと平行線を辿っていきそうだからな。

 俺がなんとかしてやらねえと、何も動かねえ。

 スペードも見るからに初心(うぶ)の骨頂だし、誰かが事を大きく動かさなければ、そのまま良い機会を逃してしまう。

 俺は何が何でもハートの背中を押しつつ、スペードを引き寄せてやる。

 最終的にくっつくまでな。


 まあ、好みを聞く会話はあまり思いつかなかったが……デートプランだけは何個も出ていた。

 その中でも、特にハートを引き立たせる秀逸な作戦が、今一つだけ出来上がった。

 ハッ、面白くなってきたぜ。

 人の色恋沙汰っつうのは、どうしてこうもワクワクするんだろうな?


「まずお前は、ショッピングで普段と違う格好をすることで、あいつの度肝を抜くどころか、目も心も全部奪っちまえ」

「うーん……? 例えば、どういう格好かしら?」

「お前の個性を活かして、可愛げパロメータに全振りした服を買えばいい」

「個性? 可愛げ?」


 ハートの服装は、言ってしまえばクール系に属するファッションだ。

 なんであんなメルヘンな部屋に住んでるくせに、服だけはまともと言うか、大人と言うか。


「お前、昔からああいう服ばっか着てんだろ? タイトで大人びた感じのを」

「あー……ここに来た頃はそれなりに可愛いのも着てたけど、すぐにそういう服ばっかりになったわね。趣味が変わったのかしら? あたしでも不思議だわ」


 ハートは無意識的に、スペードを元気付けたいという気持ちが出てしまっているから、ファッションにもそういう面が出てきているんだろうな。

 率先して動ける女を……スペードを奮い立たせる強さを目指しているからこそ、服装にもカッコよさを求めているんだ。

 スペードも、その強さを前面に押し出したハートを見慣れている。

 それに、何年にも渡ってな。

 お花畑な部屋へのあいつの感想が「すごくてすごい」のも、当人とのギャップがあるからだ。

 それなら、今度は逆にカッコいいハートさんが変わったらどうなるよ?


「そこで俺が考えた『ドキドキ! ギャップ萌え大作戦!』だが」

「なんなのよ、その作戦名は……」


 ハートの恋を花開かせ、咲き誇らせるためには、まず始めに根を張らなきゃいけねえ。

 スペードを絡め取るための根をな。

 その根回しは俺に任せとけ。



――♧――



「え……? 僕に話があるって……どういう……?」

「そんなに大したことじゃねえが……お前にちょっと相談したくてな」


 ハートとの作戦会議を終わらせた俺は、スペードの部屋に来ていた。

 てか、長引き過ぎた。

 昼飯と夕飯を挟みながら、好みをどう聞くかを何時間も話していた。

 それでも(らち)が開かねえから、ぶっつけ本番で聞きに来た。


 しかし、こいつの部屋はなんなんだ?

 ベッドと、狩装束等の服を入れるクローゼット以外、何も無えぞ。

 娯楽が規制されている(ネットを使うと秘匿に支障が出る)から、俺ですら本とか読み漁ったりしてるんだがな。

 大抵は獣化に関する本だ。

 いや、そんな話なんてどうでもいいか。

 今はスペードにタイプを聞くことが最優先だ。

 んー……どう切り出すか。


「あー、その、なんだ」

「どうしたの……?」


 うーむ。

 いきなり単刀直入にぶっ込むと、何故なのかと怪しまれる可能性がある。

 だが、タイプを聞くには、そういう話を始めなきゃならねえ。

 そういう話。

 そういう、話……か。


「弓月」

「えっ……? 弓月……?」


 ん?


「え、あれ? 俺今なんて言った?」

「弓月って……言ったよ……?」

「マジか」


 やばい。

 異性についてを考えていたら、弓月の名前がポロっと出ちまった。

 俺じゃなくて、スペードの話をするんだろ。

 クソ、頭の中が弓月のことでいっぱいになっちまった。

 いかんいかん、集中しろ。

 恋愛、好み、好き、好き、好き……か。


 弓月は、俺をどう思ってるんだ?


「クローバーは……弓月が好きなんでしょ……?」

「なっ!? はぁ!?」

「僕と……恋の話を……したかったんじゃないの……?」

「そうだが! そうじゃなくてだな!?」

「?」


 なんで俺が、逆に聞かれる立場になってんだよ。


「弓月が大切……なんだよね……?」

「そりゃまあ、大切だけど」

「僕ね……弓月のために戦う君を……尊敬してるんだ……」

「俺を?」


 スペードが、俺を尊敬してるだと?

 どうしてそんな大層な目で見られてんだよ。

 お前から見た俺は、優柔不断なだけだろうに。

 むしろ俺の方こそ、ハートを守るために自分の身すら(いと)わなかった覚悟を……お前の強さを、羨ましいとさえ思ってるのによ。


 スペードは基本臆病だが、いざとなれば、俺には無い強さを見せる。

 肝が据わってるんだ。

 ハートもダイヤも、羽鳥だってそうだ。

 何があろうと、何と言われようと『獣の狩人』の正義を貫こうとしている。

 それに比べて、感情を司る継承者としては、俺はまだまだだ。

 羽鳥も言っていた「雑多な怒り」に頼りきってしまっている。


「クローバーの心には……強い怒りなんて……無かったよね……?」

「そう、だな」

「だけど……ちゃんとそれを生み出して……今まで戦ってきた……」


 でも、それはお前らがいたからだ。

 怒りに目覚めたのは羽鳥の監禁によるものだし、訓練に付き合ってくれたのはお前らだろ。

 お前らがいなきゃ、いつどこで野垂れ死んでもおかしくなかった。

 俺自身が優れてるわけじゃねえ。

 だから、尊敬してるなんて言うなよ。

 人と環境に恵まれてるだけだ。

 覚醒に最も程遠いのは、俺なんだ。


「どんどん僕達に追いついてきて……【赫怒】にもすぐに慣れて……ずっと君は強くて……」

「そ、そんなの」

「クローバーは……本当にすごいよ……!」

「別に、俺は」


 どうしてお前は、そんな目で俺を見るんだよ?


「それで……戦いが終わった後の君は……どうするつもりなの……?」

「終わった後?」

「弓月に……」


 そんなの……


「好きだって……伝える……?」


 考えたこともなかった。

 ハートちゃんのためにってめちゃくちゃ意気込んでたくせに、スペード君に情けなく圧倒される情君。

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