45.咲きかけの花
――♧――
ハートを部屋に招き入れ、廊下にスペードがいないかを何度も確認してから、俺は静かに扉を閉めた。
これからこいつとする話は、スペードに聞かれたら台無しになる。
あいつのタイプを聞くことが作為的だと知られれば、ハートの好意そのものがあからさまになっちまうからな。
自然と異性についての話の流れを作り、それとなく好みを聞き出すような、良い案を出していかなければならねえ。
「そ、それで!? これからあんたは、どっ……! どう、どうするのかしらですかねッ!?」
「……吃っちまってる上に変な喋り方になってるし、動揺してんのが丸分かりだぞ」
「うっ……」
「あいつの前に出るまでにはそれ、直しとけよ?」
「でも、これが上手くいってもあたし、スペードに面と向かって、す、すすっ、好き、だなんて……言えないわよ」
「おいおい? まだそんな好きとか言うような段階でもねえだろ。まずは好みを聞くだけだろうがよ」
「だけど、あんたが告白しろって……」
いきなり話が飛躍し過ぎてんな。
まあ、俺の何気ない一言で発破をかけちまったせいなのもあるか。
ハートが告白やら何やら意識し始めたのも、それが原因だろうしな。
「んー……じゃあ、あいつから言わせるための作戦会議も含めて、今から話せばいいじゃねえか。そうすりゃお前が告白するかで悩むこともねえ」
「!」
告白された状況を想像したのか、ハートは目を見開いた。
なんだこれ、こんなハートは見たことねえな。
顔全体と耳が真っ赤になってて、前髪をしきりに気にしながら、何度も指で梳かしてやがる。
伏せ気味になった瞼を震えさせつつ、目をぐるぐると動かして、しどろもどろな表情になっている。
口とかもう、へにゃへにゃだ。
このままこいつを観察してるだけでも面白いっちゃ面白いが、ここまで緊張されまくってると、俺も俺でやりにくくなってくる。
あくまでこれは、告白するかしないか、されるされないかよりも一歩手前の、スタートラインに立っているかどうかの確認なんだがな。
スペードに似たり寄ったりで、ハートもこと恋愛においては耐性が低いんだろう。
と言っても、俺もこういうことに慣れてるわけじゃねえが……
だが、今のハートよりは幾分かマシだ。
当事者じゃないからこそ、俺は俯瞰した視点で見ることが出来る。
なら、俺がなんとかしてやるか。
「あたし、なんか、頭真っ白になってきちゃった……」
「ちったぁ落ち着けよな」
「今になって現実味が出てきちゃったから、ちょっと、ほんのちょっとだけだけどね? 胸が苦しいのよ……」
とりあえず、ハートを落ち着かせることから始めよう。
見た目以上にアガっているだろうから。
「ハートのハートがハード状態ってか?」
「ばか、もう。揶揄わないでよ」
「悪い悪い」
「ばか」「あほ」といった小学生並みの低レベルな罵倒を、噛み締めるように呟くハート。
俺への罵りを意識することで、スペードに向けた意識を逸らそうとしている。
「クローバーったらホント……嫌なやつなんだから」
「ハッ、そうだな?」
「……ふん」
最後は一番小さい声で「ありがと」と呟いた。
アガり過ぎだったのを自覚したのか、胸に手を当てたハートは、ゆっくりと深呼吸をする。
少しずつだが、調子が戻ってきたみたいだな。
朝飯の後、俺達はそれぞれの部屋に戻ったから、一人になる時間があった。
怪我が治りかけているハートとスペードに配慮して、訓練も休みになってるからな。
一人になって、一人で考える時間があった。
獣化に関してひと段落したから、ハートも自分なりに色々と思い返してみたんだろう。
その結果、俺がスペードの好みを聞く件を思い出したんだな。
そうしているうちに余裕が無くなってきて、居ても立ってもいられなくなり、俺の部屋に訪れたんだ。
要するに、助けを求めて来たってことだ。
「ていうかよ? 実際にあいつに聞くのは俺だろ? 結果待ちなだけのお前がなんでそんなに戸惑ってんだよ」
「だって、スペードに好かれてるのか自信なくて、怖くて不安で、恥ずかしくて……もう無理よ。やっぱりこんなことやめときましょ? ね?」
「そら元はと言えば、俺から言い出した話だけどさ」
だが、さっきはお前から聞いてきただろうが。
気になったから、俺の部屋に来たんだよな?
お前の本音は、そうは言ってねえんだろ?
だったら、俺が止めてやる義理は無えな。
しかし……そんなにドギマギしてたら、こっちまでスペードに聞いても良いのか不安になるわ。
この後、俺があいつに好みを尋ねて、そのタイプがハートの特徴に当てはまらなかったとしたら、なんて言えばいいんだ?
そもそも、あいつに女の趣味とかあんのかよ?
恋愛はとことん疎そうだから、そんなこと考えただけで鼻血出しそうだしな。
ここでやめておく、という手もある。
知らぬが仏、言わぬが花ってな。
「俺はそれでも構わねえが、お前はいいのかよ?」
「え?」
「ここで何かしらのアクションを起こさねえと、後悔することになるぞ」
だが、あいつにアプローチをかけるなら、今が絶好のチャンスなのも事実だ。
「それ……どういう意味かしら?」
「これから『先獣教』との戦いは今以上に激しくなる可能性が高い。お前もそれは分かってんだろ?」
「えっと、そりゃそうなるかも知れないだろうけど……それとあたしに、どんな関係があるのよ?」
どんな関係があるかだと?
いいだろう、詳しく教えてやるよ。
「奴らとの戦いが始まっちまえば、俺達はそれに専念しなきゃいけなくなるよな」
「ええ、まあ」
「じゃあ、今を逃したら、こんな都合の良い休みは、次はいつになったら来てくれるんだろうな?」
「あ」
一時休戦の中でショッピングに行くというのなら、それを最大限に活かす。
お前、土曜日は服を買いに行くだけで済ませるつもりだったのか?
甘いな、甘ちゃん過ぎるぜユニコーン。
羽鳥が買い物をするという予定を出した時にはもう既に、俺の方は計画を練ってたっつうのにな?
ハートが部屋に来なかったら、むしろ俺から出向くつもりだったくらいには策を考えていた。
ざっくりなものではあるが、試しに二人だけにさせてみてもいいんじゃねえかってな。
「戦いが長引いたとしたら、一週間後か? いや一ヶ月? はたまた一年は延びるかもな? 最悪それ以上にかかるかも知れねえぞ」
「あぁう……」
ここで更に、ハートを射抜く矢を放ってやろう。
ククク、俺はやると決めたらとことんやる男だぜ?
お前らが上手くいくまで、お節介をかけさせてもらう。
俺相手にスキを見せちまったのがお前の誤算だ。
「なら、土曜日のショッピングモールでの買い物は、お前らがデートするのにはうってつけなわけだ」
「んぇ!?」
「そこで度肝を抜いてやれ。ついついあいつが告白したくなるような状況を作ってな」
「ちょっと、だめよ! そんな……デートとか! あたしが耐えられないってば!!」
「耐えろ。てか悶えろ」
「うううぅ、そんなあ」
とかなんとか言いながらハートさん、さっきよりも口元緩んでますよ。
へにゃへにゃを通り越して、涙と汗と涎でぐちゃぐちゃだ。
汚えなオイ。
ハートのこの様子じゃあ、スペードに好意を伝えるまでもなく、ずっと平行線を辿っていきそうだからな。
俺がなんとかしてやらねえと、何も動かねえ。
スペードも見るからに初心の骨頂だし、誰かが事を大きく動かさなければ、そのまま良い機会を逃してしまう。
俺は何が何でもハートの背中を押しつつ、スペードを引き寄せてやる。
最終的にくっつくまでな。
まあ、好みを聞く会話はあまり思いつかなかったが……デートプランだけは何個も出ていた。
その中でも、特にハートを引き立たせる秀逸な作戦が、今一つだけ出来上がった。
ハッ、面白くなってきたぜ。
人の色恋沙汰っつうのは、どうしてこうもワクワクするんだろうな?
「まずお前は、ショッピングで普段と違う格好をすることで、あいつの度肝を抜くどころか、目も心も全部奪っちまえ」
「うーん……? 例えば、どういう格好かしら?」
「お前の個性を活かして、可愛げパロメータに全振りした服を買えばいい」
「個性? 可愛げ?」
ハートの服装は、言ってしまえばクール系に属するファッションだ。
なんであんなメルヘンな部屋に住んでるくせに、服だけはまともと言うか、大人と言うか。
「お前、昔からああいう服ばっか着てんだろ? タイトで大人びた感じのを」
「あー……ここに来た頃はそれなりに可愛いのも着てたけど、すぐにそういう服ばっかりになったわね。趣味が変わったのかしら? あたしでも不思議だわ」
ハートは無意識的に、スペードを元気付けたいという気持ちが出てしまっているから、ファッションにもそういう面が出てきているんだろうな。
率先して動ける女を……スペードを奮い立たせる強さを目指しているからこそ、服装にもカッコよさを求めているんだ。
スペードも、その強さを前面に押し出したハートを見慣れている。
それに、何年にも渡ってな。
お花畑な部屋へのあいつの感想が「すごくてすごい」のも、当人とのギャップがあるからだ。
それなら、今度は逆にカッコいいハートさんが変わったらどうなるよ?
「そこで俺が考えた『ドキドキ! ギャップ萌え大作戦!』だが」
「なんなのよ、その作戦名は……」
ハートの恋を花開かせ、咲き誇らせるためには、まず始めに根を張らなきゃいけねえ。
スペードを絡め取るための根をな。
その根回しは俺に任せとけ。
――♧――
「え……? 僕に話があるって……どういう……?」
「そんなに大したことじゃねえが……お前にちょっと相談したくてな」
ハートとの作戦会議を終わらせた俺は、スペードの部屋に来ていた。
てか、長引き過ぎた。
昼飯と夕飯を挟みながら、好みをどう聞くかを何時間も話していた。
それでも埒が開かねえから、ぶっつけ本番で聞きに来た。
しかし、こいつの部屋はなんなんだ?
ベッドと、狩装束等の服を入れるクローゼット以外、何も無えぞ。
娯楽が規制されている(ネットを使うと秘匿に支障が出る)から、俺ですら本とか読み漁ったりしてるんだがな。
大抵は獣化に関する本だ。
いや、そんな話なんてどうでもいいか。
今はスペードにタイプを聞くことが最優先だ。
んー……どう切り出すか。
「あー、その、なんだ」
「どうしたの……?」
うーむ。
いきなり単刀直入にぶっ込むと、何故なのかと怪しまれる可能性がある。
だが、タイプを聞くには、そういう話を始めなきゃならねえ。
そういう話。
そういう、話……か。
「弓月」
「えっ……? 弓月……?」
ん?
「え、あれ? 俺今なんて言った?」
「弓月って……言ったよ……?」
「マジか」
やばい。
異性についてを考えていたら、弓月の名前がポロっと出ちまった。
俺じゃなくて、スペードの話をするんだろ。
クソ、頭の中が弓月のことでいっぱいになっちまった。
いかんいかん、集中しろ。
恋愛、好み、好き、好き、好き……か。
弓月は、俺をどう思ってるんだ?
「クローバーは……弓月が好きなんでしょ……?」
「なっ!? はぁ!?」
「僕と……恋の話を……したかったんじゃないの……?」
「そうだが! そうじゃなくてだな!?」
「?」
なんで俺が、逆に聞かれる立場になってんだよ。
「弓月が大切……なんだよね……?」
「そりゃまあ、大切だけど」
「僕ね……弓月のために戦う君を……尊敬してるんだ……」
「俺を?」
スペードが、俺を尊敬してるだと?
どうしてそんな大層な目で見られてんだよ。
お前から見た俺は、優柔不断なだけだろうに。
むしろ俺の方こそ、ハートを守るために自分の身すら厭わなかった覚悟を……お前の強さを、羨ましいとさえ思ってるのによ。
スペードは基本臆病だが、いざとなれば、俺には無い強さを見せる。
肝が据わってるんだ。
ハートもダイヤも、羽鳥だってそうだ。
何があろうと、何と言われようと『獣の狩人』の正義を貫こうとしている。
それに比べて、感情を司る継承者としては、俺はまだまだだ。
羽鳥も言っていた「雑多な怒り」に頼りきってしまっている。
「クローバーの心には……強い怒りなんて……無かったよね……?」
「そう、だな」
「だけど……ちゃんとそれを生み出して……今まで戦ってきた……」
でも、それはお前らがいたからだ。
怒りに目覚めたのは羽鳥の監禁によるものだし、訓練に付き合ってくれたのはお前らだろ。
お前らがいなきゃ、いつどこで野垂れ死んでもおかしくなかった。
俺自身が優れてるわけじゃねえ。
だから、尊敬してるなんて言うなよ。
人と環境に恵まれてるだけだ。
覚醒に最も程遠いのは、俺なんだ。
「どんどん僕達に追いついてきて……【赫怒】にもすぐに慣れて……ずっと君は強くて……」
「そ、そんなの」
「クローバーは……本当にすごいよ……!」
「別に、俺は」
どうしてお前は、そんな目で俺を見るんだよ?
「それで……戦いが終わった後の君は……どうするつもりなの……?」
「終わった後?」
「弓月に……」
そんなの……
「好きだって……伝える……?」
考えたこともなかった。
ハートちゃんのためにってめちゃくちゃ意気込んでたくせに、スペード君に情けなく圧倒される情君。




