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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
41/65

41.死への恐怖

――♧――



「ぐっ……うぁっ」


 レタリーから大剣を引き抜いた。

 もう、まともに動けなさそうだったしな。

 いや、違うな……それは言い訳でしかない。

 俺が、死にかけのレタリーを見ていられなくなってきたんだ。


「羽鳥、本当に……殺すのか?」

「ああ。『獣の狩人』の存在を知られている以上、生かしてはおけない」


 蒸発と死亡じゃ、やっぱり大きな差がある。

 生きているかも知れないという不確定な状況と、目の前で死んだという確定した状況には、決定的な希望の差がある。

 残された人か、遺された人かの違い。

 蒸気のように消滅するか、土に眠るか。

 天と地ほどの差だ。


 弓月は、俺よりずっと辛かったはずなんだ。

 俺と比べたらよっぽど地獄で、どん底だった。

 だから、弓月を悲しませたくなかった。

 笑顔にさせていたかった。


 羽鳥が……親父が生きてると知って、俺は嘘混じりの怒りをぶつけた。

 認めたくねえが、あの怒りと共に出た虚勢は、生きててくれて嬉しいって気持ちもあったんだ。

 俺の怒りを、直にぶつけられるのが嬉しかった。

 有頂天に近かったと言ってもいい。


(真実っていうのはな? いくら嘘で塗り固めようが、絶対に変わらねえものなんだ。俺達はその真実を追っかける、正義のヒーローなんだぜ?)


 獣化の真実を追い求め、『完全な獣』の嘘を打ち砕かんとする正義の味方。

 レタリーと一緒に戦って、軽口を叩いて、父さんは俺より強くて。

 姿は変わっていても、その使命は10年前となんら変わっていなかった。

 父さんは、今でもヒーローだった。

 まだ、父さんが羽鳥と同一人物かは確定してはいないけども。

 たまたま俺と母さんの名前を知っていて、たまたま洞察力に優れていて、たまたま右腕が無くて、たまたま正義のヒーローで、似ているだけの別人の線も考えられる……けど。


「あぁ、自分はっ……油断して、しまったん、ですね……」


 だが、これで良かったのか?

 獣の力を持っているとはいえ、人としての姿を保っているレタリーを殺そうとするのは……正しいと言えたのか?

 今の俺も、羽鳥も、果たして正気なんだろうか。

 正義の味方として、俺達は本当に相応しいのか?


 『先獣教』のチビ男をあっさり殺してみせたスペードは、こんな思いをしてまでハートを助けたって言うのか。

 俺は今、あいつと一緒の覚悟を背負おうとしている。

 口先だけじゃねえ、本当の殺しを。

 誰かに「人殺し」と言われることが、自分を蝕む呪いとなる痛みを、この身で知ろうとしている。


 羽鳥を……父さんを、クソ親父を殺すことに、俺は耐えられるんだろうか。

 俺は、どれが俺としてあるべき姿なんだ?

 裁情か、クローバーの継承者か、それとも……ただの人殺しか。


「ぐぶっ、んぁ……」

「レタリー……」

「ふ、ふふっ、情君……? そんな顔をするなら……なん、で……自分を、刺したん、ですか……?」

「お、俺は」

「君は……やっぱり、似ています、ね……?」


 体を大剣で貫かれたんだ、もうすぐにレタリーは死んでしまうんだろう。

 俺だって、人を殺す覚悟はちゃんとしていた。

 普段狩ってる獣も、元は人間だ。

 だから殺しも、獣狩りとあまり変わらねえと思っていた。

 そう思っていた、はずだった。

 だが、何かが違った。

 人を殺すという罪と、獣を狩る使命では、どこかが違っていた。

 剣がレタリーに刺さった瞬間に、俺の中で、罪悪感とはまた別の花弁が散った。

 その花は……黒い獣を斬った後に、俺の部屋で悔やんだ時のと同種だった。

 自分自身が怖くなる、殺人への恐怖だ。

 俺は、どうすれば良かったんだ。

 なんで今、こんなことを考えて……


「あぁ……死に、たくない、なぁ」

「!」


 自分が死にそうな時は走馬灯なんて見なかったのに、目の前で人が死ぬかも知れねえ状況に、昔の記憶がどんどん湧き出てくる。

 さっきからずっとそうだ。

 父さんが出て行く後ろ姿、弓月を助けた記憶、あいつらとの約束……

 思い出ばかりが、頭の中をぐるぐるしている。

 フラッシュバックが止められねえ。

 そのせいか、あの日の弓月まで思い出す。



――♧――



 独特な白黒で、線香の臭いがして、重い雰囲気だった。

 死という概念に対する俺の印象は、この記憶が最も強い。


「ひっく、ぐす、うぅぅぇえっ……」


 その日は、幹柄さんのお葬式が行われた日だった。


「お父さんっ、お父さぁあん!!」


 まだ6歳だった弓月には、その現実は非情なものだった。

 唐突に告げられた、父親の死。

 たった一人のお父さんが死んでしまって、悲しくないわけが無かった。

 幹柄さんは、弓月と霞さんから愛されていた。


「置いてかないでぇ……!!」

「弓月っ……」


 棺に(すが)る弓月を、後ろから抱きしめている霞さん。

 二人は泣いていた。

 弓月は泣き叫び、霞さんはしとしとと。


 棺には、白くて、硬そうで、魂が抜けた人形のような幹柄さんが入っていた。

 死にかけていたスペードを見た時、人形みたいだなと思ったのは、幹柄さんがまさにそうだったからだ。

 幹柄さんとはあんまり関わりが無かったけど、たまに俺達の家に顔を見せては、一緒に遊んでくれた。

 優しくて、弓月みたいな人だったのは覚えてる。

 弓月は幹柄さん似だ。

 顔も似てたしな。


 でも、死んだ幹柄さんは、本当に人として生きていたのかと言われても、肯定できるか曖昧なくらいに、人形になっていた。

 死ぬってこんな感じなんだ。

 こんな顔で、人って死ぬんだ。

 天国に行く人は、こんな綺麗に死ねるんだな。

 俺もいつかこうなるのかな。

 母さんと一緒にお香を上げた時、幹柄さんの死に顔を見た率直な感想がそれだった。

 優しかった幹柄さんは天国に行けたんだな、と。

 俺は呑気なガキで、そんな馬鹿みたいなことを思っていた。

 弓月にとっては、その時こそが地獄だったというのに。


「死んじゃ嫌だよぉっ!!」


 俺が死にかけた時にもかけてくれた、同じ言葉。

 弓月は俺のことも、一人の家族のように思ってくれていたんだ。

 幹柄さんや霞さんと同等の、家族として。

 そういや、俺達は二卵性の双子って冗談めかしてた時もあったっけな。


 でも、6歳だった俺には、弓月の可哀想な姿を見ていることしか出来なかった。

 まだ、死の恐怖に実感が無かったから。

 家族が死ぬ、友達が死ぬ、大事な人が死ぬ、誰かが死ぬ、そして……自分が死ぬ。

 俺には、怖さがピンと来なかった。

 死に対しては、漠然とした「動かなくなる」と「天国に行く」というイメージが頭にあっただけで、本質への理解が置いてけぼりだった。


 だから、俺は()()()()に抱きつく弓月を見ていた。

 理解が出来ないから、ただただ見ていた。

 けど、どうしても分からなかった。

 大事な人がいなくなって、寂しいという感覚が。

 幹柄さんは天国に行けたんだから、幸せなのに。

 俺なら、精一杯笑って送ってあげるのに。

 幼稚な俺には、そうとしか考えられなかった。


 印象が薄いからいまいち覚えていないが、確かその幹柄さんの葬式には、父さんも参列していたはずだ。

 母さんから聞いたけど、俺と弓月の関係と同じように、幹柄さんとは幼馴染だったようだからな。

 俺達みたいな幼稚園の頃からではなくとも、二人は小学生の頃からの親友だったそうだ。


 父さんが蒸発したのは、そのすぐ後だった。

 幼馴染の幹柄さんが死んで、父さんも消えた。

 そうして、ようやく俺も弓月の気持ちが分かった。

 辛さが……置いていかれたという寂しさが。

 父親がいなくなる瞬間ってのは、どうにも忘れられない記憶になるみたいだ。

 俺の場合、なんとか思い出さないように塞ぎ込んでいたけど、レタリーの言葉で思い出してしまった。

 羽鳥と父さんを、重ねないようにしていたのに。


 弓月も、たまに隠れて暗い顔をするんだ。

 時には一人で泣いたりもしていた。

 スペードみたいに……いつも孤独に泣くんだよ。

 きっかけは些細なことだったりする。

 授業で父親の仕事を聞かれた時とか、友達に「お父さんはどんな人なの?」って言われた時とか。

 あんまり触れないようにしていたけど、あの弓月の顔はきっと、幹柄さんを思い出していたんだ。

 幼かった俺には、弓月の涙が分からなかったけど、同じ辛さを経験した後なら分かった。


 いなくなった瞬間が、どうしても忘れられない。

 置いていかれるっていうのは、それほどまでに子供の気持ちを(えぐ)る。

 寂しくて、寂しくて、とても寂しいんだ。

 だからこそ……俺と弓月は同じなんだ。



――♧――



 父さんがいなくなってからは、弓月と毎日のように獣道公園で遊んだ。

 お互いに寂しくならないように、励まし合ってるみたいに遊んでいたんだったな。

 俺達は一人じゃない。

 ずっと一緒で、ずっと同じだって。

 でも……


「お父さん……」


 何故か急に、一度だけ俺の前で、弓月は悲しんだ。

 俺だって、父さんが蒸発したばっかりだったから悲しかったけど、幼かった弓月は遠慮なんてしなかった。

 キモい芋虫を充てがってくるくらいだからな。

 子供って無遠慮だから、恐ろしい。


 一緒に泣くことだって出来たけど、俺はそれが嫌だった。

 弓月を悲しませたくなかったし、悲しい顔なんて見たくなかったんだ。

 俺まで泣いてしまうと、もう二度と笑顔を見せてくれなくなってしまいそうだったから。

 だから、決めたんだ。


「これからは俺が……弓月の笑顔を守ってみせるから!!」


 弓月と約束したんだ。

 獣道公園の、桜の木の下で。


 その約束をした記憶だけは覚えてるのに、なんで弓月がいきなり幹柄さんを思い出したのか、その前後関係を忘れてしまっている。

 約束の記憶以外は、黒く塗り潰されている。

 スペードに、お姉ちゃんの記憶を【悲劇】で消された影響なのか、はたまた俺の記憶力が無いだけなのかは分からない。

 第一、父さんの右腕の件も仕舞い込んでたんだから、お姉ちゃんの記憶も消されてないかも知れない。

 案外、俺が忘れてるだけだったりしてね。


 あれ?

 というか、俺の口調、戻って……



――♧――



 クソ。


「ああ……」


 クソ、クソが!


「ああっ……! ああああぁああああぁぁああッ!!」

「!?」

「え……?」


 お前のせいだぞレタリー!

 クローバーの継承者としての怒りを失ったら、全部お前のせいだ!!

 クソがッ……ぁああああああ!!

 どうして俺に、クソ親父の右腕のことなんか思い出させやがった!?

 どうしてお前は、そんな風に殺しの罪を感じさせて来やがる!?

 どうして獣の力を身につけて、人を諦めちまったんだよ!?

 どうして……どうしてだよ!?


 満身創痍になって、うつ伏せになっているレタリーの首を切り落とすために、俺は大剣を握りしめながら大上段の構えを取る。

 もういい、ウンザリだ。


「さっさと殺してやる……!」

「やっ……やめて、くださ……」


 ここでお前を殺さなきゃ、俺は前に進めねえんだよ。

 クソ親父を殺そうと思い続けてなきゃ、弓月が獣と戦う羽目になるんだ!

 俺がきちんと全部終わらせなきゃ、獣化は終わらねえんだよ!!


「死ねよレタリー!!」


 俺()()が、クローバーの継承者なんだッ!!


「……残念、時間切れですか。もう少し休んでいたかったのですが」

「はっ……!?」

「ッ!! 離れろクローバー!!」


 レタリーと俺の間に挟まる羽鳥は、庇うように戦闘態勢を取る。

 すると、唐突に土煙がぶわりと上がり、倒れていたレタリーがゆらゆらと立つ。

 俺が殺そうとしていたレタリーは、何事もなかったかのように立ちつつも、その姿をじわりと滲ませる。

 刺されて倒れていたはずだったのに、土煙の裏に映ったレタリーは、燃え尽きる隕石の如く、悠然と消えていく。

 俺の大剣など、そもそも大して効いていなかったかのように。


「またお会いしましょうね、お二方」

「待て!」


 レタリーが逃げようとしているのを予感した羽鳥は、土煙の中に突っ込んだ。

 身につけたマントを使って、台風を巻き起こすかのように旋回する羽鳥。

 その台風の目の力強さにより、土煙が消え失せる。

 だが……


「くっ……逃がしたか」


 レタリーも、煙みたいに消えていた。



――♧――



「クローバー」

「あ……? 何だよ?」


 レタリーが逃亡してしまったので、仕方なく俺と羽鳥はアジトに戻ってきた。

 無言のままで自室に戻ろうとしたら、羽鳥に呼び止められた。

 今日の狩りの報告なんて、めんどくさくなっていた。

 話さなきゃいけねえのは分かってるんだが。


「彼奴を殺せなかったこと、そう悔やむ必要はない。君に殺しの罪を背負わせようとしている、私こそが無力なのだから」

「何?」

「君は悩まなくていい。私がそうさせているだけで……」

「綺麗事をほざくんじゃねえ!!」


 なあ、羽鳥。

 俺は一生、お前を許さねえし、死ぬまで恨んでやるから……


「お前と同じで、俺も……『獣の狩人』だろ」


 少しは一緒に悩ませろよ。

 今まで、一緒に居られなかった分くらいは……


「……ああ」

「それと明日、獣化について報告があるから、ダイヤをアジトに呼んどけ」

「分かった。私から話を通しておこう」

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