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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
40/65

40.嘘つきの言葉

――♧――



 羽鳥とレタリーは、人が知覚できない0.1秒よりも短い世界を知覚しながら、動いている。

 完璧に、完全に、万全に、人外の力をコントロールしている。

 自分がどう動いているのか、相手がどう動くのか。

 敵を見て、攻撃を聞き、隙を嗅ぎ、圧を感じて、知覚している。

 力を制御出来てなきゃ、羽鳥は俺を正確に壁まで殴り飛ばすことも出来ねえし、レタリーは俺の背後に器用に回り込むことも出来ねえ。

 あの人外の力を己のものにして、0.1秒以下の世界を知覚して、動いている。

 こいつらはもう、人間の域を超越している。

 人間じゃねえ羽鳥とレタリーは、人でなしってことだ。

 色んな意味で。


「では、遠慮なく行かせていただきますね?」


 俺の隣に立つ羽鳥と、前に立つレタリーは、一瞬で姿を消した。

 俺は二人の邪魔にならねえように、羽鳥の後ろに退いた。


 音すら置き去りにする二人。

 俺の肌に届くのは風圧……ではなく拳圧だろう。


「ふふっ、楽しいですね?」

「……」


 俺には何をしているのか分からねえ、二つの黒い影。

 今は夜だと言うのに、その二つの影は夏日のように色濃く、そして影とは違う実体を持っていた。

 ただただ、その影同士がぶつかり合っているようにしか俺には見えねえ。

 だが、二人は確かに戦っている。


「腕を失っているというのに、よく自分の動きについて来られますね」

「……」

「流石です。もしもあなたが腕を欠損していなければ、自分は敵わなかったかも知れません」


 黒く交わる影の中から、レタリーの話し声だけが聞こえる。

 反対に、羽鳥は口を固く結び、沈黙を貫いている。


「あなたと手合わせすることを、心待ちにしていました。自分は今、とても楽しいです」

「……私を知っているのか?」 


 羽鳥も、饒舌(じょうぜつ)なレタリーに釣られてしまったのか、とうとう口を開いた。


「ええ。僭越(せんえつ)ながら、あなた達に気取られないように気配を殺しながら、数年間の視察をさせていただきました」

「目的は何だ?」

「それは言えません。自分に勝ってから、この体に直接聞き出してみては?」


 一応【赫怒】は発動しているが、二人は怒りを出していないらしく、予知はまったく見えねえ。

 攻撃に怒りを乗せないようにしている技術は、今のところは検討もつかねえ。

 それに羽鳥も出来るんだな、怒りを乗せねえ攻撃。

 というか、もしも【赫怒】に引っかかって、予知が発動したとしても、結局は0.1秒よりも短くなるだろうから、俺がそれを認識出来るかも怪しい。

 見えても分からねえ、見たことすら理解出来ねえ、コンマ秒以下の予知だ。


 だが、俺のやるべきことは既に決まっている。

 俺は右手のみで大剣を掲げて、投げ飛ばすための狙いを定める。


 多分だが、羽鳥とレタリーは立ち位置を変えねえようにしたまま、打撃を繰り出し続けていると仮定している。

 もしも、立ち位置を変えるような隙を相手に見せてしまった場合、数瞬の遅れを取るからだ。

 秒数にしたら、それは些細な一瞬なのかも知れねえ。

 だが、それはこいつらにとっちゃ大きな隙となる。

 0.1秒より短い時間ではあるが、それには確たる差が出来てしまうんだ。

 だから、二人はその場を大きく動くことなく、殴りと蹴りの打撃を打ち合い、相手の打撃を最小限で避けつつ、どうにかして有効打を与えようと画策している。

 と、俺は考えている。

 その均衡を、崩してやればいいんだ。


(私を殺すために、私を利用して強くなれ。それが、負けた君へと科すペナルティだ)


 お前に守られるつもりはねえが、お前を利用させてはもらう。

 あんまり守られてる状況と変わんねえが、気の持ちようだな、こんなの。


「っらぁあああああぁッ!!」


 大剣を羽鳥の後ろから投げ、拮抗しているパワーバランスに変化を加える。


「……ッ!」


 羽鳥は気付いた、後ろから空を裂く俺の大剣を。

 咄嗟に体を真横にズラした羽鳥は、大剣を避けた。


「あれ。情君、この方を裏切るのですか?」


 そう、俺でも()()()()()()()()のだ。

 どんな動きをしているのか分からなかったのに、その時は避けたのだと分かった。

 それは俺の目からでも、羽鳥の姿を捉えることが出来たということだ。

 速度が乗っていた連打を、唐突に挟んだ回避によって中断させられたことにより、俺ですら視認できるくらいの0.1秒以上の隙が、羽鳥に生じた。


僥倖(ぎょうこう)ですねえ!!」

「うぐ!?」


 羽鳥の側頭部から、衝撃波が弾ける。

 レタリーが、羽鳥に打撃を与えたようだ。


「くっ……!」


 膝を突き、羽鳥はその痛みに苦しむ。

 そして、レタリーも霞ませていた姿を露わにする。

 二人を見ると、激しく息切れしていた。

 多分、目にも留まらぬ速さを発揮させるために、相当の体力を使っているのだろう。

 無酸素運動よりも速く動き、相手よりも長く殴打を続ける。

 かなりの負荷が、二人にかかっていたんだ。


「でも、よろしいのですか? 情君は暗殺を危惧していたというのに、自分にこの方を捧げてしまえば、次は情君の番になると分かっているでしょう?」

「ああ、自殺が目的だしな」

「は……ッ!?」


 穴が開く。


「だが、お前は何か勘違いしてやがるな。俺の自殺願望が叶うより、まず先に……」


 血のような色の大剣に、本物が伝う。

 絶望が混じった、(まだら)で赤黒い血だ。


「ご……ゔッ!?」

「お前が死ぬんだよ」


 レタリーの胴体に、縦長の穴が開いた。

 投げ飛ばした俺の大剣が、レタリーの背中を後ろから貫いたんだ。


「はぁ……? ばっ、なん、ぇ……?」

「ハッ、間抜けにも程があるぜ、狂信者さんよ? 羽鳥に恋するあまり、盲目になっちまってたんじゃねえのか?」


 俺は、約束したからな。



――♧――



(じゃあこうするか。もしも獣化を終わらせる前に、俺が羽鳥を殺そうと動いたら……お前らが全力で止めてくれよ。そうすりゃ俺も殺しに集中出来るし、お前らの要望も通るだろ)


 羽鳥を殺す時には、まずはあいつらに知らせることが、俺達の約束の内だった。

 あいつらが何も出来ねえまま、あいつらが何も知らねえまま、あいつらが何も要望を通せねえまま、俺が事を進めるわけがねえ。

 約束とはそういうもんだ。


 俺は一度、弓月の信頼を裏切った。

 弓月を襲っていた黒い獣に殴られて、死にかけて、生きることを諦めかけた。


(これ以上、弓月の大事な人を奪われてたまるか!!)


 弓月が部屋からいなくなって、霞さんを家に待機させた時、俺は心の中でそう叫んだ。

 でもその時は、弓月の大事な人に、俺の存在を入れていなかった。

 弓月がどう考えてるかなんて気にせずに、俺の勝手な判断を押し付けていた。


(ぅぐっ、ぅづぎ……!! 逃げ、るぉ!)


 だから俺は、自分を犠牲にしてまで、弓月を獣から守ろうとしたんだ。

 それこそが、弓月への裏切りだったんだと分からずに。


(これからは俺が……弓月の笑顔を守ってみせるから!!)


 10年前、笑顔を守るって約束したのに……それなのに死にかけて、弓月を悲しい顔にさせた。

 それは約束を無下にした、弓月への裏切りに他ならねえんだ。

 弓月に似ているあいつらとの約束も、俺は裏切るつもりはねえよ。

 例え、どれだけ羽鳥に殺意を抱いているとしても、あいつらに対する友情まで裏切りたくねえ。

 弓月も、あいつらも……全部大事なんだ。



――♧――



「どっ、どうしで!? 投げぁはずのっ……!」

「お前は知らねえだろうな? 大剣が、俺の手元に戻ろうとするってことに」

「手元に……戻ゔっ……!?」


 「来い」と念じれば、大剣は俺の手に戻ってくる。

 どういう原理か分からねえが、必ず来る。

 俺はアジト内でしか、この操作を使ったことがねえ。

 仮面と同じように、レタリーは大剣の仕様を知らねえんだ。

 ブーメランみてえに、俺の手に戻るという仕様をな。


 羽鳥はスクリと立ち、体に俺の大剣が突き刺さっているレタリーを見下す。

 どうやら、レタリーからの打撃は受けたものの、脳震盪は避けたようだな。

 ピンピンしてやがるわ。


「ふむ、作戦通りだな」

「づっ……ぃぶっ! いづ、がらっ……!?」

「クローバーは嘘つきなのだよ。誰に似たのかは知らないがな」

「ハッ、言ってろ」


 俺は大袈裟な演技をした。

 羽鳥は嘘を見破った。

 最初に会った時みてえに、羽鳥は俺の思考を読み取った。

 ただ、それだけだ。



――♧――



 俺達が意見を交換し、作戦を練ったのはあの時だ。


「お前に守られる(いわ)れはねえ。前衛と後衛で、わざわざ分ける必要はねえだろうが」


 前衛と後衛で分けても、意味が無いことを羽鳥に伝えた。

 それじゃ数の有利でレタリーを叩けねえってな。

 羽鳥と離れて無防備になった時が、一番危険なんだ。

 しかし、俺が決定打を与えなきゃいけねえ。

 接近しなきゃ斬れねえのに、近付いた途端に詰むという二重苦。

 俺は悩んだ。


「言っただろう、私には君を守る余裕が無いと。だからこそ私は、彼奴との戦いに全力を注ぎ、君に意識を向けさせないように動くことしか出来ないのだ」


 羽鳥は他の方法も、余裕も無いと言ってきた。

 俺に意識を向けさせないように、自分はレタリーの動きを抑えることしか出来ないと。

 だが、俺は二人の速さについていけねえ。

 決定打を与える瞬間すら分からねえんだ。


「そんなことすれば、あいつを挟撃する余裕すら無くなるだろうが。いいから、俺に構うんじゃねえよ」


 なら、挟み撃ちはどうだと伝えてみた。


「しかし、攻撃は最大の防御となる。(さと)い君なら分かるだろう?」


 挟み撃ちをするには、レタリーの背後への移動が必要になる。

 攻撃を始める前に移動に臆してしまえば、勝てる見込みすら無えか。

 しかも、羽鳥の守備範囲から出ることになって、俺が孤立するから、やはり無防備を晒してしまう。


 悩みに悩んだ。

 レタリーに攻撃をするためには、俺はどうしたらいいのか。

 数で勝っている今、挟み撃ちが有効なのは分かっているが、レタリーがそれを許すはずもねえ。

 羽鳥が守れる範囲から移動したらダメなんだ。

 俺が羽鳥に殺意を表しているところをレタリーに見せつつ、仲間割れしていると思わせて時間を稼ぎながら、案を出さなければならなかった。


「それに、君が言ったのだぞ。彼奴の動きに追随出来ないので、足手纏いになると。ならば、陣形を保つことは必須条件だと考えろ」


 そう悩んでいると、レタリーの後ろに回り込むことに(こだわ)らずとも、羽鳥の影に隠れながら、挟み撃ちを成立させる方法は必ずあると言われた。

 その言葉で何かが閃きそうな気がした。


 ちなみに、さっきから羽鳥に言われたとか、羽鳥に伝えたとか言ってるが、勝手に俺がそうやって捉えてるだけだ。

 羽鳥も作戦通りとは言っていたから、俺の意図は伝わってたみてえだがな。

 だが、伝わってたかどうかは賭けみてえなもんだった。

 クソ。

 それって、心を見る羽鳥の洞察力を、俺は信じてたってことじゃねえか。


「今は私への殺意を彼奴に向け、この戦いに集中するべきだと何故分からない?」


 殺意……羽鳥への怒り、それを利用しろってのか?


「それとも君は、自殺願望でも持っているのか?」


 自殺願望。

 一見、塩を送るような危険な行動を取れば、レタリーの油断を誘って、隙を突けるって言いてえのか?

 そうすれば、あいつは不覚を取る、か。


 寝返るとしたら、俺は羽鳥の次に殺される。

 それこそ自殺願望だな。

 だがしかし、逆にそれが勝機となり得る。



――♧――



「だから、わざと俺が寝返ったように見せかけて、お前の油断を誘った。俺が安全圏から攻撃するには、これしか無えと思ったんだよ」

「君が私に向かって大剣を投げた時は、本当に裏切られたかと疑ったがな」

「あー、迷ってた。お前があんなのも避けられねえ雑魚なら、マジで裏切るつもりだったわ」

「フッ」


 まあそれも嘘なんだがな。

 あいつらとの約束だけは裏切りたくねえ。

 羽鳥が死んじまったら、今度は俺がレタリーに殺されちまうしな。

 自殺願望は通すものの、自殺するつもりなんかねえよ。

 メンヘラのお前には慣れ親しんだ嘘だろ?


「ぐぶ……」

「羽鳥みてえに言葉の裏を読み取れなきゃ、ただ単に俺がキレ散らかしているように見えただろうな」

「ぞっ……! ぞんぁのっ! あり得ぁい!! あんな言葉ぇ、通じぃ……!」


 蒸発も、監禁も、情と呼ぶのも全然許してるわけじゃねえよ。

 作戦を伝えてはいたが、羽鳥に怒りを表したのも嘘なんかじゃねえ。

 大袈裟にキレてみせたが、あの怒りは実際に心の中から出た叫びだった。

 ただ、真意を乗せながらも、ちょっとばかし脚色してたってだけだ。


「羽鳥を殺すのは今じゃねえ。『完全な獣』を殺すには、俺は覚醒しなきゃならねえんだよ。そのために獣を狩って、獣化の答えを見つけなきゃいけねえのに、無策に羽鳥を裏切ってどうすんだよ?」


 あいつらと殺り合うのも……嫌だしな。


「終わりだ、レタリー」

「ぐ……」

 前回の後書きで死すとか書いてありながら、まだレタリーちゃん死にませんでしたね。

 死にかけですけど。

 メンヘラ特有の死ぬ死ぬ詐欺ですね。

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