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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
39/65

39.大きな背中

――♧――



 五感で知覚して、脳に伝達し、そして神経に命令を通すことで、人は行動に移ることが出来る。

 それまでにかかる時間の最速は、約0.1秒と言われている。

 所謂(いわゆる)、反射神経とか言われてるやつだな。

 厳密に言うなら反応速度だ。


 例えば、陸上のスタートの合図がこれを元に、ルールが定められている。

 音が鳴ってから走り出すまでは、人の限界を考慮して、0.1秒待たなきゃいけない。

 予測で動いて、もしも0.1よりも速くスタートしてしまったら、失格になっちまうらしい。

 中には0.099秒でスタートして、失格になった選手もいるんだとか。


 普通の人の反応速度は平均0.2秒くらいだそうだが、俺は地獄の訓練の成果によって、普通の壁はとうに超えている。

 そう聞くとなんだか凄そうに見えるが、反応速度を0.1秒にすることなんて、誰でも努力次第で簡単に出来る。

 あんな獣みてえな奴らに(しご)かれ続けてたら、人間の限界ギリギリまで速くならざるを得なかっただけだ。

 そうしないと、俺がボコボコにされるだけだし。

 二ヶ月間という短い期間だけでも、あんな訓練を毎日続けてたら、人は嫌でも成長するようだ。

 奇しくもハートの言ってた通り、何度も死に目に遭ってりゃ強くはなれるらしい。

 火事場の馬鹿力も、出番の多さに呆れ果てて、そのまま居座るってことなんだろうな。

 だがしかし、痛ぶられた事実だけは許さんぞ!

 鞭打(べんだ)の喜びを知りやがって……!!


 スペードは通す、ダイヤも通す。

 ユニコーンは通さない!

 ユニコーンは継承者の面汚し、義務教育の使命を捨てた者!

 恥を捨て、外聞も捨てた!

 小さいおっぱい、弱いおっぱい!

 って、こんな下らねえこと考えてる場合じゃなかった。

 一人でアレコレこねくり回してても仕方ねえし、羽鳥の意見を聞きつつ、どう戦うかを考えねば。


「俺はお前らの動きについていけねえ。だから、確実に足手纏いになるぞ」

「しかし、二対一の優位性を捨てるには惜しい」

「ああ。お前ら二人が持っている力が同じ程度の強さなら、パワーバランスは拮抗する。勝つためには俺が絶対に必要不可欠だ」

「……継承者の誰かが殺されるだけでも、私達の負けとなる。だが、その話を聞く限り、私が君を守る余裕も無いのだろうな」


 覚醒さえ出来てりゃこの状況、なんとかなったんかな。

 これからどうにか覚醒する方法を探そうと思ってたところに、いきなり現れやがるんだもんな。

 まったく、嫌なところを突いてきやがる。

 嫌なことを思い出させてきやがったし、嫌なところを突くし、嫌な女だ。


「ハッ、俺はいつ壊されるか分からねえが、勝利するためには必須な諸刃の大剣ってわけかよ」

「彼奴は一体何者だ?」


 羽鳥は「私に匹敵するほどの、この力を引き出す者がいるとは」「あり得ん」「何故」等と独り言をアレコレ呟きながら、俺達の作戦会議を未だに待ってくれているレタリーを凝視、そして敵視している。

 あの女にとっちゃ、作戦会議を見過ごしているのは不利になるはずなのに、こういう時は律儀に待ってくれるようだ。

 羽鳥同様、掴みどころが無えな。

 案外、憧れの羽鳥が出てきてくれたから、嬉しくなって見てるだけかも知れねえが。


 それならもう少し、考えを張り巡らせよう。

 レタリーの速さの秘訣を、羽鳥を参考にしてずっと(かんが)みていた。

 人が、人の反応速度よりも速く動くことは可能なのかと。

 その答えは()だ、そんなのは誰にでも出来る。

 例えば、相手に反応させないくらい速くパンチすりゃ、殴られる方は防御することも出来ない……とかな。

 誰だって、0.1秒よりも速くは動ける。


 だが、こいつらは違う。

 羽鳥とレタリーの場合、速く動け()()()んだ。

 精々、0.1秒内じゃパンチ一発が精一杯なはずなのに、こいつらは何十発もゆうに打てるくらい、途轍もなく速く動いているんだ。

 羽鳥が一瞬で俺を蹴散らしたのも、ただ単純に人の運動能力の限界を超えて、俺をタコ殴りにしてたんだ。

 どうやってそんなに速く動いてるのかは分からねえが、そうとしか考えられねえ。

 ダイヤの【極楽衝動】は光の速さ、もといそれ以上を出せるらしいから、流石にあいつよりは遅えとは思うが……それを差し引いても速過ぎる。

 人が知覚出来る速さを超えて、素早く動き続けられるのなら、まるで消えたように見えるだろうな。

 それこそ、瞬間移動と見間違うほどに。


 まだ瞬間移動の線も捨てきれねえが、それが本当だとすると、俺の勝ち目がなくなっちゃうでしょ!

 そんなのお父さん許しませんからね!!


 つまりは羽鳥もレタリーも、人の反応速度を遥かに超えた速さで動き続けることによって、消えたように見せかけていた。

 本当にその場から消えていたわけじゃねえ。

 俺の目に見えないだけで、走り、止まり、殴り、蹴っていたんだ。

 こいつらは人間の形をしているだけで、獣よりもずっとバ獣だったってことだ。


 バッ()モーン!

 簡単に人の限界を超えるなー!!

 人の毛髪の限界を己が身で試す雷親父の説教が、いきなり俺の思考を支配した。

 こいつに俺の頭が支配されるって言うと、こっちまでツルツルにされそう。


「あー、違う違う違う……今はそんなふざけたこと考えてる場合じゃねえだろうが」

「クローバー、どうした?」

「なんでもねえよ」


 どうやら俺の頭は策が思いつかねえとなると、コミカルな想像力を用いて、現実逃避しちまう癖があるらしい。

 父親に関係する想像ばっかりしてんのも、さっきの嫌なことを思い出したのと関係してる、と思う。

 是が非でも、頭から離れなくなっちまった。


 なんだ?

 アレを思い出したから、心に余裕が出来ちまったってのか?

 それとも、羽鳥がここに来たからなのか?

 無駄な余裕とか作ってねえで、ちったあ純粋な怒りでも作りやがれってんだ。

 俺の意思と関係なしに、勝手に気を休めてんじゃねえよ。

 奴を殺さなきゃならねえ状況は、今も変わってねえんだぞ。


「いずれにしても、我々は彼奴が付け入る綻びすら許さぬほどの、強固な連携を取らなければならない」


 羽鳥。

 白くて長い髪を、後ろで一纏めにしている羽鳥。

 第一印象としては女性と見てしまうようなこの髪型も、わざとそうやって思わせることが目的の、カモフラージュなのかも知れねえ。

 あるいは本当に、女なのかも分からん。

 どこで生まれ、どこで育ち、どこから来て、はたまたどこで尋常ならざる力を手に入れたのか。

 謎の擬人化。


「やけに待たせてくれますね。自分はいくらでも待つつもりですが、随分と様子見が長くないですか?」


 ……と、レタリーと話をする前は思っていた。


「どうしたもんか、悩んでんだよ」

「ふむ、仕方がない。対抗策が思いつかないのなら、突破口を戦いの中で見つけるしかない。クローバー、しばらく私の後ろに隠れつつ、作戦を練っていろ」

「は?」


 もう手遅れなんだよ、そんなことをしても。

 いくら俺にそんな背中を見せつけてこようが、今更お前に対する怒りが収まるはずがねえんだよ。

 何もかもが遅えんだよ……


「ハッ、羽鳥。俺はもうお前の言いなりになるつもりはねえよ」

「……何だと?」


 もう無理なんだよ。

 全部、全部。



――♧――



「ジョー」


 クソ親父の記憶は、母さんに土下座してた時のものが一番強かったから、その特徴は頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 普通の父親だと思っていた。

 大きな存在感を見せてくるのも、息子が父親の背中を見た印象程度にしか考えていなかった。

 でも、そうじゃなかった。

 洞察力に優れている血を持つ俺は、微かにその違和を感じ取っていたんだ。

 しかし、最後に見たのが6歳だから、記憶が(おぼろ)げだったのも仕方ないのかもしれない。

 だが、レタリーの言葉で思い出した。

 思い出してしまった。

 奥底から、呼び覚ましてしまったんだ。


「俺はこれから、やらなきゃいけねえことがある」


 自分を正義のヒーローだと豪語し、家族を見捨ててまで下らねえ矜持(きょうじ)を守りにいった、父親失格の男。


「だけど、必ず俺は帰って来る」


 涙ぐんだ幼い俺に顔を傾け、口角を上げた薄汚くも醜い覚悟。

 俺が誘拐されて、ダイヤが最初に【極楽衝動】で移動させた時と同じ、傾けたのは少しだけだった。


「ジョー……お前に」


 そうやって俺に笑いかけ、背中を見せつけてくる傲慢な性格。

 嘘を吐いているようならしくない話し方も、俺の心と思考を何度も見破る能力……洞察力も、秘められた何かを感じさせるのも、俺に恨まれてでも力を付けさせようとしたのも。

 全てに意味があったんだ。


「会いに行くから」


 右腕を失っていた親父は、幼かった俺を左手で撫でた。



――♧――



 羽鳥の大きな存在感と、親父が重なる瞬間は、今まで何度もあった。

 どうして俺は、親父に右腕が無いことを忘れていた?

 いや……違う、そんなの最初から知っていた。

 羽鳥を殺したいと思えば思うほどに、俺の心がその理解から遠ざかろうとしていたんだ。

 分かりたくなかった、思い出したくなかった。

 レタリーとの会話で、親父に右腕が無かったという特徴を思い出した。

 理解するのが嫌だった、嫌な記憶を思い出させられた。


 殺したいと考えている羽鳥が、自分の父親かも知れないなんて、考えたくなかったんだよ。

 いくら家族を捨てた無責任なクソ親父とはいえ、肉親をこの手にかけるという罪を、犯すつもりだったなんてのは。

 だけど、罪悪感という花弁を振り落とし、かなぐり捨てた今の俺には、そんな事実は関係ねえ。

 俺にはもう……父親はいねえ。

 『完全な獣』を殺して、羽鳥も殺すという目的だけは変わりようがねえんだよ。


「クローバー。ならば何故、私をここに呼んだ? 二度も同じことを言わせるな。彼奴を倒す案が浮かぶまで、君は私の守護範囲から出るな」

「嫌だと言ったら、お前はどうすんだよ」

「……君は何をするつもりだ?」


 正義のヒーローは、正しくあり続けなきゃいけねえんだろ?

 家族を捨てて、そして信頼を失ってでも、世界を守らなきゃならなかったってか?

 そう言いてえんだよな、お前は。

 ハッ、そんなのクソ喰らえだ。

 俺は絶対に、お前を許すつもりなんかねえよ。


「私と連携し、彼奴に勝つのではないのか? 拒む理由を……納得が出来る理由を説明しろ」

「お前に守られる(いわ)れはねえ。前衛と後衛で、わざわざ分ける必要はねえだろうが」

「言っただろう、私には君を守る余裕が無いと。だからこそ私は、彼奴との戦いに全力を注ぎ、君に意識を向けさせないように動くことしか出来ないのだ」

「そんなことすれば、あいつを挟撃する余裕すら無くなるだろうが。いいから、俺に構うんじゃねえよ」

「しかし、攻撃は最大の防御となる。(さと)い君なら分かるだろう?」


 息子を(さと)いと言う、その傲慢さ。

 それって要するに、自分の血を賢いと思い込んでるってことだろ? 

 賢い自分は、家族と世界の平和を天秤にかける権利があったってか?

 そんで、「正しい方を選んだ」って言いてえのかよ?

 全然違えよ。

 お前は天秤にかけてはいけないものを選んで、そして間違った方を選んだんだよ。

 お前は守るべきものを、(はかり)の器から……心という器から捨てたんだ。


「それに、君が言ったのだぞ。彼奴の動きに追随出来ないので、足手纏いになると。ならば、陣形を保つことは必須条件だと考えろ」

「……黙れよ」

「今は私への殺意を彼奴に向け、この戦いに集中するべきだと何故分からない?」

「うっせえ……うるせえんだよ……」

「それとも君は、自殺願望でも持っているのか?」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!! お前に守られる筋合いは無えって言ってんだ!! 俺に……今更俺に! 気なんか遣ってんじゃねえよ!!」


 虫唾が走る、気持ち悪い、不快だ、反吐が出る、吐きそう、消したい、殺したい。

 だから思い出したくなかったのに。

 だからしまい込んでいたかったのに。


「クローバー……いや、情」

「気安く俺の名前を呼ぶな!!」


 自分から放り捨てたもんに、固執してんじゃねえ。


「ここに来てまで、仲間割れですか?」

「こいつはハナっから俺の敵だ!!」


 こいつはもう、父親なんかじゃねえんだよ。


「はぁ……お前に守られるなんて、死んでも御免だ。俺はそんな柔じゃねえんだよ。間違って俺に殺されねえように、あいつとの戦いに集中してろ」


 殺意と大剣を、俺達の前に立つレタリーに向ける。


「俺がなんとかすっから、お前は自分の身のことだけを気にかけてろよ」


 保身だけを考えてろという嫌味も込めつつ、言い放った。

 話はもう、俺には必要なかった。


「……そうか、分かった」


 精々、後ろから刺されねえようにな?


         【次回予告】

 やめて!

 羽鳥の翼神竜の特殊能力で、獣化した人ギルフォード・ザ・ライトニングを焼き払われたら、黒い塵で獣と繋がってるレタリーの精神まで燃え尽きちゃう!

 お願い、死なないでレタリー!

 あんたが今ここで倒れたら、情君や断さんとの約束はどうなっちゃうの?

 ライフはまだ残ってる。

 ここを耐えれば、『獣の狩人』に勝てるんだから!


 次回「レタリー死す」。

 デュエルスタンバイ!

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