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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
38/65

38.弱者の知恵

――♧――



 俺は仮面を外し、左手に持った。


「名乗りはしないのに、顔は見せてくれるんですね」

「視界の邪魔になっただけだ」


 『先獣教』の一員、もしくは関わりがある謎の女。

 そして、俺がよく知る「あの方」との関係……


 羽鳥を詳しく知るには、同じ力を持つこいつは大きなヒントになるだろう。

 何故か羽鳥が、『先獣教』みてえな獣の力を持っていることにはな。

 だが、一番の問題は……


「お前は何をしにここに来た? どうして俺が一人になった隙を見計らって、桜の前に現れた?」

「そんなに気になります? でも、ただ単純に、自分は情君に会いたかっただけかも知れないですよ」


 目鼻がくっきりした西洋人の綺麗な顔立ちと、吸い込まれてしまいそうな青い瞳。

 人差し指を口元に当てて、さもこの瞬間を待ち侘びていたかのように、何だかエロティックに微笑んでやがる。

 女に耐性がなければ、この妖しげで悩ましい仕草と微笑みに、ガツンとやられた可能性は高い。

 俺がスペードだったら、間違いなく気絶してただろう。


「ハッ、それはありがてえなーと言いてえところだが……お前みてえな顔すら知らねえ女に今まで付け回されてたって考えると、不愉快極まりねえよ」

「不愉快……ですか?」


 俺は何回ストーキングされればいいんだよ。

 羽鳥も俺を監視していたって言ってたし、あいつと同等の力を身につけるためには、ストーカーになることが必須なんですかね?

 いやん、怖い。


「例えそれが、美女が相手でもな」

「美女だなんて、光栄ですね」


 そう。

 こんな顔が整っている女に、俺が籠絡(ろうらく)されるわけがねえ。

 顔()()にしか取り柄がねえ女はな。

 もう俺は、どれだけ顔が良い女だったとしても、性格が悪けりゃダメな体質になってしまっている。

 何故ならそれは、弓月が幼馴染だからだ。

 それ以外の理由は無え。

 西洋美女にも匹敵……いや、圧勝するくらい弓月は美少女なんだぞ?

 そんで優しくて、料理も上手くて、嫌な顔もせずに勉強を教えてくれて、さらに部活動に励む努力も欠かさねえ。

 つまり、弓月は性格まで完璧だ。

 何より俺は、あいつの語尾を伸ばす口癖も結構好きだったりする。

 あれを聞いてると、穏やかな気持ちにさせてくれる。


 だから、俺にとっちゃ弓月以外の女とか、陰毛が所狭しと生えた汚え大根か、生ゴミにぶち込んで台無しになった高級和牛くらいにしか見えねえんだよ。

 あ、別に褒めてるわけじゃねえからな?

 俺が面食いだとか……本当にそんなんじゃねえから。

 そりゃあどっちも完璧な幼馴染を長年見てたから、目が肥えてるだけだぞスケベボーイと言われりゃそれまでなんだが。

 だが、いくら目が肥えてる俺でも、人をストーキングするのが趣味の、中身が肥溜めな女を選ぶ趣味はねえ。

 肥えてる同士でも、俺は仲良くしたくありません!


 それほどまでに弓月の存在は、俺の中では大きいのだ。

 強大なのだ。

 最強弓月さんなのだ。

 ハートと違って、弓月はおっぱいも大き……これはやめとこ。


「お前とは会ったこともねえし、話したこともねえ。そんで、人外じみた力を持ってんなら、お前の目的なんぞある程度絞られてくんだろ」

「自分の目的を看破していると? へえ……それは是非とも聞かせて欲しいですね」


 あの方。

 つまりは羽鳥の失った右腕を、補う者。

 今、考えられるこいつの目的は……


「俺達……ペンダントの継承者四人の暗殺、最初のターゲットは俺。そんなもんだろ?」


 秘匿に力を入れている『獣の狩人』の存在を知り、羽鳥に接触して、右腕を補おうとする者、ね。

 羽鳥の失った右腕ってのは、率直な見た目もあるんだろうが……もう一つ。

 ペンダントの継承者達とも取れる。

 まあ大方、羽鳥の周りを飛び交ってる羽虫(俺達)が、邪魔になってきたとかじゃねえの?

 そんで、自分が継承者とすげ替わりてえとかか?

 獣化を終わらせようとしている羽鳥が目的のようだし、少なくともこいつは、獣と絡んでそうなのは間違いねえな。


 顔が綺麗な奴は、大体病んでると聞いたことがある。

 世知辛い世の中だもんな。

 そういうバカみてえな奴が増えてきてんのも、気持ちは分かる気がする。

 ……そう嘆いても、獣化を終わらせなきゃいけねえのは俺達なんだけどさ。


「自分はあの方の意に沿うために、ここに来ているだけですよ」


 ここでメンヘラお得意の「あの人を分かってるのは私だけだからっ……!」頂きましたァッ!


 地獄の訓練が始まる前は暇で退屈しまくってたし、ちょっとばかし寝首を掻こうと、夜中にあいつの部屋に侵入を試みたことがあった。

 しかし、羽鳥の部屋の扉には鍵が掛かっていた上に、ノックをしても返事一つ無く、留守なようだった。

 昼にも何度か呼びに行ったりしたが、会議の時間である21時以外には出払っていることの方が多かった。

 そんな羽鳥の正体を知ってるってか?

 近くにいる俺ですら、未だにほとんど何も知らねえのに?

 ふざけんな、お前みてえな陰毛大根役者が知っててたまるかよ。


「じゃあ……お前が敬愛してるあの方の名前くらい、俺に教えてみろや。冥土の土産にもってこいだろ」

「大人しくしていてくれるんですね?」


 正直なところ、こいつには俺じゃ勝てねえと分かってるから、こうやって色々と考えてるわけで。

 その色々ってのは、大体が余計な思考に飛び火しちまってんだが。

 もう、いちいち強い弱いで失望すんのは懲りてんだよ。

 俺は……


「ハッ、違えな。死人に口なしって言うだろ。だから、お前の死に土産には、そいつの名前を喚かせるのが一番だなと思っただけだ」


 弓月に誓ったんだ、もう二度と諦めねえって。


 とりあえず、このまま時間を稼ぎながら不意打ちを狙うとしよう。

 卑怯?

 弱者の絞り出した知恵だぞ、これは。


「ふふっ、やっぱりだ。情君は似てますね?」

「何だと? 誰にだよ」


 なんだか、嫌な予感がした。

 名乗らねえようにしてるくせに、情と呼ばれたからって返事をしてしまっている俺の間抜けさに、嫌気が差したとかではない。

 そうではなく、ただの……


「断先輩に」


 悪寒。


「……は?」

「負けず嫌いで、頑固で、獣化を終わらせるために、絶対に諦めようとしないところが似ています。特に、人を見透かすその鋭い目つきがです」



――♧――



「ジョー」


 あの目つき。


「俺はこれから、やらなきゃいけねえことがある」


 人の嘘を、見抜くことに長けた目だ。


「だけど、必ず俺は帰って来る」


 理性の蓋で閉ざしている心を、容易く看破する。


「ジョー……お前に」


 正義のヒーロー、裁断。


「会いに行くから」


 忘れていた方が不自然だった、親父の姿。

 【悲劇】で黒く塗り潰されていたわけじゃねえ。

 ただ未熟な俺が忘れていただけの、決定的なその特徴。



――♧――



「クソが……」


 嫌なもんを思い出させやがって。

 どうして、そんなの……今まで忘れてたんだよ……?


「お前は……」

「え、何ですか?」

「お前は、ここで殺す!!」


 視線を感じた、時間稼ぎは終わりだ。


「くたばりやがれッ!!」


 お前は俺の地雷を踏んだんだ。

 怒りの爆発で、全身丸ごと消し飛ばしてやる。


 俺はレタリーと名乗った女の死角に入るよう、低姿勢になって距離を詰めながら、大剣を地面に這わせるように平行に振り回す。

 足元を横から薙ぐ低めの斬撃、避けるのは簡単だろう。


「危ないですね」


 それを上に跳んで、回避するのは想定内。


 お前の行動を【赫怒】で見えようが見えなかろうが、もうそんなの知ったこっちゃねえ。

 予知をする必要もねえくらい、即座に戦いを終わらせてやればいい。


「おッッッるァアッ!!」

「むっ……」


 知ってるか?

 人のトラウマを平気で踏み荒らす、地雷女の扱い方ってのを。

 清さに目覚めて、いくら心を入れ替えたところでもう遅え。

 やることなすこと全てが、一蹴される羽目になんだよな。


 低く滑らせ、平行にぶん回していた大剣の角度を大きく変えて、そのまま思い切り地面にブッ刺して斜めに突き立てる。

 地に刺した大剣の柄を回転軸として、今度は勢いを活かした俺の全身を遠心力でぶん回す。

 跳び上がって隙だらけになっている腹に、全体重を乗せた一蹴りをお見舞いしてやろうとした。


「そうですか。それが情君の導き出した結論、ですか」


 空中に跳び上がったままで、レタリーは着地するまでは無防備だった。


「情君は相手の行動を予知するような能力を持っているとお見受けしていました」


 遠心力で重さを増した蹴りが迫ってきてるっていうのに、レタリーは余裕綽々(しゃくしゃく)だった。


「そして、その能力ばかりに頼る、青二才とも」

「ぐっ!?」


 蹴りは直撃した。

 だが、異常に硬い。

 何故か、レタリーの腹を蹴ったはずの、俺の足の方が軋む。


「けれど、それ以前の問題でしたね? 勝ち目のない相手に勝負を挑むとは、どれだけ無謀なことなのか。まず情君は、その愚策さを学ぶべきです」


 蹴りじゃレタリーの体はびくともせず、奴は無防備な格好のままで受け止めた。


「さて、お遊びは……ッ!?」

「……かかったな、アホが」


 だが、それも想定内。

 ハートから聞いていたから、『先獣教』の奴らが硬いのは分かってた。


 気付くのが遅れたな?

 俺が何をするために、時間を稼いだと思ってる?

 こいつは呼びたくなかったんだが、背に腹は代えられねえ。

 お前が会いたがってた()()()を紹介してやるよ。


「がぅあああっ!?」


 レタリーの顔面に、真横から不意打ちを食らわせる黒い影。

 吹き飛び、地面に何度もバウンドしてから、レタリーはようやく静止した。



――♧――



「遅えよ」

「すまない。ここぞという時を見定めていた」


 助太刀に来たのは、俺がよく知るあの方……羽鳥だ。

 レタリーはそう言ってたけど、よく知ってるわけじゃねえんだがな。


「彼奴は何者だ? 継承者四人の暗殺が彼奴の目的だと言っていたが、それは本当なのか?」

「何者かなんて知らねえよ。暗殺なんてのはただの予想だ。てか、お前の方があいつを知ってんじゃねえのか?」


 俺は仮面を外した左手の中指を押し当て、今置かれている状況を羽鳥だけに伝えていた。

 こうなることを、最初から仕組んでいたんだ。


 あの時、わざわざ俺が仮面を外した理由は、レタリーが俺の素性をしきりに気にしていたからだ。

 それを利用させてもらっただけだ。

 いきなり顔に付けた仮面を触って、羽鳥に通信を飛ばすだけだと、レタリーに何をしているのかと疑われる危険があった。

 そこで、顔を晒して意識をそっちに向けることで、仮面を触るのを自然に見せかけた。

 視界の邪魔にならねえ仮面をわざわざ「邪魔」だと言ったのも、レタリーは仮面の性能を知らねえと思ったからだ。

 だから奴には、俺が仮面を取ったのが自然に見えたはず。

 そして、わざとレタリーとの会話の中で「桜の前」と話し、羽鳥に俺の場所を知らせて、不意打ちをさせた。

 これが、弱者の絞り出した知恵だ。


「私のみに通信を飛ばした君の意を汲み、他の継承者には来ないようにと釘を刺しておいたが……それで良かったのか?」

「ああ。実際あいつは、ダイヤ以外が敵うような相手じゃねえだろうからな。今は俺をマークしてるみてえだし、まだ上手く動けねえあいつらを巻き込ませないためにも、と……お、お前だけを呼ぶしか無かった」

「なるほど」


 ダイヤは海外で待機中だしな。

 被害は最小限に。


「ふふっ。まるで、親鳥に頼る雛のようですね?」

「うるせえよ」


 飛ばされて地面に仰向けにされたレタリーは、悪態を吐きながら立ち上がる。


 思い出したくもなかった、あんなこと。

 虫唾が走る。


「お前との会話で思い出したよ、あの野郎の身勝手さをな」

「それはそれは。では、感謝して下さるのですか?」

「んなわけねえだろボケが!!」


 この女の言葉で、一つだけ思い出した。

 いや、深いところに閉じ込めてたのに、無理矢理呼び覚まされたと言った方がいいか。

 『完全な獣』を殺して、その後に羽鳥を殺せばいいんだと思っていた。

 でも、現実はそんな単純なものではなかった。


「お前とはもう、口を利かねえ」

「あら、お喋りしてくれないのですか? 残念です」


 こいつと話してると、他の嫌な記憶まで思い出してしまいそうだ。


「話はいいのか? クローバー」

「……ああ」

「やめてくださいよ、二人がかりで女の子を虐めるなんて」


 減らず口が、よく言うぜ。


「と……羽鳥。あいつはお前に匹敵するほどの、似た力を使う。舐めた口を利いてるが、あいつをただの女だと思うな」

「何?」


 羽鳥は同等の力を持っている女を(いぶか)しみ、最大限の警戒を敷き始めた。


「奴の行動には【赫怒】が発動しねえ。怒りを込めてねえのか、感情を理性の蓋で完全に抑え込んでいるのか……どっちか知らねえが、只者じゃねえのは確かだ」

「【赫怒】が効かない者か」


 羽鳥に吹き飛ばされた時に脱臼したのか、レタリーは自分の右肩を左手で持ち上げると、鈍重な嵌め込む音を響かせる。


「ふうっ! では、続きをやりましょうか?」

「クローバー」

「分かってる」


 その時の俺と、羽鳥は……


「ひとまず」

「私達が成すべきは」


 同じだった。


「「数の有利で叩く」」

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