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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
37/65

37.絶望の末に

――♧――



 今夜起こったことは、一刻も早く『獣の狩人』の全員で話し合う必要がある。

 自殺を図ろうとしていたおっさんに、黒い塵が入り込んでいった現象をな。

 正確に言うなら、自殺はしなかったが、見ねえフリをしていた恨みを、掘り返したおっさんにだな。


 あの後の俺は、アジトへと戻るために帰路を急いでいた。

 走りながら、ずっと考え事をしていた。

 すぐに狩りを終わらせたとはいえ、心の器にある感情を消費したから、出来れば『先獣教』の奴らとは出会いたくねえもんだ。


 とりあえず、分かったことと言えば、獣化の発生条件と、対象となる者だ。

 というわけで、獣化した奴らに再び目を向けてみるかね。

 まずは、双子の友達に「夜道に気をつけろ」と言って後悔した奴だな。

 最初のうちは全然意味が分からなかったが、なんであいつが獣化したのか納得した。


 次に、ハートから聞いた件だ。

 ハートの話では、同じような状況でありつつも、違う人物が獣化したらしい。

 一人の妊婦と、それとは別の男が獣化した二つの例だ。

 状況が類似しているにも関わらず、結果が真逆そのもので、食い違っている。


 あとは、おっさんだ。

 おっさんは死にたがっていた。

 もしも俺が止めていなくても、そのまま飛び降りた先で獣になっていただろう。

 羽鳥の予言は絶対に外れねえからな……


 何も知らねえままだと、獣化は未知なる症状にしか見えねえが、現象には必ず理由があるもんだ。

 『完全な獣』は知性を持っているし、獣化は無差別的な攻撃じゃねえからな。

 ちゃんとしたきっかけがある。

 全ての例には共通点がある。

 それは、打ち(ひし)がれた人が対象となって、獣化するって部分だ。

 その判断材料に一役買ったのは、獣になる前の行動だ。

 心にヒビが入った人は鬱のような状態になって、上手く感情を制御出来なくなっていたからな。

 双子の友達に忠告して、それが仇となって強く後悔したり。

 流産して泣き叫んだり。

 現実から目を背けるために、流産した女を置いてまで、その場から逃げ出そうとしたり。

 屋上から飛び降りたくなったり。

 理性的な行動が出来なくなるほどに、感情の吐露が乱雑になっている。

 心がヒビ割れて、不安定なんだ。


「もしかして、理性まで崩壊するのか? 心にヒビが入るだけなんじゃなくて、理性の蓋も同じようにぶっ壊れる……?」


 いや、理性の蓋がどうなるかは後で考えよう。

 今、肝心なのは、心と獣化の関係性だからな。


 心にヒビが入って、割れる。

 だが、それだけじゃ獣にはならねえはずだ。

 動物や獣に似て、感情の放出を制御出来なくなってしまうが、実際に獣化するわけじゃねえ。

 そんなので獣化してたら、そこかしこに獣だらけの王国が乱立するわ。


 獣化させるためには、あの黒い塵が必要なんだ。

 黒い塵は、獣が死んだ後に出すものだ。

 だが俺達は、その塵が最初に、どこから来るのかまでは知らなかった。

 今まで、俺は獣化した後の姿しか見てねえ。

 ハート達も、夜の暗さで塵を見逃していたんだろう。

 黒い色というのは、それだけで闇夜に紛れるステルス性能を存分に発揮する。


 そういえば、狩装束の色が黒で統一されてんのも、それが理由だったな。

 『獣の狩人』を秘密組織たらしめているのは、こういった細かい部分に気を配っているからだ。

 全員の狩装束が黒いのは、安易に人に見られねえようにするためらしい。

 仮面だけは白いから、余計に悪目立ちしそうな気もするが。


「はぁ……姑息な手を使いやがって」


 どうやら『完全な獣』も、そういう悪知恵には秀でているようだな。

 意思を持った悪意が、巧妙に隠れながらも、人を獣に変貌させている。

 道理で、原因が分からねえと言われるわけだわ。

 だがしかし、俺は見破ってやったぜ。

 喧嘩を売った相手が悪かったな。


 『完全な獣』は何かしらの方法を用いることで、人に黒い塵を植え付けている。

 それが分かっただけでも御の字だった。

 あの塵は、獣化させるためのスイッチ……獣の因子とか何かなんだろうな。

 黒い塵を人に植え付けることによって、獣化させることが出来るんだ。

 だけど、心にヒビがある人じゃなきゃ植え付けられねえ。

 入り込む隙が無えんだ。

 それこそが獣になるために必要な素質なんだ。

 つまりは、ヒビ割れている心へと、あの黒い塵が無理矢理入り込んでいるって寸法だろう。

 獣化によって心が割れているんじゃなく、順番が逆で、既にヒビ割れた心にしか侵入出来ねえんだ。


 まとめると、ヒビが入った心に、22〜2時という時間制限の中、あの黒い塵を入れることで、人を獣に化けさせることが可能になるってわけだ。

 そんなめんどくせえ順序を踏まねえといけねえとか、『完全な獣』も苦労してんな。

 そういう奴がこの街にいねえ日は仕方なく、ダイヤが狩りを担当している、別の場所にするしかなくなる。

 だから、獣がアジト周辺に現れるのを毎日に出来ねえんだ。

 まず初めに、獣になる素質を持った人がそこにいるかどうかの、運要素が絡んでくる。

 まだここら辺の推理は、ダイヤに確認を取らなきゃ前提から崩れちまうもんだけどな。

 獣化した日が、こっちと向こうで被っていたら、考え直さなきゃいけなくなる。

 だが、十中八九合っていると、俺は確信している。


(一部例外もあるが、喜怒哀楽は感情の主成分で、それ以外は副成分だ)

「あぁ……()()ってのは、そういう意味だったのか」


 羽鳥のあの言葉……あれは的を射ていた説明だったんだ。

 例外中の例外でありながらも、主成分たり得るその感情。

 普通なら、そこまで強くは抱かねえ想いだ。

 喜怒哀楽以外の主成分であり、感情の色を一色に塗り替えて、自分の心さえも壊してしまうもの。

 それは……


「獣化の原因は、絶望だ」



――♧――



 俺は獣道公園に入り、桜がある丘を囲っている、芝生に足を踏み入れた。

 自然公園というだけあって、獣道公園にはだだっ広い芝生があり、他にはこれといった特徴は無え。

 ボール遊びをしたりだとか、日光浴だとか、ピクニックとかには丁度良いが、遊具なんかも無え。

 強いて言うなら、公園の周囲には(なら)された土の道があって、二人が座れるベンチが何個かあるくらいか。

 こんな何も無いところで、よく毎日のように遊んだもんだな。

 昔、どんな風に弓月と遊んでたのか全然覚えてねえわ。


 弓月は今も、ちゃんと勉強してるのかな。

 弓道部の選抜には出られたんだろうか。

 俺のことは気にしなくていいからな。


「……脱線し過ぎたか」


 ここにアジトがあるからか、狩りが終わって帰ろうとすると、いつも思い出に気が向いてしまう。

 せっかく獣化の原因が分かったのに、そんなこと考えてる暇は無えだろ。


 気持ちを切り替えるために、俺は自分の頬をパンッと叩いた。

 この状況を整理せねば。

 獣化と、『完全な獣』についてだ。

 本当に、絶望の感情が獣化の鍵であるなら、やはり『完全な獣』はペンダントと似た力を持っていると考えられる。

 まさに、絶望を司る、五人目の継承者みてえに。


 そうやって頭を使っていたせいで、いつの間にか走りを止めた俺は、芝生をゆっくり歩いてアジトに近付いていた。

 人は考え事をしていると、他が(おろそ)かになる生き物だ。

 だから、だろうか。


「こんばんは」

「!?」


 誰かに接近されていることに気付けなかった。

 いや、接近されても、認識出来なかっただけかも知れねえ。

 獣化についての考察なんてのは、頭から吹き飛んだ。

 何故なら……


「やっと、お会いできましたね」


 まばたきした瞬間に、そいつは現れたから。

 俺のすぐ目の前に。

 近付かれた気配なんて一切感じなかった。

 不穏な空気を感じ、咄嗟に距離を取りはしたが、安心出来ねえ。

 俺は大剣を作り出し、油断なくそいつを観察する。

 しかし、その俺の行動に驚きすらしねえ。

 武器を目の前で作り出したっていうのに、それをさも当然に知っているかのような様子だった。

 なんだこいつ?


「誰だよお前は? 名前を言え」

「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗る。それが日本人としての礼儀でしょう?」


 柔らかく、高めの声。

 俺よりは小柄だが低くはねえ身長。

 弓月(165)以上、(170)以下か。

 大きめなパーカーを着て隠しているが、それでも服の上から分かる線の細さ。

 間違いなく女だろう。

 そして、特に目を引くのはフードの中から出ている長い金髪だ。

 目深く被ってて素顔が見えねえが、その代わりにチラリと見える金髪は、染めた色ではなさそうだった。

 ダイヤとは違う自然な金色……外国人か?


「一目あなたにお会いしたかったんですよ。どれほどこの時を待ったことか」

「は?」

「あなたが一人になるこの時を、ね?」


 流暢で軽めの敬語、日本育ちと言っていいレベル。


 こいつの正体はまだ分からねえが、怪しいフードを被っているので『先獣教』のメンバーと判断した。

 ハートが言っていた、灰色のローブを着た『先獣教』の奴らとは、少し見た目が違うがな。

 多分、獣の体毛を模しているからこそ、奴らは灰色の格好に身を包んでいるんだろうが、この女は何故か違った。

 カジュアルなパーカーを着つつ、フードを深く被っているものの、それは灰色ではない白色だった。

 まるで『先獣教』とは無関係と言いたそうだが、そんなチャチな違いで騙されると思ってんのか?


「お前、『先獣教』のメンバーだな?」

「はい?」

「そんな格好で、外出禁止時間に外に出て、俺には見えねえ速さで現れやがったからな。関係無えとは言わせねえぞ」

「……まあ、無くはないですが」


 なんか、あやふやな回答だな?

 まさか『先獣教』じゃねえのか?

 いや、答えを出すには早過ぎるか。


「では、自分からも質問させて頂いて良いですか?」

「あ?」

「あなたは、情君。裁情君ですよね?」

「……」

「えっと、あなた情君でしょう? なんで名乗ってくれないんですか?」

「……答える義理が無え」


 何が目的かは知らねえが、これ以上の情報を与えることは避けた方がいい。

 しかし、マズいな。

 仮面を外してねえのに、素性を知られているみてえだ。

 他に『獣の狩人』の何を知ってやがる?


「ふむ、話すつもりは無いですか。それなら……こうしましょう」

「!?」


 その言葉を皮切りに、危険を察知した俺の警鐘が激しく全力で鳴り響いた。

 全身が震え上がるこのプレッシャーには、覚えがあった。


「ふふっ、驚きました?」

「お前! なんで羽鳥と同じ圧……を?」


 女は忽然(こつぜん)と、俺の前から姿を消した。


「さあ、どうしてでしょう?」

「何……ッ!?」


 すると、背後から声がした。

 無意識に常時発動していた【赫怒】にも反応は無く、不意を突かれそうになる。


「チィッ!」

「おっと」


 なんとかして大剣を振るったものの、軽く避けられた。

 なんだ?

 俺が知覚するよりも速く、消えたり現れたりしやがる。

 動きに追いつけねえ。


「酷いですね、女の子に剣を向けるなんて」


 被っていた白いフードを後ろへと流すその女は、ブロンドのロングヘアーを流星群のように降り注ぐ。

 女の虹彩は青いが、瞳孔は縦に伸びてはなく、見た目は普通の人間そのものだった。


「自分はレタリー・ライト。あなたがよく知っているあの方の、失った右腕を補う者です」

「あの方……?」


 羽鳥も使った残像移動、さらに同じ力を持つ女……


「羽鳥の何を知ってやがる?」

「何も知らないですよ。だから、知りたいんです」


 こいつ、羽鳥とどういう関係なんだ?



―― ――



 ハート達が安静にしているか確かめるために、羽鳥は医務室を覗いていた。

 自室に設置されたモニターにより、スペードに抱きついて添い寝しているハートを見つつも、羽鳥は手帳を左手に取った。


「フッ……」


 少し寝苦しそうにしているスペードに微笑しながら、手帳を開いて、今度はそちらへと目を向ける羽鳥。

 革表紙と、少年少女が描かれた一ページ目、そして獣狩りの夜についての記述に目を通し、羽鳥は幾度も読み直す。


「……伝承など、所詮は口伝だな」


 だがしかし、その手帳には『完全な獣』や、覚醒についてなどは何も書かれていなかった。

 それらは全て、羽鳥が人伝に聞いた話だった。

 己よりも、ペンダントと獣化に詳しい者から伝承を聞き及び、『獣の狩人』を設立させた羽鳥は苦悩する。

 未来ある者達を使命に巻き込んで、計画を進行させても良いのかを。

 獣になりかけたハートを救い、連れて来たこと。

 旧知の仲であるダイヤに叱咤されつつも、クローバーの継承者を殺しかけ、自分に殺意を向けさせていること。

 人殺しの道を歩むスペードを止め、居場所を与えたこと。

 ダイヤに、本当の計画を黙っていること。

 そして、このままで良いのかどうかを、悩んでいた。


「ん?」


 そうしていると、羽鳥の仮面に、クローバーからの通信が飛んできた。

 仮面に装着した探知機によって、(およ)そアジトの近辺にいることは分かっている。

 羽鳥は理解した。


「情……?」


 何かあったのだと。

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