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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
36/65

36.失意の暗示

――♧――



 羽鳥の指示を聞いた俺は、単独で獣が出現する現場へと向かっていた。

 俺にも『先獣教』からのコンタクトがあるかも知れねえが、そんな悠長なことを言っている暇も、余裕も無く、ひとまずは狩りのみに集中することになった。

 幸いなことに『先獣教』の奴らには、獣の出現地を事前に知るなんて芸当は出来なさそうだ。

 ハートの話を聞く限りでは、スペードが殺したチビ男は「年数をかけて探し回っている」とかって言ってたみてえだしな。

 やっぱり、羽鳥の手帳は、情報のアドバンテージとしてデカ過ぎる。

 覚醒に関する伝承が載ってるかは、未だに確認出来てねえが、獣の居所を現れる前から指示するってだけでも最早チートだろ。

 いやーズルい、予知能力って本当にズルいわー。

 血も涙も無えな羽鳥、お前。

 一回でもいいから獣の身にもなってみろ。


 ほとんど出待ちだな、こんなの。

 悪質すぎて、これがアイドルとかだったら即、卒倒するだろうな。

 どこに行ったとしても、武装した変な仮面の奴らが追っかけ回してくるんだもんな。

 どこぞの蛮族かよ。

 その種族(かりうど)、人を食らう習性でもあるのか?

 継承者は獣と似ている面があるし、あり得るな。

 突撃、お前が晩ごはん。


「まだ着かねえのか……少し遠いな」


 地獄みてえな訓練の成果か、近頃は長く走っても息切れしなくなってきている。

 今の俺の体力は、弓月を越えてるかも知れねえな。

 帰宅部だったのに、たった二ヶ月でここまで変わるとは。

 いや、これもペンダントの力なのかも。


 よく考えてみると、十三日も飲食禁止で監禁されたっていうのに、餓死しななかった俺も十分、理を逸脱している。

 人は何も摂取しないと、一週間も経たずに死ぬ。

 そうならないように代わりのエネルギーとなる、他の何かを糧としていたと捉えられる。

 例えば……自分を、とか。

 獣を殺す罪悪感や恐怖といった、副成分の感情に縛られていた俺は、あの監禁で変わった。

 心の形が、変わった。


 あん時の俺……自分の腕を食おうとしたよな。

 一度正気には戻ったけど、体はまだ潜在的に同じことをしてたのかも知れねえ。

 気付かぬうちに、自分の心や感情を餌にして、活力にしてたってことなんじゃね?

 ある意味、これも一種の自食作用になるのか?

 疑問系なのは、ハッキリとした確証が無えからなんだけどな。

 獣化についても、ほとんど憶測だ。

 憶測だが、説得力だけはある。


 クローバーの継承者として、無駄な感情や心を自分で食らい尽くしたからこそ、俺はここまでガラリと変わったんじゃねえかと考えている。

 俺の花弁は、どうやら食用だったらしい。

 羽鳥の狙いは、まさにこれだったんだろう。

 短期間で余計なモンを削ぎ落とし、怒りに目覚めさせる一石二鳥を狙ってたってわけだ。

 あのまま獣と戦ってただけじゃ、ここまで早くはペンダントに順応出来なかった。

 おかげさまで、激おこぷんぷん丸の誕生が叶った。

 あーうぜえ。

 あいつのよく燃えそうな髪の毛、帰ったらムカ着火ファイヤーにするか。

 焼き羽鳥の完成だぜ。


 それじゃあ……ペンダントと似ている獣化は?

 クローバーの継承者として目覚めた俺が、それらを糧とすることが出来たんなら、獣はどうなんだって話だよな。

 獣が人を襲う理由は、実はそれこそが目的なんじゃねえかと思っている。

 羽鳥も、獣は人の血肉で成長しないって言ってたしな。

 心を失う運命の獣は、心を欲する。

 突撃、お前の心が晩ごはんだ。

 それじゃあ、ご近所さんへとお裾分けに(あやか)りましょう。

 獣宅さんのお命いただきます、と。


「……ここか」


 今夜の獣は、どうやら建物の屋上に現れるらしい。

 指示された場所まで行ってみると、なんてことはない中小企業の、よくある事務所的な建物だった。

 上を見ると、横長のガラスに、電灯の光が点いている一室があった。

 22時はとっくに過ぎてるっつうのに、残業してるやつがいるのか。

 社会の黒さを感じるね。


 人に見られないように細心の注意を払いながら、俺はその事務所へと入った。

 屋上に繋がる階段を探して、見つけだしたので、遠慮なく上って行く。

 獣化まで、あと数分。

 もうすぐだ。



――♧――



「無理なんだよ、俺には……」


 あー、どうすればいいんだこれ。


「落ち着けって」

「もう無理なんだよ! なんでこんな時間まで、俺だけ一人で残業させられて、挙げ句の果てにサービス残業なんて……こんなの、死ねって言ってるようなもんだろ!?」

「そういうわけじゃねえと思うが」

「もう外出禁止時間なんだぞ!? 国への申請書もクソもねえ!! 俺なんか、獣に殺されてもいい使い捨ての駒だってことじゃねえか!! 俺が、俺が……何をしたって言うんだよ……」


 屋上へ行ってみると、胸らへんの高さの鉄柵を越えて、後ろ手でその柵を掴み、縁のギリギリに立っていて、飛び降りようとしているおっさんがいた。

 屋上までは五階あり、頭から落ちれば死ぬ高さだ。

 冴えねえ見た目で、太り気味な体の、髪が薄いおっさんだ。

 どこにでもいるような、ありふれた特徴の中年男性だな。

 呼び止めようと近付くと「来るな」と言われ、今の状況になった。

 さっきから、膠着状態が続いている。

 今にも飛び降りてしまいそうだ。


 階段を上る途中で確認したが、一つの部屋以外に、電気は点いていなかった。

 つまり、おっさんは一人でここに、外出禁止時間を超えてまで残ってたみてえだな。


「少しでもあいつに、あいつらに! 俺の苦しみを知ってもらうために……! ここで死んでやるんだよ!!」

「……」


 似ている。

 俺が最初に殺した、黒い獣が見せたような、死にたいという想いの強さが。

 今すぐにでも、ここから消えてなくなりたいって顔だ。

 このおっさん、既に目が死にかけている。

 疲れて、絶望しきった表情になっている。

 普段から何も言わねえで我慢して、感情を正直に出せなかった。

 表に出せず、ずっと溜め込んでいた。

 それが積もり積もって、こんなことを仕出かそうとしてるに違いない。

 その結果が獣化って……あんまりだろ。


「お前が止めようとしても、今日こそ死んでやるって覚悟を決めたんだ! 邪魔するな!!」


 もう、限界なんだよな。

 逃げ道を探す気力も無くなって、ただただ終わらせたいという気持ちだけで動いている。

 自殺っていうのは、視野が狭くなってしまうから起こるんだ。

 それしか、逃げる方法が無えって思い込むんだ。


「そんなに必死になってやることが、自分の人生を無残に捨てるだけかよ」

「う、うるせえ!!」


 止めても無駄なら、逆に押すしか出来ない。

 俺が背中を押せば、死の怖さに身が(すく)んで、戻ろうと決心してくれるかも知れない。


 羽鳥の予言が間違っててくれたら、良いんだがな。

 だが残念なことに、確実におっさんは獣になっちまうんだろう。

 そういう……運命なんだ。

 だから、その死を無駄にしねえためにも、このまま飛び降りさせるわけにはいかねえ。

 獣化を、俺に教えてくれ。

 あんたの人生、俺が無意味にはさせねえ。

 俺はあんたの死を理解して、獣化の解決に必ず(くさび)を打つ。

 助けることは出来ねえが、それだけは誓う。

 ハッ、俺もおっさんを追い詰めた奴らと同じで、極めて自分勝手だな……


「自殺をすることで、あんたをこんな風にした加害者を、重い罪で縛り上げてやりてえんだろ?」

「そ、そうだよ……! だから今!!」

「はぁ……生きたおっさんの心を殺したそいつらが、死んだ心に寄り添うとでも思ってんのか?」

「え?」

「あんたがここから飛び降りたところで、あーアイツ死んだかで終わるだけだろ? あんたも分かってんだよな? そんなことは」

「うっ……」


 胸糞悪い話だ。

 『獣の狩人』として言っていいのかは分からねえが、なんでこんなおっさんが獣になって、ここまで追い込んだ人でなしがのうのうと生きてんだよ。

 むしろ、そいつらの方がよっぽど獣に相応しい。


「じゃあもう、どうしたら……!」

「そんなの俺にも知らねえけどさ、少なくとも飛び降りる必要は無えんじゃねえの?」


 俺は、こんな人を斬らなきゃいけねえのか。


「俺で良ければ、話聞かせろよ」

「……っ」



――♧――



「毎日辛かったんだ……! 仕事や雑用を押し付けられて、ずっと寝る時間なんて無くて……今日だってあいつの! 篠原の仕事を代わりにやらされてたんだ! 何故か俺がな!!」

「……」

「なのに、役立たずだクズだって罵られて、俺はもう……」


 このおっさんは、戦えないのに、そうやって逃げ道を塞がれて、今までいじめられ続けても黙ることしか出来なかったんだ。

 仕返しなんて、そう簡単に出来るわけがねえ。

 倍で返されることが何よりも怖え。

 その視野狭窄(きょうさく)にハマるから、こういう類いの問題は厄介極まりねえんだ。

 いじめやパワハラなんか生温い言い方で済まされるものじゃなく、心の殺害だ。

 おっさんは心を殺されたんだ。


「どうしたら良かったんだよ……」


 何も答えてやれねえ。

 いや、答える必要が無え。

 おっさんだって、本当はどうすれば良かったのか分かってたはずだ。

 でも、それすら出来なかったんだ。


「あいつに逆らうと、殴られて、蹴られて……他の奴らも、ゴミを見るような目で見てきやがって! いつか変わる、良くなるって信じてたのに……! くそォッ!!」


 何も出来なかった。

 ただ流されるままに、放置した。

 変わらないのに、状況が変わることだけを信じて、待ち続けた。

 心にヒビが入り、割れて、壊れそうになっていることにも気付けずに。

 やっぱり、獣の心にヒビがあって、一週間で壊れるっていうのは……


「クソがぁっ!! うぁあああああああああっ!!」


 そろそろ……時間だ。


「クソっ、ぉ……! く、くクッ、く、そぉ……おぉッ!?」

「……」


 様子が変わった。

 獣化の初期症状である、爪、牙、顔、体毛の変化が起きた。


「おっさん……」

「ぐ、げェエ!? がガッ、ガハ!」


 どうして、こんな人が獣にならなきゃいけねえんだよ。

 何も報われねえままで、何も復讐を果たせねえままで、やられっぱなしで死ななきゃいけねえなんて。


「ガ、オアアァッ!!」


 この人の命を、無念を、絶望を無駄にするな。

 よく観察して次に活かせ。

 見ろ、見続けろ、何も見逃すな。


 俺はペンダントの力で大剣を創造し、【赫怒】を発動した。

 おっさんに切っ先を向けた大剣が、常に機能する【赫怒】で微かに光り、闇夜に赤い閃光が輝く。


「……ん?」


 その光のおかげで見えたからか、獣に変貌しかけているおっさんの体に、違和感を覚えた。

 正確に言うなら、体の周囲に()()があった。


「黒い塵?」


 【赫怒】の光で照らさなければ、夜の暗さで見えなかった獣の証。

 それが、おっさんの口や鼻といった、穴という穴に入っていくのが微かに見えた。

 あまりにも粒子が細かくて、俺が【赫怒】を発動していなかったら、それを見ることは叶わなかっただろう。

 おっさんが飛び降りた後に獣化していても、分からなかった。

 説得して、一度自殺を思い止まらせたから、それが分かったんだ。


 スペードとハートなら、距離を取って獣化を見届けていた。

 ダイヤはお気楽なままだったろうな。

 だから、あいつらは今まで気付けなかったんだ。

 だが、俺は三人とは違う。

 役割が違うんだ。

 獣の近くに陣取りながら、【赫怒】という事前に発動する能力を持っているからこそ、分かったんだ。

 俺じゃなきゃ分からなかった。


「グルゥアアァッ!!」

「おっさん、ありがとうな」


 だから、せめて苦しまずに済むように。


「あんたは役立たずなんかじゃねえよ」


 すぐに終わらせてやる。


「俺が……保証するから」



――♧――



 獣化の判明に進展があった。

 睨んだ読み通りだった。


 獣の心が壊れて、一週間で死ぬということ。

 それは獣化の際……または以前に、何かがきっかけで心にヒビが入っていたんだ。

 これが人が獣になる素質、必須条件なんだ。


 狩りを終わらせた俺は、電気が点いた部屋に来ていた。

 一つだけ気になったことがあって、確かめに来た。

 どれだけおっさんが追い込まれていたのかを。

 白を基調とした部屋の中、乱雑に書類やファイルがばら撒かれている一つのデスク。

 他は綺麗なのに、そこ()()()汚かった。

 どんな扱いを受けていたのか、それを見ただけでも分かる。

 それに、おっさんのデスクや椅子には、コーヒーの染みが数多く付着していた。

 頭から掛けられたか。

 こんな惨状がまかり通る会社とか、ふざけてんな。


「お前だな」


 おっさんのデスクに置かれた、数々の書類の責任者欄に一番多くある名前……篠原。

 こいつが首謀者に違いない。


 指の腹を少し噛み千切って、血を(にじ)ませた。

 コピー機から紙を一枚拝借して、そいつのデスクに血文字のメッセージを残すことにした。

 おっさんの無念を、少しでも晴らそうと……


「……くたばれ」


 「獣が」と、()き捨てた。

 情君の髪、目、武器に宿る【赫怒】の光は、常時発動の時は微かに光り続け、相手の怒りを掴んだ時はより一層光ります。

 髪の毛に関しては、赤色のメッシュ部分だけが光っている感じですね。


 にしても情君、掟(その二、組織の秘匿化に妥協は許されない)に反することを平気でやってますね……

 まあまだ若いからね、しょうがないね。

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