表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
35/65

35.狩人の決心

――♧――



 獣の力で一方的に痛めつけられて、ハートが死にかけたからこそ、スペードは人殺しに手を染めたんだ。

 そもそも、そんな状況にならなきゃ、殺す手段なんか取らねえだろ。

 スペードだって、自分の手を汚したかったわけじゃねえ。

 そんなにサイコパスなら、獣を殺すことに負い目を感じたりなんかしねえよ。

 ダイヤじゃあるまいし。

 スペードは、能力が目覚めてすぐは、獣を狩れなかったと言ったんだぞ。

 好きで優しさを捨てたんじゃねえ。

 優しいからこそ、ハートを助けるためには捨てざるを得なかったんだ。


 人を諦めてねえから、人を諦めた。

 優しいからこそ、優しさを捨てた。

 こいつらはずっと矛盾ばっかりだ。

 掟を守り続けていたら、ハートを守れなかった。

 男を手にかけなきゃ、最悪の場合、二人とも殺される羽目になった。

 そんなんじゃ方法は一つしか無かった。

 どうしようもなかっただけだ。


「羽鳥。スペードは掟を破ったが、守ってもいたぞ」

「何?」

「狩人の掟、その二。組織の秘匿化に妥協は許されない。スペードは『獣の狩人』を隠すために、行動しただけだ」

「……」


 訓練の最中に、口酸っぱくハートから教えられた組織の規律。

 その穴を突き、重箱の(すみ)をつつくような理論武装。

 屁理屈だな。


「納得しかねる」

「チッ、分からず屋が」


 言うだけ言ってみたが、これだけじゃまだ弱い。

 羽鳥を説得しきれねえ。


 それと、俺は本当に(ほだ)されやすくて、流されやすいんだなと自覚した。

 さっきから、スペードの免罪に加担することしか考えてねえ。

 仲間意識ってモンが芽生えたのか?

 だが、不思議と嫌じゃねえ気分だ。

 こいつらが弓月と似てるからだろうか。

 二人をどうにか守ってやりてえんだ。


 俺が怒りに慣れる前に、もしも今と同じことが起きていたとしたら……スペードを「人殺し」と(なじ)っていたんだろうな。

 間違いなく軽蔑したはずだ。

 でも、今はそんなこと言わねえし、思ったりもしねえよ。

 スペードは人を諦めずに獣と戦ってるんだって、もう知ってるからな。

 むしろ、人を諦めてるのは『先獣教』の奴らだ。


 羽鳥もそんなの分かってんだろ、仕方がなかったんだってことは。

 でも、スペードが掟を破ったのも事実だ。

 それが羽鳥を悩ませて、黙らせてるんだろう。


 全員が沈黙したまま、時間だけが過ぎていく。


「ぅ……」

「スペード!? 起きたのね!?」

「あっ……! ハ……ハート……!! 怪我は無い……!?」

「あたしは大丈夫。そんなに酷くなかったわ」

「そっか……よかった……」


 そうこうしていると、スペードが目を覚ました。

 羽鳥が傷を肩代わりしたからか、調子は悪くなさそうだ。


「羽鳥様……」


 ベッドから上半身だけを起こし、いつもの呟く声色で、羽鳥を呼ぶスペード。

 周りを囲っている俺達を見渡すと、苦い顔をした。


「僕を……裁いてください……!」

「ど、どうして!?」


 すると突然、スペードは腰を折って、頭を下げた。

 ベッドに座ったまま、最大限の服従の証だ。

 自分の身を、羽鳥に差し出した。


「なんでよ! なんでスペードが……」


 不安そうに、スペードや俺、そして羽鳥の顔を何度も見るハート。

 ハートだって、こんな理不尽な仕打ちをみすみす見過ごしてえわけじゃねえ。

 でも「それはダメだ」と言わねえ。

 言えねえんだ。


 「守れなかった」という言葉の理由。

 それは、ハートを助けるために、スペードが自分を犠牲にしたことを指していた。

 掟の反故(ほご)から、スペードを守れなかったんだ。

 意見すら出来ない。

 こいつの立場じゃ出来るはずねえ。

 スペードが掟を破ったのは、もとよりハートのためであったから。

 その覚悟を、ハートがむざむざと否定出来るわけがねえ。

 だから、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き立てて、手をこまねいているだけだ。

 ハートじゃ、スペードを守れない。


「スペード、君はそれでいいのか?」

「はい……僕はまた……人を殺しました……その罪による罰は……受けないとダメだから……」

「まただと?」


 スペードがこんなにも潔く、羽鳥からの断罪を受けようとしているのは、過去に人を殺したことがあるからなのか?

 それを悔やみ、己を悲しみの檻の囚人として扱っていたからこそ、余計に許せねえんだろうか。

 誰を殺してしまったのかは知らねえけど、それも事情があったんじゃねえのかよ?

 虫も殺せねえ弱虫が、理由も無く人を殺すか?

 俺には、そうは思えねえよ。


 こんなの、どうすればいいんだよ。

 羽鳥は一体、どうしたいんだよ。

 俺は……俺は、俺には。


「では、率直に言おう」

「待てよ羽鳥!」

「スペード、君は……」


 俺には、どうすることも出来ねえのか?


「狩りを全うしただけだ」

「えっ……?」


 何を言われたのかが分かっていないスペードは、目を丸くして羽鳥を見た。

 そして、俺も同様の顔をしていた。

 羽鳥?


「何故、君を罪に問う必要がある。裁きだと? 下す下さない以前に、下らんな」

「ちょっ……ちょっと待って……!?」

「『獣の狩人』の使命に嫌気が差したのかは知らないが、私がそのような妄言に付き合うとでも思ったのか?」

「でも……!」

「君は、獣と戦った。その体に負った怪我は、獣の爪によるものだ。そうだろう?」

「でも……それは……っ」

「人が、そのような爪による傷を付けるなどあり得ない。ハートも血を大量に失っていて呆然としていたようだから、獣を人と見間違えたに過ぎん」


 早口で、(まく)し立てているようだった。

 滅茶苦茶な理論、滅茶苦茶な嘘、滅茶苦茶な台詞。

 普段の羽鳥なら、そんなことは絶対に言わねえ。

 まるで、さっきの俺と同じ、屁理屈のような言い訳を。

 だが、そうするしかねえ。

 ハートが守れないスペードを、羽鳥は代わりに守ろうとしている。

 何がなんでも助けようとしているんだ。

 悩んだ末に、羽鳥が出した結論だ。


「私達は『獣の狩人』。この先、獣がまた襲ってこようとも、その愚者も狩るのみだ」


 『先獣教』との全面戦争。

 そんな言葉が、俺の脳裏に(よぎ)った。

 獣の狩りだけでも手一杯なのに、そんなこと許してもいいのか?

 羽鳥がなんと言おうと、相手は人だ。

 そんな不毛な争いを始めようとしてもいいのか?

 いや……羽鳥の言い分はそうじゃねえんだろうな。

 ただ、獣を狩るだけだ。

 これはそういう話になった。

 『先獣教』が獣の力を持っているからこそ、『獣の狩人』が狩らなければならねえ。

 獣を、野放しにしておけねえ。

 奴らは既に人の域を逸脱している。


「早くその怪我を治せ。そして再び、獣を狩れ。話は以上だ」

「羽鳥様……」

「クローバー、ついてこい」


 医務室を出ようとする羽鳥に、俺も無言でついていく。

 扉を閉めるために部屋の中に向き直ると、涙を流しているハートが、スペードに抱きつくところが見えた。

 「エンッ!」という声と共に、大量の血を鼻から噴出しながら、スペードはまた気絶していた。



――♧――



 医務室を出て、昨日と同じく、羽鳥の部屋に二人で入った。

 羽鳥はマントをはためかせながら、くるりと旋回する。

 背後に立っている俺に、仮面を向けつつも肩をすくめた。


「フッ……あれはスマートな解決ではなかったな。自分でも幼稚だったと自覚しているよ」

「そうか?」


 でも、あれで良かっただろ。

 少なくとも俺はそう感じたぞ。

 幼稚で何が悪い?

 スペードをどうすれば良かったのか、羽鳥は正しい答えを出せなかった。

 だが、いつも正論だけが正しいとは限らねえ。

 羽鳥も、天使でも悪魔でも獣でもねえ、人間臭かったってだけだ。


「私はどうも、敵を作ることに関しては相当に長けているようだな」


 死にかけて、組織の目的を不意にしかけたハートか?

 お前に殺意を持った俺か?

 掟を破ってまで、人を殺したスペードか?

 味方になる前のダイヤか?

 ハッ、確かにお前は敵だらけだな。


「クローバー。ハートとスペードの二人が万全な状態になるまで、君には一人で狩りを行ってもらうことになるが……」

「構わねえよ。人に見られずに動くのは、ちと面倒だがな」

「そう言ってくれると助かるよ。スペードをあそこまで負傷させた、彼奴らの力……未だ計り知れない。だからこそ早急に、四人の覚醒を目指さなければならなくなってしまった」

「お前は戦争を始める気なのか?」

「いいや? 敵は獣で、私達は対象を狩るだけだ。ただ、人の姿に似ている獣の奇襲には気をつけてくれ」


 スペードを殺人の罪から守るためには、そいつらを獣と断定して、狩り尽くすしかねえんだろ?

 俺にも同じ罪を被れって、そう言いてえんだよな。

 本当に勝手だよ、お前。

 俺にも『先獣教(そいつら)』を殺さなくちゃならねえ時が来る。

 でも、それがあいつの免罪符になるのなら……


「……分かった」


 スペードを、罪と罰から守る。



――♧――



「クローバー?」


 22時前、自室で準備をしていると、ハートが扉を開けて話しかけてきた。

 包帯を体の節々に巻いていて、ちょっと痛々しい。

 あっ、痛々しいってのは、率直な感想だからな?

 「右手が疼くゥ……!」とか、そんな類いのじゃねえぞ?

 いや、確かにハートは右手にも包帯を巻いてはいるが、実際に疼くのは傷とか痣でしかねえ。


「もう歩いていいのか?」

「うん。あたしは軽傷だったし、ちょっとくらいなら平気よ?」

「ふーん……」


 結構吐血してたようだから、もう少し安静にしててもいいと思うが。

 まあ、本人が平気だと言うなら平気なんだろう。

 羽鳥が言うには、内臓も無事だったみたいだしな。

 俺が気にしても無駄か。


「あんたに話があったのよ」

「ん?」


 そう言うと、ハートは赤くなっている頬をぽりぽりと掻く。


「あたしね、昔と変わらないスペードの寝顔を見てて、思ったの。長い間一緒にいるのに、なんであたしは、スペードの過去を詳しく知らないんだろうって」

「でも、ダイヤは知ってたよな」

「ダイヤは一番早くここに来たから、連れて来られたスペードの事情も知ってるのよ。でもみんな、あたしには何も教えてくれなかったのよね」


 人を殺した過去……

 スペードは、その過去を俺に知られることを嫌がっていた。

 ハートにも知られたくなかったんだろうな。

 羽鳥とダイヤの二人には、ハートに言わねえように釘を刺してたんだろう。

 自分の醜い部分を人に見せたくねえ、それは誰もが抱く気持ちだ。


「あたし、スペードを幸せにしたいって思ってるのに、あの子が何を不幸せに思ってるのかを知らないままだった」

「え、何? 幸せにしたい? は?」


 それと、こいつらはお互いに、お互いのことが……


「うん……あのね?」


 それから俺は、ハートの過去を聞くことになった。



――♧――



「そんなことが……」


 ハートの名前と、ここに来た経緯を教えてもらった。

 隕石によって、ハートの両親が死んだ。

 ペンダントが落ちてきたって言ってたのは、そういうことだったのか。


 それと、ハートがいつも、スペードを元気付けるように笑いかける意味も知った。

 スペードは哀しみを司る継承者だから、それが正解なのかは分からねえが。

 ていうか、悲しみと哀しみって、正確には違うものなんじゃないのか?

 スペードが本当に司らなきゃいけねえのは、自分の過去を悲しむ感情じゃなく、他者を哀れむ感情なんじゃ?

 でも実際、スペードには【悲劇】があるしな。

 最早、悲しみと哀しみは一緒くたに判定されているのかも知れねえな。


「だから、クローバーにも協力して欲しいの」

「何を?」

「スペードが過去を悲しむことは、もう誰にも止められない。人を殺してしまった事実は、あたしでも変えられない。だけど、今を悲しむ必要は無いでしょ?」


 人殺しの罪を悲しんでいるからこそ、スペードはまた良心の呵責(かしゃく)(さいな)まれる。

 今回の件も、スペードの足を引っ張り、背中を這い、決して悲しみから逃がさねえだろう。

 可哀想だが、継承者としてはあるべき姿だ。

 俺とスペードは負の感情を司る継承者だから。

 わざと自分を囚われの身にする必要がある。


「スペードは昔から、一人でいると悲しそうな顔をしてたの。あたしと話す時は笑ってくれるんだけど、ずっと過去を気にしていたわ」

「……」

「罪の意識に耐えられなくなって、前の自分に戻るのが怖いって……自分の部屋で呟きながら、そうやって泣いてた時もあったのよ。それなのに、今までちゃんと知ってあげられなかった」

「そう、なのか」

「だからこそ、スペードの闇をきちんと知りたいのよ。そうすれば、あの子の光になってあげられる。そうでしょ?」


 スペードには、過去の悲しみだけで十分だ。

 純粋な感情がどんなものかは知らねえが、もう十分だろ。

 これ以上の悲しみを抱えすぎると、あいつは自分を殺し兼ねねえ。


 心が壊れる。


「……?」

「? どうしたの?」


 壊れる。

 心が、割れる?


「割れる……か」

「クローバー?」

「あぁ、いや」


 今夜の狩りで機会があれば試してみるか。

 もしかしたら、だが……少し掴めた気がする。

 心が割れる仕組みを。


「なんでもねえ」


 しかし、まだ想像の域を出ねえ。

 まずは確かめなければ。


「とりあえずお前は、スペードに告白することから始めろよ。あいつをちゃんと知りてえんだろ?」

「ふぉあっ!?」

「好きになった女に対しては、どうしても弱味を見せちまう生き物が男なんだぜ? なんなら今度、俺があいつの好みとか聞いてきてやるから」

「急に何なのよ、もう……」


 ハートも、スペードを守りたいんだよな。


「だから頑張れよ、咲」

「え? 名前……? あ、ありがと?」

 どうして弓月ちゃんからの好意は気付かないのに、人の恋愛感情には敏感なんですかね……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ