表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
33/65

33.謎の力

――♧――



 スペード達を医務室に運び終えた後。

 羽鳥は黒マントを脱ぎ、二人を横にしているベッドに近付く。


 俺と羽鳥は、細かく隅々(すみずみ)まで手を洗ったものの、殺菌とかは問題無いんだろうか。

 いくら治療が出来るとはいえ、ここは病院じゃねえから、そういう不安はどうしても残る。

 それでも、そんな所には連れて行けねえ。

 俺達は『獣の狩人』だ、公に出来る組織じゃねえ。

 ここで治すしかねえんだ。


「羽鳥様っ……スペードを……!」

「分かっているよ、ハート」

「お願いします……! スペードはあたしの!」

「知っているとも。私にとっても、彼を死なせることは大きな損失となる。必ず治してみせるから」

「あ……! あ、ありがとう、ございます……!!」


 二人の会話に、俺なんかが口を挟む隙間なんて無かった。

 羽鳥に「ここを押さえて止血してくれ」と言われたので、今の俺はスペードの体に触れているが、体温が嘘のように冷たかった。

 そんなことは無意味だと少し考えれば分かるのに、冷たくなったスペードに体温を分けてやるのに夢中で、言葉をかけてやることも忘れていた。

 俺も必死になっていた。


 さっきからスペードは動かねえ。

 本当に死んでしまったかのように、微動だにしねえ。

 動くことすら知らねえ、人形になってしまっている。

 そして、人形に似つかわしくねえスペードの血が、黒い狩装束を侵食している。

 そうは言っても、服にはあまり血が染みてはいない。

 撥水(はっすい)性に富んだ繊維だからか、傷の周辺である程度の血が留まってくれてるんだ。

 体の表面のままで血が固まってるから、狩装束が止血用の擬似的なガーゼとして役を担っているようだ。


 俺がやったことと言えば、羽鳥が治療の準備を済ませる前に、血色が悪いハートを隣のベッドに寝かせて輸血しつつ、軽い応急処置を施しただけだ。

 そんなことよりも、やはり重傷を負っているスペードが問題だった。

 素人の俺でも、もう手遅れに見えるほどに。


「これは……」


 止血している俺の手を一旦止めさせた羽鳥は、スペードの服を素早く器用に、隻腕で脱がした。

 血塗れになったその傷を見てみると、黒い曲線が三本付けられていた。

 そこだけが一層黒くなっているのは、血が多く出て固まっているからだ。

 羽鳥でも、どうにもならなさそうな三つの傷。

 左胸から右の脇腹にかけて、大きく傷つけられた跡。

 これが、スペードの命を(おびや)かしている原因だ。


「獣の爪か……?」

「ああ、形が似ている」

「でも、()に付けられた傷なんだろ?」

「……心当たりがある」


 その傷は俺が以前、右足に付けられたものとそっくりだった。

 違う点と言えば、大きさか。

 上半身全体に深く傷付けられたそれは、まさに致命傷と呼ぶに相応しい。


「まだ辛うじて脈はある、が」

「なんとかならねえのか?」

「ふむ。どうにか手を施そうと考えてはいたが、これでは致し方ないな……」


 羽鳥が治療しようとしても、どうにもならない。

 止血して縫うくらいじゃ、スペードのダメージを払拭(ふっしょく)出来ねえんだ。


 深呼吸をする羽鳥。

 仮面で(はば)まれているその素顔は、どんな表情をしているんだろうか。

 スペードを必ず治すって、どうして言えたんだ?

 俺は……お前を信じてもいいのか。

 

「ふぅっ……やはり、こうなるか。クローバー、そしてハート。ペンダントの継承者である君達には、いつかはこれを見せなければならないと思っていた」

「羽鳥?」

「何、を……?」


 数度の深呼吸を終わらせた羽鳥は、スペードの体に左手を触れさせながら、俺達に目を配った。


「今が、その時だ」


 こんな時に何をしようとしてるのか知らねえが、その羽鳥の声は覚悟を決めたものだった。

 変声期越しでも分かるほどの、重い覚悟だった。


「はぁっ!!」


 あの圧だ。

 大きな存在感を持った、強者が発する圧。

 俺が向けられたものよりも、ずっと強く感じた。


「がぁああああああああ!!」


 刹那、羽鳥の体が黒く光る。

 闇と光の矛盾が、医務室内を一色に染める。

 そして、スペードの体を包んだ。

 ダイヤの【極楽衝動】に似た、黒い光のドームだ。


「なっ!?」

「えっ……?」

「ぐ、ふっ……! ぅぐぅああああああああッ!!」


 叫ぶ羽鳥の体から、じわじわと血が(にじ)んできた。


「なあ!? 何してんだよ羽鳥!?」

「羽鳥様!? 羽鳥様っ!!」


 羽鳥が何をしているのか分からない。

 ただ、スペードを治そうとしているのは分かる。

 だけど一体、何が起きているのかが……


 スペードを包んでいた黒い光は、徐々に羽鳥の左手の中へと収束していく。

 それと同時に、羽鳥が着ている狩装束の内側からは、血の洪水がぼたぼたと溢れ出てくる。

 秒数に直すと、それは10秒にも満たないだろう。

 でも俺には、その光景全てを目に焼き付けるほどに、長く感じていた。

 時間が、すごくゆっくりになっていた。


 静寂が医務室全体に流れ、俺は唖然となった。

 ハートも何が起こっているのか分からないと言った具合で、ただ口を開けていた。

 時間が止まったような感覚すらあった。


 だけど、時計の針を押し進めるかのように、羽鳥の重い膝をつく音が部屋に響いた。


「クローバー……スペードの傷を……早く!」

「! あ、ああ!」


 その言葉に反応して、スペードの体を見てみると……


「傷が……小さくなってる?」

「え、なんで……」

「その、程度の傷なら、君でも……! 情!!」


 スペード。

 お前、初めて会った時、俺によくしてくれたよな。

 今度は俺が、お前を助けてやるから。


「任せろ!!」


 あの時のスペードの縫合を思い出しながら、俺は脳と体をフルで動かし、傷を縫い始めた。



――♧――



「おい、羽鳥?」

「終わった……か?」

「一応はな」


 縫合を終わらせた俺は、床に座り込んでいた羽鳥に声をかけた。

 羽鳥の息は浅くなっていて、それに伴い、肩を大きく動かしている。

 羽鳥は、スペードの傷を肩代わりしたようだ。


 体に力を入れて、羽鳥が立ち上がる。

 フラフラだ。


「フ……フフッ。下手だな、クローバー……」

「ハッ、そうかよ」

「だが……筋は悪くない」


 スペードの傷を見るや否や、羽鳥は少し笑いながら、俺の縫合を評価してきた。

 いや、それよりも問題なのは……


「お前の治療も、必要なんじゃねえのか?」

「いらないさ……これくらいなら、な。既に血も止まっている」

「……そうか」


 スペードの顔色を見てみると、さっきとは打って変わって、すっかりと良くなっていた。

 大量の血を失って青白くなってしまっていたが、今は血色を取り戻して、逆に「暑い……」と寝言を呟いて、身動(みじろ)ぎしてるくらいだ。

 体温が戻った証拠だ。

 あんなにデカい傷を付けられてたんじゃ、熱くらい出るわな。

 回復には向かっているんだろう。


 スペードの治療が終わったことで、ハートも緊張の糸が切れたのか、すやすやと眠ってしまった。

 こいつの怪我も、浅いというわけではなかった。

 致命傷たり得るものだったはずなんだが、何故かハートは平気だったみたいだ。

 一応、羽鳥も診てみたが「問題ない」とのこと。

 軽い処置だけで大丈夫そうだ。


 それと、今回何が起きたかの話は、二人が帰還する前に羽鳥から簡単に聞いていたが、どうやらスペードがハートを助けてこうなったようだ。

 助けて、助けられて……忙しい奴らだな、本当に。

 まあでも、詳しい話を聞くのは、もう少し後になりそうだな。

 とりあえずは、こいつらが目を覚ますまで待つしかねえ。


「くっ……」


 羽鳥は弱っているのか、肩代わりした上半身の傷を押さえながら、またもや床に座る。

 いや、力が入らなくて、そうせざるを得ないと言った方がいいか。


 しかし、今の状況は……


「……」


 羽鳥が弱っている。

 ハートとスペードは、気を失っている。

 俺は、こいつを……


「羽鳥」

「クローバー、君は……」


 殺す。


「何を……?」

「うるせえ、大人しくしろ」


 でも、それは今じゃねえ。

 俺の怒りはまだ、心の内に(くすぶ)らせておく。

 『完全な獣』を殺して、弓月に会うために。


 スペードの傷を肩代わりした分、俺にも担がせろ。

 お前を支える程度の、肩くらいなら貸してやる。


「まさか君が、私を介抱するとはな……」

「万全な状態のお前を殺さねえと、リベンジにならねえだろ。都合の良い解釈してんじゃねえよ」

「フッ……それでも、ありがとう」

「……黙れ」


 羽鳥は、軽かった。



――♧――



「クローバー、ここまででいい」

「なんちゅう部屋だよ……」


 羽鳥を部屋に連れて行き、扉を開けると、そこには多数のモニターが設置されていた。

 俺が監禁されていた鉄の部屋、食堂、廊下を、鮮明に映していた。

 流石にプライバシーに配慮してるのか、風呂やトイレ、俺達の部屋にはカメラを設置してねえみたいだ。

 いやまあ、設置してても文句は言えねえんだがな。

 もちろん悪態は吐かせてもらうが。


「羽鳥、話は出来るか?」

「問題無い……スペードの傷を、半分だけ請け負っただけだからな」


 半分だけ。

 それでも羽鳥のこの弱り方を見ると、スペードは生と死の境目を彷徨(さまよ)ってたんだろうな。

 人一人が受けていいダメージじゃなかったってことだ。


「お前の力については、また今度聞かせてもらう。それより、スペードが誰にやられたかの方が肝心だ」

「そう、だな」


 羽鳥の秘密なんて、他にもたくさんあるしな。

 ゆっくり解明してけばいい。

 素性、多岐に及ぶ能力、どうやって手帳と継承者達を見つけたのか。

 もう何がなんだか分からねえから、羽鳥は後回しだ後回し。


 しかし、羽鳥からハート達の通信の内容を聞かされた時は耳を疑った。

 まさか、スペードがな。

 「守れなかった」……か。


 あのスペードの傷は、獣の爪でしか付けられないような切り傷だった。

 それが、()が付けたものだと言うんだから、尚更おかしな話だ。


「スペードを痛めつけた奴に、心当たりがあると言ってたな?」

「……」

「別に責めてるわけじゃねえよ。それも、俺達が知る必要は無かったって言いてえんだろ?」

「ああ……」


 人に負わされた、獣の爪のような傷。

 普通、ああはならねえ。

 ()()()()()()()()()が出てきたってことだ。


「あれは、狂信者の仕業だろう」

「狂信者?」

「獣を崇拝する者達は、知っているか?」

「そんな宗教が……」


 いや、実は俺も知っている。

 知ってはいるものの、あいつらはもう存在しない連中と思っていた。

 過去の者だからだ。

 そんな時代遅れの輩が、厄介な力を持ち始めた。


「そう、その時代遅れの輩だ。彼奴らは自らを、狂っているとは思っていないようだがな。それこそが狂人たる所以(ゆえん)だというのに」

「確か、名前があったろ」

「ああ。恐らくは『先獣教(せんじゅうきょう)』だ」


 『先獣教』。

 様々なところでその悪名を轟かせていた、犯罪カルト集団。

 耳にタコが出来るかと思ったくらい、授業じゃ何度も聞いた名前だ。

 現に、不勉強な俺が授業内容を覚えてるというのが、何よりも印象強いという証拠になるな。


 原初を象った生物が、獣だ。

 獣化に詳しい者には、先祖返りという結論が出る。

 俺もそうだ。

 人類の歴史を、前時代のものに戻すのが獣化と俺が疑ったのは、元々そう考えた奴がいたからでもある。

 その疑いを信じた、過激なクソ野郎共もいたってわけだ。

 先と付くくらいだし、奴らは獣化が先祖返りだと信じてんだろうな。

 俺の中で獣化は先祖返りと答えが出たのは、今思えば『先獣教』が存在したせいでもあるのかも。


 だが、奴らはそんな力は持ってなかったはずだ。

 そこまで凶悪な存在だったとしたら、まず記録として残っているはずだが、少しも覚えが無え。

 それでも今は『獣の狩人』の継承者のような、人並み外れた力を持ってやがる。

 獣化やペンダントとはまた違う、獣の力を持つ人間……


「君も知っていたのではないか? 彼奴らは悪名高いからな」

「そらそうだが……とっくの昔に解体されたと聞いたぞ」


 10年前、獣化が起きてすぐに『先獣教』も現れた。

 奴らが掲げるカスみてえな御題目(おだいもく)は、確か「獣様に心を献上せよ」だ。


 自爆テロを至る所で起こしたり、外出禁止時間に数多くの民家や店を襲ったりしていた、劣悪極まりない犯罪者共。

 こいつらのせいで苦しみ、死んだ人は何人もいる。

 本部に警察の特殊部隊が突入して、摘発され、解体され、今では忘れ去られつつある……まさに人類の汚点だ。


「あれで終わったわけじゃなかったってのか?」

「解体された本部拠点は偽物だった。この街に根を張り、どうにか獣と接触する機会を伺っているようだ」

「だが、力は無かった」

「……今までは。だからこそ、君達に話すつもりも無かった」

「それもだんまり決め込もうとしてたんだな」

矮小(わいしょう)な志を持つ()()など、君達の耳に入れる必要も無いと、そう判断していたのだが」


 スペードをあそこまで傷つけるような所業は、普通の人間じゃあり得ねえ。

 訓練中のあいつなんて、俺の攻撃とかもひらりと(かわ)してみせる柔軟性があるってのに、どうにもただ素直にやられたとは考えにくい。

 怪我を負わざるを得なかった、その理由があるんだろう。


「あいつ、わざと避けなかったのか?」

「ふむ……」


 スペード。

 お前のその覚悟、俺は尊重してやる。


「ただ、一つだけ分かることと言えば、この一件で『獣の狩人』は『先獣教』に敵だと見做(みな)されたはずだ」

「先に喧嘩を売ってきたのは向こうだろうがよ。人を諦めた狂人風情が」


 にしても、スペードがそこまでやるとはな。


「だが、彼奴らは今回の件で()()()()()()()()()()。このまま黙認しているとは思えん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ