32.歪みの始まり
――♧――
「心の死と、仮死状態……」
やっと見えてきた、獣化とペンダントの繋がり。
獣の心が死ぬのを、継承者達と関係無いと言う方が不自然だ。
どうして獣は、そんな短い寿命にされてしまうんだ?
『完全な獣』が意図的に設定している?
そうすることに、何か意味でもあるんだろうか?
いや……そうとは考えにくいな。
わざわざ下僕の数を減らす方が、『完全な獣』にとっては不利になるに決まってる。
それなら、獣が一週間で死んでしまう理由は……
「どうしても、そうなるのか?」
人としての名残りを持ち、狼としての側面も持つ、全く新しい生物……それが獣だ。
獣は、10年前よりも前の歴史には存在しなかった、言わばイレギュラーだ。
それまではいなかったのに、10年前に突如として現れた獣。
人だったのに、人じゃない異物にされる獣化。
矛盾を貫き通す、人類の癌……『完全な獣』。
どうも獣化には、人を強制的に作り替えているような無理矢理感が否めねえ。
人を獣に変えるという荒技をこなすためには、心が一週間で死んでしまうのは、どうしても避けられねえ穴なんだろうな。
獣化という強引な方法で、人でも狼でもねえ獣に変えさせてるんだから、不備が出ないはずもねえ。
爪や牙の些細なところにも違いがあるのは、法則を歪まされて、生まれた存在だからだろうか?
爪は元々あったものを剥がして、黒い爪を内側から生やさせるのに対し、牙の方は、歯を抜かずにそのまま変化させている。
その違いは何なんだ?
どうして爪だけは、一度作り直している?
獣の武器としては不必要、または当てはまらないのが人の爪なのか?
牙にするためには、歯の硬さは耐え切れるが、爪は弱過ぎるのか?
人の爪は、獣の爪の原料にするには脆弱なんかね。
「弱い、か」
俺達は、普段から爪を使わねえ。
主に使うとしても、どうでもいいような時だけだ。
無かったらそれはそれで困るが、無くてはならないものじゃねえからな。
俺達の祖先である類人猿の時代、紀元前の頃から道具を使い始めたのが人間だ。
だから、爪はそれに応じて退化し、軟化していった。
だが、歯は食事には必要不可欠だ。
形こそ変わってはいるものの、硬さは変わらねえ。
獣の捕食にも申し分無いほどに。
爪と牙の変化の違いは、これか?
その二つを獣の武器とするための手順が、獣化の初期症状なんだろうか。
原初の武器と言えば、爪と牙だ。
それなら、獣化は時代逆行の表れ……?
でも、人は猿が起源だろ?
狼じゃねえ。
「……」
元々、人は獣にはならねえ。
だけど、その常識を覆して、獣に変える獣化という病を流行らせたのが『完全な獣』だ。
決まりきった常識を覆すためには、そういった制限がかかってしまうのだろうか。
一週間の使用期限と、爪を作り直さなきゃいけない手順、一日一人が限度の欠点が。
それに、俺達がいない場所にも獣は現れるし、獣化させるための前提条件があるのかも知れねえな。
獣になる素質が人間側に無いと、獣化させられない……とか。
それのせいで一週間の内の七回とも、俺達が住んでいるこの街に、獣を生み出さねえんだ。
それなら、ダイヤが狩ってる獣はあぶれた奴らってことになる。
一度、ダイヤが狩りを行った日にちを確認せねば。
「心の死が共通点……」
俺達のペンダントも獣化と同じように、常識外れな力を使うためには制限がかかる。
制限時間や、司る感情の固定化といった、条件がある。
そもそも、ペンダントのルーツって何だ?
獣化に対抗するために作られた、全く別の獣化のようなものなのか?
ハートとスペードの、化け物級のスタミナの秘訣は、もう一つの獣化が密かに進行している……?
髪と目の色が変化してるのは、俺が知っている獣とはまた違う、別種の獣になってるから?
「なあ、羽鳥。ハートが前に言ってたんだが、ペンダントが空から落ちてきたっていう話は、どう捉えればいいんだよ?」
「……私にも分からない。継承者達の証言による「ペンダントは空から落ちてきた」以外の情報は皆無だ。私の見立てでは、隕石系統の類いだろうとは考えているが」
「隕石……」
ペンダントと、獣化の類似点。
それは、ただの人が、並外れた力を使えるようになることだ。
ペンダントなら瞳と毛髪に、獣化なら体に変化が起きる。
もしかしたら『完全な獣』の正体も、宇宙から飛来した異物だったりするのかもな。
なんだよそれ、エ◯ァンゲ◯オンかよ。
ペンダントは◯ヴァで、獣は使◯で、『完全な獣』はアダ◯の可能性があるな。
まさか、獣化は人◯補完計画とかじゃねえだろうな?
リ◯スは誰だよ、羽鳥か?
それじゃあ串刺しにしとかなきゃならねえな。
「てか、獣の寿命の死因が心が死ぬからなんて、俺は初耳だったんだぞ? どうしてお前、そんな重要なことを早く言わなかったんだよ」
「初めは私の想像の域を出ないと考えていたのだ。獣化と、覚醒が関係していることにはな。だが、最近はその考えを改めつつもあった。ハートとスペードが10年間も未覚醒というのは、どう考察しても不審点が募っていたのでな」
「そんで、俺もお前と同じような考えを持ったから話したってのかよ?」
「ああ」
獣との戦いの中で、覚醒への活路を見つける。
羽鳥が知っている伝承には、これだけの情報しか無え。
一見、獣の詳細なんて、覚醒には関係ないかと思われる。
だが、何が真実で、どういった行動が伝承通りになるなんて分からねえままじゃ、手を尽くすことは当然だと言える。
だから、羽鳥が獣の詳細を俺達に教えねえようにしてたのは、筋が通ってねえだろ。
まるで、継承者達の覚醒を渋ってたみてえじゃねえか。
「獣の寿命の死因なんて、あいつらが知る必要は無かったってか?」
「彼らには、獣と戦う狩人の使命という、強い責任感があるからな。余計な気掛かりを徒に増やすのも、どうかと思案していたのだよ」
「……あいつらのためかよ」
まあ、知らない方がいいことってのは、いざと言う時に足を引っ張る可能性もあるけどよ。
今となっては、そうも言ってられなくなってきただろ。
「ふむ、そうだな。今更黙っている道理も無いので、狩りから戻ってきた彼らにも話しておくとしよう」
ダイヤも覚醒に関してはさっぱりぴーまんとか言ってたし、心の死についても知らねえんだろうな。
羽鳥だけが知っていたってわけだ。
てことは、心が死ぬっていうのも手帳に書いてあんのか?
獣の死因も、もしかしてそれに記してあったりな?
「獣の心が死ぬってのは、どこで知ったんだ?」
「私には心が見えるんだよ。まあ、仮死状態については、心が生きているようにしか見えないからこそ、仮説であるわけなのだが」
「心が見える?」
手帳の記載じゃなく、羽鳥の能力か。
「ああ。だからこそ、心の死も見える。ヒビ割れて、壊れてしまった獣の心がな」
「割れて壊れるから、死ぬ……」
なら、獣化を知るには、心にヒビが入る原因を探せばいいんだな。
「私が君達に、心についての知識を与えることが出来ているのも、この目で見たものを教えていただけに過ぎない。君の思考が手に取るように分かるのも、実際に心を見ているだけだ」
「ハッ、なるほどな」
羽鳥の心を見る能力も、あの人外の力の一部だったりするんかね。
一瞬で駆け抜ける力、見えない連打、心を見る目……本当に人かよ?
「私の力について、気になっているようだな?」
「そりゃあ……気になるね。お前が『完全な獣』だったら、今すぐぶっ殺してやるのにとも思ってるよ」
「さあ、どうだろうな。真相は仮面の中だ」
「なら暴き出すまでだ、お前の素顔も含めてな」
気にならねえって言うのは、単なる強がりでしかねえからな。
ここは正直に、気になると言っておく。
羽鳥を殺すためには、知る必要がある。
「……私も、ペンダントに魅入られた一人だった、ということだ」
「魅入られたって……答えになってねえよ」
「フッ、そうか?」
とりあえず、今は新しい情報が手に入っただけでも、有り難みを感じておくか。
心が死ぬのは、獣と俺達の共通点だ。
獣化した奴らは、一週間という期間で心が死んじまう。
俺達も、ペンダントの力を一時間使うと、心が仮初の死を経る。
仮死状態になる。
俺が、獣の行動を【赫怒】で読めるのも……攻撃に乗せられた怒りがあるからだ。
心が死ぬ前なら、獣にも感情が、特に怒りがある。
羽鳥は、クローバーの能力を解説する時に、怒りは原初の感情だと言っていた。
それなら、獣は原初を模倣させた生物なのか?
『完全な獣』は、人に先祖返りをさせるために獣化させている?
その姿が狼に似てるってのも、おかしな話だが。
「ひとまず、話はこれで終わりだ。私は自室に……ん?」
羽鳥が踵を返して、自分の部屋に戻ろうとした時だった。
『はっ、り……様!』
羽鳥の仮面から、通信が聞こえてきた。
悲鳴にも似たそれは、羽鳥の仮面から漏れている。
小さくて聞き取りづらかったが、女の声だ。
この組織には女は一人しかいねえ、ハートの声だった。
でもダイヤも……いや、今はやめておこう。
「なんだ?」
「静かに」
『助っ……くださ……! ス……ん……ゃう!』
「何だと?」
ハートの叫び声は、悲壮感に溢れていた。
「スペードが……」
「スペード? スペードがどうしたって……」
「……やられた」
「は?」
――♧――
ハートからの通信を聞いた羽鳥によると、なんとか必死に説明してきたらしい。
絶え絶えになった息で。
内容はこうだ。
獣を狩るために街へと出た、ハートとスペード。
指示された場所には、二人の男女がいた。
男が手を引き、女が手を引かれ、慌てて走っていたようだ。
そして、その女は妊婦だったらしく、腹が大きかった。
時刻は22時35分で、まだ獣化は起きていなかった。
どちらが獣になるのか分からず、とりあえず獣化が起きるまで、ハート達は男女を観察することにした。
22時36分。
手を引かれていた女が躓き、転んだ。
女の股から、血が出た。
流産……だったんだろう。
その後、男女は喧嘩を始めた。
怒号と罵り合いが聞こえてきたが、獣化の兆候はその時までは無かった。
多分、記念日だからとかで、外出禁止時間に出たのかも知れねえ。
男はそれが嫌で、急いで帰ろうとしたんだろう。
激しい言い合いが続いた後だった。
男は背中を見せてどこかへと歩き出そうとしたが、女がその背中にしがみついた。
女が体重をかけたからか、男は膝をついた。
女の泣き叫び方が異常だったので、ハート達は女の方が獣化すると睨んだ。
ここで、二人は女にターゲットを絞った。
気付かれないように接近し、機会を伺った。
だが、獣化したのは男の方だった。
責め立てられ、男が頭を抱えた瞬間、獣化の初期症状が起きた。
そうして獣に変わり果て、女に手を伸ばそうとしていたところを、ハートとスペードが阻止した。
そこまではいい。
そこまでは、俺も知ってる狩りだ。
問題はその後だ。
「はぁっ、く! ああっ……!!」
「おい! 大丈夫かハート!?」
息を荒くして、長身のスペードを背中に背負いながら、ハートはアジトの階段の途中で座っていた。
二人の狩装束は所々破けていて、体は傷だらけだった。
ハートが顔に付けている仮面はズレてて、晒された口からは多くの血が流れ出ていた。
スペードは気絶してしまったのか、それとも死んでしまったのか、ピクリとも動かない。
ハートに背負われたまま、ぐったりとしている。
あのスペードが……?
獣の相手をすることに慣れているこの二人が、ここまでボロボロにされるのはおかしい。
ましてや、それが……
「ぅうぐ! うっ……」
人が相手だったとしても。
「羽鳥、様……っ!」
「クローバー! スペードを医務室に運べ! 早く処置をせねば!!」
「分かった!!」
ハートが背負っていたスペードを引き剥がし、代わりに俺が抱えた。
全身に力が入って緊張したままだったのか、スペードの重みを失ったハートは、階段にへたり込む。
「ハート、立てるか?」
「ご……なさっ、ごめんなさい……!」
羽鳥が手を伸ばすと、ハートは泣きながら、階段に頭を打ちつけ始めた。
角で打った頭からは血が出てくるものの、打ちつけることを辞めようとはしない。
「スペード、が……スペードをっ、守れませんでした……!! ごめんなさいッ!!」
頭を打ちつけた拍子に仮面が外れて、素顔を晒すハート。
「うっ……うぁあああああああああああっ!!」
「もういいよ、ハート」
羽鳥が謝罪を制止させると、ハートが涙を流しているのが分かった。
心が痛んだ。
「スペードはもう……大丈夫だから」
「羽鳥様ぁ……!」
ハートを立たせ、優しい言葉を投げかけてやる羽鳥。
あり得ねえ。
あんなに強かったハートとスペードが、ここまでやられるのは。
「まずは治療をしよう」
「は、ぃっ……」
俺達は、医務室へと足を運ぶ。




