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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
32/65

32.歪みの始まり

――♧――



「心の死と、仮死状態……」


 やっと見えてきた、獣化とペンダントの繋がり。

 獣の心が死ぬのを、継承者達と関係無いと言う方が不自然だ。


 どうして獣は、そんな短い寿命にされてしまうんだ?

 『完全な獣』が意図的に設定している?

 そうすることに、何か意味でもあるんだろうか?

 いや……そうとは考えにくいな。

 わざわざ下僕の数を減らす方が、『完全な獣』にとっては不利になるに決まってる。

 それなら、獣が一週間で死んでしまう理由は……


「どうしても、そうなるのか?」


 人としての名残りを持ち、狼としての側面も持つ、全く新しい生物……それが獣だ。

 獣は、10年前よりも前の歴史には存在しなかった、言わばイレギュラーだ。

 それまではいなかったのに、10年前に突如として現れた獣。

 人だったのに、人じゃない異物にされる獣化。

 矛盾を貫き通す、人類の癌……『完全な獣』。


 どうも獣化には、人を強制的に作り替えているような無理矢理感が否めねえ。

 人を獣に変えるという荒技をこなすためには、心が一週間で死んでしまうのは、どうしても避けられねえ穴なんだろうな。

 獣化という強引な方法で、人でも狼でもねえ獣に変えさせてるんだから、不備が出ないはずもねえ。


 爪や牙の些細なところにも違いがあるのは、法則を歪まされて、生まれた存在だからだろうか?

 爪は元々あったものを剥がして、黒い爪を内側から生やさせるのに対し、牙の方は、歯を抜かずにそのまま変化させている。

 その違いは何なんだ?

 どうして爪だけは、一度作り直している?

 獣の武器としては不必要、または当てはまらないのが人の爪なのか?

 牙にするためには、歯の硬さは耐え切れるが、爪は弱過ぎるのか?

 人の爪は、獣の爪の原料にするには脆弱(ぜいじゃく)なんかね。


「弱い、か」


 俺達は、普段から爪を使わねえ。

 主に使うとしても、どうでもいいような時だけだ。

 無かったらそれはそれで困るが、無くてはならないものじゃねえからな。

 俺達の祖先である類人猿の時代、紀元前の頃から道具を使い始めたのが人間だ。

 だから、爪はそれに応じて退化し、軟化していった。


 だが、歯は食事には必要不可欠だ。

 形こそ変わってはいるものの、硬さは変わらねえ。

 獣の捕食にも申し分無いほどに。


 爪と牙の変化の違いは、これか?

 その二つを獣の武器とするための手順が、獣化の初期症状なんだろうか。

 原初の武器と言えば、爪と牙だ。

 それなら、獣化は時代逆行の表れ……?

 でも、人は猿が起源だろ?

 狼じゃねえ。


「……」


 元々、人は獣にはならねえ。

 だけど、その常識を覆して、獣に変える獣化という(呪い)を流行らせたのが『完全な獣』だ。

 決まりきった常識を覆すためには、そういった制限がかかってしまうのだろうか。

 一週間の使用期限と、爪を作り直さなきゃいけない手順、一日一人が限度の欠点が。


 それに、俺達がいない場所にも獣は現れるし、獣化させるための前提条件があるのかも知れねえな。

 獣になる素質が人間側に無いと、獣化させられない……とか。

 それのせいで一週間の内の七回とも、俺達が住んでいるこの街に、獣を生み出さねえんだ。

 それなら、ダイヤが狩ってる獣はあぶれた奴らってことになる。

 一度、ダイヤが狩りを行った日にちを確認せねば。


「心の死が共通点……」


 俺達のペンダントも獣化と同じように、常識外れな力を使うためには制限がかかる。

 制限時間や、司る感情の固定化といった、条件がある。

 そもそも、ペンダントのルーツって何だ?

 獣化に対抗するために作られた、全く別の獣化のようなものなのか?

 ハートとスペードの、化け物級のスタミナの秘訣は、もう一つの獣化が密かに進行している……?

 髪と目の色が変化してるのは、俺が知っている獣とはまた違う、別種の獣になってるから?


「なあ、羽鳥。ハートが前に言ってたんだが、ペンダントが空から落ちてきたっていう話は、どう捉えればいいんだよ?」

「……私にも分からない。継承者達の証言による「ペンダントは空から落ちてきた」以外の情報は皆無だ。私の見立てでは、隕石系統の類いだろうとは考えているが」

「隕石……」


 ペンダントと、獣化の類似点。

 それは、ただの人が、並外れた力を使えるようになることだ。

 ペンダントなら瞳と毛髪に、獣化なら体に変化が起きる。


 もしかしたら『完全な獣』の正体も、宇宙から飛来した異物だったりするのかもな。

 なんだよそれ、エ◯ァンゲ◯オンかよ。

 ペンダントは◯ヴァで、獣は使◯で、『完全な獣』はアダ◯の可能性があるな。

 まさか、獣化は人◯補完計画とかじゃねえだろうな?

 リ◯スは誰だよ、羽鳥か?

 それじゃあ串刺しにしとかなきゃならねえな。


「てか、獣の寿命の死因が心が死ぬからなんて、俺は初耳だったんだぞ? どうしてお前、そんな重要なことを早く言わなかったんだよ」

「初めは私の想像の域を出ないと考えていたのだ。獣化と、覚醒が関係していることにはな。だが、最近はその考えを改めつつもあった。ハートとスペードが10年間も未覚醒というのは、どう考察しても不審点が募っていたのでな」

「そんで、俺もお前と同じような考えを持ったから話したってのかよ?」

「ああ」


 獣との戦いの中で、覚醒への活路を見つける。

 羽鳥が知っている伝承には、これだけの情報しか無え。

 一見、獣の詳細なんて、覚醒には関係ないかと思われる。

 だが、何が真実で、どういった行動が伝承通りになるなんて分からねえままじゃ、手を尽くすことは当然だと言える。

 だから、羽鳥が獣の詳細を俺達に教えねえようにしてたのは、筋が通ってねえだろ。

 まるで、継承者達の覚醒を渋ってたみてえじゃねえか。


「獣の寿命の死因なんて、あいつらが知る必要は無かったってか?」

「彼らには、獣と戦う狩人の使命という、強い責任感があるからな。余計な気掛かりを(いたずら)に増やすのも、どうかと思案していたのだよ」

「……あいつらのためかよ」


 まあ、知らない方がいいことってのは、いざと言う時に足を引っ張る可能性もあるけどよ。

 今となっては、そうも言ってられなくなってきただろ。


「ふむ、そうだな。今更黙っている道理も無いので、狩りから戻ってきた彼らにも話しておくとしよう」


 ダイヤも覚醒に関してはさっぱりぴーまんとか言ってたし、心の死についても知らねえんだろうな。

 羽鳥だけが知っていたってわけだ。

 てことは、心が死ぬっていうのも手帳に書いてあんのか?

 獣の死因も、もしかしてそれに記してあったりな?


「獣の心が死ぬってのは、どこで知ったんだ?」

「私には心が見えるんだよ。まあ、仮死状態については、心が生きているようにしか見えないからこそ、仮説であるわけなのだが」

「心が見える?」


 手帳の記載じゃなく、羽鳥の能力か。


「ああ。だからこそ、心の死も見える。ヒビ割れて、壊れてしまった獣の心がな」

「割れて壊れるから、死ぬ……」


 なら、獣化を知るには、心にヒビが入る原因を探せばいいんだな。


「私が君達に、心についての知識を与えることが出来ているのも、この目で見たものを教えていただけに過ぎない。君の思考が手に取るように分かるのも、実際に心を見ているだけだ」

「ハッ、なるほどな」


 羽鳥の心を見る能力も、あの人外の力の一部だったりするんかね。

 一瞬で駆け抜ける力、見えない連打、心を見る目……本当に人かよ?


「私の力について、気になっているようだな?」

「そりゃあ……気になるね。お前が『完全な獣』だったら、今すぐぶっ殺してやるのにとも思ってるよ」

「さあ、どうだろうな。真相は仮面(やみ)の中だ」

「なら暴き出すまでだ、お前の素顔も含めてな」


 気にならねえって言うのは、単なる強がりでしかねえからな。

 ここは正直に、気になると言っておく。

 羽鳥を殺すためには、知る必要がある。


「……私も、ペンダントに魅入られた一人だった、ということだ」

「魅入られたって……答えになってねえよ」

「フッ、そうか?」


 とりあえず、今は新しい情報が手に入っただけでも、有り難みを感じておくか。


 心が死ぬのは、獣と俺達の共通点だ。

 獣化した奴らは、一週間という期間で心が死んじまう。

 俺達も、ペンダントの力を一時間使うと、心が仮初の死を経る。

 仮死状態になる。


 俺が、獣の行動を【赫怒】で読めるのも……攻撃に乗せられた怒りがあるからだ。

 心が死ぬ前なら、獣にも感情が、特に怒りがある。

 羽鳥は、クローバーの能力を解説する時に、怒りは原初の感情だと言っていた。

 それなら、獣は原初を模倣させた生物なのか?

 『完全な獣』は、人に先祖返りをさせるために獣化させている?

 その姿が狼に似てるってのも、おかしな話だが。


「ひとまず、話はこれで終わりだ。私は自室に……ん?」


 羽鳥が(きびす)を返して、自分の部屋に戻ろうとした時だった。


『はっ、り……様!』


 羽鳥の仮面から、通信が聞こえてきた。

 悲鳴にも似たそれは、羽鳥の仮面から漏れている。

 小さくて聞き取りづらかったが、女の声だ。

 この組織には女は一人しかいねえ、ハートの声だった。

 でもダイヤも……いや、今はやめておこう。


「なんだ?」

「静かに」

『助っ……くださ……! ス……ん……ゃう!』

「何だと?」


 ハートの叫び声は、悲壮感に溢れていた。


「スペードが……」

「スペード? スペードがどうしたって……」

「……やられた」

「は?」



――♧――



 ハートからの通信を聞いた羽鳥によると、なんとか必死に説明してきたらしい。

 絶え絶えになった息で。


 内容はこうだ。

 獣を狩るために街へと出た、ハートとスペード。

 指示された場所には、二人の男女がいた。

 男が手を引き、女が手を引かれ、慌てて走っていたようだ。

 そして、その女は妊婦だったらしく、腹が大きかった。

 時刻は22時35分で、まだ獣化は起きていなかった。

 どちらが獣になるのか分からず、とりあえず獣化が起きるまで、ハート達は男女を観察することにした。


 22時36分。

 手を引かれていた女が(つまず)き、転んだ。

 女の股から、血が出た。

 流産……だったんだろう。


 その後、男女は喧嘩を始めた。

 怒号と罵り合いが聞こえてきたが、獣化の兆候はその時までは無かった。

 多分、記念日だからとかで、外出禁止時間に出たのかも知れねえ。

 男はそれが嫌で、急いで帰ろうとしたんだろう。


 激しい言い合いが続いた後だった。

 男は背中を見せてどこかへと歩き出そうとしたが、女がその背中にしがみついた。

 女が体重をかけたからか、男は膝をついた。

 女の泣き叫び方が異常だったので、ハート達は女の方が獣化すると睨んだ。

 ここで、二人は女にターゲットを絞った。

 気付かれないように接近し、機会を伺った。


 だが、獣化したのは男の方だった。

 責め立てられ、男が頭を抱えた瞬間、獣化の初期症状が起きた。

 そうして獣に変わり果て、女に手を伸ばそうとしていたところを、ハートとスペードが阻止した。


 そこまではいい。

 そこまでは、俺も知ってる狩りだ。

 問題はその後だ。


「はぁっ、く! ああっ……!!」

「おい! 大丈夫かハート!?」


 息を荒くして、長身のスペードを背中に背負いながら、ハートはアジトの階段の途中で座っていた。

 二人の狩装束は所々破けていて、体は傷だらけだった。

 ハートが顔に付けている仮面はズレてて、晒された口からは多くの血が流れ出ていた。


 スペードは気絶してしまったのか、それとも死んでしまったのか、ピクリとも動かない。

 ハートに背負われたまま、ぐったりとしている。

 あのスペードが……?


 獣の相手をすることに慣れているこの二人が、ここまでボロボロにされるのはおかしい。

 ましてや、それが……


「ぅうぐ! うっ……」


 人が相手だったとしても。


「羽鳥、様……っ!」

「クローバー! スペードを医務室に運べ! 早く処置をせねば!!」

「分かった!!」


 ハートが背負っていたスペードを引き剥がし、代わりに俺が抱えた。

 全身に力が入って緊張したままだったのか、スペードの重みを失ったハートは、階段にへたり込む。


「ハート、立てるか?」

「ご……なさっ、ごめんなさい……!」


 羽鳥が手を伸ばすと、ハートは泣きながら、階段に頭を打ちつけ始めた。

 角で打った頭からは血が出てくるものの、打ちつけることを辞めようとはしない。


「スペード、が……スペードをっ、守れませんでした……!! ごめんなさいッ!!」


 頭を打ちつけた拍子に仮面が外れて、素顔を晒すハート。


「うっ……うぁあああああああああああっ!!」

「もういいよ、ハート」


 羽鳥が謝罪を制止させると、ハートが涙を流しているのが分かった。

 心が痛んだ。


「スペードはもう……大丈夫だから」

「羽鳥様ぁ……!」


 ハートを立たせ、優しい言葉を投げかけてやる羽鳥。


 あり得ねえ。

 あんなに強かったハートとスペードが、ここまでやられるのは。


「まずは治療をしよう」

「は、ぃっ……」


 俺達は、医務室へと足を運ぶ。

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